第十話:【つながる手】の真の能力覚醒! 異世界の森に突如完成する究極の露天風呂
3.つながる左手の「発見」
生徒たちが少し離れた場所で訓練を行っている最中、翔は木陰で一人、 王城の料理人が用意してくれたパウンドケーキ(パン)を受け取り、静かに食べていた。
右手で受け取ったパンを、何気なく「左手」に持ち替えた、その瞬間だった。
──すっ。
左手にあったはずのパンが、まるで最初から存在しなかったかのように、光の粒子すら残さず、一瞬で消え去った。
「え……?」
翔が我が目を疑った、まさにその時。
『──うおおおおおおおっ!? 兄貴! 兄貴、今何した!?』
耳元で、駿が耳を劈くような大声をあげた。
「駿!? どうしたんだ、急に!」
『今、俺がデスクでチャート睨んどったら、俺の「左手」の上に突然、食いかけのケーキが現れたんや! こんなん犯人お前しかおらんやろ!?』
「な、何だって……!?」
翔は驚愕して自分の左手を見つめた。
「今、右手から左手にパンを持ち替えたら、パンが消えたんだ」
『待て、ちょっと検証や。俺が今から、この食いかけのパンを俺の「左手」に持ち替えるで。そっちの左手、意識しとけ!』
翔がごくりと唾を飲み込み、自分の左手を見つめると──。
次の瞬間、空間がほんのわずかに歪み、翔の左手のひらの上に、先ほど消えたはずのパウンドケーキが、 寸分違わぬ姿で「出現」した。
「……出た。本当に、俺の左手に戻ってきた」
『マジか……! これがスキルの正体か!【つながる手】っていうのは、 俺の左手とお前の左手が、次元を超えて直接「つながっている」って意味やったんや! 物質の瞬間双方向転送スキルや!』
二人は、この発見の重要性に一気に興奮した。
「駿、パン以外のものでも試してみよう。もっと複雑な工業製品でも通るか?」
『よし、待っとれ。俺が昔使ってて、今は引き出しに眠ってたスマートフォンがある。 充電を満タンにして、今から左手に持ってそっちに送るわ。いくぞ!』
一分後、翔の左手に、金属質な感触とともに、見慣れた現代日本のスマートフォンがずしりと出現した。
画面をタップすると、時計こそ狂っているが、正常にバックライトが点灯し、アプリのアイコンが並んでいる。
「……使える。電源も入るし、タッチパネルも正常に動くぞ」
『最高やん! これ、異世界にいながらにして、地球の最新機器が何でも使えるってことやろ! ネット回線は繋がらんかもしれんけど、電卓とかカメラとか、オフラインの便利機能だけでもチート級や!』
耳元の駿が、この上なく邪悪で、最高に楽しそうな声でほくそ笑む。
『なあ兄貴。これからもっと面白いことができるで。そっちの世界にある、 地球にはない魔法のポーションとか、魔道具とか、魔石とかをそのスキルで俺に送ってくれや。 俺が現代の科学技術で分析するか、あるいはヤバい効果の魔石を俺の画面を通して同期して、 さらに強力な「課金アイテム」をお前に送り返したるわ』
「なるほど。異世界の物質を地球の知識で解析し、それを元にさらに強力なチート装備を開発する。 ……素晴らしい計画だな、駿」
双子の兄弟は、異世界と現代日本という遥かなる距離を超えて、お互いに不敵な笑みを交わし、 壮大なチート計画の第一歩を踏み出したのだった。
4.鏡花の提案と、野外露天風呂
旅の宿は、国王アルトリウスが魂の契約に怯えて手配しただけあって、どこも貴族用の最高級の部屋ばかりだった。
だが、日本人の高校生たちにとって、どうしても我慢できないことが一つだけあった。
「──お風呂に入りたい」
四つ目の町へと向かう街道の途中、休憩時間に柊鏡花が、心底ため息をつきながら言った。
「宿のお部屋はすっごく豪華だけど、お風呂がないんだもん。この世界の貴族って、 身体を温かい濡れタオルで拭くだけなんだって。もう三日も頭洗ってないよ、限界だよ……」
