王都へ
そしてシェリルの案内で屋敷の中庭へとやってきたわけだが、そこでは多くの魔族たちが激しい訓練をしていた。
ここにいる者たちは皆シェリルの部下であり、町を守る守備隊でもあるのでこうして日々鍛錬をしているそうだ。
集団での走り込みに始まり、重りを身に着けて素振り、模擬戦で相手と武器を激しく打ち合っていたりと、こうして眺めているだけで熱くなりそうな光景が広がっている。
誰一人サボっているような者は見られず、皆が真剣に鍛える様子は規律に厳しい軍隊のように思えるのだが……。
「おらぁ! どうした、その程度か!」
「てめえこそ! 動きが鈍くなってんぞ! もう疲れたのかぁ?」
「ははは! いいぞ! もっとやれや!」
じっくり観察していると、言動が汚いというのか……とにかく荒くれと呼べるような者たちばかりである。
シェリルのような人を筆頭にしている点から、守備隊というより傭兵団って感じが強いなと思いつつ中庭を歩いていると、こちらの存在に気付いた男たちが一斉に動きを止めた。
「「「おっす、姐さん!」」」
「ああ、私の事は気にせず鍛えてな。いや、ついでだからお前たちにも紹介しとくか。こいつ等が前に言っていた私の客人だから、失礼な真似はするんじゃないよ!」
「「「うっす!」」」
荒々しいが統率はしっかりとれているらしく、気付けば訓練していた男たちが勢揃いで返事をしていた。
その勢いに気圧されながら中庭を進み、隅の方で荷物を漁っていた男の前でシェリルは足を止めた。
「シオ。準備は済んだかい?」
「も、申し訳ありません! まだ終わっていなくて……」
シェリルが『シオ』と呼んだのは、俺たちを屋敷まで案内してくれた男だった。急に声を掛けられて驚いたのか、持っていた箱を落として焦りまくっている。
「別に咎めているんじゃないよ。あとどれくらいだい?」
「ぶ、物資は全て用意出来たので、後はソウリュを連れてきて積むだけです」
「そうかい。なら、ソウリュは他の奴に連れてきてもらうから、あんたは彼等に説明してやりな」
「わ、わかりました! あの、こちらが携帯食料となりまして……」
シェリルが部下に頼んで用意させていたのは、俺たちが使う旅の荷物……主に消耗品類である。
携帯食料とかはここへ来るまでに結構消耗していたので、この町で一旦補充する予定だったのだが、シェイラが気を利かせて用意してくれたわけだ。
この大陸特有の保存食や、旅で使う便利道具も用意してくれたらしく、シオが一つ一つ丁寧に説明してくれる。
「この袋は……香辛料と薬草か。調合だけじゃなく、料理の消臭に使えそうだな」
更に複数の香辛料や薬草もあったので、調合や料理を主にしていた俺としては本当に助かる。
形状や匂いで俺が知っている物で合っているかを確認していると、シオが感心したかのように息を漏らす。
「いやぁ……予想以上ですね。色々詳しい人だから、シェリル様から沢山用意してやれと言われたんですが、まさかここまでとは思っていませんでしたよ」
「いえ、貴方こそ本当に詳しいと思います。そういう仕事をしているんですか?」
「は、はは……仕事というか、俺はこれくらいしか出来ない奴なんで」
俺個人の見解ではあるが、これ程の豊富な知識を持ちながらも謙遜が過ぎると思う
ちょっと卑屈過ぎだなと思いつつ、必要な物を吟味していたわけだが、ここで問題が一つ生まれた。
「全部欲しいところだが、少し荷物が多過ぎるな。しかし他を減らす程でもないし……」
