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死に至る罪  作者: 影沼 蓮


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5/14

嫉妬と怠惰の合間

都内から少し離れたJR埼京線沿いの高架下。

終電もとうに過ぎた深夜――人通りはほとんどない。


高いコンクリートの柱にもたれ、黒光りするようなショートヘアを揺らすことなく、女は煙草を咥えていた。

火は――ついていない。

咥えてはいるものの、火をつけることも忘れているのか…どこともなく虚空をぼんやりと見ている。


「珍しいな、おい」


それはとても低い声だった。


女は視線を斜め下に移していく。

少し離れた自販機の横――大柄な男が座っている。


灰色のパーカーは少し毛羽立ち、袖口などは伸びていた。

無精髭にぼさぼさの髪は、見かける場所によってはホームレスに見えなくもない。


座っていても体躯は大きく、おそらく190㎝近くはあるのではないか。

背中を丸めて座っているのに、なんとなく近づきがたい危険な雰囲気を醸し出している。


だが――その目だけは妙に眠たげで。

世界のほとんどに興味がないようにも見える。


「あんたが――そんな顔をしてるところは初めて見たぜ」


男はめんどくさそうに缶コーヒーを開ける。

ぷしゅっ――

炭酸でもないのに、その音だけが妙に響いた。


女――レヴィアタンは見下すように男を見据えたまま答えない。

男はそれを特に気にした様子もない。



「失敗かよ?」



「違います」


即答だった。反応が早すぎると言ってもいいぐらい。

男は片方の口元だけをゆっくり上げる。



「嫉妬は――消えない」


レヴィアタンは夜の街を見上げる。


「不足はなくならないし、比較も…羨望も――絶対に消えない」


淡々と。

確認するように。



「人間は、自分にないものを見続ける生き物です」


それは確信だった。

長い時間、人間を見続けてきた存在の断言。


「…だろうなぁ」


男は気怠げに頷く。

興味が薄い――だが否定もしない。


「だから、気に入らないんです」


レヴィアタンの声が、わずかに低くなる。


「持っていないくせに」

「奪われたこともあるくせに」


相馬恒一の顔が脳裏をよぎる。


「なぜ、ああなるんです」


男は少しだけ目を見開く。ほんの僅かに。


「……あぁ」


そこでようやく理解したように。


「人間に負けたのかぁ」

ベルフェゴールは、少しだけ愉快そうに喉を鳴らした。

「そりゃぁ、気に食わねぇわな」



沈黙。

高架を生ぬるい風が通り過ぎる。


レヴィアタンは答えない。

だが否定もしない。


男は小さく笑った。


「くっくっく……珍しいねぇ」


「うるさいですね」

レヴィアタンの声には、微かな苛立ちが混じる。


男は気にせず缶を傾けた。


「――まあ、でも」

「別にいいじゃねぇか」


眠そうな声。


「一人ぐらいどうってことねぇ」


「……」


「どうせ、人間は怠ける」



男はぼんやりと前を見る。


「楽な方へ流れるし、見ないふりもする」

「自分じゃ変えられないって顔して止まる」


その声には確信があった。

レヴィアタンとは別種の。


もっと淀んだ確信。


「怠けている間に、別の狡いやつらに出し抜かれる」


男は笑う。

重く。

鈍く。



「頑張っても報われない」

「真面目なやつほど損をする」


「そういうのって…人間は大好物だろ?」


レヴィアタンは黙って聞いている。

男は続ける。



「だから、止まる」

「考えなくなる」

「動かなくなる」


缶コーヒーを飲み干す。


「見て見ぬふりは―――楽だろうしなぁ」


空き缶を足元へ転がす。

カラン、と乾いた音。


「……ベルフェゴール」


レヴィアタンが低く呼ぶ。

男は眠そうに視線を向けた。


「あなた、本当に人間が嫌いなんですね」


ベルフェゴールは少しだけ考える。


「――嫌いというか」


間。


「期待できねぇだけだな」


静かな返答だった。


レヴィアタンは目を細める。

価値観は違う。

やり方も違う。

だが、根は同じだ。


人間の弱さを信じている。

それだけは、共通していた。






遠くでサイレンが鳴っている。

夜はまだ――終わらない。


街のどこかで今も嫉妬が生まれ、

諦めが育ち、誰かが少しずつ沈んでいく。


二人は、それを知っている。


そして。

止めるつもりなど、最初からない。


それこそが――

彼らの“在り方”なのだから。

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