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第十九話:完全に『堕ちた』ツンデレ令嬢。令嬢たちに囲まれた甘酸っぱい作戦会議

1.朝の対峙と、見抜かれた乙女心


ブルグンド領都への到着を予定している日の朝、街道沿いの宿場町は霧に包まれていた。

出立を目前に控え、宿の馬車溜まりで馬の様子を確認していた翔は、背後から近づく静かな足音に気づいて振り返った。


「──翔様」


そこに立っていたのは、セリア・アデライードとセリア・ベアトリーチェの二人だった。背後には彼女たちの侍女と、カノーヴァ伯爵家から同行している女性騎士が控えている。

いつもなら傲岸不遜とも言える態度を崩さないアデライードが、今朝はどこか躊躇いがちに、ドレスの裾を指先でいじりながら翔を見つめていた。その瞳からは、王都で初めて出会った時にあったような鋭い「敵意」や「疑念」は完全に消え去り、代わりに熱を帯びた、複雑な光が混ざり込んでいる。


「アデライード様、ベアトリーチェ様。どうされましたか? 出立の準備はすでに整っておりますが」


翔がいつも通りの穏やかな教師の笑みを浮かべると、アデライードは一度視線を落とし、それから意を決したように顔を上げた。


「……出発の前に、改めて貴方に礼を言わなければと思って」


「礼、ですか?」


「ええ。昨晩、護衛騎士のグスタフから聞いたの。貴方たち……いえ、貴方とあそこにいる生徒たちは、国王陛下から『直々に護衛をつけてブルグンド公爵領へ送り出されるように』と命じられた、本来であれば国に手厚く守られるべき賓客なのだと」


アデライードの言葉を引き継ぐように、ベアトリーチェがそっと一歩前に出た。


「そうです、翔様。私たちはこれまで、貴方が護衛として雇われたからこそ、私たちを守るのが当然だと思ってしまっていました。けれど……本来であれば、貴方が命をかけてまで、私たちをモンスターから守る法的な義務などどこにもないはずなのです。それなのに貴方は、幾度も身を挺して私たちを……」


ベアトリーチェの言葉に、アデライードも小さく頷く。昨晩、グスタフからその事実──代表候補カイルとの婚約が破談になった令嬢二人を護衛する義理など、王都から同行してきた特別待遇の異邦人にはないということ──を指摘され、二人は胸を突かれるような衝撃を受けたのだ。


「私はブルグンド公爵家の人間よ。義務もないのに、見ず知らずの他人のために命をかけさせるわけにはいかない……。でも、貴方は当たり前のように私を、私たちを助けてくれた。だから……その、本当にありがとう」


アデライードは頬を林檎のように真っ赤に染めながら、そっぽを向いてお礼を口にした。その不器用な感謝の言葉に、翔は驚き、それから破顔した。


「義務だとか、身分だとかは関係ありませんよ。目の前で怯えている女性や、教え子たちが窮地に陥っているなら、身体が勝手に動くものです。お二人とも、ご無事で本当に良かった」


翔の飾らない、そして包み込むような笑顔に、ベアトリーチェは胸をときめかせ、アデライードは顔の赤さをさらに増して「そ、そう……」と蚊の鳴くような声で呟くのが精一杯だった。


一方、少し離れた馬車の昇降口からは、地球の生徒たち四人がその様子をじっと観察していた。


「……あーあ。完全に『堕ちた』ね、あの顔は」


柊鏡花が、あごを手で支えながらニヤニヤとした笑みを浮かべて呟いた。


「うん、間違いない。鏡花ちゃん、あれは少女漫画で言うところの『恋に落ちた瞬間』のテンプレ顔だよ。特にアデライードさん、普段ツンツンしてるからギャップがすごい」


橘ほのかも同意し、二人の女子生徒は恋バナに花を咲かせる女子高生そのものの表情で翔たちを見つめている。

対照的に、男子生徒の二人は、純粋な男としてのリスペクトを目に宿していた。


「でもさ、実際、三好先生ってめちゃくちゃ格好いいよな。この異世界に来てからの先生、元の世界での優しい先生としての面だけじゃなくて、圧倒的な男としての強さがあるっていうかさ……」


水上陽斗が腕を組み、しみじみと言った。


「ああ、わかるわ」

不破真司が力強く頷く。

「あのオークを真っ二つにした時の動きとか、マジで鳥肌立った。身を挺して誰かを守る背中って、あれは男でも惚れる。先生があのポジションにいるの、なんか納得だし、憧れるよな」


教師としての信頼に加え、一人の男としての圧倒的な強さと優しさを見せる翔に対し、生徒たちの間には深い尊敬の念が確立されつつあった。


2.令嬢たちに囲まれた馬車内


馬車が動き出し、霧が晴れ始めた街道を進む。

翔は先頭の馬車に同乗している騎士グスタフに、これから向かうブルグンド公爵の人物像や好みについて尋ねてみた。


「グスタフ殿、ブルグンド公爵閣下はどのようなお方なのですか? 初めてお会いするにあたって、失礼のないようにしたいのですが……」


グスタフは豪快に笑い、手綱を握り直した。


「ははは、公爵閣下の好みか。俺たち武人気質の騎士から言わせれば、非常に話の早い、一本気なお方だ。だが、身内としての細かい好みや気難しさについては、俺よりもアデライード様の方が遥かに詳しい。昼の休憩の時にでも、直接お聞きになるといい。きっと、喜んで教えてくださるだろう」


