不穏な王都
少し早い昼食を済ませてから町を出発した俺たちは、整備された街道をソウリュの背に揺られながら進んで行く。
シオが色々と気にしていたソウリュであるが、俺もユキナも特に問題もなく扱えており、俺たちと荷物の重さを苦ともせず力強く走り続けてくれる。
ソウリュに問題がないので少し速足で走らせているのだが、これなら予定より早く王都へと到着出来そうである。
とまあ、旅は順調そのものであるが……。
『クゥ……クゥ!』
「ああ、はいはい。というか、何回擦り寄って来れば気が済むんだ? もっと前を見てくれ、前を!」
走りながらも首だけをこちらへ向け、撫でろとばかりに催促してくる。
しかも撫でなかったら頭突きをしてくる始末なので、無視も出来ないのがちょっと面倒だった。ソウリュは人懐こいと聞いてはいたが、さすがにこいつは過剰過ぎないか?
「とびきり荒い奴とか言っていたくせに、こいつのどこが荒いんだ?」
「でも、私のはそれなりに暴れん坊だったよ。そうなると……特別なのはクエスさんの方じゃないかな?」
『だよねぇ。あんたってさ、向こうでもケティールがすぐ懐いていたじゃん』
「あれはレイアの天力に惹かれていただけだろ? いや、考えてみればあいつも妙にじゃれてたような……」
旅立つ時にアイラから借りたケティールだが、魔族の大陸の気候とあまり合わないらしく、結局天族の大陸に置いて行く事になったのだ。
港町までのたった数日間の付き合いだったが、あのケティールも今のこいつみたいに構ってくれと騒がしかったー……。
『グゥ!』
「ごふっ!?」
ケティールの事を思い出していると、突然ソウリュの頭突きが俺の腹へと突き刺さった。
突き落とされる程じゃないが、中々の衝撃に冷や汗を掻いていると、ルルが呆れた声で俺の頭を叩いてきた。
『全くもう! この子に乗っているのに、他の子を考えちゃ駄目でしょ?』
「いつつ……だからって、この仕打ちはあんまりじゃないか?」
すぐに懐いてくれた事に喜ぶべきなのに、この理不尽さは何だろうか?
心の中で溜息を吐きながらソウリュを宥めていると、近くの森から木々が揺れる音が聞こえたので俺たちは警戒を強めた。
「魔物でしょうか?」
「ああ! やはり活性化の影響はここでも同じか」
人の手が入った街道だというのに、わざわざ森から出てきて襲ってくるなんて、神人が原因と言われる狂暴化の影響だろう。
無駄な戦闘は避けるべきなので、打ち合わせ通りまずはソウリュを走らせて逃げてはみるが、森から飛び出してきた魔物はどこまでも追いかけて来る。
『ちょっと! 段々近づてくるよ!』
「諦めるつもりはなさそうだね。数も多いし、どうする?」
鼠に似た四足歩行の魔物が八体であり、執着が強く足も速い点から逃げるのは無理そうだ。
「……やるしかなさそうだな。囲まれる前に先手を打つぞ!」
「わかった!」
あれから色々とあったが、ユキナが前衛で俺が後衛という位置取りに変化はなかった。
変わった点といえば、記憶が一部戻って多少は戦えるようになったので、俺が完全な後衛ではなく遊撃となったくらいか。
事前の打ち合わせ通り、ソウリュから飛び降りた俺たちは、必死に迫る魔物たちへ先制攻撃を行った。
「はあ! こっちも!」
飛び下りた勢いのまま前へ出たユキナは槍で二体討ち取り、更に奇跡による光の光弾で一体を撃ち抜き、瞬く間に数を減らしていく。
そのまま槍を回転させて魔物の目を惹きつけるユキナだが、向こうの狙いはソウリュだったらしく、残った内の三体がユキナを無視して迫ってきたので、俺はその前に立ちはだかった。
「クエスさん!」
「大丈夫だ! そっちを片付けて挟み撃ちにするぞ!」
背中の大剣を抜いて構えたところで、一歩前に出ていた二体の魔物が同時に飛びかかって来る。
まず片方を剣で仕留めながら、もう一方の攻撃を避ける。
そう考えつつ剣を握る手に力を込めるが……。
「行ける……ふっ!」
体の奥底から湧き上がる記憶と技が、剣の振り方を教えてくれる。
そして本能のまま振るわれた横薙ぎの一閃は、迫る魔物を二体同時に真っ二つにしていた。
「えっ!?」
予想外の一撃に思わず声が漏れてしまったが、すぐに出来て当然だと無意識に納得していた。
前より大きい剣を使ってるだけじゃなく、明確な技術による一振りだったからだ。その証拠に、魔物を二体同時に斬りながらも抵抗らしいものは感じなかった。
これは……間違いない。これがフレムの剣技……というわけか。
「っと!? 危ねぇ!」
呆けている暇もなく、僅かに遅れて残りの一体が飛びかかってきたが、反射的に繰り出した足で蹴飛ばし難を逃れる。
