第十二話:カノーヴァ領への到着。日本の家族を救うため、投資家の弟が動き出す
1.カノーヴァ伯爵の好みと、日本での「お買い物」
山の中腹から伸びるなだらかな坂道の先、視界が一気に開けた。
西日に照らされ、美しく輝く街並み──今回の旅の中継地であり、 ベアトリーチェの生まれ故郷でもある「カノーヴァ伯爵領の領都」が、ついにその全貌を現した。
御者台に座る翔は、隣の馬車を操る騎士レオンを見つめ、穏やかに声を張り上げた。
「レオンさん! あそこに見えるのがカノーヴァの領都ですね。とても美しい街だ」
「はい、翔殿! あそこが我が主君の治める地です。皆様をお迎えできることを、誇りに思います!」
レオンが誇らしげに答える。
翔はレオンとの雑談の合間に、もう一つの重要な事柄を切り出すことにした。
「レオンさん、少し不躾な質問なのですが、カノーヴァ伯爵──つまりベアトリーチェ様のお父上は、 どのような物がお好みなのでしょうか? 今回、我々は伯爵の屋敷に二泊ほどお世話になる予定です。 何か日頃の感謝とお礼を兼ねて、私から特別な贈り物を差し上げたいと考えておりまして」
「おや、それは恐縮にございます、翔殿。そうですね……我が主君は、 他国から仕入れた一風変わった珍しいお酒や、 高度な技術で精巧に作られた美しい筆記具などをとても好まれます。ですが、あまり気を使われませんように」
「珍しいお酒と、精巧な筆記具ですか。教えていただき感謝します、レオンさん」
翔はにこやかに礼を言い、すぐに頭の中で弟の駿へと意識を繋げた。
「──駿、聞こえるか?」
『──バッチリ聞こえとるで、兄貴。カノーヴァ伯爵の好みは、珍しい酒とええペンやな? お安い御用や。日本では明日は土曜日やからな。 朝イチで梅田か心斎橋の百貨店にでも買い出しに行って、 最高級のシングルモルトウイスキーと、日本の職人が手作りした特製の万年筆でも見つけてきたるわ。 二泊するってことは、明日か明後日には渡せるやろ』
「助かるよ、駿。お前に頼めば間違いなさそうだ」
『それと、兄貴……。実を言うと、俺から一つ、真面目な提案があるんや』
耳元での駿のトーンが、いつになく真面目で少し沈んだものに変わった。
「どうしたんだ?」
『俺ら、今回のことでもっと早く気づくべきやったわ。……お前の後ろに乗っとる生徒四人の「親御さん」のことや』
「……っ」
翔は胸が締め付けられるような衝撃を感じた。
『学校の授業中、目の前で自分の子供が忽然と消えたんや。日本は今、大騒ぎなんてもんやない。 警察の捜査はもちろん、テレビのニュースでも毎日のように「神隠し」「集団誘拐」って報道されとる。 親御さんたちの心配と悲しみは、今この瞬間も想像を絶するレベルやろう。四人ともまだ十六、七の子供やからな』
「そうだ、その通りだ……。生徒たちの命を守ることで頭がいっぱいになっていて、 日本の家族のことにまで頭が回っていなかった。俺はなんて愚かな教師なんだ……」
『自分を責めるな、兄貴。そっちの命のやり取りだけで手一杯やったんは当然や。 せやこそ、この「つながる手」の出番やんけ。伯爵の屋敷で落ち着いたその夜にでも、 四人全員に手紙を書かせてくれ。それを左手の転送で俺に送るんや。 俺が土曜日中に、それぞれの実家のポストに直接投函、あるいは親御さんに直接手渡してくる』
「……駿。それは、本当に可能なのか?」
『おう。お前が送ってくれたスマホもあるやろ? どうせなら手紙だけやなくて、 そっちのスマホのビデオカメラで、元気な姿の「動画」も撮って送れ。 手紙と、我が子が喋っとる動画の両方があれば、親御さんも確実に俺らの言葉を信じて、 心の底から安心してくれる。この「つながる手」は、敵をぶち倒すためだけやない。 大切な家族を安心させるために使うのが、一番のチートやろう』
「ああ、お前の言う通りだ」
翔は胸が熱くなるのを感じ、深く頷いた。
「段取りはすべてお前に任せる。本当に、ありがとう、駿」
『水臭いこと言うな。俺らのチームワークは世界最強やろ。……ほな、買い出しの準備しとくわ』
繋がる意思が静かに切れ、翔は小さく息を吐いた。
生徒たちを救い、無事に家に帰すことだけが教師の役目ではない。 取り残された家族の心を救うことこそが、今、自分にできる最大の「義務」であった。
2.領都到着と、伯爵家の晩餐
街道を抜け、夕暮れに染まる美しい門を潜ると、そこは活気に満ちた美しいカノーヴァの街だった。
レンガ造りの家々が並び、通りには馬車や人々が行き交っている。一行を乗せた三台の馬車は、 領民たちの好奇の視線を浴びながら、街の中央に位置する格式高い「カノーヴァ伯爵邸」へと到着した。
「皆様、到着いたしました!」
レオンの先導により、重厚な鉄の門が開かれ、手入れの行き届いた前庭へと馬車が滑り込む。
護衛を務めてくれた六名の冒険者たちは、明後日の昼の出立時刻まで、 王家が手配した街の一流宿で休息と宿泊をとることが告げられ、笑顔で街へと繰り出していった。
