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神域超越の継承者  作者: ネコ光一
2章 魔族
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22/22

ヴェルヘイム現る



 次の日……船の揺れも野宿でもない、寝心地の良いベッドでゆっくりと休めた俺たちは、朝食を食べてから宿を出た。

 少し早いが待ち合わせ場所にはすでにホーティの姿があり、店先の椅子で優雅に飲み物を飲んでいたのである。


「よう、お二人さん! 気持ちのいい朝だな!」

「ああ、いい天気だな。随分とのんびりとしているが、待たせてしまったか?」

「別に待ってはいねえよ。ちょっと休憩したかったから、ちょうど良かったくらいだ」


 そう言いながら飲み物を一気に飲み干し立ち上がるホーティだが、そんな彼の姿にユキナが何かに気付いたらしく俺にそっと耳打ちしてきた。


「多分だけど、朝の鍛錬とかしていたんだと思う。兄さんと同じ感じがする」


 髪が少し湿っているので、汗を流す為に水浴びしてきたんだろうな。

 昨夜はよく見ていなかったが、服の上からでもわかる鍛え抜かれた筋肉からして、相当な実力者のようである。

 そんな俺の観察を他所に、ホーティは店主に勘定を済ませてから歩き出した。


「じゃあ行くとするか。上に話は着けておいたから、俺が直々にヴェルヘイム様の下に案内してやるぜ」

「……わかった」


 先導してくれるホーティの後について歩くが、その道中は中々に騒がしいものだった。


「よう、ホーティさん!」

「ホーさん! 前に言っていた道具が手に入ったぜ。取り置きしとくから、後で取りに来な」

「お、良い所に来ましたねホーティ様。試作品の菓子を作ったんですけど、良かったら味見してみませんか?」


 道を歩いているだけで町の人々から次々と声を掛けられ、そんな人々に対してホーティは気さくに対応している。

 年齢問わず誰もが親し気な笑みを向けられており、人気者なんだなと一目でわかる。中には敬意を持って接する者も見られ、彼はどういう立場なのかと謎が増えていた。

 店から押し付けられた試作品の菓子は俺たちにも渡されたので、それをいただきながら町を歩いて行く。


『うんうん、出来立てだから美味しいね! もう一口ちょうだい』

「ほらよ。なあ、ユキナはどう思う?」

「うん、美味しいね。甘過ぎないから、何個でも行けそう!」

「……そうじゃなくて、あの男の事だよ」

「ふぐ……」


 最近気づいた事だが、どうもユキナは甘い物に目がないようである。

 以前は母親の目もあって控え目だったのだが、俺と旅に出た事でタガが外れたのか、甘味があれば夢中になってしまうようだ。菓子限定でルルが増えたようなものである。

 それはそれで親しみやすくて俺は全く構わないんだが、今は真面目な状況なので話を聞いてくれと視線で訴えれば、ユキナは菓子をしっかりと飲みこんでから表情を引き締めていた。


