第十三話:深夜のホームルーム。次元の壁を超えて響く、子供たちの魂の叫び
3.深夜のホームルーム、繋がる左手
夜十一時。
静まり返った伯爵邸の客室。水上と不破に用意された広々とした男子客室の鍵が、静かに開いた。
翔がすっと部屋に入ると、そこには女子二人の部屋から呼び出された橘ほのかと柊鏡花も、 パジャマ姿でベッドに腰掛けて待っていた。
「翔先生、どうしたの? こんな時間に、改まって」
水上が不思議そうに首をかしげる。
翔は無言のまま、ポケットから一台の、信じられない「物品」を取り出し、 ベッドの上の小さな丸テーブルの上に置いた。
「え……_っ!?」
不破が息を呑み、橘と柊が弾かれたように立ち上がった。
「それ……スマホ!? 日本の、スマートフォン!?」
「そうだ。昨日、俺の『つながる手』の能力の一端が分かったんだ。 これは……俺の左手と、日本にいる俺の双子の弟、駿の左手が空間を超えて直接繋がっているスキルだった」
「ええええええっ!?」
四人が悲鳴のような声を上げた。翔は慌てて口元に指を当て、彼らを宥める。
「シーっ、静かに。……実際、昨日の段階でパウンドケーキを持ち替えたら、 日本にいる駿の元へ瞬時に転送された。これは駿が、日本で使っていた古いスマホを充電して、 俺の左手に向けて転送してくれたものだ。異世界でも、完璧に動作している」
「じゃあ……じゃあ、日本と繋がってるの!? 日本に、帰れるの!?」
柊鏡花が、瞳にみるみるうちに大粒の涙を溜めながら、翔の腕を掴んだ。
「いや、身体そのものを転送することは、まだできない。今のところは、 左手で掴める程度の『物品』のやり取りだけだ。……だが、これで十分だ」
翔は静かに微笑み、伯爵邸の客室に用意されていた上質な羊皮紙と、 インクの入った万年筆をテーブルの上に並べた。
「みんな、日本の家族に『手紙』を書くんだ。そして、このスマホのビデオカメラを使って、 みんなの元気な姿を映した『動画』を撮る」
「え……?」
「駿が、日本時間で明日の土曜日の朝、お前たち全員の実家のポストに、 その手紙を直接投函しに行ってくれる。その際、親御さんたちに直接会って、 このスマホで撮影したみんなの元気な動画を見せる予定だ。手紙の筆跡と、 元気に喋っている動画を見れば……お前たちの家族は、全員、 お前たちが生きていることを信じて、心の底から安心できる。 お前たちの突然の失踪に涙している家族を、今、救えるんだ」
「先生……!」
橘ほのかが両手で口を覆い、その場に泣き崩れた。
水上も、不破も、涙を堪えるようにして拳をぎゅっと握りしめ、上を向いた。
十六歳や十七歳という多感な時期。
突然、学校の教室から異世界という、訳のわからない荒野へと拉致されたのだ。
水上陽斗という、少しお調子者でクラスの中心だった少年も。
不破真司という、物静かだが強くなりたいと願う少年も。
橘ほのかという、少し臆病でお風呂が好きな少女も。
柊鏡花という、活発でいつも前を走ろうとする少女も。
仲間がいたから、翔先生がいてくれたから、なんとか今日まで笑顔を作り、 恐怖と絶望を心の奥底へと押し込めていたのだ。だが、親に会えない、 家に帰れないという現実の底冷えするような寂しさは、彼らの小さな胸を、 毎夜毎夜、ナイフのように切り裂いていたに違いない。
「……よし。それじゃあ、まずは四人全員で、グループ動画を撮ろうか。 その後、一人ずつ個別のメッセージを撮る。手紙も、今から時間をかけて、 自分の親への気持ちを素直に、書き殴ってくれ」
翔はスマホのカメラアプリを起動し、インカメラで四人を画面に収めた。
「いいか? 意地を張らず、気持ちを素直に伝えてくれ。……動画、回すぞ」
ピッと撮影開始の音が響く。
