第十八話:急襲する中級魔獣オークの群れ! 先生の大剣が放つの衝撃
5.度重なる襲撃と、揺れる乙女心
その後も、旅路は決して平坦ではなかった。
同じ国内、それも王都から離れるにつれて、街道でのモンスターの出現頻度は目に見えて跳ね上がっていった。
ゴブリン、コボルド、ワイルドボア、時には中型の魔獣まで。
襲撃のたびに、翔や両家の騎士たち、そして冒険者たちが武器を取り、撃退しては追い払うという綱渡りのような行程が続いた。
しかし、幾多の戦闘を乗り越える中で、明らかに周囲の「翔を見る目」が変わっていった。
すでに二つの町を越え、目的地であるブルグンド領都まで、あと一つの町を挟むところまで旅は進んでいた。
ある日の昼下がり。
町まであと半分という開けた街道沿いで、一行は馬を休め、昼の休憩を挟むことにした。
簡易的な天幕を張り、アデライードとベアトリーチェが侍女たちとお茶を飲んで心を落ち着かせているその時──。
「グオオオオオン!!」
空気を震わせるような咆哮とともに、茂みを引き裂いて出現したのは、三頭の「オーク」だった。
人間を遥かに凌駕する巨体と、強靭な皮膚を持つ、中級冒険者でも苦戦する凶悪な亜人型モンスター。
「オークだと!? なぜこんな街道近くに!」
冒険者たちが慌てて武器を構え、騎士たちも即座に陣形を組む。
しかし、別方向からオークが一頭現れ、まるで護衛の隙を突くように俊敏な動きを見せ、天幕の裏側から回り込んできた。その直線上には、怯えて身をすくめるアデライード、ベアトリーチェ、そして侍女と、まだ戦闘力の低い地球の生徒たちがいた。
「危ない!!」
陽斗が叫んだが、距離がある。
オークがその丸太のような腕を振り上げ、アデライードたちに向けて振り下ろそうとしたその瞬間──。
「そこまでだ」
低く、しかし驚くほど静かな声が響いた。
次の瞬間、オークの目の前に割り込んだのは、三好翔だった。
オークが怒り狂って拳を叩きつける。だが、翔はそれを避けるでもなく、重厚な大剣の腹で完璧に受け止めた。
金属音とともに、すさまじい衝撃波が周囲の草木を揺らす。しかし、翔は一歩も退かない。それどころか、オークの怪力を真っ向から押し返したのだ。
「ハァッ!」
翔の体から、目に見えないほどの魔力──駿の課金によって極限まで高められたステータスの奔流──が吹き荒れた。
流れるようなステップでオークの懐に潜り込むと、大剣が美しい軌跡を描いて宙を舞った。
ザシュッ!!
一瞬だった。
オークの巨体が真っ二つに両断され、血煙を上げて地面に崩れ落ちる。
背後の守りを完璧に完遂した翔は、息一つ乱すことなく大剣を鞘に収めると、すぐさま怯えるアデライードたちに向き直った。
「怪我はありませんか、アデライード様、ベアトリーチェ様」
差し伸べられた翔の手は、驚くほど大きく、温かかった。
アデライードは、ドクン、と自分の心臓が大きく跳ねるのを感じた。
「あ……、ええ。平気、よ……」
アデライードは元々、翔の実力を疑っていた。王都で代表候補たちを圧倒したとはいえ、それは何かのまやかし、あるいは一時的な幸運ではないかと心のどこかで思っていたのだ。
しかし、この数日間の旅路で、その疑念は木端微塵に砕け散っていた。
目の前の男は、同行する誰よりも強い。
その剣技は、ただ力任せな荒々しいものではなく、どこか洗練されており、流れるようでいて、それでいて圧倒的な破壊力を秘めている。
そして何より、自分たちを守るために躊躇なく危険に飛び込んでくる、その背中に──。
(なんなの、この気持ち……。私は、ブルグンド公爵家の娘よ? こんな、素性の知れない男に……)
