第33節
ここでようやく第一章のタイトルコールが出来ました…。
第33節
「おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」
アキトが叫ぶ。
「拝無神流、奥義が一、『拳』!!」
裂帛の気合でもって繰り出される『拳』。
あらゆる「物」を砕く、まさしく必殺粉砕の拳。
だが、その一撃はむなしく『死の霧』を通り抜ける。
止まらずアキトは次なる奥義を繰り出す。
「拝無神流、奥義が一、『手刀』!!」
凄まじい切れ味を持つ鋭い手刀。
だが、それも『死の霧』になんら影響を与えたようには見えない。
しかし、そんな事で彼が手を止める事は無い。
彼の流派のありとあらゆる奥義を繰り出し続ける。
彼が『死の霧』に技をかけ始めて既に数時間が経過していた。
その間彼は休む事もせず『死の霧』と相対している。暴れ回る竜と云う暴虐の嵐の中、彼は己自身の身体すら『騙して』測り続ける。
「『虎爪』!!『空木』!!『飛燕』!!」
繰り出される、肉を削ぎ、爆ぜ、断つ、様々な特性を持つ彼の奥義。それらは以前彼がグレイベアや中年剣士に放った物とは全く違う。
質が違う。何より量が違った。
いつもであれば身体の一部にのみ纏わせる「気」。それを全身に纏わせ、己の肉体すら『騙り』、その限界を無理矢理超えさせる。
彼の流派の奥義は『物を騙す』という特性上、様々な技が有る。そしてその派生技も。派生の派生。派生の派生の派生。派生の派生の派生の派生。もはや彼自身も正確な数は把握してはいない。
紙か何かに書き写せば、まるで生物の樹形図のように見えるだろう。
それだけ奥義が騙す『物』と云う物は多様性に富んでいる。
だが、そんな『あらゆる物を騙す』ための武術の奥義ですら『死の霧』に対して何の影響も及ぼさない。
そんな『物』はあり得ないはずなのに。
だが、まだ全てを試し終わった訳では無い。彼は休む事無く奥義を繰り出し続ける。
その姿は見る者が有れば、まるで竜の背中で演武を踊っているようにしか見えないだろう。実際はそんな生易しいものでは無いのだが。
(ぐっ…)
暴れる竜の尻尾、腕、首、のた打ち回る身体に押し潰されそうになりながらも、自慢の目と耳と鼻を駆使して避け続ける。その度に『騙している』身体が悲鳴を上げるのだ。それを無視して奥義を繰り出す。
だが、やはり『死の霧』に何の変化も無い。
(おかしい…)
そう、おかしいのだ。
彼の放つ奥義はありとあらゆる物質を『騙す』ための物だ。それが効かないどころか、『死の霧』を払うことも、揺らがせることすら出来ないなんて。
(つまり、これは…)
その時、やや思考に集中し過ぎた彼の頭にその音が飛び込んで来る。巨大な何かが音速すら超えて飛来する音。竜の大樹のような尻尾が迫る音。
思考に没頭していた彼は反応が遅れてしまう。もう避ける事は出来ない。なんという迂闊。
己に舌打ちしながら、自身の身体を騙す。
「拝無神流、奥義が一、『金剛』!!」
その尻尾の一撃をもろに喰らう。
弾き飛ばされるアキトの身体。凄まじい勢いで森に突っ込み、木々を巻き込み、薙ぎ倒し、森一番の大樹を傾けてようやく止まる。
「…カハッ!」
口から盛大に吐血する。どうやら内臓をやられたらしい。額に嫌な汗が浮かぶのが分かる。
自身の身体の『物』を騙し、文字通り金剛石のように硬くする、彼の流派の数少ない防御技の一つ『金剛』。
だが、その技をもってすら竜の一撃は彼の身体をズタボロにするのに十分らしい。
竜は別にアキトを狙って攻撃している訳では無く、ただ無差別に暴れているだけなのに、それを喰らえば人間などまさしく塵になるしかない。
「…マジで手も足も出ねぇー」
困った…、と呟く彼の瞳には、それでも諦めは見えない。
しかし、奥義もあらかた試し終わってしまったのだ。そのどれもが『死の霧』には通用しなかったが。
つまり、それが意味する所とは―――
「ありゃ、『物』じゃ無いな…」
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クルスがそこに辿り着いた時、既に日は沈んでしまっていた。だが、その凄まじい音は聞こえて来る。
その音だけを頼りに進んでいると、どうやら小高い丘のような場所に着く事が出来た。ここなら少なくとも周囲を見渡すことぐらい出来るだろう。
そう思い、丘を登って行く彼。空を見ると今夜は闇夜のようで、月が出ていない。そのせいでやけに星が明るく瞬いていた。
その星明りにわずかに照らされる視界を頼りに丘を登ると、そこにはヒカルがアキトと別れた時そのままの格好で座っている。
丘からは竜の狂乱する姿が、星の心許無い光でも十分に見る事ができる。それは目を背けたくなるような悲痛な光景。
しかし、彼女は目の前で繰り広げられている光景すら目に入れず、何事かを考えているようだった。
あまりに尋常でないその姿に、クルスは思わず声を掛けてしまう。
「…ヒカル様?アキト様はどうされたのです?」
「ッ!?」
その言葉に初めてクルスに気付いたかのように驚きを見せる。
「クルス?どうしてここに?いや、それよりアキトは!?」
どうやら彼女は今の今まで我を忘れてしまっていたらしい。確かに目の前の光景を見れば茫然自失としてしまうのも無理はないだろう。
「アキト様の居場所を知らないのですか!?」
しかし、いくら茫然自失としていたとは云え、彼女の相棒の事すら知らないとは…。そのことに若干の憤りを感じながらヒカルに問う。
「アキトは確か私に名前の意味を聞いて、それから…ッ!!」
ヒカルの目が大きく開かれる。
「そうだ!その後また一人で竜の所に―――」
駆けだそうとする彼女。しかし、それはクルスの手によって止められる。
「お待ちなさい!今から行ってどうするおつもりです!?」
「私にだって何か…、何か出来る筈だ!」
そう言って、クルスの腕を振り解こうとする。しかし、それならば彼も最初から彼女を置き去りになどしないはずでは無いだろうか?