「お父さん、お母さん! 私だよ、鏡花! 信じられないかもしれないけど、 私たちは今、異世界っていうすっごい豪華なファンタジーの世界にいます! 翔先生が守ってくれてるから、全然大丈夫だよ! ご飯も美味しいし、 お風呂にも入れてるから、絶対に心配しないで!」
「陽斗です! こっちはなんか、中世ヨーロッパみたいでマジでウケるよ! 俺、超すごいスキルも手に入れたから、めちゃくちゃ強くなってる! 宿題もしなくていいし、みんなで楽しんでるから、お母さんもお父さんも泣かないで待ってて!」
四人は、スマホの画面に向かって、できる限り明るく、とびきりの笑顔を浮かべて、 手を振っていた。
「本当に、大丈夫だからね!」「また手紙書くから!」「絶対に帰るから、待ってて!」
撮影が一度、終了した。
「よし、グループ動画は完璧だ。……それじゃあ、次は個別だな」
翔はスマホを女子二人に手渡した。
「ほのか、鏡花。この部屋の隣の空き部屋か、バスルームの静かなところで、 一人ずつ撮影してきなさい。手紙もそこで、誰にも見られないように素直に書くといい」
「うん、先生……ありがとう」
二人は涙を拭い、スマホと紙を抱きしめて、そっと部屋を出ていった。
残された男子客室には、重い静寂が降りていた。
水上と不破は、丸テーブルの前に並んで座り、万年筆を握りしめて羊皮紙に向き合っていた。
カリ、カリ、とインクが紙に染み渡る音が、静かに響く。
水上は最初、明るい表情で文字を書き始めたが、書き進めるうちに、 そのペン先が次第に震え、インクの滲みが、ぽつり、ぽつりと紙の上に広がっていった。
不破もまた、奥歯を強く噛み締めながら、溢れ出る涙を手の甲で何度も拭い、 必死に机に向かい合っていた。
仲間がいるから、お互いがいるからこそ、崩れずにいられる。
だが、その笑顔の裏には、十七年にも満たない短い人生で培ってきた、家族への甘え、 愛着、そして突然それを奪われた、底知れない「悲鳴」が、隠されていたのだ。
一時間後。
女子二人が戻ってきた。
その瞳は真っ赤に腫れ上がっており、泣き疲れたような、しかしどこか憑き物が落ちたような、 すっきりとした、かつてないほどに美しい、清らかな笑みを浮かべていた。
四通の手紙と、スマホが、翔の左手へと戻ってきた。
「みんな、本当によく頑張ったな。お前たちの気持ちは、明日の朝、 必ず、家族の元へ届けられる」
翔は四人の頭を、大きな掌で、何度も、何度も、慈しむように撫でた。
翔は、四人の心のこもった手紙と、泣き腫らした顔で必死に親への愛を叫んだ動画の入ったスマートフォンを、 自分の『左手』へと持ち替えた。
──すっ。
一瞬の光の消失。
彼らの魂の叫びは、数千光年、あるいは次元の壁すら超えて、 大阪のタワーマンションにいる、もう一人の信頼すべき主人公の元へと、確実に送り届けられた。
『──確かに受け取ったで、兄貴。……動画、今ちょっと見たけど、これは泣けるな。 四人の親御さんたち、絶対に安心させたみせるから、そっちは任せとけ』
耳元の駿の声は、いつになく力強く、かつ静かな怒りと決意に満ちていた。
「頼んだぞ、駿。お前の『つながる左手』だけが、俺たちの心の最後の支えだ」
夜が深まるカノーヴァの街。
その片隅で、異世界に召喚された子供たちの心は、確かに日本にいる家族と、再び「繋がった」のだった。
明日から始まる、カノーヴァ領での新たな日々。
だが、心に宿った確かな絆が、彼らをかつてないほどに強く、 そして前向きにさせていた。
スマホを通じた、奇跡の家族の繋がり。4人の笑顔の裏にあった本音が溢れる回でした。
次の話(第14話)は、今夜20:40に更新です! 舞台は再び日本、大阪・梅田へ!