「少々重くなっても、これくらいならソウリュは問題ありませんよ」
「ソウリュ……町で見たあれか?」
そう口にしたところでやってきたのは、魔族たちが幅広く利用している『ソウリュ』と呼ばれる生物だった。
見た目は首が長い二足歩行のトカゲって感じであり、簡単に言えば天族たちにとってケティールみたいなものらしい。
翼がないので滑空等は出来ないが、竜の亜種とも呼ばれるソウリュは力に優れているらしく、ここにある荷物全て載せても平気だとか。
そういう事なら遠慮なく持っていくかと、一緒に荷物を見ていたユキナへと振り返るが……さっきまで隣にいた彼女の姿がなかったのである。
「あれ、ユキナは?」
するとルルが服を引っ張ってきたのでそちらへ振り向けば、そこはちょっとした戦場となっていた。
「はははぁ! あいつの娘だけあるじゃないか!」
「それはもう! 鍛えられましたから!」
いつの間にかユキナがシェリルと戦っており、実力者同士による激しい武器の打ち合いによって周囲が大いに湧いていた。
シェリルの腕力に物を言わせた凄まじい猛攻は、さながらハルバードの暴風である。しかしユキナもまたアイラ譲りの槍術と技術で、その暴風を真っ向から受け止めていた。
「ひゅーっ! やるじゃねえか、嬢ちゃん!」
「姐さんと正面から打ち合うなんて凄ぇぜ!」
「あんたはあの子の従者かい? 将来有望そうな子に仕えているじゃねえか!」
ああうん、やはり周囲からすれば人族の俺はそういう風に映るんだろうな。
別に不満があるわけじゃないが、俺がそう見られるのをユキナが嫌がるので訂正しようとしたその時、二人の戦いに変化が見られた。
「そらよっと!」
「っ!? はっ!」
攻撃を受け流しきれず、体勢を僅かに崩したユキナ目掛けてハルバードが振り下ろされるが、ユキナは左手の盾で相手の武器を側面から叩いて逸らした。
所謂『パリィ』とも呼ばれる技でハルバードを弾いたユキナは、間髪入れず右手の槍を振るおうとしたが……。
「あぐっ!?」
「……見事なもんだ。だが、経験がまだ足りないね」
それよりも早くシェリルの片腕がユキナの首を掴んでいたので、二人の戦いは決着が着いた。
ユキナの弾きは完璧と言っていい程のタイミングだったのだが、シェリルはハルバードを両手で握っているように見えて片手は添えていただけらしい。つまり彼女は片腕……利き腕と思われる左腕の力だけで振るっていたのだろう。
更に弾かれるのを予想していたと言うより、本能で察したも思われる。さすがにアイラが娘の得意技まで伝えるとは思えないし、ユキナの情報もほとんどなかった筈だ。見た目が獣のような人だと思ってはいたが、中身もしっかりとそうだったらしい。
おそらく、あの模擬戦もシェリルが誘った形で行われー……不味い!?
こういう場合、次は絶対に……。
「じゃ、次はあんただ。ほれ、さっさと来な!」
「ですよねー……」
やっぱり、俺の番かよ。
確かに俺はかつての仲間……レイアたちの力を受け継いだ特殊な存在だが、元は碌に力を持たない人族だったのだ。
なので争い事は基本的に避けたいし、力を極めるとか競い合いたいとかは思えないので、全力で遠慮したいところなのだが……。
「「「…………」」」
「……勘弁してくれよ」
周囲の期待に満ちた視線が一斉に突き刺さり、とても断れる状況ではなさそうだ。
しかし、あんな化物と正面から挑むなんて怪我じゃ済みそうにないんだが……どうする?
