空
なぜ、私は空を見ているのだろう。
背中に視線を感じる。いつもなら「お部屋に入りましょう」と甲斐甲斐しく声をかけてくる侍女頭も、今日ばかりは声をかけずに遠くから私を見守るだけで、何も言ってこない。あの日と同じだ。
なぜ、私はずっと、こうして空を見つめているのだろう。
先ほどまで、父と兄が私の部屋に来ていた。二人が揃ってやってきたのは、私に「話」があるからだ。
――決して、聞きたくない話を。
『……諸侯たちも集まってきている。味方の国々の指揮官たちも、まだ幾日かはかかるが出迎えの用意をしなくてはならん。本格的な儀式は日を改めてとなるが、お前も顔を出さねばならんぞ』
父の厳格な言葉が、今も頭をよぎる。
勝手にやればいい。私は出ない。絶対に出たくない。
閉め切ったこの部屋にまで、大広間からの笑い声やざわめきが響いてくる。そこには、すでに各国から身分の高い指揮官たちが集まり、我が国の諸侯や騎士たちと勝利の宴を開いているはずだ。
無理もない。つい先ほど、前線からさらなる勝報が飛び込んできたのだから。
「また新たな伝令があったようだ。敵の残党がいた城砦を落とし、有力な指揮官も討ち取ったと」
私を大広間へ連れ出しに再び部屋へ戻ってきた兄――次の王たる皇太子は、私を気遣う眼差し浮かべながら、外の様子をそう語った。
兄の口から告げられるのは、国中が、そして皇太子である兄自身が待ち望んだであろう、輝かしい勝報ばかり。
敵の首魁を討ち果たしたこと。敵の本隊が崩壊し、追撃した味方が大勝を収めたこと。包囲されていた都市を奪還したこと。
続々と、世界を救った勝報が飛び込んでくる。
けれど――私が本当に聞きたい報せは、入ってこない。
もう、何日前だったかも思い出せない。
あの日、決戦の方角の空を、祈るように見つめていた。
その時、遠くで小さく、けれど強烈な光が瞬いた。夜の闇を切り裂くような、まばゆい光。
それは希望の光であり、勝利の光であり、未来の光だった。
――私以外の人々にとっては。
兄の呼びかけにも応えず、私はベッドの上で、膝に置いた小さなペンダントをじっと見つめている。
あの子が私にくれたもの。
細工が難しかったのだろう、手のあちこちに傷を作って、チェーンの輪の大きさも不揃いで。添えられた花は紙で作られている。
「はいっ」
白い歯を見せて、にかっと笑って差し出してくれた時のあの子の顔が、昨日のことのように鮮明に蘇る。
まだお互いに小さかった頃、不思議に思って聞いたことがあった。
『なんでいつも、その石を握ってるの?』
『にぎってない。まとわけてるの』
『?、あ、纏わせてるのね。何を』
『まりょく』
そんなこと本当にできるのかな、とその時は思った。けれど、これは秘密だよと真面目な顔で言われたから、あの子は本気なのだと信じることにした。
『なににつかうの?』
『あんね、まりょくをいっぱいにしてボカーンってするんだよ。ぼくは小さいから、普通じゃあいつを倒せないから』
――あの夜、遠くの空でまばゆく瞬いた、強烈な光。
あの子は、彼は本当にやってのけたのだ。やってしまったのだ。
まわりの誰もが、勝ったのだと喜んでいる。
けれど、私の世界はあの日、あの光と共に終わってしまった。
あの子の言葉が頭から離れない。
「必ず倒します。」
大粒の涙が姫の瞳から頬を伝ってこぼれ落ちていく。




