走る
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
仲間たちのいる方角で、まばゆい魔法の輝きが弾けた。
それを見た瞬間、私は反射的に街の方角へと走り出していた。
「風よ、我が身を包み、運べ――!」
短く詠唱を紡ぐ。
幸いにも下り坂だった。魔法の追い風を受けた私の身体は、一気に加速していく。
街まではまだ遠い。同じ役割を託された者たちの気配は、もうどこにも感じられなかった。皆、無事でいるのだろうか。いや、今は考えるな。ただ前へ進むしかない。
身体の芯から魔力が枯渇していくのが分かる。
3本目の魔力回復ポーションを、走りながら強引に喉へ流し込んだ。
どれほど走り続けただろうか。
「――見えた!」
視界の先、自由都市の自警団が構える砦の先端が、小さく浮かび上がっていた。
日が沈みかけた黄昏時。砦にはぽつぽつと灯りが灯り始めている。
小さく、けれど今の私を希望へと導く、心強い灯火。
(早く着かないと……みんなが、待っている!)
手探りで腰のポーチをあさり、4本目のポーションを一気に飲み干して、再び風の魔法を重ねがけする。身体が悲鳴を上げるが、構っていられない。
あと少し、あと少しだ。しかし、まともな街道を進んでいては時間が足りない。
その時、右手に放棄された旧道の跡が目に入った。
確か、砦へ直行するならこちらの方が近いはずだ。ここから先は上り坂が増えて体力的には死ぬだろうが、距離は圧倒的に短い。
「……こっちだ!」
身体を右へ傾け、旧道へと足を踏み入れようとした――その瞬間。
突如、身体に強烈な衝撃が走った。
(……何が、当たった……?)
視界が、急速に黒く染まっていく。
それが、私の意識が闇に落ちる前の、最後の思考だった。
――どさりと、力なく身体が地面に崩れ落ちる。
一匹の魔物が、構えていた棒状のものを脇にいるもう一体へ手渡した。
このあたりに生息する魔物の数自体はそう多くない。群れを作ることもあるが、基本的には野生の獣と変わらないはずだった。
しかし、この魔物たちは違った。
頑丈な鎧を身にまとっている。それも、周囲に潜む者たちと同じ、明らかに「あつらえられた」軍装を。
鎧も、そして今しがた男を仕留めた手元の「棒状のもの」も、丁寧な作りであることが遠目にも窺え、工房で生産されたものであることを物語っていた。小さな頭部の兜、手元の籠手も、ところどころ金属で補強されている。
フシュー、と鼻を鳴らし、目を凝らして周囲を警戒していた魔物が、短く低く唸った。
それを合図に、手際よく死体が持ち上げられる。
倒れた草や地面の足跡を丁寧にならし、人間を仕留めた痕跡を消していく。
そして、魔物の群れは再び、音もなく草むらの中へと身を伏せた。
次の獲物を、確実に、一撃で仕留めるために。
彼らは、単なる凶暴な獣の集まりではない。
意志を持ち、統率された規律ある集団――すなわち「軍」であった。
野生動物がその過半を占め、魔物に出会うこは稀だった平穏な日々が、いま、静かに終わりを告げようとしていた。




