流し
ギターを弾ける近藤は、生活費を稼ぐために、流しの歌手をやることにしました。
「お願いします」
「そういうのは受けつけてないから」
しかし、今の時代、流しを受け入れてくれる店は多くありません。しかも、近藤はおっさん丸出しな容姿だというのに、客の中心は若者の、おしゃれなところばかりに足を運んで頼むので、なおのこと冷たくあしらわれ、すべて断られてしまいました。
「ちくしょう」
近藤は道端で石ころを蹴って、ふてくされました。
それでも、お金が必要ですし、諦めませんでした。
「お願いします」
「流しがいるような店じゃないことくらいわかるでしょ」
「お願いします」
「そう言われてもねえ」
「お願いします」
「はーあ? ふざけてんの? あんた」
厳しい現実に、ようやくこの男も妥協し、流しがいそうな渋い印象の店にも行って、頭を下げました。
「お願いします」
「申し訳ないけど」
「お願いします」
「いきなり来られてもねえ」
とはいえ、やはりそう簡単にうまくは運びません。
「お願いします」
「あらー……じゃあ、どうぞ」
しかし、やっとこさ、優しそうな女性が営むバーで、そのように温かく言葉をかけられ、店に入れてもらえました。
中にいた客たちも、昭和の雰囲気があるその店にマッチしたたたずまいで、流しをダサいとか迷惑などとは思わず、近藤を歓迎しました。
「それでは、歌わせていただきます」
近藤がおじぎをして述べると、彼らはワーッと声を上げて、拍手までしてくれました。
ところがです。この男はなぜか、持ち歩いていたケースからギターではなくマイクだけ取りだし、高速ラップを歌い始めたのです。
お客さんたち、それに、招き入れてくれた店の女性も、ぼかーんとなりました。
実は、なかなか受け入れてもらえない日々が続いていたなかで、近藤は暇を持て余し、ラップに挑戦していたのでした。そして、まったく上手くないのですが、本人的には相当な感触を得たので、そっちをやることにしたのです。
「イエッ! イエッ! ホッ! ホッ! ヘイ、メーン」
曲の最後には、ヒップアップを意識したポーズを派手にきめました。
「……」
お金を手に入れられなかったので、その後すぐにやめることにしましたけれども、近藤は満足はしたのでした。




