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白銀のスコール  作者: 九朗
第一章『アキト=オガミ』
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第34節

 今までひた隠しにしてきましたが、この物語は狼男モノです。




第34節


 突然妙な事を聞くのだが。


 皆は『当たり前だ』と思った事は有るだろうか?


 おそらく有るのではないかと思う。


 歩ける人は当然のように歩いているし、呼吸も意識してするようなものじゃない。それらは全て自然のままに、そう在る。


 けれど、俺のご先祖様はそうは思わなかったようだ。


 ご先祖様はこの世に『当たり前』など存在しない、と考えた。


 そう考えると、何故自分は歩けるのか気になった。その次は何故呼吸ができるのかが気になった。


 そうやって、ご先祖様は身の回りの『当たり前』を『当たり前』ではなくしていった。


 そしていつしか、ご先祖様はこう思ったそうだ。


『ここに当たり前のように存在してる私は一体何者なのだろうか?』


 と。


 それが、俺の流派の始まり。


 ご先祖様はまず己の身体、つまり人の身体について調べて行った。調べるだけではどうにもならない事もあったので、自らで試していった。


 そうして生まれたのが、『語』。人の身体を知り、それを応用する術。


 その次に、己を形作る『物』について調べて行った。やはり調べるだけではどうにもならない事もあったので、また自らで試していった。


 そうして、生まれたのが、奥義『騙』。『物』を知り、それを応用する術。


 ここまで来るのに、最初に『何故』と思ったご先祖様から既に何代も世代は交代していた。

 けれど、俺の一族は代々そう云った気質だったのだろう。そのわざは何代にも渡って成し遂げられた。


 そして、ご先祖様達は遂に自分達の『真実ほんとう』に辿り着く。


 それこそが秘義『傾』。『世界』の『欺瞞ほんとう』をあばき、俺達一族の『真実ほんとう』を照らし出す術。


 皆は『当たり前だ』と思った事はあるだろうか。あるだろう。世界には『当たり前』があふれているから。


 けれど、本当は『当たり前』などと云う事は存在しないのだ。全ての事象には原因があり、過程があり、結果がある。それは必然と偶然が紡ぎ出す大きなうねり。あるいは『奇跡』。


 そして『世界』はそんな『当たり前』の間に、そっと気付かれぬように自分に都合の良い『仕組み(システム)』を置く。その『仕組み(システム)』は、『真実ほんとう』を求めない者達には『当たり前』に思えてしまう。それがどんなに理不尽で傍若無人な『仕組み(システム)』であろうと。


 俺の一族は代々そう云った。『世界にのみ都合の良い仕組み(システム)』を祓い続けて来た。それこそが俺達一族の『敵』。


 『世界』はいつだって俺達を騙している。平気な顔で、あたかもそれが『当たり前』であるかのように。

 だから、決して『真実ほんとう』を探し求める事を止めてはいけない。それが『当たり前』だから、なんて悲しい言葉を使わないで。決して目を閉じ、耳を塞ぎ、立ち止まり、諦めてしまわないで欲しい。


 必ず『真実ほんとう』はそこに在るのだから。


 確かに『真実ほんとう』は美しくて温かい物ばかりでは無い。醜く、冷たい物なのかもしれない。


 けれど、それは『世界』に勝手に押し付けられた『欺瞞ほんとう』なんかよりずっと良いはずだから。

 眼を背けず、胸を張って、辿り着いた『真実ほんとう』を大事にして欲しい。


 そうすれば、いつか俺達の流派のように貴方の力になってくれるかもしれないから。それは『世界』を変えてゆく力だから。

 

 俺達の流派は『世界』に対する『ささやかな』反抗なのだから。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 銀色の閃光が『世界』をく。幾筋もの白銀の閃光がアキトを中心として降り注ぐ。


 この光こそが彼の流派の秘義『かたり』の入り口。この光は文字通り『世界』を『傾ける』。


 この光によって傾けられた『世界』は、まるで水晶体プリズムがその角度を変える度に透過する光が違うように、その姿を変貌させられる。

 と言っても、『色』が変わる訳ではない。そこに在る『欺瞞ほんとう』が打ち消され、そして後には『何でも在るが、何も無い』、ただただ無秩序な世界が顔を出す。


 この白銀の光の照らす世界では己の持つ『真実ほんとう』のみが力を持つ。結局『かたり』も『かたり』もこの世界で活動するための前準備にすぎない。


 俺は自分が何故歩けるのか『真実ほんとう』を知っているから、この世界で歩く事が出来る。

 俺は自分が何故呼吸できるのか『真実ほんとう』を知っているから、この世界で呼吸する事が出来る。


 それは人の身体の仕組みを知るための『かたり』と、世界を構成する物質を知るための『かたり』があってこそ。


 それらが在ったから、その『真実ほんとう』でもってこの世界で活動することが出来る。


 何故俺達がそんなまどろっこしい世界で戦わなければならないか、と言うと。


 まず第一に、『世界』が勝手に作った『仕組み(システム)』は『物』ではない。『物』ではないから、普通にやっても殴る事が出来ない。

 だからこそ、俺達はそれらを殴れる世界に引きずり出す必要があった。


 ん?「脳筋」だって?