俺の力だと大して効果はなかったが、隙は出来たのですかさず剣を振るい、三体目も無事に仕留めた。
「今の一振り、本当に凄かった! 剣が変わったからちょっと心配だったけど、これなら問題なさそうだね」
その頃にはユキナも残りの魔物を全て片付けており、槍に付いた血を払いながら笑みをこちらへ向けていた。
まあ、我ながら見事な剣だったとは思うが、あの合間に魔物を全滅させていたユキナの方が凄いと思う。アイラとの特訓によって、ユキナの強さが何倍も高まった証拠だな。
「お互い、怪我はなさそうだな。じゃあ行くとするか」
「うん。ソウリュは……いたいた!」
戦闘に関してはあまり期待出来ないソウリュだが、邪魔にならない位置で待機していたようだ。
そして魔物がいなくなったのを理解するとこちらへ戻ってきてくれたので、シオによってよく躾けられているようだ。
『クゥ!』
「うぐっ!? 何でお前まで敵みたいになっている!」
「あはは! 本当にクエスさんが好きなんだね」
『何か私も怖いし、しばらくユキナの肩にいるね』
一番の敵がこっちなのかよと内心でぼやきつつ、俺たちはソウリュを宥めてから出発するのだった。
その後も魔物の襲撃が二回程あったが、特に問題もなく対処しながら俺たちは街道を進んで行く。
ソウリュが頑張ってくれた御蔭もあってかなり距離を稼げた俺たちは、予定していた場所よりも先の地点で野営をする事にした。
『もっと急げば、夜には王都へ到着出来たんじゃないの?』
「かもな。だが、遅くなると宿の確保に手間取るだろうし、夜の町中を歩き回る事になるからな」
「うん。初めての町は、明るい内に地形を把握しておけって母さんが言ってたね」
そんな雑談をしながら焚き火で作った簡単な食事を済ませところで、後は交代で眠るだけである。
順番は俺が先なので、火の番をしつつ音が出ない作業をしていると、近くで眠っているユキナがこちらを見ている事に気付く。
「……どうした? 眠れないなら、茶でも淹れようか?」
「ううん、大丈夫。ちょっと考え事してただけだから」
何か悩んでいるのかと思ったが、ユキナの表情は穏やかなので心配はいらなさそうだ。
なら一体何だろうかと内心で首を傾げていると、何か思い出したかのようにユキナは忍び笑いを漏らす。
「ふふ……ルルじゃないけど、さっきのスープが凄く美味しかったな」
『私じゃないって、どういう意味よ。でも本当に美味しかったね』
「だろう? あの香辛料は肉の臭みを取るだけじゃなく、スープの味を高めてくれるんだ」
野営の時は手分けして作業をしているが、料理だけは基本的に俺が担当していた。
別にユキナが料理下手とかそういうわけではなく、任せてくれと俺が自分から言い出したからだ。
面倒なのは否定しないが、過去の経験からかあいつ等の……ユキナの世話をしている方が妙に落ち着くのである。
「でも母さんは、旅の間はなるべく贅沢するなって言っていたから、美味しいものばかり食べていたら怒られるかも」
「確かに珍しい香辛料を使ってはいたが、食事は体を作る上で大切なものだ。アイラさんも理解してくれるさ」
やはり食事を振る舞うなら、出来る限り相手を満足させてやりたいからな。
料理に変な拘りがあるせいか、今回使った素材について色々と語りたくなってしまうが、今は野営なので雑談もこの辺にしておくか。
「ほら、もう寝たらどうだ? 今日は魔物だけじゃなくシェリルさんと戦ったりしたんだから、疲れはある筈だろ?」
「うん。じゃあ、おやすみなさい」
そう返事をするなり、ユキナはすぐに寝息を立てて眠っていた。表面上は元気だったが、やはり疲れが溜まっていたんだろうな。
野営でもすぐに眠れるその豪胆さに感心しつつ、俺は焚き火に薪を放り込みながら周囲の警戒を続ける。
火が爆ぜる音が静かに響く中、特に危険が迫る様子もないので、俺はふと隣に置いていた大剣を手にしていた。
「……どうなっているんだろうな、これは」
俺が振るうには少し大きい筈なのに、不思議と手に馴染むこの感覚。
そして魔物を相手に圧倒したあの剣技から、フレムが使っていた武器はこういう大剣で間違いないようだ。
だが今の俺ではフレムの剣技をほぼ再現出来ていないと思うので、もっと精進しないとな。
だってあいつの力を受け継ぎながら、こんな体たらくじゃあ皆に合わせる顔がない。
「んん……」
物思いにふけっていた俺だが、息が漏れる声に現実へと戻ってきた。
起こしてしまったかと顔を上げたその時……俺は思わず目を見開いた。
「レイー……いや……」
そこにいたのはユキナだった筈なのに、レイアが眠っているように見えたのだ。
フレムの事を……過去を考えていたせいだろうか?
