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第十六話:日本の職人技『ガラスペン』と最高級ウイスキーの衝撃。そして新たな危機

1.驚愕の手土産と、父親の憂慮


カノーヴァ伯爵邸の朝は、ひんやりとした澄んだ空気に包まれていた。

翌朝、翔たちはブルグンド公爵領への出立準備を万全に整え、食堂に集まっていた。テーブルに並ぶのは、焼き立てのパンに新鮮な野菜のスープ、そして塩気の効いた干し肉。異世界の朝食としては十分に豪華な部類だったが、これから始まる長い旅路を前に、一同は静かにエネルギーを蓄えるように口を動かしていた。


「翔殿、本当に今回の滞在ではお世話になりました。急な訪問だったにもかかわらず、手厚くもてなしていただき、感謝の言葉もありません」


食後の茶が運ばれてきたタイミングを見計らい、翔は席を立ってカノーヴァ伯爵に向かって深々と頭を下げた。


「いやいや、カイルたちの無礼な振る舞いに対するせめてもの償いだ。それに、娘のベアトリーチェを無事に送り届けてもらったのだから、これくらいは当然のことだよ」


伯爵は穏やかに微笑み、手を振った。

翔はその言葉を受け、腰のベルトに下げていた小袋から、丁寧に布で包まれた長方形の木箱と、琥珀色の液体が詰まったガラス瓶を取り出した。


「こちらは、お世話になったお礼にと……私の『実家』から取り寄せた手土産でございます。どうかお受け取りください」


「ほう、これは?」


伯爵が好奇心に満ちた目で木箱を受け取り、蓋を開ける。中に入っていたのは、繊細なカットが施され、朝の光を浴びてキラキラと輝く一本の「ガラスペン」だった。そしてその隣には、美しく透き通ったインク瓶が添えられている。


「な、なんだこれは……。このような緻密で美しいガラス細工、見たことがない。ペン……なのか? 羽根ペンや金属ペンとはまるで違う、息を呑むような美しさだ」


伯爵はまるで壊れ物を扱うように、指先で慎重にガラスペンを持ち上げた。光の角度によって色を変えるガラスの軸に、部屋にいたベアトリーチェやアデライード、さらには給仕をしていた使用人たちまでが「まぁ……」と感嘆の吐息を漏らす。


「お気に召して幸いです。先端の溝にインクを染み込ませることで、驚くほど滑らかに、長く文字を書き続けることができます」


「素晴らしい……。執務机に置くだけで格調が高くなる。それに、この瓶は……」


伯爵が次に手を伸ばしたのは、重厚なガラス瓶だった。コルクの栓を抜き、そっと鼻を近づけた瞬間、伯爵の目が丸くなった。


「──ッ!? なんという芳醇な香りだ。木樽の香ばしさと、果実のような甘い香りが、これほどまでに深く混ざり合っているとは……。我が領自慢の最高級ブランデーをも凌駕する、いや、それとは全く異なる深みだ」


「それは『ウイスキー』と呼ばれる酒でございます。ゆっくりと時をかけて熟成されたもので、ストレートでも、少しの水や氷で割っても美味しくいただけます」


「ウイスキー……。これは、安易に一気に飲み干してはバチが当たるな。毎夜、一滴ずつ惜しみながら味わうことにしよう。翔殿、このような至宝をいただいてしまって、本当に良いのか?」


「もちろんでございます。伯爵の温かいもてなしに比べれば、些細なものです」


翔が微笑むと、伯爵は満足そうに何度も頷いた。しかし、その視線が隣に座る娘のベアトリーチェへと向いたとき、その温和な瞳に隠しきれない憂いの色が混ざった。


今回の代表候補カイルとの婚約は破棄を破棄せざる負えない──それはベアトリーチェにとって予期せぬ出来事であったが、同時に彼女を縛り付ける鎖が外れた瞬間でもあった。

だが、貴族社会における現実は甘くない。


(ベアトリーチェは、貴族の娘としてはすでに行き遅れと言われる年齢だ……)


伯爵は心の中で深くため息をついた。ベアトリーチェには優秀な兄がいるため、彼女がカノーヴァ伯爵家を継ぐことはない。となれば、彼女の価値は「結婚」による他家との結びつき、あるいはその見目麗しい容姿そのものになってしまう。

カノーヴァ伯爵家に近づき、利権を得ようとする有象無象の貴族たちや、美しく育ったベアトリーチェを我が物にしようと企む不逞の輩が、婚約解消を聞きつけて群がってくることは容易に想像できた。


(私の目の届く場所に置いておけば、どのような陰謀に巻き込まれるか分からん。だが、信頼できるブルグンド公爵の元であれば、世間の雑音から娘を守ることができる……)