「クエスさん」
「お、おお!? ユキナ、何とか止めてー……」
「シェリルさんが相手なら、私の槍を使ってください。レイア様の槍術じゃないと、受け流しきれないと思いますから」
「ああ……ソウデスネ」
ユキナの槍を渡されてしまえば、もう逃げ道は塞がれたようなものだな。
溜息を吐きつつ前へ進み出ると、シェリルが不思議そうに首を傾げる。
「おや? あんたも槍を使うのかい?」
「ええ、まあ……ちょっと事情がありまして」
レイアの槍術が魂と体に刻まれてはいるが、今も俺は剣を使うようにしていた。
理由は他の仲間たちの技や記憶を思い出す切っ掛けになるかもとか、同じ武器同士では敵に対策をされやすいと様々だが、一番の理由はアイラからのお願いみたいなものである。
『娘は私とは違う道を歩もうとしている。ならば可能な限り、あの子の自主性を持たせるべきだとは思わぬか?』
『それは理解出来ますが、俺に槍を使うなってのは何故でしょう?』
『あの子の成長に影響が出るかもしれぬからだ。曾祖母様の槍なら、すでにあの子の魂に刻まれているからな。まあ無理にとは言わんが、可能な限り君は槍を振るわずにいてほしい』
つまり……俺の肉体ではレイアの槍は完全に再現が出来ていないから、余計なイメージを植え付けるなって事なんだろうな。俺としては十分なんだろうが、達人から見れば足りないらしい。
というわけで、ユキナには適当な理由をつけて槍を使わないと説明しているわけだが、それでも槍を使えと渡されたのは力を出し惜しみ出来る相手ではないというわけだ。
これは、骨の一本くらい覚悟しておいた方がよさそうだな。
「じゃあ、あんたの力を見せてみな!」
「ユキナ……奇跡の準備はしておいてくれ」
「う、うん……」
獲物を見つけた狼としか思えない獰猛な笑みを前に、俺は槍を構えて覚悟を決めるのだった。
あまりにも濃密故に、僅か数分が一時間くらいに感じる模擬戦だったが、何とか俺は五体満足で生き残る事が出来た。
だが、代わりに失った物がある。
「槍だけじゃなくて、剣もそれなり……面白い戦い方だねぇ」
「御蔭で折れましたよ……」
途中、不意を突く為にわざと槍を弾き飛ばさせ、腰の剣を抜いて反撃はしたのだが、あっさりと受け止められるどころか逆に剣が折れてしまったのである。
エルドラ家を出発する時に貰った上質な剣だったのだが、こうも簡単に折ってしまった自分の不手際に泣きたくなる。
どこか満足そうに笑っているシェリルであるが、こちらの様子に気付いてさすがにばつが悪そうにしていた。
「すまんすまん。そいつでも受け流すかと思って、ちょっと加減を間違っちまったよ」
「いえ、力の流しが甘かったというか、単純に俺が未熟だったせいもありますから」
「ははは! そう思えるなら十分だ。ちゃんと代わりの剣をやるから、そう落ち込むんじゃないよ。おい、お前等!」
近くで眺めていた男に合図を送ると、剣と呼ぶより鉄塊のような武器が運ばれてー……。
「って、そんなでかいの俺には無理ですって!」
「ああん? ここにはでかくて頑丈なもんしかないよ。仕方ないねぇ、もっと軽いやつを探してきな」
荒くれたちの威勢のいい返事と共に、更に複数の武器が運ばれてきたのだが、やはり俺が扱うには大きい武器ばかりである。
どうやら魔族ってのは、大きくて重たい武器を好むらしい。
豪快な戦いが特徴だとも聞くし、小さくて軽い武器じゃ簡単に折ってしまうんだろう。
最悪、町で探す羽目になりそうだなと諦めかけたその時、他と比べて小さい剣を見つけたので手に取ってみた。その分厚さから普通の剣ではなく大剣の部類になる代物だが、この長さと重さなら何とか俺でも振るえそうだ。
「それでいいのかい? 私だったら一振りで折っちまいそうだ」
「俺はこれで十分ですよ。じゃあ、遠慮なく貰っていきます」
でもこの大きさだと、腰に下げるのは動きの邪魔になりそうだ。
用意されていた固定器具を体に取り付け、鞘に入れた大剣を背負ったところで不思議な懐かしさを覚える。