 仕方ないだろ?だって、俺のご先祖様は『自分』について調べてたら、いつの間にかそれが武術になってたような脳筋だぞ?


 『仕方ない』なんて言葉を使いたくは無いが、こればっかりは仕方が無い。


 そして、第二。


 この世界の中でのみ、俺達一族は『真実ほんとう』の姿を取り戻す事ができる。それは異形にして、自然の摂理から大きく外れた存在。


 今俺はこの白銀の豪雨の中で、その姿を取り戻していた。


 彼の体表はまるで降り注ぐ銀色の閃光が突き刺さったかのような、白銀の体毛に覆われ、その口蓋は大きく突き出し、そこからは鋭い牙が覗いている。耳は鋭く尖り、手と足の先からは爪が伸びている。


 まるで獣と人を掛け合わせたような異形。『人狼』。


 それこそが、彼の一族の『真実ほんとう』の姿にして、普段は『世界』の『欺瞞ほんとう』によって隠されている『世界』に牙を剥く『化物バケモノ』。


 その『化物バケモノ』が『世界』に対して咆哮を上げる。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


「あれは…?」


 クルスの目に映るのは、闇夜を切り裂く白銀の豪雨。それは世界をき、圧倒的な光量で視界を埋め尽くす。

 それほどまでに激しい光であるはずなのに、全く眩しくは無い。むしろ、いつまでも眺めていたくなるような優しさと力強さに満ちている。


 傍らのヒカルが呆けたようにその光を見詰め、ポツリと呟く。


「アキト…なのか?」


 そう、この月すら出ていない闇夜に突然現れた白銀の閃光。その原因として考えられるのは彼しかいない。


 もぞもぞと腕の中からシノが這い出して来る。先ほどまで見るも無残にガタガタと震えていたのに、今は何かを求めるようにその銀光へと手を伸ばしている。

 それは先ほどまで暴れ回っていた水竜も同様だった。まるで見入るようにその白銀の閃光の中心を向き、その動きを止めていた。


 そして――


「――なっ!?何ですかアレは!?」


 クルスが叫ぶ。そう、彼が驚くのも無理は無い。私だって言葉を無くしてその光景を見ているのだから。


 その銀光に照らされた世界には、先ほどまでは存在しなかったモノが存在していた。


 それは水竜の背中に覆いかぶさるように喰らいつく、漆黒の竜。

 いな、漆黒などと云う生易しい色では無い。まるで奈落の底を覗き込んだような、嫌悪感と恐怖を掻き立てる虚無の鱗を持つ竜。


 ヒカルはそれが水竜の背中に覆いかぶさるように在った『死の霧』のへんじたモノだとすぐに気付く。


 何故それが突然見える形で現れたのか。

 原因は一つしか思い付かない。


「アキトだ…」


 そう、彼しかあり得ない。ヒカルには分かった。

 そして、あれが『死の霧』の正体である事も。


 何故なら、アレこそが私の『敵』。私の目的。ヒカルには見覚えが有った。崩れる鉱山に呑まれながら見たあの姿。サイズこそ『小さい』ものの、間違い無くアレと同じ存在だ。


 いままで、奴らを研究してきたが、奴らを滅する方法どころか、奴らを見る術すら見つけられなかったのに。

 それをアキトは簡単にやり遂げてしまった。


「ッ!!」


 強く唇を噛む。


 悔しい。そう、悔しかった。

 私が何年も掛けて辿り着こうとしたアレに、彼はいともあっさり辿り着いてしまった。それが、唇を噛み切る程に悔しい。


 いまだ光に見惚れるクルスを置き去りに、彼女は走り出す。


 彼は言っていたではないか、俺の『真実ほんとう』を見て欲しい、と。そして、それは今ヒカルの前に姿を現していた。ならば、行かなくては。


 今はまだ『真実ほんとう』には辿り着けないだろう。

 けれど、だからこそ彼の近くで見届けたかった。


 彼はきっと怒るだろうが、それでも行きたかった。それに私の研究を勝手に掻っ攫って行ったのは彼の方なのだ。これくらい許されるだろう。


 そうしてヒカルはシノを連れ、白銀の豪雨の中心地へと向かう。己の『真実ほんとう』を見出すために。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