公爵領に預けて世間の目から隠している間に、ベアトリーチェの本当の価値を理解し、彼女を心から愛して幸せにしてくれる伴侶を探す──それが、父親としてのカノーヴァ伯爵が下した、苦渋でありながらも最善の決断だった。


「翔殿。娘を……ベアトリーチェをよろしく頼む。あの子は少々おっとりしているが、芯の強い優しい子だ。どうか、無事にブルグンドまで届けてやってくれ」


「はい。私の命に代えましても、ベアトリーチェ様、そしてアデライード様を安全にお送りいたします」


翔の力強い言葉に、ベアトリーチェは頬をほんのりと朱に染め、小さく頭を下げた。


こうして、一行はカノーヴァ邸を出発することとなった。

今回の旅には、ベアトリーチェの身の回りの世話をする侍女一名と、彼女を護衛するために伯爵が直々に選抜した二名の女性騎士が新たに加わることになった。女性騎士たちの存在は、お年頃の令嬢二人を連れて旅をする翔たちにとって、心理的にも非常に心強い味方であった。



2.昼の合流と、最初の洗礼


昼時、翔たちは予定通り、領都のギルドで手配していた冒険者の護衛グループと合流した。

経験豊富な中堅冒険者たちが周囲の警戒にあたり、翔たちの馬車を挟み込むような陣形で道を進む。


「やはり、王都から離れると空気の緊張感が変わるな」


馬車の窓から外を眺めながら、不破真司が呟いた。

王都周辺は騎士団の巡回も頻繁で、道路も整備されていた。しかし、領地と領地を繋ぐ街道に入ると、舗装は荒くなり、左右に広がる鬱蒼とした森からは、常に何者かの視線を感じるようになる。


その予感は、次の目的地である町の手前で現実のものとなった。


「前方に反応あり! 敵襲、ゴブリンとワイルドボアの混成群だ! 数が多い、総員戦闘準備!」


前方を進む冒険者の鋭い叫び声が響き渡った。

街道の脇の茂みから、十数匹のゴブリンと、興奮して鼻息を荒くした巨大な野生の猪──ワイルドボアが飛び出してきた。


「鏡花、ほのか! 馬車から出るなよ!」


水上陽斗が剣を引き抜き、不破とともに馬車の前に立ちはだかる。

冒険者たちと護衛の騎士たちが素早く応戦し、次々とモンスターを斬り伏せていくが、敵の数が想定よりも多かった。


「グガガッ!」


一匹の巨大なワイルドボアが、防衛線をすり抜け、アデライードたちが乗る馬車に向かって猛然と突進してきた。その巨体は時速数十キロに達しており、激突すれば馬車ごと横転しかねない勢いだ。


「きゃあああ!?」


馬車の中で、アデライードとベアトリーチェ、そして侍女が短い悲鳴をあげる。

ドゴォン!! という凄まじい衝撃音が響き、馬車が大きく揺れた。ワイルドボアが馬車の側面に体当たりを敢行したのだ。頑丈な造りの馬車だったため、幸いにもガラスが割れたり木枠が壊れたりすることはなく、全員に怪我はなかった。


しかし、至近距離のガラス越しに見えた、真っ赤に血走った獣の目、鋭い牙、そして馬車を破壊しようと狂暴に暴れ回るモンスターの姿は、温室の生花のように育ってきた令嬢たちに、生まれて初めての「死への恐怖」を植え付けるには十分すぎた。


「ひっ……う、嘘……」


アデライードは青ざめた顔で座席にへたり込み、ベアトリーチェは侍女と抱き合ってガタガタと震えていた。異世界の残酷な現実が、彼女たちのすぐ目の前まで迫っていた。


「はぁ!」


すかさず駆けつけた翔が、大剣を一閃させてワイルドボアの首を一撃で撥ね退けた。

モンスターの巨体がズシンと地面に倒れ伏し、ようやく騒動は収まったが、馬車の中の少女たちに刻まれた恐怖は、容易に消えるものではなかった。


異世界の伯爵を、日本の職人技術とヴィンテージウイスキー(札束)で完全に買収完了です。しかし、旅路にはさらなる過酷な魔物の群れが……!

ーーー【作者からのお願い】ーーー物語はここからさらに加速し、仕送り物資による『現代科学チート』や『現代ビジネス無双』が本格始動します!

「この双子無双、面白い!」「続きが気になる!」と思ってくださった方は、ぜひページ最下部の【ブックマークに追加】や、評価の【☆☆☆☆☆】をポチッと押して応援していただけると、執筆の物凄いエネルギーになります! よろしくお願いいたします!

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