「何か、とは何ですか!?そんな不確かな理由であそこに飛び込むおつもりですか!アキト様も何かの考えが有って、貴女をここに残したのではないのですか!?」
「………」
そうだった、彼は言っていたではないか。私の魔術がそうであるように、彼の力もまた、私が近くにいると発揮できない類の物であると。
その言葉が再び私から立つ力を奪う。私に出来る事は信じて待つことだけなのだ。私には彼の助けになるような力は無いのだ。そう言い聞かせて。
彼女が再び地に膝を付けようとした時だった。
「あれは…?」
クルスの訝しむような声。
その声に釣られるように顔を上げたヒカルはソレを見る。
そこに在ったのは―――――
――――――――――――――――――――――――――――――――
アキトは立ち上がり、足を引きずるように再び竜に接近していた。
さきほど強く打ち付けたせいで、頭はクラクラするし、足はフラフラする。
それでも、立ち止まる訳にはいかない。
「俺はまだ、『真実』を見つけていない…」
その一念だけで足を動かし続ける。
自分が薙ぎ倒した木々を踏み越え、なんとか竜の目の前にやってくる。
彼はその竜の姿を見上げて、ポツリと呟く。
「やっぱ、でっかいな…」
そう、その竜は全長30mもあるような巨体を持っている。それに比べ、己のなんと矮小なことか。
「やっぱ、綺麗だな…」
そう、その竜はまるで芸術品のように美しい色をして、彫刻品のような流麗な姿形をしていた。それと比べ、己のなんと醜いことか。
「やっぱ、生きてるんだよな…」
そう、その竜はいまだに痛みと苦しみと恐怖を俺に訴えてくる。竜は永遠存在であると言われて、俺は少し疑っていた。
生があるから、死がある。逆に言えば、死があるから、生がある。
だから、死が無い竜は『生きて』ないのではないか、柄にも無くそんな哲学的な事を考えたこともあった。
でも違うのだ。そんなこと、シノを見ていれば分かるはずなのに。今の今になってようやく分かった。
目の前の竜は『生きている』。
これが俺の『真実』。
大体、死があるから、生があるとか言った奴出てこいよ。確かに俺達はいつか死ぬ。けど、死ぬまでの過程こそが生というものだなんて、こじつけもいい所だ。だって、この竜には死が無いけれど、同時に生が無い訳じゃないのだから。
だから。
「やっぱ、助けたいな…」
今、消えそうな『命』が目の前にあるのだ。
だったら、シノの時みたいに助けたい。あの時は無駄足だったけど、今度こそは本当に。俺の全力でもって。
「けど、手も足も出ないよな…」
そう、さっきのダメージによって、もはや先ほどまでと同じようには動けないだろう。そうなれば、『死の霧』を討ち払う前に、俺が討ち払われてしまう。
そして、『死の霧』に対して彼の『物』を騙す奥義は全く通用しない。さっきと同じ攻撃を続けても、ただ『死の霧』をすり抜けてしまうだけだ。
まさしく、『手も足も出ない』。
「『手も足も出ない』…か」
諦めの言葉を呟くアキト。
しかし、彼の表情は諦めた者のそれではない。
その口唇は吊り上がり、不敵に笑っている。
「『手も足も出ない』んじゃ、仕方ない…」
そう言って、彼は背筋を伸ばす。まるでここに存在する事を世界に誇るように。
「それじゃ、」
彼は宣言する。
「手も、」
パァンと手を打ち鳴らし、合掌するように両の掌を合わせる。
「足も、」
両の脚を大地に根を張るように踏みしめる。
「爪も!」
合掌していた掌を強く組み、握り締める。
「牙も!!」
奥歯も割れんばかりに顎を噛み締める。
「全部!!」
それは、彼の『敵』に対する宣戦布告。
「出してみましょうかぁ!!」
そして、同時に開幕宣言。
「拝無神流!」
それは『世界』を『傾る』大狂言。
「秘儀が一!」
世に『欺瞞』在り。されど、これは『欺瞞』を祓い、『真実』を照らし出す。
その名も――――
「『大神』!!」
そして、世界は白銀の光に包まれる。
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この物語をここまで読んで下さった皆さん。自分の拙い物語にここまで付き合ってくださった皆さん。本当にありがとうございます。
今こそ自分は皆さんに伝えたいと思います。
この物語の第一幕。その『名前』を。
「白銀のスコール」 第一章 『夜明けを告げる狼』
ラストスパート!!