外見も性格も全く違うのに、やっぱりレイアの子孫なんー……。
『ねえ、ちょっと』
「ん……どうした? あの保存食は手を付けたら駄目だぞ」
『そうじゃなくてさ。クエスは誰を見ているの?』
「え?」
気付けば目の前にやってきていたルルの言葉に、俺は言葉を詰まらせる。
『何かさ、今のあんたは別の人を見ている気がしたの。そこにいるのはユキナでしょ?』
「……そうだな。ああ、その通りだ」
現状から過去を思い出す事は重要であるが、さすがに過去に囚われ過ぎているようだ。
そうだ……今俺の隣にいるのはレイアの子孫じゃない。
一人の女性であるユキナなのだから。
『気を付けた方がいいよ。ユキナはそういうところ結構鋭いから、自分を見ていないって気付きそうだし』
「そりゃあ不味いな。気付かせてくれて助かったよ。今日は随分とお姉さんだな」
『だってお姉さんだもん!』
「はいはい。ならそんなお姉さんに、ご褒美をあげないとな」
『ふふん! そこまで言うなら貰ってあげるわ!』
干し肉をルルへ渡してやれば、言葉とは違い満面の笑みで受け取りながら肉を齧り始めた。
こちらが世話をしているつもりではあるのだが、何だかんだでルルには色々と助けられているんだよな。
ユキナの事も含め、俺はもっとしっかりしないとな……と、己を引き締める夜は静かに更けていくのだった。
早朝……ユキナがお茶を淹れる匂いで目が覚めた俺は、野営の片付けをしてから出発した。
この調子なら王都で昼食が食べられそうなので、保存食を齧りながらソウリュを走らせ続けて数時間……小高い丘の上まで来たところで、ようやく王都が見えたのである。
「あれが王都……か」
「大きいね。私の町より何倍あるんだろ?」
ユキナが口にした通り王都は桁違いに大きく、町を囲む城壁の高さもユキナの故郷であるアークティアよりも倍以上だ。
更に町の中心には城壁よりも高く聳える魔王の居城もあるので、さすがは魔族で一番大きい町……いや、これはもう国と言った方が近いな。
『でさ、あの怖い人が怪しいとか言っていたけど、ここから見たところ変な感じはしないよね? 入口に列は出来ているけどさ』
「まあ、これだけ大きいなら仕方がないだろうさ」
町へ入る為の立派な門があるわけだが、そこに人と馬車が列を成しているので、すぐに入れそうにない状態である。
国が大きければ訪れる者も多く、こういう光景も珍しくはないと思うが、それにしては中々の込み具合だ。
とにかく列に並ばなければ話にならないので、ソウリュを走らせて王都へと近づいていたわけだが、不意に人の流れに違和感を覚えた。
「なあ、あれだけ人が並んでいるのに、町を出て行く人が明らかに少なくないか?」
「あ、確かにそうだね。そういえば、ここに来るまですれ違う人もほとんどいなかったよね?」
『わかった! あの中で凄く美味しいものがあるから、皆出て行かないんだよ!』
ルルのボケは無視するとして……大きい国なら人が入るだけでなく、流通の為に出て行く人も多い筈なのだ。
なのに出て行く人が少ないって事は、出られない事情があるのかもしれない。
「それでも、行く以外の選択はないんだよなぁ。二人とも、気を引き締めて行くとしよう」
「うん!」
『はーい』
力強く拳を握るユキナと、いつも通り能天気なルルと視線を合わせてから、俺たちは列の最後尾に並んだ。
それから列に並んだわけだが、予想に反して進みは早い……というか、並ぶ者たちの大半が追い返されている。
しかし通れた者や馬車は徹底的に調べられているせいもあり、俺たちが魔族の門番に話し掛けられた頃には、すでに昼過ぎとなっていた。