翔たち五人、そして同行したアデライード、ベアトリーチェ、騎士グスタフ、レオンの九名は、 伯爵家の執事に導かれ、広々とした美しいロビーへと通された。
「お帰り、ベアトリーチェ! そして……異界の強者、三好翔殿。ようこそ、我がカノーヴァの地へ、歓迎いたします」
ロビーの奥から、上品な青いガウンをまとった、威厳と知性を感じさせる紳士── ベアトリーチェの父であるカノーヴァ伯爵と、その傍らで優しく微笑む温和な伯爵夫人が姿を現した。 さらにその横には、ベアトリーチェによく似た面立ちの、 快活そうな青年──伯爵家の長男であるアルベルトが控えていた。
「お父様、お母様、お兄様! ただいま戻りました!」
ベアトリーチェが嬉そうに駆け寄り、両親と固く抱き合う。 アデライードもまた、親戚のような存在である伯爵夫妻に対し、いつものツンとした態度を崩しつつも、 丁寧なお辞儀をして再会を喜んでいた。
「ご紹介します、お父様。こちらが王都でカイル様たちを瞬時に降し、 王家と素晴らしい契約を結ばれた、異界の教師、三好翔先生と、その素晴らしい教え子たちですわ」
ベアトリーチェの紹介に、カノーヴァ伯爵は翔を見上げ、その尋常ならざる長身と、 穏やかながらも奥底に底知れぬ力を秘めたグレーの瞳に感嘆の息を漏らした。
「うむ……噂以上の傑物とお見受けする。我が娘を王都から無事に送り届けてくれたこと、 心より感謝する。本日は旅の疲れを癒していただくため、ささやかではあるが晩餐を用意した。 まずは席へ」
絢爛豪華な食堂に案内され、出された料理は、どれもカノーヴァ領の豊かな恵みを活かした絶品ばかりだった。
晩餐の席には伯爵夫妻と長男、そして翔たち五人とアデライードが同席した。
席上、カノーヴァ伯爵は、アルベルトを交えて国の現状を翔たちに詳しく説明してくれた。
「今回の召喚では、神官長らの暴走により不本意な形で貴殿らを巻き込んでしまい、 本当に申し訳なかった。……だが、一つ我が国の代表選考について、安心材料を伝えておこう。 確かに、今年度の代表候補であったカイルたちのパーティーは、 翔殿の実力によって解散、あるいは再編成を余儀なくされた。だが……」
伯爵はワイングラスを傾けながら、落ち着いた声で言った。
「一昨年、そして去年に選出され、すでに『祝福の種』を得た先輩代表候補たちのパーティーは、 国内の複数の安全なダンジョンにおいて、順調にレベルを上げ、確実に成長を遂げている。 彼らの実力は、王都にいるカイルたちとは比較にならんほどに高い。だから、仮に今年の若者たちが少し遅れを取ったとしても、 闘技大会全体で見れば、我が国が中央ダンジョンの権利を完全に失うほどの事態にはならん。 それは我々にとっても、安堵すべき事実なのだ」
「一昨年と去年の代表候補たち……。なるほど、世代ごとに幾重にもバックアップが存在しているのですね。 それを聞いて少しホッとしました」
翔は教え子たちの顔を見つめた。生徒たちも、自分たちが「国のすべてを背負う必要はない」 と知り、肩の荷が下りたように小さく息を吐いていた。
その後、会話は召喚の経緯から、駿が用意した『魂の契約書』の悪辣な条件、 そして道中の「野外露天風呂」という突飛な話にまで及んだ。
「ははは! 魂の契約で安全を確保しつつ、魔法でお風呂を作って旅を快適に過ごすとは! 異界の強者は、戦いだけでなく生きる知恵にも長けているのだな!」
伯爵の長男アルベルトが快活に笑い、水上や不破の肩を叩く。
「カノーヴァ伯爵」
翔は表情を少し引き締め、伯爵に向き直った。
「我々が結んだあの契約、そして現在のブルグンド公爵領へと移動する方針について、 伯爵の目線から、何か今後『問題』となりそうな、あるいは気をつけるべき死角はありますでしょうか?」
伯爵はしばし沈黙し、翔を真っ直ぐに見つめ返した。
「……そうだな。アルトリウス王がサインした『魂の契約』は絶対であるとすれば、国として君たちを害することは不可能だ。 だが、貴族社会には様々な『裏ルート』が存在する。王が直接指示を下さずとも、 王家の契約に縛られない『闇の勢力』や『隣国の工作員』、あるいは王に忖度して勝手に動く不埒な地方貴族が、 君たちの存在を危険視して動き出す可能性は否定できん。何しろ、君たちは王家を力で屈服させたバケモノなのだ。 その点は十分に警戒しておいた方がいい」
「他人の手を使った間接的な介入、あるいは独自の忖度、ですか……。 肝に銘じておきます」
翔は、やはり甘い世界ではないと、気を引き締め直した。
食事が終わり、一同は長旅の疲れを癒すべく、用意された極上の客室へと案内された。
異世界無双の裏で、日本に残された親たちの心に寄り添う駿。
次の話(第13話)は、明日朝07:40に更新。涙なしには読めない『深夜のホームルーム』です。