前はこうして剣は背中に背負っていたような……いや、この感覚は俺の事じゃないな。おそらく未だ眠っているフレムの感覚ではないかと思う。魔族の大陸に来た事で、何か思い出し始めているのかもしれない。
少々扱い辛そうだが、この大剣でしばらく戦ってみてもよさそうだ。
ベルトの位置調整が済み、戦闘での支障がないか軽く体を動かしていると、弾かれた槍を回収してきたユキナが安堵するように息を吐いた。
「本当に怪我なくて良かった。ねえクエスさん、この後はどうするの? 少し休んだら、町で情報を集めにー……」
「いや、準備が済んだらすぐに出発しな。今ので疲れたとか抜かすんじゃないだろうね?」
俺たちの目的はフレムの子孫と会う事であり、その子孫がいるのは魔族の大陸で一番の首都である『王都』らしい。
聞いた話によると、この港町から王都までは一日くらいの行程らしく、今から出発すれば明日の昼には到着出来るそうだが……。
「出発する事に異論はありませんが、何か急ぐ理由でもあるんでしょうか?」
「町の状態を見て来ただろう? シオの話によると、いきなり絡まれたそうじゃないか?」
「確かに、何か不穏な空気は感じましたね」
「言っておくが、あんたたちに絡んだのはうちの者じゃないよ。町で目をぎらつかせているのは、王都から来た連中さ」
言われてみればこの場にいる荒くれな連中と違い、俺たちに絡んだ魔族は雰囲気が違うというか、装備も上質だった気がする。
「何と言うか、あの人たち凄く焦っている感じだったよね?」
「そうさ、向こうにいる部下の報告によると、王都の方で騒ぎが起こって何かを探しているようだ。そろそろ詳しい情報が来るとは思うが、今わかっているのはその程度だ」
俺たちが到着するより少し前、王都から百人規模の団体が突然訪れたかと思えば、手当たり次第に強引な聞き込みや、倉庫や民家に入って荷物を改めたりしているらしい。
「この私に碌な挨拶もなく乗り込んできたかと思えば、あちこちを探り回って腹が立って仕方がないよ」
力尽くでも追い払いたかったそうだが、魔族たちの頂点でもある『魔王』直々の印が押された命令書だったらしく断り切れなかったようだ。
まあ下手に逆らえば謀反と捉えられても仕方がないので、これだけ好戦的なシェリルもさすがに自重はしたわけか。
「とにかく、向こうでは何らかの問題が起こっているわけだだ。あんたたちとは関係なさそうだが、早く行って状況を確認しに行きな」
「何か起こっているのなら、もう少し様子を見るべきだとも思いますが?」
「いや、あんたたちはもっと急いだ方がいい。寧ろ厄介事に関わっていかないとねぇ」
「な、何で?」
「あんたの母親に頼まれたからさ。多くの困難を乗り越え、心身共に成長させてやれって手紙に書いてあったからねぇ。ここまであいつに言わせるって事は、それだけあんたたちは期待されているようだ」
アイラが厳しいのはそれだけ相手に期待し、気に掛けているという意味でもあるからな。
それを理解しているあたり、二人は本当の親友なんだろうなとも思う。
「こんな状況じゃなきゃ、あんたたちと徹底的に遊んでやりたかったんだがね。いや、様子見したいってのなら、もっと私と遊ぼうー……」
「い、行った方が良さそうだな! ユキナ、荷物の準備を手伝うぞ!」
「うんうん!」
「……ちっ!」
先程の模擬戦で理解した。
この人から直々に鍛錬を受けていたら、命がいくらあっても足りない……と。
アイラとの鍛錬で磨かれた勘と本能が警鐘を鳴らす中、いつの間にか連れて来られていたソウリュの前に俺とユキナは立った。
荷物を積む前に、まずはソウリュの扱いに慣れないとな。
「私、ケティールしか乗った事ないんだけど、上手く乗れるかな?」
「基本はケティールと変わらないと思いますよ。普段は人懐こい子たちですが、中には気性が荒い子がいますので、少し慣れが必要だと思います」
手綱を握るシオから助言を受けながらソウリュに乗るユキナだが、彼女を拒否するかのようにソウリュが暴れ出す。
「とっと……中々暴れん坊な子だね」
「だ、大丈夫ですか?」
「あ、平気ですよ。ケティールにも、これくらいの暴れん坊はいましたから」
振り落とされないように踏ん張るユキナだが、中々ソウリュが落ち着かないので苦戦しているようだ。