「人族と天族の冒険者……か。何をしに来たのかは知らんが、今は厳戒態勢中だ。紹介状や、相応の理由がなければ通す事は出来んぞ』
「理由と言われましても、そもそも何があったのでしょうか?」
「わからないなら、引き返すのを勧めるぞ。今は下手に入らない方が身の為だからな」
種族の違いで見下している感じは見られないので、純粋にこちらを心配しての言葉のようだ。
それに何も教えてくれないという事は、それだけ重要な話なのか、末端に細かい事情が通達されていないのかもしれない。
可能な限り普通に入りたかったのだが、入れないなら使うしかないという事で、ユキナへ視線を送れば彼女は頷きながら懐から一枚の紙を取り出した。
「どうぞ。これでよろしいでしょうか?」
「紹介状か? 誰のー……うっ!? た、隊長を呼べ!」
「何をそんなにー……せ、戦鬼から!?」
渡したのはシェリルが念の為だと用意してくれた彼女自身の紹介状だが、門番たちがまるで化物でも見るかのような反応をしている。
というか、彼女って戦鬼と呼ばれているのか。この恐怖の表情から、相当恐れられている存在なんだろうな。
紹介状が奥にいる隊長まで回っている間、少し時間が空いたので戦鬼について少し聞いてみた。
「せ、戦鬼についてかい? 君たちは……その、彼女とどういう関係で?」
「知り合いを通じて紹介された程度ですよ。告げ口とかするつもりはないので、少しでも話を聞かせていただけたらと」
「そ、そうか。俺も実際に見たのは、以前のよくわからない敵の襲撃の時なんだが……」
敵の襲撃……つまり天族の大陸でもあったエルガンテたちの事だろうな。
向こうでも聞いた通り、魔族の大陸でも襲撃があり、多くの敵と魔物が王都を狙って侵攻したそうだ。
「あの戦鬼は僅かな手勢と共に敵陣奥深くへ飛び込み、万に近い敵を正面から打ち倒したのだ。その余波に我々も巻き込まれそうになる中、返り血で真っ赤に染まった彼女の姿は……今思い出しても恐ろしい」
以前関わった天族での戦いで例えるなら、敵の総大将を倒そうと敵陣へと突入したエイジじゃなく、アイラが飛び込んで皆纏めてやっちゃいました……という感じか。
こちらの被害が少なかったのが奇跡だったと、門番は身震いしながら語り終えたところで、ここの隊長と思われる男が慌てて駆け寄って来た。
「き、君たちがこれを持ってきたのか!」
「はい。好きに使えと言われて渡されたんですけど」
「ううむ……仕方があるまい。では、君たちがここへ来た理由を詳しく教えてくれないか?」
改めて説明を求められたので、自分たちはシェリルのお気に入りであると遠回しに脅しつつ、王都には幼い頃に別れた知り合いを探しに来たと伝える。年代は大きく違うが、言っている事は間違いではないからな。
過去の経験を活かし、一部事実を混ぜながら説得力を持たせてみたところ、門番の隊長は渋々と言わんばかりの様子で溜息を吐いた。
「……いいだろう。かの戦鬼の紹介状となれば、君たちの通行を認めざるを得まい。ただし、荷物検査は受けてもらう。ソウリュの荷物もだぞ」
「わかりました。ソウリュを連れてきます」
「あの、物々しい雰囲気がありますが、この国で何が起こっているんでしょうか?」
「……知らん。とにかくここで安全に過ごしたいなら、大人しくしている事だ」
ユキナが自然に聞いていたが、やはり何も教えてくれないか。
気にはなるがここで粘っても仕方がないので大人しく荷物検査を受けていたのだが、中々に細かいチェックである。
