第4話「拾ってきた全部」
眠れない夜は、昔のことを考える。
ソウマが最初に残骸を拾ったのは、八歳の時だった。
今よりずっと小さくて、袋も体の半分くらいあって、重くて転びそうになりながら廃棄区画を歩き回っていた。拾ったのは、壊れたガジェットの破片だった。何に使えるのかも分からなかったけれど、光る部品が綺麗だったから持って帰った。
それを見た母親が、笑った。
「売れるかもしれないね」
その一言が、始まりだった。
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母親のことを、ソウマはあまり多く語れない。
顔は覚えている。声も覚えている。笑い方も、怒った時の顔も、疲れた時に黙って食事を作る背中も。でもそれ以上のことは、上手く言葉にできない。ソウマが十一歳の時にいなくなったから、記憶の量が少ないせいかもしれない。
病気だった。
スラムの病気は治りにくい。上の層に行けば治る病気でも、廃棄区画には医療施設がない。お金があれば商業区の医者にかかれるが、そのお金がなかった。ソウマが残骸を売り続けて、少しずつ積み立てていたお金も、最後は全部使った。
それでも足りなかった。
母親がいなくなった後、ソウマは三日間だけ泣いた。
三日経ったら、また残骸を拾いに行った。
泣いていても腹は減るから。それだけのことだった。
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残骸漁りを本格的に覚えたのは、それからだ。
生きるためにやっていたら、いつの間にか得意になっていた。何が使えて何が使えないか、触れば分かるようになった。売り先の相場も覚えた。交渉の仕方も、路地ごとの残骸の出方も、戦闘の後に一番いい残骸が出る場所も、全部体で覚えた。
必要だったから覚えた。
それ以上の理由はない。
ルドルフと知り合ったのは、ソウマが十三歳の頃だ。
当時のルドルフは修理屋を始めたばかりで、材料になるパーツを安く仕入れたがっていた。ソウマの目利きの話を聞いて声をかけてきて、最初の交渉は散々だった。
「これは三ネルだ」
「七で」
「三ネルだと言っている」
「五」
「三・五」
「四」
「……わかった。四だ」
今と全然変わっていない。あの頃から二人の交渉はそんな感じだった。
ルドルフが父親みたいかと聞かれたら、ソウマには分からない。父親の記憶がないから、比べようがない。ただ、ルドルフと話していると——誰かが自分のことを気にかけているという実感が、少しだけある。それがどういう感情なのかは、まだうまく言葉にできない。
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天井の穴から、夜空が見えた。
今夜は雲が多くて、星は一つも見えない。
ソウマは仰向けに寝転がったまま、天井を眺め続けた。眠れない理由は分かっている。今日のMVP集計の数字が、頭の中で繰り返しているからだ。
カラムの八百ネル。
セレストの六百五十ネル。
ソウマの二十二ネル。
比べるつもりはなかった。比べても意味がないと分かっている。でも数字というのは残酷で、一度頭に入ると簡単には出ていかない。
母親が生きていた頃、二人で一日に稼げる金は十五ネルもあれば良い方だった。それでもなんとかやっていけていた。十五ネルで食えていたなら、二十二ネルあれば十分なはずだ。
十分なはずなのに。
ソウマは手を持ち上げて、天井に向かって広げてみた。
切り傷だらけの手だ。爪の間に汚れが詰まっている。スラムの人間の手だと、一目で分かるような手だ。
この手で、何が変えられるだろう。
——お前には何かある気がするんだ。
ルドルフの言葉が、また頭をよぎった。
何があるというんだろう。残骸の目利きが鋭い。機械の構造を理解している。荷物の量が多い。そんなことを言われても、ソウマには実感がない。全部、生きるために必要だったからやってきただけだ。
でも——。
ふと、昨日の映像が浮かんだ。
カラムが光球を打ち込む瞬間。衝撃点からアーマーが広がる、あの一瞬。
なぜあの映像が何度も浮かぶのか、自分でも分からなかった。あれは別の世界の話だ。スポンサーがいて、才能があって、装備が揃っている人間の話だ。
それでも——。
母親がいなくなった後の三日間を、ソウマは今でも覚えている。
泣き続けた三日間。ただ床に座って、どこにも行けなくて、何もできなくて、ひたすら泣いていた。でも四日目の朝、ソウマは立ち上がった。
理由は特になかった。
ただ、腹が減っていたから。
それだけのことだったけれど——立ち上がった。
それからずっと、立ち上がり続けてきた。
商業区の面接で弾かれた時も。残骸の値段で足元を見られた時も。スラム出身というだけで馬鹿にされた時も。
毎回、また立ち上がった。
諦めた方が楽だと思ったことは、何度もある。でもなぜか、諦めきれなかった。
それが才能なのかどうかは、分からない。
でも——なくしたくないとは思った。
手を下ろした。
天井の穴から、雲の切れ間が少しだけ開いた。星が一つ、見えた。
すぐにまた雲に隠れた。
ソウマは目を閉じた。
明日も残骸を拾いに行かなければならない。飯代を稼がなければならない。ルドルフのところに寄って、値段交渉をしなければならない。
やることは明日も変わらない。
それでいい、とソウマは思った。
今のところは——それでいい。
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朝が来た時、ソウマはすでに目を開けていた。
眠れたのかどうか分からない夜だった。でも体は動いた。
袋を担いで、外に出る。
廃棄区画の朝の匂いが、鼻に入ってきた。機械油と錆と塩気。生まれた頃から嗅いできた匂いだ。
まあいい。
ソウマは歩き始めた。