しかし手綱を握っていたシオが宥めるように撫でれば、ソウリュは何事もなかったかのように落ち着いたのである。
「へぇ……見事なものだな」
「俺はこの子たちの世話をしていますから。ただこの子たちは……」
「あんたも何時まで眺めているんだい? さっさと乗ってみな」
「シェリル様……」
「黙ってな。ほれほれ!」
何か意地が悪そうな笑みを浮かべているが、気にしても仕方がないのでもう片方のソウリュへと近づく。
近くで見るとケティールとは違った迫力を感じるが、とりあえずシオがやった通りに頭部を軽く撫でてみれば、気持ちよさそうに目を閉じて喉を鳴らし始めた。
「お……これなら行けるか?」
機嫌が良さそうなので背中に乗ってみたところ、ユキナの時とは違い大人しいものである。
それどころか構えとばかりに首だけこちらへ向けてきたので、その頭を撫でながらユキナの様子を窺ってみれば、向こうも大分慣れてきたのか手綱を上手く操って周辺を軽く走らせていた。
「へぇ……やるじゃないか」
「は、はい。あの子たちをこんな簡単に御すなんて……」
「簡単? ソウリュの扱いは難しくないとか言っていませんでしたか?」
「いえ、貴方たちに用意したソウリュですが、実はとびきり気性が荒い子にしろと言われまして……」
誰に……なんて、隣で笑っている彼女以外あるまい。
つまり俺たちを試して遊んでいるんだなと察し、未だ首を摺り寄せて来るソウリュの頭を撫でて心を落ち着かせる。こういう相手は無駄に突っかかる方が逆効果なのだ。
「あーはいはい。後でもっと撫でてやるから、ちょっと走ってみてくれよ」
『くぅ!』
こちらの言葉を理解したかのように鳴いたところで手綱を握れば、俺の言う通りにソウリュは歩いてくれた。
そのまま左右へ旋回させたり、軽く走らせて問題がないのを確認したところでシオの下へと戻る。
「いい子だな。ありがたく乗らせてもらうよ」
「こちらこそ、珍しいものを見せてもらいました。まさかこの子が、俺以外にここまで心を開くとは思っていなかったので」
「あん? 私の言う事は聞いていただろうが?」
「シェリル様は御しているのではなく、脅しているだけです」
そういえば、天族の大陸でケティールと触れ合った時も似たような感じだった気がする。
あの時は俺に宿るレイアの力が影響していたと思うので、今回はフレム……魔族の力が作用しているのかもしれないな。
何にしろこれで足は確保出来た。早速、用意してくれた荷物を載せていると、シオが何か思い出したかのように声を上げた。
「あっ!? も、申し訳ありません! まだ用意していない物がありました!」
「ん? まだ何かあったー……」
「申し訳ありません! 申し訳ありません!」
「ああもう、いいから早く持ってきな! こいつは載せていても問題ないだろ?」
「は、はいぃぃ……」
己のミスに気付くなり、過剰に頭を下げ続けるシオをシェリルが怒鳴るようにして追い払っていた。
慌てて荷物を取りに行くシオの後姿を眺めていると、隣にいたシェリルが盛大に溜息を吐く。
「魔族の大陸に来たなら、よく覚えておきな。あれが折れた者の末路だよ」
「折れた者?」
心が折れるという話はあるが、おそらく彼女が言う折れた者とは、魔族の頭部にある角の事だろうな。
多少記憶が戻ってもまだまだ穴だらけであり、魔族についてわからない事が多いので、ここで色々と聞いておくべきだろうな。
「魔族にとって角は誇りであり、人によっては命より大切になるとも聞いた事があります。それが折れるという事は……」
「ああ。角が折れた魔族の扱いは酷いものでねぇ。まるで家畜か奴隷のような目で見られるのさ」
更に魔族の角は力の源でもあるらしく、折れてしまうと能力が半減してしまうとか。
天族の光翼みたいなものらしいが、それと違い魔族の角は常に見えているせいか重要に扱われており、長い時の間に至上主義的なものが浸透してそういう風に見られるようになったとか。
「シオはね、幼い頃の事故で角が折れちまったのさ。そして長い間相当な扱いを受けてきた結果……あんな性格になっちまったわけだ」