だがそれ以上に厳しいのは王都を出て行く側のようで、ここから見た感じ外へ出る馬車内の荷物どころか馬車自体も確認しており、俺たちと似た冒険者たちに至っては問答無用で止められているようだ。
つまり物資の流通だけは限定的に許されているが、一般人の出入りは禁止……という感じか。
「完全とは言わないが、国が封鎖状態……か。キナ臭いのは気のせいじゃなかったようだな」
『あっ!? それルルのベッド! もっと丁寧に扱ってよね!』
飛び出そうとするルルを摘まんで止めながら、俺は情報を集めようとさり気なく周囲を観察し続けた。
実に丁寧な検査が終わり、問題はないという事で俺たちはようやく王都内へと足を踏み入れた。
高い城壁を抜けた先には大勢の魔族たちが中央通りを行き交っており、外と全く違う光景が広がっていた。
そんな人混みの中、ユキナは物珍しそうに周囲を見渡しており、完全に御上りさん状態である。
「はぁ……こんなにも人がいるのを見たの初めてかも」
『でもさ、天族の大陸にもこういう場所があるじゃん。行った事ないの?』
「聖都の事? 行った事はあるけど、幼い頃だったからよく覚えてないんだよね」
二人の雑談を横目に、俺は歩きながら町並みを観察していく。
しっかりと整備された石畳の道に、町の片隅には水源と海運にもなっているであろう大きな川も通っており、更に離れた場所には広大な農地や牧場もある。
ある程度ならこの国だけで自給自足が可能そうで、国の発展と未来を考えて作られた町並みに思わず感嘆の息が漏れた。
「見事なものだな。余程考えて国を作ったんだろうな」
『ねえねえ! 町の広さはいいからさ、それより早く何か食べようよ!』
中央通りには様々な店や屋台が並んでおり、あちこちから美味しそうな匂いが漂ってきているので、ルルが騒ぐのも当然か。
何だかんだあってまともな昼食を食べていないから、ルルじゃないが俺たちも何か食べたいところだ。
「わかったわかった。でもまずは宿探しだ」
町中ではソウリュに乗るなと言われたので、さすがに手綱を引いたままだと動き辛いからな。
というわけで、手頃な宿を確保してからソウリュと荷物を預けた俺たちは、改めて町の見物と情報収集へと繰り出した。
当てもなくぶらぶらと大通りを歩いていると、どこか懐かしい匂いを感じたところで、ルルが俺の髪を引っ張ってきた。
『あれ! あれが美味しそうだから買って!』
「はいはい。ユキナもあれでいいか?」
「うん。私も気になるし」
ルルが指差した店で売っていたのは、粉状にした穀物を薄く伸ばして焼いた生地に、肉と野菜をたっぷり挟んでから丸めた料理である。
見た感じ前世でも見た事がある料理で、中のソースも簡単に落ちないようなのでこのまま手掴みで食べられるようだ。
それを二つ買うなり、早速俺の分をルルが齧るなり満面の笑みを浮かべていた。
『おおっ! これは……うん! 美味い!』
「へぇ、野菜とお肉も美味しいけど、一緒に食べると凄く合うね」
「ふむ……このソースが決め手のようだな。肉と野菜に合うように、長年研究されてきた代物のような気がする」
そんな事を考えつつ二口目を食べたところで、不意に思い出した。
この料理、俺も昔作っていた覚えがあるなと。
「店主さん、これは何の料理ですか?」
「こいつはこの国の伝統料理でもある、ケバマキってやつさ。昔の魔王様が広めたもので、この辺りでは結構有名な料理なんだぜ」
「その広めた魔王様って、フレム……様の事ですか?」
「お、人族のくせによく知っているじゃねえか。そうさ、そのフレム様の好物の一つらしいぜ。あの御方が抱えていた料理人が作ったそうだ」
料理人って……もしかして俺の事だろうか?