「あれが、『死の霧』…」


 クルスは呆然と呟く。目の前の光景は彼の中の常識を、ことごとく破壊するのに十分な威力を持っていた。それはそうだろう、今まで彼は『死の霧』はあくまで何らかの現象であると捉えて来た。それは『死』と同義である、と。


 けれど、今その『死』は彼の目の前に見え、そしておそらく触れる形でもって姿を現していた。


 想像してみて欲しい。『死』なんていう現象が目の前に現れたとしたら。いや、そもそも『死』が姿形を持つ所が想像できない。せいぜい死神やゾンビを『連想』する程度だろうか。


 けれど、クルスの前には『死』がハッキリとした形を持って現れている。


 そして、それをしたあの銀色の閃光から目が離せなかった。


 この時初めて、クルスはいままで『当然』であると思っていた事に対して疑いを持ったのだった。


 それは彼の『真実ほんとう』を手に入れる、その一歩前。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


「………」


 人狼の姿となったアキトは、しかし無言でソレを見ていた。


 この姿となった彼は普段の何倍もの速さで思考を走らせる事が出来る。しかし、そんな彼が何回考えても答えが出そうにない物が目の前に在った。


 そう、既に何十回、何百回と考えているのに全くもって解らない。


 彼の目の前に露わになった、『世界』の『欺瞞ほんとう』。まるで奈落を溶かし込んだような色の鱗を持つ竜。全長30メートルにも達するようなその竜は水竜に覆いかぶさり、その首に喰らいついている。


 それは醜悪な交配だった。そう、強姦だ。


 その竜は水竜に覆いかぶさり、その首筋に喰らいつき、無理矢理に犯し、『死』を孕ませようとしていた。


 今なら解る。

 その痛みと苦しみと恐怖に水竜は泣き叫んでいたのだ。


 けれど、アキトが理解できないのはそこでは無い。それは彼が今まで何度も目にして来た『世界』の『欺瞞りふじん』の一つでしかない。水竜は必ず助ける。アレは彼らの『敵』だから。


 アキトに理解できない事、それは。


(どうしてこの漆黒の竜はこんなにも楽しそうに嗤っているんだ?)


 そう、アレらは『世界』の『仕組み(システム)』だ。それらが感情を持つ事など無い。

 けれど、その竜の眼は抑えきれない愉悦に歪んでいた。水竜の悶え苦しむ様を見て嗤っていた。嘲笑っていた。


 怒り。憎悪。そう云った激情がアキトの中を駆け抜ける。


 しかし、アキトはそれを必死に抑えつける。それらは確かに身を委ねれば楽になれるだろう。迷い無くこの『理不尽』をぶちのめせるだろう。

 しかし、俺達が求めているのは『真実ほんとう』だ。それを求める上でそれらは眼を曇らせ、感覚を鈍らせる妨げにしかならない。


(けど、まあ、あれだ。手加減はしなくて済みそうだ…)


 そう考え、走り出す。あっという間に竜達との距離を詰め、十メートル以上の高さに在る水竜の首にいともあっさり跳躍し、漆黒の竜の顎を掴む。


「ちょっと痛いけど、我慢してくれな!」


 水竜に断わって、思いっきり漆黒の竜の顎を首から引き剥がす。その勢いのままに漆黒の竜の首ごと身体も水竜から引き剥がしてしまう。


 暴れる漆黒の竜を地面に引きずり降ろし、叩きつける。


 水竜の方を見ると、どうやら引き剥がした時の痛みで気絶してしまったようだ。今までなら気絶しても、何度もさらなる苦痛で目が覚めていたのだろうが、その苦痛の元は引き剥がした。ようやく、苦痛に怯える事無く眠れるだろう。


 それを確認した俺は竜の顎を掴み、その身体をハンマー投げのように振り回し始める。

 それは見る者が居れば己の眼を疑っただろう。なんせ明らかに自分の質量よりも何十倍も大きなそれを振り回しているのだ。物理法則を完全に無視している。

 けれど、それこそがこの世界の利点。本来なら有り得ない事であろうと、それが『真実ほんとう』なら、この世界では力を持つ。


 そして、十分に勢いを付けた竜をブン投げる。


 先ほどの俺と同じように木々をなぎ倒し、吹き飛んで行く竜。それを追って俺はこの場を離れるのだった。


 いくら水竜と言えど、この世界は少々こたえるだろうから。

 次回、怪獣大決戦!

 

 上手く書けるといいな…。

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