第百一話:大阪の要塞と、指輪の誓い
異世界での活動と平行して、日本側での準備もまた着々と進められていた。
大阪・北区のタワーマンション。マルチディスプレイの蒼い光が灯るリビングで、三好駿は腕を組みながら、新しく運び込まれた巨大な機材の設置作業を見つめていた。
「よし、これで配線は完了やな。蓮、通信同期のテストを頼む」
「了解です、先輩」
丸眼鏡を押し上げながら、名取蓮が高速でキーボードを叩く。その隣では、不破玲香が手際よくモニターの解像度や音響設定をチェックしていた。
今回設置されたのは、壁一面を覆うほどの超大型高精細ディスプレイ。異世界のブルグンド公爵領と、日本側に集まる生徒たちの両親──いわゆる「四家族の親たち」をリアルタイムで繋ぐ、前代未聞の『超大規模リモート家族会議』を開催するための特別システムだった。
「……完璧ですわ、駿先輩。音声の遅延は0.01秒以下、映像のノイズ除去プロトコルも正常に機能しています。これなら、向こうの公爵様たちの表情の変化まで、鮮明に確認できますわ」
「ありがとう、蓮。玲香ちゃんも手伝ってくれて助かったわ」
「ふふ、駿さんのためならお安い御用ですよ!」
玲香が嬉しそうに微笑み、駿の隣へすっと寄り添う。
テストが完了し、室内に静けさが戻った。駿は二人の女性を見つめ、ふっと表情を真剣なものへと切り替えた。ポケットに手を入れると、小さなベルベット地の小箱を二つ取り出し、テーブルの上に静かに置いた。
「……蓮、玲香ちゃん。ちょっと真面目な話をさせてくれ」
二人は一瞬首をかしげたが、駿のその真剣な眼差しに気圧され、ゆっくりとソファへ腰掛けた。
「……俺はな、お前たち二人を心から愛しとる。この先、何があっても二人とも幸せにしたいと思っとるんや。……だがな」
駿は苦笑混じりに、日本の厳しい現実を口にした。
「今の日本の法律じゃ、俺は二人同時に結婚することはできん。かと言って、どちらか一人とだけ籍を入れて、もう片方を愛人みたいに扱うなんて……そんな不誠実な真似、俺のプライドが絶対に許さへん」
「……駿さん」
「だから俺は決めたんや。俺たちの『場所』は、この日本の枠組みの中だけやない。……いつか兄貴たちが異世界のダンジョンをすべて攻略し、向こうでの基盤が完璧に固まった時、俺はお前たち二人を連れて、異世界へ移住する」
駿は力強く宣言した。
「向こうのルールなら、俺は二人を同時に、堂々と『正妻』として娶ることができる。二人を同じように愛し、守り抜くことができるんや。……これが、俺が出した答えや」
駿は小箱を開けた。中には、シンプルだが洗練された輝きを放つ、プラチナのプラチナリングが二つ、鎮座していた。
「日本での籍やない。けれど……俺の生涯を二人に捧げるという、本気の『誓いの指輪』や。受け取ってくれるか?」
一瞬の静寂。
蓮は、その指輪を見つめながら、深々と息を吐き出した。
(……やっぱり、この人はどこまでも真っ直ぐで、不器用で、狡い……)
蓮の胸の中に、諦めと、それを遥かに上回る巨大な安堵が広がっていく。
蓮には身寄りと言える親族がおらず、大学時代もずっと孤独の中にいた。誰も頼ることができず、ただ自分の知性だけを頼りに生きてきた彼女にとって、駿という男は初めて自分を「必要な存在」として受け入れてくれた光だった。
(日本の一夫一婦制という風習から外れる……。けれど、駿先輩の隣にいられる。二番手でも愛人でもなく、私を本気で『妻』として愛してくれる……。なら、世界のどこへだってついていくわ)
「……全く、どこまでも規格外な選択をなさるんですから」
蓮は少し呆れたような、けれど目元に涙を浮かべた優しい笑みを浮かべ、指輪を手に取った。
「仕方ありませんわね。……駿先輩の選択なら、私はどこまでも同行いたしますわ。私を『妻』にしてくださるという約束、反故にしたら許しませんからね?」
一方、玲香は遠慮など一切なかった。指輪を見た瞬間、サクラ色の頬をさらに真っ赤に染め、飛びつくようにして駿の手から指輪を受け取った。
「嬉しい……! 嬉しいです、駿さんっ! 法律なんて、日本の常識なんてどうでもいいです! 私は駿さんが好きで、駿さんの奥さんになれるなら、異世界だろうと世界の果てだろうと、喜んでついていきます!」
玲香は指輪を左手の薬指にはめると、感極まって駿の首に抱きついた。
「駿さん、大好きです! 絶対に幸せにしてくださいね!」
「お、おう……! わかっとるって、玲香ちゃん……」
タジタジになる駿の横で、蓮もまた、自分の薬指に指輪をはめ、照れくさそうに、しかし誇らしげにその輝きを見つめていた。
世界を超える二人の少女との絆。駿は、不敵な笑みを浮かべながらも、二人を絶対に幸せにしてみせるという、男としての重い覚悟を胸に刻むのだった。