食べた事で次々と記憶が蘇ってきたのか、俺はフレムに頼まれてこれを何回も作っていた覚えがある。
ついでに、旅の間は料理の材料が乏しくなりやすいので、少しでもバリエーションを増やそうとソース作製に四苦八苦していた事も思い出していた。
料理の味ってのは様々な記憶を呼び覚ましてくれると聞いた事はあるが、こんなにも明確に実感出来るとは思わなかったよ。
「クエスさん、後ろ……」
「ん? ああ、すまん」
どうやら次の客の邪魔になっていたらしく、俺は袖を引っ張ってくれたユキナに礼を言いつつ店先から離れた。
「お? 来ましたね。いつものやつで?」
「おうよ。いつものを二つな。やっぱり一日一回は、親父さんのを食わねえと気が済まなくてよ」
結構人気店なのか、常連と思われる男が二つも買って美味そうに食べていた。ルルに引っ張られて選んだ店だが、中々の当たり店だったかもしれないな。
その店から移動し、ケブマキを食べながら再び町の大通りを歩いていると、自分の分を食べ終えたユキナが少し真剣な表情で俺に語り掛けて来た。
「クエスさん。さっきお店の方と話していたフレム様って、やっぱり?」
「ああ、そのようだな。もう少しあの店主に聞いてみたかったが、別の店で聞くとしよう」
俺と別れた後、フレムは魔王になったという話は聞いていたのだが、店主の様子から魔王としての評判が悪いわけじゃなかったようだ。
ケバマキを食べたせいか喉が渇いてきたので、途中で見つけた茶屋へと入り飲み物を頼んだ。ついでに甘いタレが付いた団子っぽいお菓子を注文してから、店の人にフレムについて聞いてみた。
「フレム様? ああ、この国の礎を築いた立派な御方だと聞いているが、それがどうかしたのかい?」
「いやさ、俺の爺ちゃんが昔命を助けられたらしくてさ、魔族の大陸に行く時には彼の墓前に花と礼の言葉を捧げてきてくれって遺言があったんだよ」
「ほう……中々義理堅い話じゃないか」
「だからフレム様の生家であるカイザー家……だっけ? 彼の跡継ぎとかに会うにはどこへ行けばいいか知りたいんだよ」
『……よく口が回るねぇ。あ、これも美味しい!』
「ちょっと! それ私の分だって」
お菓子の奪い合いをしている二人を横目にカイザー家について色々教えてもらったところ、フレムが魔王を引退した後のカイザー家は徐々に落ちぶれていったそうだ。
一応、魔族の中では上層階級に位置しているようだが、今の当主になってからも目立った活躍はなく、現在は鳴かず飛ばずのようで……はっきり言うなら影が薄い状態だとか。
「だが、最近ようやく日の目が出て、俺たちも嬉しいー……ああいや、えーと……」
「おっちゃん、ごちそうさん!」
「っと、まいどあり! すまないね、今のは忘れておくれよ」
他のお客が店を出て行った事で話が中断してしまったが、ある程度は聞けたのでここまでにしておくか。
「ああ、色々ありがとう。じゃあ、そろそろー……」
『…………』
「…………」
「……いや、さっきのお菓子二つ追加ね」
甘味に飢えた者たちの無言の圧力には勝てなかった。
その後、日用品や服屋といった様々な店を巡りながら情報収集を続け、日が沈み始めたところで切り上げる事にした。
慣れていない町で夜を歩き回るのが危険なのもあるが、こうして歩き回っている内に町全体の状況をある程度理解出来たからだ。
とりあえず集めた情報の整理と夕食も兼ねて、俺たちは宿へ戻る前に近くの食事処に寄っていた。
「うーん……結構歩いたのに、まだ半分も見ていないなんて、本当に広い町だね」
「だな。だからこそ、混乱が表に出てこないんだろうな」
一見すると、町の人たちは何事もなさそうに振る舞っているが、やはり町から出られない事で商人や冒険者たちの不満が出ているらしく、場所によっては剣呑な雰囲気になっているようだ。
そしてこの王都の封鎖が始まったのは二日前からで、俺たちがあの港町に着く前日のようである。
事情は詳しく語れないが、数日以内には封鎖を解除するという話が上から広まってはいるので、町の人たちはあまり気にしていないようだが、商売や自由に移動できる者たちからすれば堪ったものではないようで……。
『全くもう、殴り合う元気があるなら美味い物でも食べていればいいのに』
「美味いものだけじゃなく、体を動かさないと気が済まない連中なんだよ。放っておいてやれ」
