第百話:行軍と、兄弟のインカムトーク
二日後。
『天空の神殿』攻略の熱気が未だ王都に残り、貴族たちが「三好翔」という脅威と『ミヨシ・トレーディング』の利権に戦慄する中、俺たち九人は王都のブルグンド公爵邸を後にした。
今回の移動は、大船団や荷馬車を引き連れた大仰なものではない。
すでに途中の関所や街道の魔物は一度散らし、安全ルートが確保されていること。そして何より、全員が日本のランニングシューズと高機能インナーを装備し、毎日プロテインを摂取して鍛え抜かれた『超人アスリート』へと成長しているためだ。
「よし、全員! 北部ブルグンド公爵領に向けて、軽めのランニングで出発するぞ! 隊列を崩すなよ!」
「「「おー!!!」」」
先頭を走る俺とカイル、陽斗。その後に不破やジーモ、女子組が整然と続き、爽やかな秋風が吹き抜ける街道を、軽快な足取りで疾走し始めた。時速三十キロ近いペースだが、全員息一つ乱れていない。
俺は走りながら、耳元に装着した超小型インカム──『つながる手』の念話回線を起動し、大阪の駿へと通信を繋いだ。
『──おーい、兄貴。そっちはもう王都を出発したんか?』
脳内に響く、駿のいつもの軽快な関西弁。
「ああ、今、街道をランニングで北上中だ。二週間後にはブルグンドの領都へ戻れる予定だよ」
『二週間で700キロのランニングとか、相変わらずお前たちの体力はバケモノやな……』
駿が呆れたように笑う。
「それより、駿。例の件なんだが……」
俺は走りながら、真剣なトーンで切り出した。
「召喚されてから、これでちょうど半年だ。……そろそろ、日本の俺たちの親父とお袋へ、現状を報告しようと思うんだが、どう思う?」
念話の向こうで、駿が一瞬沈黙した。そして、重い溜め息とともに、愚痴っぽい声が返ってきた。
『……はぁーあ。やっぱりそれ言うか、兄貴。……ほんま、お前は気楽でええわな~』
「え? 俺が気楽?」
『当たり前やろ! お前は異世界におるから、オトンやオカンに直接、目の前で胸ぐら掴まれて怒鳴られることも無いんやぞ!? こっちの日本の実家で、俺がどんだけオカンや不破のおじさん(警察幹部)たちに詰め寄られて、冷や汗流して弁明しとると思ってんねん!』
「う……そ、それは、いつも苦労をかけていて本当にすまないと思っているが……」
俺は思わず苦笑した。確かに、日本側で家族の対応や特許の手配、果ては他国の工作員との立ち回りまで一手に引き受けてくれているのは駿だ。
『オカンなんか、毎週末にタワマンに押しかけてきてな。「翔はちゃんとご飯食べてるの!? 怪我してないの!? 異世界の女の子と変なことしてないの!?」って、機関銃みたいに質問責めにしてくるんやぞ。俺、その度に「兄貴は神殺しの聖剣で無双しとるから大丈夫や」って宥めるの、どんだけ胃が痛いか……』
「あ、はは……お袋らしいな。元気そうで何よりだ」
『笑い事ちゃうわ! ……まあ、でもな』
駿は少しトーンを落とし、優しく微笑むような声になった。
『半年やもんな。オトンもオカンも、表面上は俺の言葉を信じて安心しとるフリしとるけど、やっぱり長男のお前の顔を、声を、直接聞きたがっとる。……良い機会やと思うで』
「そうか。……ありがとうな、駿」
『で、どうするんや? 手紙か? それともまたビデオレターか?』
「いや」俺は前方の地平線を見つめ、ハッキリと言い放った。
「二週間後、俺たちがブルグンド公爵領の城へ戻ったら……『つながる手』のリアルタイム通信を使って、全員集めてリモートで話をしようと思う」
『全員、って……まさか』
「ああ。俺とお前、日本の親父とお袋。そして……陽斗たちの四家族の両親。さらには、公爵閣下や伯爵閣下も同席してもらって、両界の家族全員を繋いだ『超大規模リモート家族会議』を開催する」
駿は一瞬、絶句した。そして──お腹を抱えて豪快に爆笑し始めた。
『──アハハハハ! 兄貴、お前ほんまに腹くくったなぁ! 異世界の公爵様と、日本の警察幹部や主婦同盟、そして俺たちのオトンとオカンを同じ画面に集めてリモート会議とか、地球の歴史上でも前代未聞の修羅場になるぞ!』
「ふっ……覚悟の上だ。俺たちがこの異世界で生き抜き、生徒たちを返し、俺自身がこちらで家庭を持つという未来を掴むためには、すべてをオープンにして筋を通すしかないからな」
『よっしゃ、乗ったわ! 俺も名取蓮と玲香ちゃんを横に侍らせて、堂々と「二人同時に結婚します」ってオトンに報告したるからな! おかんたちの度肝を抜いてやろうや!』
「お前もどさくさに紛れて恐ろしい報告を混ぜるな……」
二人の双子の弾んだ笑い声が、秋の爽やかな風に乗って、異世界の街道へと溶けていっていった。
4.二週間後の決意
それから、二週間の月日が流れた。
日中はランニングと街道の魔物の討伐、夜は野営地での和やかな食事と戦術のシミュレーション。
水上たちの成長は目覚ましく、途中で遭遇した中級の魔物の群れなども、シェリーの的確な指示のもと、全員が傷一つ負うことなく一瞬で撃破してみせた。
そして、十四日目の夕刻。
「──先生! 見えてきたよ! ブルグンドの領都だ!」
先頭を走っていた陽斗が、遠くの小高い丘の上を指さして叫んだ。
西日に照らされ、黄金色に輝く巨大な石造りの城郭──ブルグンド公爵城。
その雄大な姿が、視界いっぱいに広がっていた。
「……着いたな」
俺は脚を止め、深く息を吸い込んだ。
「みんな、お疲れ様。……さあ、城へ入ろう」
「「「はい!!」」」
帰還を果たした九人の英雄たちを迎え入れるため、公爵城の巨大な重厚な門が、ゴゴゴ……と音を立てて開かれていく。
門の向こうには、すでに俺たちの帰還を察知していたブルグンド公爵、キース、そして──ドレスの裾を握り締め、目をうるませて俺を見つめるアデライード、ベアトリーチェ、アイリスの三人娘の姿があった。
俺はポケットの中のスマートフォンを強く握り締め、心の中で駿へと呼びかけた。
(──駿。無事に北部へ戻ったぞ)
『──おう、お帰り、兄貴。こっちの機材の準備も完璧や。いつでも「世界間リモート家族会議」、開始できるで』
(ああ。……さあ、すべての筋を通し、未来を掴み取るための、本当の『授業』を始めようか)
茜色に染まる北部の空の下、俺たちは確固たる一歩を踏み出し、城内へと足を進めるのだった。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
強制召喚から半年が経過しました、面白い!この後の展開が気になるという方はぜひとも
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