「家畜……とか言われる程ですからね。余程なんでしょう」
自分は底の存在だと言わんばかりに、会った時から感じるあの卑屈な言動の数々は、様々な悪意を受け続けた結果なわけだ。
他種族の思想を否定するつもりはないのだが、中々に酷い話である。
気付けば隣で話を聞いていたユキナは、俺と同じ気持ちなのか複雑そうな表情でシェリルに問いかけた。
「シェリルさんは、どうしてあの人を傍に置いているんですか?」
「ああん? 小間使いとして便利だからに決まってんだろ?」
「それだけ……ですか?」
「ちっ! そういう鋭さもあいつ譲りだねぇ。ああそうさ。私はね、シオの能力を軽視されているのが気に食わないんだよ」
おそらくシェリルは魔族の中で変わり者なのだろうな。
そしてどこかばつが悪そうというか、恥ずかしそうにしている様子から、さっきユキナが言っていた優しいという部分が俺にも理解出来た気がする。
「確かに魔族にとって角が折れるのは致命的な事だろうが、それだけで何もかも下に見る連中がアホとしか思えないのさ。うじうじしてばかりで、腹が立って仕方がない時もあるが、あいつの人を見抜く目は馬鹿には出来ないからね」
「人を見抜く? もしかして、彼に俺たちを迎えに来させたのは……」
「ああ、人の顔色を窺う事ばかりしていたせいなのかもしれないが、見ただけでそいつの人となりをあいつを見抜くんだよ。だからシオがあんたたちを連れて来なかったら、私は知らぬ存ぜぬで放っておいただろうさ」
小間使いとはいえ、客人の案内人にしては気弱過ぎると思っていたからな。知らず内に悪人かどうか見極められていたというわけか。
魔族全体の思想に流されず、個々の突出した能力を見極めているので、豪快ながらも人をしっかりと見ているらしい。
「お、お待たせしましたぁ! こちらも載せてください!」
「早くしな。客を待たせ過ぎるんじゃないよ!」
「はいぃ!」
傍から見れば厳しい接し方であるが、少しだけシェリルの本心を知った今では、彼女なりにシオを気遣っているんだろうな。
ちぐはぐながらも、不思議とバランスが取れているような二人を眺めつつ、俺たちは運ばれた荷物を積み込むのだった。
---------- シェリル -----------
「……やれやれ、行ったか」
「はい。でも、本当に行かせて良かったんですか?」
荷物を載せたソウリュに乗り、町から出て行く二人を見送っていると、シオの奴が心配そうな表情で私を見ていた。
こいつがそこまで心配するって事は、それだけあの二人を気に入ったんだね。ほんの少しの付き合いだってのに、中々人たらしな二人じゃないか。
「今の王都はかなり怪しいようですし、何より……ご友人のお子さんなんでしょう?」
「いいんだよ。せっかく鍛え甲斐のありそうだったのに、私の手から離れるってんなら精々荒波に揉まれてもらおうじゃないか。それでだ、あっちの準備はどうだい?」
「そちらは順調だと思います。でも……本当にやるんですか?」
「何度も言わすんじゃないよ。こんな面白そうな事、やる以外の選択はないよ」
まだその時じゃないってのに、血が滾って仕方がないねぇ。
自然と笑みが漏れてしまう私と違い、シオの奴は頭を抱えてしゃがみ込んじまった。ったく、今からそんなんでどうするんだか。
「そろそろ我慢の限界だったし、あいつの話は本当にちょうど良かったよ」
「下手すれば逆賊ですよぉ……」
「下手も何も逆賊だよ。非常時だってのに未だ平和ボケしてる連中なんざ、いない方がましってもんさ」
振り返り、今日もまた鍛錬に励む野郎たちの姿を一瞥してから、二人が向かった王都がある空へと視線を向ける。
「本気で世界を動かすんだな……アイラ。なら私も全力で乗っかってやるよ。どこまでも……な!」
「うぅ……何でこんな事に……」
「下を向いている暇なんかないよ! ほれ、さっさと準備を進めな! お前等も、怠けてたらぶっ飛ばすからね!」
「「「うっす!」」」
野郎たちの士気も万全だし、後は連絡を待つのみだ。
その時に備え、楽しみに牙を研ぎ続けるとしようじゃないか。ふふふ……。