行動を制限されて鬱憤が溜まっているのか、表から見えない所で喧嘩をしている者もいたのだ。絡まれると面倒なので、そういう連中が活発そうな夜の間は動かない方がいい。
「お待たせしました! お勧めセットの二人前となります」
『来た来た! まずはどれにしようかなーっと!』
「へぇ、種類も豊富で悪くないじゃないか」
運ばれて来た料理に舌鼓を打ちつつ話を続け、会話の内容は集めた情報の整理と今後の予定についてとなっていた。
「とりあえず、カイザー家の事や、子孫たちの名前はわかったね」
「ああ。現当主である『コウリュウ』と、その息子『ヴェルヘイム』か。明日にでも屋敷に行ってー……いや、まずは二人について情報を集めてからだな」
現当主の息子であるヴェルヘイムは剣技に優れた剣士らしいが、あまり表に出てこないらしい。
噂によると、日々の鍛錬を欠かかさない真面目な性格でもあるそうだが、町の人々からの好感度は高いようで、悪い噂は特に聞かなかった。
一方……当主であるコウリュウについての情報はほとんどなかったので、その辺りをもう少し知りたいところだな。
『ねえねえ、その人の家の場所はわかったんでしょ? だったら話を聞き回ってないで、すぐ会いに行って話を直接聞いた方が早かったんじゃない?』
「確かにそうだが、向こうが俺たちに友好的かどうかまだわからないからな」
天族にはレイアの意志を継いでくれたユキナとアイラがいたが、フレムも同じとは限らないのである。
如何にフレムが立派な人物であろうと、子や孫と年代を跨いだ事により、その意思が途絶えてしまってもおかしくないのだ。
それどころか、俺は憎まれてもおかしくない話も聞いてしまったので、接触は慎重にならざるを得なかったのである。
「角のせいで、魔王の座から追われた……か」
魔王として立派な統治をしていたフレムだが、彼は港町で見たシオのように角が折れていたそうだ。
それを気にする連中が結託し、角折れに魔王は相応しくないと騒がれ続けた結果、フレムは魔王の座から引く事になったとか。
そしてフレムの角が折れた理由だが、それは神人との戦いではなく……。
「やっぱりレイア様みたいに、フレム様は角を……」
「……だろうなぁ」
過去の仲間たちは、死にかけた俺を救う為に自身の大切なものを手放した。
レイアは光翼を、そしてフレムは魔族にとって大事な角……か。
元から折れていたとかは決してない。思い出せた記憶の中では、俺が死にかける直前までフレムの角は健在だったのだ。
だから、フレムあ魔王の座から落とされた原因は俺にもある。
『ふーん……でもその人ってさ、角をくれるくらいクエスが好きだったんでしょ? 恨んだりするかなぁ?』
「いや、あいつはそんな男じゃないと思う。だが、そのせいでとばっちりを受けた者や子孫がそうとは限らないだろ?」
「心配し過ぎな気もするけどね。レイア様は誇りに思っていたから、フレム様もきちんと子供たちに伝えていると思うよ」
「そうだといいんだがなぁ……」
ユキナはそう言うが、あのアイラだって俺が気になってはいても、警戒だけはしっかりしていた。
王都が封鎖されている理由も未だわからないままだし、カイザー家に行くにはせめて何らかの切っ掛けが欲しいところである。
「でも、そこまで急ぐ理由もないんだ。もっとじっくりとー……」
「なあ、お前さんたち。ちょっといいかい?」
飲み物に手を伸ばしたその時、隣の席にいた魔族が俺たちに声を掛けてきた。種族が違うので正確にはわからないが、俺と同じくらいの年頃だと思う。
少し乱れた髪に髭の処理も適当なので、全体的に身嗜みがだらしない男であるが、どこか惹きつけられる不思議な魅力を放っていた。
何者だろうかと内心で首を傾げる俺たちを他所に、男が飄々とした様子で俺たちの前に立つ。
「突然悪いな。俺はこの辺りを仕切っている、『ホーティ』ってんだ。ちょっと腹ごしらえしていたら、あんたたちが気になる事を言っているから、つい……な」
「俺はクエスだ。つまり、そちらは聞き耳を立ててたってわけかい?」
「そんなつもりはなかったんだんだが、カイザー家って聞こえたから無視は出来なくてな」
内容を聞いてわざわざ話し掛けてくるって事は、間違いなくカイザー家の関係者だろうな。
話をしながらこちらを観察するような視線を正面から受け止めていると、男は僅かに眉をしかめながらも笑みを浮かべた。