橘ほのかも「分かる……。女の子として、毎日お風呂に入れないの、本当につらい……」と涙目で同意する。
次の目的地であるカノーヴァ伯爵領の領都までは、まだ距離に十分な余裕があった。
そこで、鏡花がある妙案を思いついた。
「ねえ、ほのか。ほのかって『天啓の石』で【大魔導】のスキルを手に入れたよね? 確か土属性と水属性、それに火属性の魔法も少し使えるって言ってたよね?」
「え? うん、まあ、基礎的な魔力の流れはコントロールできるようになったけど……」
「だったら、このあたりの安全な場所で、ほのかの魔法を使って『露天風呂』を作れないかな!? 私の【疾風のステップ】で周囲の索敵は完璧にやるから!」
「露天風呂!? そんなの、できるかな……」
橘は驚いたが、お風呂への執念は二人とも同じだった。すぐに翔に相談すると、 翔も「それは良いアイデアだ。みんなの衛生的にも、お風呂は必要だな」と快諾した。
さっそく街道から少し外れた、見晴らしの良い、しかし岩壁に囲まれた安全な空間を確保した。
冒険者たちとグスタフに事情を話し、周囲の警戒を徹底してもらう。
「よし、ほのか。やってみろ」
「うん……! えいっ!」
橘ほのかが魔力を解放すると、地面の岩盤がぐにゃりと歪み、綺麗にくり抜かれて、 人が十人ほど入れる見事な浴槽が形成された。そこへ、ほのかが魔法で純水を満たし、 仕上げに火属性の魔力で適温に温める。
「できた……! 完璧な温度のお湯だよ!」
ほのかが嬉しそうに叫んだ。
湯気がモウモウと立ち込める、本格的な野外露天風呂の完成だった。
安全確保のため、まずは女子組(ほのか、鏡花、アデライード、ベアトリーチェ)が最初に入ることにした。
アデライードは最初、「そのような野蛮な野外の泥水に入るなど、公爵令嬢としてあり得ませんわ!」 と激しく拒絶していた。だが、ベアトリーチェに「アデライード、お肌がとても滑らかになりますわよ? それに、長旅の疲れも一瞬で吹き飛びます」と手を引かれ、ほのかたちの熱心な説得もあって、 渋々入ることに同意した。
即席で作った目隠しの岩壁の向こうから、やがて楽しげな女子たちの声が響いてきた。
「ひゃあ! 鏡花ちゃん、胸おっきい! 羨ましいなー!」
「そんなことないよ! ほのかちゃんこそ! ……あ、アデライード様、お肌が本当に真っ白で綺麗ですね」
「な、何を言っているのですか、無礼な! ……でも、この、温かい水というのは…… 信じられないほど、気持ちが良いですわね……」
「アデライード、とても可愛いお顔をしてらっしゃいますわよ」
「ベアトリーチェ! どこを触っていますの! やめてください、くすぐったいですわ!」
「……」
岩壁のこちら側、男子待機所。
翔、水上、不破、グスタフ、レオンの五人は、立ち上る湯気を眺めながら、 ビミョーな表情で沈黙していた。
「……先生。これ、聞いてていいんですかね?」
水上が真っ赤な顔で耳を塞ぎながら囁いた。
「ダメに決まってるだろ。よし、みんな、回れ右だ。これ以上は教育上、非常によろしくない」
翔が苦笑していると、目隠しの向こうから、護衛の女性冒険者が顔を出した。
「おい、男ども。色気づいた声を盗み聞きしてんじゃないよ。 聞こえない範囲まで下がって、あんたたちも周囲の警戒を手伝いな!」
「あ、はい。すみません……」
翔たちはすごすごと、女性冒険者に追い出されるようにして、その場を後にしたのだった。
左手がつながった! 現代日本の便利機器が異世界に持ち込めるようになりました。そして、女子一同待望の露天風呂回でした(男子組はすごすごと退散)。
次の話(第11話)は、明日朝07:40に更新です!