アデライードは自らの頬が熱くなるのを必死に隠そうと、ぷいと顔を背けた。だが、その瞳は完全に翔に釘付けになっていた。
一方、ベアトリーチェもまた、胸の奥から湧き上がる熱い感情に身を焦がしていた。
これまでの人生で、ベアトリーチェに近づいてきた貴族の男たちは、皆一様に彼女を「カノーヴァ伯爵家の美しい人形」としてしか見ていなかった。お上品な言葉を囁きながら、瞳の奥にはギラギラとした欲望と打算を隠し持っていた。
しかし、翔は違った。
彼はカノーヴァ伯爵に対しても、決して媚びるような態度は取らず、常に洗練された、毅然とした礼儀正しさを保っていた。
そして、アデライードと自分に対しても、身分による「特別扱い」ではなく、一人の「守るべき大切な人間」としての、心からの心配りを向けてくれていた。
(ジーモ様は、私を捨てた……負けたことで奮起するわけでもなく。でも、三好様は、こんなにも命懸けで、私を……)
ベアトリーチェは、胸元でぎゅっと手を握りしめ、翔の後ろ姿を見つめていた。
オークの群れを完全に撃退し、一行は再び出発した。
日がすっかり落ち、周囲が濃い藍色に包まれる頃、一行は行程の最後となる、ブルグンド領手前の静かな町に到着した。
6.宿屋の夜、芽生える思慕
その夜、町の宿屋の一室。
ベアトリーチェの部屋には、アデライードと、護衛の女性騎士二人、そして侍女が集まっていた。
「今日の翔様の戦いぶり……本当に素晴らしかったわね」
お茶を淹れながら、ベアトリーチェの侍女がうっとりとした表情で口を開いた。
「ええ、本当に。私たちカノーヴァの騎士としても、あの身のこなしには脱帽するしかありません。無駄な動きが一切なく、オークの膂力を真っ向からねじ伏せるなど、常人の域を超えています。王都の騎士団長クラスでも、あのような芸当ができるかどうか……」
女性騎士の一人が、真剣な表情で腕を組んで頷く。
「それに、あの心配りよ。戦いが終わった後、すぐに私たちに怪我がないか聞きに来てくださったでしょう? 私、思わず胸がときめいてしまいましたわ」
もう一人の女性騎士が、少し頬を赤らめながら楽しそうに笑う。
「ふ、ふん! 何を言っているのよ、皆して」
アデライードは、ベッドに腰掛けながら、お茶のカップをいじってぶっきらぼうに言った。
「あいつは、ただの護衛よ。ブルグンド公爵家から依頼された仕事を全うしているだけ。当然の務めじゃない」
「まぁ、アデライード様。そうおっしゃるわりには、今日の戦いの最中、翔様の後姿をずっと熱心に見つめていらっしゃいましたよね?」
ベアトリーチェが、クスクスと悪戯っぽく微笑みながらアデライードを見つめる。
「な、何言ってるのよベアトリーチェ! 私はただ、護衛がちゃんと仕事をしているか監視していただけよ! 勘違いしないで!」
真っ赤になって抗議するアデライードの姿に、部屋の中は温かい笑い声に包まれた。
しかし、そう言うベアトリーチェ自身も、翔の話題になると、そのおっとりとした瞳に特別な熱がこもるのを隠しきれていなかった。
カノーヴァ伯爵領を離れ、数々の死線を共に乗り越えていく中で、令嬢たちの心には、単なる「護衛と雇用主」の関係を超えた、一人の男性としての三好翔への深い「思慕」が、静かに、しかし確実に根を張り始めていた。
窓の外に広がる星空を見上げながら、二人の少女はそれぞれ、明日には到着するであろうブルグンド公爵領、そしてその先にある未来に、翔の姿を思い描いていたのだった。
圧倒的な男の背中。アデライード様とベアトリーチェ様の様子が……?
次の話(第19話)は、明日の朝7:40に更新です!