「俺の家は代々カイザー家に仕えている一族なんだ。そして俺はあのヴェルヘイム様の舎弟でもある。だからお前さんたちが危険な存在かどうか、こうして俺が直々に調べに来たってわけだ」
「見ての通り、世界を巡っているただの冒険者だよ。危険とか思われるのは心外だな」
「こんな可愛らしい天族を連れた人族が、ただの冒険者なわけがあるかよ」
「この子は兄妹同然のように育った幼馴染さ。俺が心配だからって、ついて来てくれたんだよ」
「おに……に、兄さんだけじゃ心配だからね!」
別にやらなくても良かったのだが、ユキナのアドリブが少し微妙だった。素直で嘘とか苦手な子だからなぁ。
若干怪しまれはしたが、俺たちはカイザー家の人たちに会ってフレムについて聞いてみたいだけだと伝えれば、ホーティは悩みながらも一応頷きはした。
「ふーん……フレム様の話をねぇ。まあ、お前さんたちが望むってんなら、俺から話を通しても構わないぜ?」
「そこまでしてもらう理由はないと思うが?」
「怪しいなら、実際に会うのがあの御方の流儀なのさ。それに、今のカイザー家は下手に行ったところで門前払いだぞ? 何やら忙しそうにしているからな」
「今の……って事は、この町の現状と何か関係があるのか?」
「さてな? 俺みたいな下っ端に、上の情報は届かねえんだよ。で、どうするんだ?」
これは予想外の流れである。
もっと情報を集めてからカイザー家に向かうつもりだったが、彼に言われた通り俺たちだけで行っても向こうが会ってくれる保証がないのも事実だ。
シェリルの紹介状が通じないという可能性もあるだろうし、ここは思い切って話に乗ってみるのもありか?
そんな意図を込めつつユキナに視線を向けてみたところ、こちらに任せるとばかりに頷いてきたので、しばし悩んでから判断を下した。
「なら、話を通してもらえるか?」
「いいぜ。なら……そうだな。明日、朝食を食い終わったくらいでいいから、そこの茶屋で待っていてくれよ」
何か条件でも出されるかと思いきや、そうあっさりと告げてからホーティは踵を返した。
途中、店主にも声を掛けて笑顔で見送られながら出て行く彼の後姿を見送ったところで、俺たちも食事を済ませてから宿に戻るのだった。
そして宿の部屋に戻り、窓や扉の外に誰もいない事を確認した後、俺たちは安堵の息を吐きつつベッドに座った。
「ふぅ……ユキナの勘も見事なものだな」
「あはは、間違ってなくて良かったよ」
先程のホーティからの接触だが、実のところ俺たちはある程度予想していたのだ。
切っ掛けは王都にある店を幾つか巡り、次の店を探している途中でユキナが違和感を覚えて報告してきたのである。
『ねえ、さっき店の中にいた人だけど、最初の店で見た人と同じ人じゃないかな?』
『ん? いや……どうだろうな。服装と髪が違っていた気がするが?』
『うん、見た目も気配も別人としか思えないんだけど、何かこう……雰囲気が似ているというか……』
ただの勘だろうが、ユキナの様子からして気のせいだとも思えなかった。
もしユキナの言う通り同一人物であるならば、謎の存在がこちらを探っているという意味でもある。
だから向こうの反応を見ようと、最後に寄った食事処では敢えて近くに聞こえるような会話をしていたわけだが……本当に向こうから接触してきたわけだ。
その人物がカイザー家の関係者だったり、紹介してくれると提案したのは予想外であったが、こうなると話が上手く行き過ぎていると怪しくなってきたな。
「もしかしたら、俺たちを騙す為に関係者と名乗っているだけかもしれない」
『悪い魔族って事? そんな感じには見えなかったけどなぁ』
「うん、少なくとも敵じゃないと私も思うよ」
さすがに楽観的過ぎだろとは思うが、実は俺もそんな気がしていた。
それは言葉には出来ない感覚であり、ユキナと初めて会った時と似たような感覚だったので、もしかしたらあの男はフレムの血を継いだ者なのかもしれない。
しかし、俺を見る目……いや、あれは人族を見る目だろうか?
天族ではなく人族に対する目が少し険しい点が気になったので、やはり警戒だけは続けておくべきか。
「よし……もう明日に備えて寝るか。何か色々起きそうだしな」
「そうだね。ルルのベッドはどこに置く?」
『もちろん窓際! あ、向きはこっちー……いや、向こうかな?』
すっかりルルの寝床となった手製の籠の位置で悩む二人を眺めながら、俺も寝る準備を始めるのだった。




