1-33
「そっち、もっと押さえて。暴れさせないで!」
「クーネさん、おねがい。もう少しだからがんばって!」
ドアの向こうから聞こえてくる懸命な怒声を、俺はどれだけの時間聞いているだろうか。
まだたいした時間は経っていないような気もするし、とても長かったような気もする。
自分自身には何もできず、ただ待っているしかないというのはこれほど大変なものだったのか。
そんなことをいまさら理解したところで何になるのだろう。
どちらにしても今の俺には待つことしかできないのだ。
「あの、賢者様。本当に大丈夫なんでしょうか。何かすごく大変なことになってるような……」
ドアの前で立ち尽くす俺に付き添ってくれているレーンだが、やはり室内がどうなっているのか気が気ではない様子だ。
ジェームス王との謁見も控えているというのにこんなに気を使わせることになって申し訳なさでいっぱいだ。
だが後悔だけはしまい。
どういう結果になったとしてもこれは俺自身が選択したことなのだから。
「終わった、みたいですね」
そうつぶやいたレーンの声は小さかったわりによく聞こえた。
ドアの向こうの騒ぎが嘘のように静まり返ったからだ。
それはつまりクーネリアがどうなったのか、その結果を確認する時がきたということだ。
「お待たせしました。お二方、どうぞ中へ」
内側からドアを開けた女性に促され、俺とレーンは二人して頷きあう。
そうしてレーンを後に従えまずは俺から先に部屋へと入る。
果たしてそこにあったクーネリアの姿は――
「お、お兄ちゃん。あたし本当にこの格好しなくちゃいけないの?」
見事なまでのメイド服だった。
「もちろんだ。クーネにはティーセットを割った罰としてメイドさんの仕事を手伝ってもらう。お前の誠意が伝わるように一生懸命働くんだ」
「だからってこんな服、あたし初めて着るんだけど……」
そうなると俺は魔王にメイド服を着せた最初の男ということになるのか。
悪くないものだな。
若さゆえの至りというものは。
「すごいよ。本当にすごく似合ってるよ。最初はどうなるんだろうって思ったけど、こんなに素敵なメイドさなんて今まで見たことないよ」
「同感だ。我が妹ながらまさに完璧。俺の見立てに間違いはなかった」
やんちゃな偽妹の変身ぶりにはレーンも納得だ。
馬子にも衣装。
特別かわいいのを用意してもらっただけのことはある。
クーネリアが着ているメイド服は色調こそオーソドックスな白黒だが、スカートの丈はやや短めで白のニーソックスに包まれた足がよく見えてまさに眼福。
恥ずかしがっているのかスカートの裾を引っ張って太ももを隠そうとしているのも高得点。
ついでに言うとちゃんと妹のふりも続けられているし、偽妹メイド計画は予定以上の完成度だ。
「クーネさんにちょうど合うサイズが有ったので着こなしの方は問題ないかと思います。あとはメイドとしての立ち振舞ですが、こちらはさすがになんとも……」
クーネリアのジョブチェンジをがんばってくれたメイドさんも見た目に関しては太鼓判を押してくれた。
中身に関しては言わずもがなだが、そこはクーネリア本人に頑張ってもらう他ない。
せいぜい立派なメイドとして存分に働いてもらおう。