「なるほど、分かりました」


やがて何事もなく昼の休憩に入り、街道沿いの開けた草原に馬車が止まった。

翔はグスタフのアドバイスに従い、天幕の近くで休んでいたアデライードの元へと歩み寄った。


「アデライード様。少しよろしいでしょうか。公爵閣下へご挨拶するにあたり、閣下の好みや気性に触れておきたいのですが、お教えいただけますか?」


「お父様の好み?」


アデライードは驚いたように目を瞬かせ、それから嬉しそうに胸を張った。


「ええ、もちろんいいわよ。お父様はね、とにかく曲がったことが大嫌いで、強くて実直な人間が好きなの。美味しいお肉と、強いお酒があれば大体ご機嫌になるわ。それから──」


嬉々として父親のプロファイルを語るアデライード。しばらく話を聞き、好みをしっかりと把握した翔が「ありがとうございました。では、自分の馬車に戻りますね」と一礼して立ち去ろうとした、その時だった。


「待って、翔様」


ベアトリーチェが翔の袖をそっと引いた。


「もしよろしければ、これからの道中……私たちの馬車に同乗されませんか? まだまだお父様のことや、カノーヴァとブルグンドの派閥について伝えたいことがありますし……」


「えっ? ですが、私は護衛ですし、男が令嬢方の馬車に同乗するのは……」


「構わないわ!」


アデライードが慌てて割って入った。

「これは、公爵領に入るにあたっての『作戦会議』よ! 貴方がお父様に粗相をしないように、私たちが仕込んであげるんだから、ありがたく思いなさい!」


そう言われてしまえば、断る理由はなかった。

翔は急遽、令嬢二人の馬車へ同乗することになり、代わりに女性騎士二名には、生徒たちの乗る後方の馬車の護衛を兼ねて移動してもらうことになった。


馬車の中は、華やかな花の香りと、お年頃の少女たちの熱気に満ちていた。

アデライード、ベアトリーチェ、そして侍女に囲まれた翔は、最初は少し緊張していたが、彼女たちが語る「貴族としての知識」や「派閥の相関図」の分かりやすさに引き込まれていった。


「我がブルグンド公爵家は、王国の北方を守護する最大の軍事派閥よ。王都の軟弱な貴族たちとは違って、実力主義な面が強いわ。だからこそ、カイルたち代表候補のやり方には、領内でも疑問を持つ者が多かったの、先に聖石を使って強くなろうとしてたのよ」


アデライードの解説は非常に論理的だった。騎士たちや文官ではなかなか気づけない、貴族としての裏の繋がりやパワーバランスを、翔は熱心に頭に叩き込んでいく。


しかし、一通り真面目な話が終わると、馬車内の空気がふっと柔らかいものへと変化した。


「……ところで、翔様」


ベアトリーチェが、少し悪戯っぽい、しかし真剣な目で翔を覗き込んできた。


「翔様ほどの強いお方が、旅路とわ言え女性の噂一つ立たなかったのは不思議です。あの……翔様は、どのような女性がお好みなのですか?」


「え?」

突飛な質問に、翔は思わず固まった。


「ちょっと、ベアトリーチェ! 何を唐突に……」

アデライードが真っ赤になって詰問するが、その耳は明らかに翔の回答を待ち望んでダンボのように大きくなっている。


「そ、そうですよ、翔様! 私たちも気になりますわ。思いを寄せるお方や、将来を誓ったフィアンセなどは、その……『実家』にいらっしゃるのですか?」


侍女までもが身を乗り出して尋ねてくる。女子会特有の、あの「恋バナに飢えた獲物を追い詰める視線」が、異世界の令嬢たちからも放たれていた。


「い、いえ……。私には現在、決まった相手も、将来を誓った女性もいません。好み、と言われても……そうですね、自分の意志をしっかりと持っていて、お互いに信頼し合えるような、誠実な人が良いなとは思いますけど……」


翔がタジタジになりながら答えると、令嬢二人は一瞬、お互いに顔を見合わせ、それから弾かれたように視線を逸らした。二人とも、頬が火を吹くのではないかというほど赤くなっている。


「そ、そう……。意思が強くて、信頼できる人、ね……」


アデライードが小さな声で呟き、ベアトリーチェは胸元でぎゅっと手を握りしめながら、窓の外を見つめていた。馬車の中には、なんとも甘酸っぱく、そして緊張感に満ちた沈黙が流れていた。


生徒たちの観察眼が鋭い。翔先生、女性の好みを聞かれてタジタジです。

次の話(第20話)は、今夜20:40に更新です!

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