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死に至る罪  作者: 影沼 蓮


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12/14

後始末(前編)

三宅が死んでから、一週間。

梅雨入り前だというのに蒸し暑い日だった。


古い木造アパートの二階。

かつて三宅光男が住んでいた部屋では、遺品整理業者が黙々と作業を続けている。


畳は日に焼けて変色し、壁紙は黄ばんでいた。

窓は開け放たれているが、長年染みついた煙草の臭いまでは追い出せていない。


業者が古びた布団を抱えて部屋から出てくる。

その後に続くように、段ボール箱や雑誌の束が運び出された。


部屋の入口に立つ近藤は、手元に持った書類に目を通しながらその様子を見ている。


感傷はない。だからといって無関心でもない。

残念だとは思うものの、それ以上にやるべき仕事が山積みなだけだ。


「近藤さん」


業者の一人が声を掛けた。


「これ―――どうします?」


差し出されたのは古びたファイルだった。

何度も読み返されたらしく端が擦り切れている。

近藤は一瞥し、軽くパラパラとめくってみる。


三宅が家族とともに笑顔で立っている、昔の写真。

子供からもらった手紙。誕生日おめでとうの文字。

職場からもらった部長賞の賞状。


どうやら、三宅の思い出の品のようだ。


「――捨てていい」


業者は頷き、ゴミ袋へ無造作に放り込む。そしてすぐに部屋に戻っていった。

三宅が生きていた証拠の一つ一つが、音もなく消えていく。


しばらくして別の業者が話しかけてきた。


「こういう仕事してると気が滅入りますね」


汗を拭いながら苦笑する。


「孤独死ってやつですよね……嫌になりますねぇ」


近藤は目も合わせず、ポケットから煙草を取り出した。


火をつける。紫煙がゆっくりと昇る。


「私はこういう現場初めてなもんで……こういうのって――慣れるもんですかね」


業者が尋ねた。

近藤は少し考えて、そして短く答える。


「――慣れねぇよ。誰だって嫌な気分になる」


意外そうな顔をされる。

近藤は煙を吐いた。


「慣れなくても、嫌でも――終わらせる。仕事だからな」


それ以上は何も言わなかった。

業者もそれ以上の答えは返ってこないと思ったのか、作業へ戻っていく。


僅かな時間のうちに部屋はどんどん空になっていく。


布団が消えた。

衣類が消えた。

テーブルが消えた。


生活の痕跡が少しずつ削られていく。


気付けば部屋の中央には何も残っていなかった。

近藤は畳の上に目を向ける。

そこは三宅がよく座っていた場所だった。


自然と記憶が蘇る。


「今月も厳しいですかねぇ」


三宅は情けなく笑っていた。

缶ビール片手に。


「毎月言ってんな」


近藤は呆れたように返した。


「はは……」


三宅は笑う。

その笑い方が妙に弱々しかったことを思い出す。


あの頃から、もう限界だったのかもしれない。

だが今さら考えたところで意味はない。


近藤は煙草を灰皿へ押し付けた。


「――馬鹿が」


小さく呟く。


怒っているのか。

呆れているのか。

自分でも――よく分からなかった。


その時、古臭い黒電話のベルが鳴った。

近藤は即座にポケットからスマホを取り出し、出る。


「俺だ」


『近藤さん、次の入居候補者を一人見つけました』


「審査は?」


『問題ないです。身寄りなしでいなくなっても困らない人間です』


「そうか――じゃあ進めろ」


『了解です』


電話を切る。

そして何事もなかったように階段を下りた。



三宅の部屋は空になった。

だがアパートは残る。

空部屋にしていてもシノギにならない。

入居する奴も見つけてこられた。


止まっている暇はなかった。





市民病院の待合室は混雑していた。

受付番号を呼ぶ電子音が定期的に響く。


近藤は長椅子に座り、缶コーヒーを飲んでいた。


隣には痩せた老人がいる。

アパート入居者の佐々木だった。


七十六歳。生活保護受給者。

中程度の糖尿病で一人暮らししている。

そして妙に頑固。


「近藤さん」


「ん?」


「本当に来てくれたんだねぇ」


「約束したからな」


老人は嬉しそうに笑う。


「息子より頼りになるよ」


近藤は露骨に顔をしかめた。


「気持ち悪いこと言うな」


「ははは」


老人は楽しそうだった。



診察室から呼ばれる。

佐々木は立ち上がった拍子にふらつく。

近藤が咄嗟に腕を掴む。


「っ!――危ねぇな」


「歳だからねぇ」


「笑い事じゃねぇだろ」


老人は肩をすくめた。


診察が終わるまで三十分。薬局でさらに二十分。

会計と次回予約。気づけば昼を回っていた。


病院を出る。

佐々木が近藤に対して深々と頭を下げた。


「ありがとう」


近藤は背を向けたまま歩き出す。


「今度は薬ちゃんと飲めよ」


佐々木は苦笑する。


「面倒なんだよねぇ」


近藤が振り返った。


「死ぬぞ」


「別にいいさ」


その言葉に近藤の眉間へ皺が寄る。


「――よくねぇよ」


佐々木が目を丸くする。


「――なんでそんな必死なんだい」


近藤は答えない。

答えられない。


別に助けたいわけじゃない。

善人でもない。

だが放っておく気にもなれない。


結局。


「次サボったら病院まで引きずってくぞ」


そう言い残して歩き出した。

後ろから老人の笑い声が聞こえた。





昼過ぎ。

近藤はコンビニで弁当を買った。


焼き魚弁当と缶コーヒー。

それだけ。

近くの公園へ入り、ベンチへ腰掛ける。

ようやく昼食だった。


時計を見る。休めるのは十分――長くても十五分。

午後の予定が詰まっている。


弁当を食べ始めた時―――隣のベンチが軋んだ。


誰かいる。

視線を向ける。


大男だった。

黒いスウェット。

ぼさぼさの髪。

無精ひげ。

手足を投げ出し、堂々と寝転がっていた。


平日の真昼間だ。

五分経っても、十分経っても起きない。


近藤は弁当を食べ終えた。

立ち上がった、その瞬間。


男が片目を開けた。


「おー」


眠そうな声。近藤は振り返り男の方に顔だけ向けた。


「仕事か?」


近藤は眉をひそめる。


「見りゃ分かるだろ」


男は欠伸をした。


「偉いなぁ」


近藤は舌打ちする。


「お前みたいなのが一番嫌いだ」


男は笑う。

心底楽しそうに。


「そうかぁ――」


近藤は背を向けた。関わる気はない。

だが後ろから声が飛ぶ。


「――なぁ」


「何だ」


振り返らない。


「そんなに頑張ってどうすんだ?」


近藤は鼻で笑った。


「生きるためだ」


即答だった。

男は少しだけ目を細める。


「――へぇ」


その声には興味が混じっていた。


近藤は気にせず歩き出す。

午後のシノギが待っている。


男は去っていく背中を眺めていた。

そして誰にも聞こえない声で呟く。


「――面白ぇな。」


巨大な男――ベルフェゴールは、初めて近藤という人間に興味を持った。



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