「……んぐ。凄く慕われているよね。きっとこうして町を歩き回って、沢山の人を助けているんだと思う」


 同感するように俺が頷いていると、続いてホーティは近所の子供たちから話しかけられていた。


「ホー兄ちゃん! 遊ぼうぜ!」

「ホー兄、遊ぼう!」

「あー、悪いな。ちょっと客人がいるから、また今度な!」

「何だよー! 客人ってー……あっ!? 人族じゃん!」


 子供たちがこちらの存在に気付き、どこか非難するような視線を向けて来た。

 俺たちのせいで遊んでもらえなかったのもあるんだろうが、俺への目は何か違う気がするな。


「いいのかよ、ホー兄ちゃん? 人族嫌いなんだろ?」

「別に嫌いじゃねえよ。それより、知らない相手にそういう事を言うもんじゃねえぞ? 俺はそっちの方が嫌いだぜ」

「そうなのかー。わかったぜ!」


 確かに、いきなり嫌いとか言われたら喧嘩売っていると思われても仕方がないからな。

 そういう事もしっかり言い聞かせているホーティたちを眺めていると、今度は数人の子供たちが俺たちを囲んでいた。


「天族のお姉ちゃんだ!」

「お姉ちゃんの髪、凄く綺麗!」

「ふふ、ありがとう」

「…………」


 雪のように透き通った髪が珍しいのか、ユキナに続々と群がる子供たちだが、俺の方には誰もー……いや、一人だけ俺をじっと見上げている男の子がいた。


「どうかしたのか?」

「……何でもない」

「ほう……そいつに気に入られたか。お前さん、やっぱり只者じゃないな」

「気に入られたって、何もしていないが?」


 ホーティの話によると、この子はかなり気難しい子供らしく、初対面の相手にここまで近づいて来るのは珍しいそうだ。

 そう言われても、こちらをじっと見つめるだけで懐かれている感じは全くない。というか黙ったままなので、俺は持っていた食いかけの菓子を何となく差し出した。


「……食べるか?」

「……うん」


 すでに半分以上食べているが、気にした様子もなく受け取ってくれる。

 しかし渡した後でとある事に気付き、俺は財布を取り出しながら近くの茶屋へと向かう。


「すまない。そこの菓子を子供たちの人数分と……二つ追加で頼む」

「……ほう?」

「あいよ! 一個分はおまけしといてやるよ」


 一人だけに菓子を渡したら贔屓と見られ、騒動の種になりやすいものだ。

 特に子供たちの集団となればそれは顕著であり、些細な事でも後を引く場合もあるので気をつけないと。

 幸いながら菓子は安かったので、懐は大して痛まずに済んだ。

 さっきまで遠巻きだったくせに、菓子を貰えるとわかれば子供たちは一斉に群がってきたので一つずつ渡し、残った二つはユキナとルルに渡す。

 これでよしと一人頷いていると、ホーティが感心した面持ちでこちらを見ている事に気付いた。


「ふ……子供をよくわかっているじゃねえか」

「色々と経験があってな。ああ、でも勝手に食べさせたら親に怒られたりしないか?」

「ふ……はっはっは! こんな菓子一つで、こいつ等の腹は膨れたりしねえよ。心配するだけ無駄ってもんさ」


 俺としてはいつも通りのつもりだが、ホーティにとっては興味を惹くものだったらしい。

 笑いながら再び歩き出したので、俺は首を傾げながらもその後に続くのだった。



 ホーティが向かう先は、昨日の散策でも俺たちが行っていない方角であり、そこは店がほとんどない王都の住民が集まっている区画だった。


『うーん……何だか空気が変わったねぇ。本当にここなのかな?』


 周囲の雰囲気から生活が大変そうな貧民ばかりで、下手をすればスラムと呼ばれそうな場所でもある。

 ルルの言う通りこんな場所に案内されるのは変なので、俺は前を歩き続けるホーティを呼び止めた。


「なあ、まだ到着しないのか?」

「ん? もうすぐさ。ほら、そこを曲がった所だ」

「…………」


 何か感じているのか、ユキナが少し緊張した面持ちになっており、何時でも槍を構えられるように気を張り始めていた。

 そうして道を外れ、建物と建物の間にあるちょっとした空間まで来たところでようやくホーティは振り返り、顎で上を指しながら言い放つ。


「ほれ、あそこにいるのがお前たちが会いたがっていた御方だ。挨拶しな」

「あそこって……っ!?」


 視線を上に向けてみれば、正面に見える家屋の屋根の上に一人の男が立っていた。

 短く切り揃えた髪に、鷹の目のように鋭い目。

 身長も俺より一回り高く、背中には立派な大剣を背負った威厳溢れる魔族の男だった。

 あれが……フレムの子孫でもある、『ヴェルヘイム』……なのか?

 腕を組んで堂々と立つ魔族の男は、射抜くような鋭い眼光でこちらを見下ろしており、距離があっても思わず警戒してしまう圧を放ってもいた。

 見ただけで実力者なのは明白であり、無意識に唾を飲んだその時、家屋の陰から次々と魔族の男たちが現れたのである。


「……完全に囲まれているね」

「ああ。一応聞くがどういうわけー……ん?」

『あれ? いつの間に……』


 気付けば隣にいたホーティの姿がなく、屋根にいるヴェルヘイムの隣に立っていた。


「改めて紹介するぜ。こちらにいらっしゃるのが、カイザー家の嫡子であるヴェルヘイム様だ!」

「……ふん!」


 紹介されたヴェルヘイムだが、彼はこちらを見るどころか隣で傅くホーティをつまらなさそうに見下ろすだけである。

 とりあえず、物盗りと言った悪い連中ではなさそうだが、今は話を聞くよりこの状況をどうにかするべきか。


「私たちは戦うつもりはないんですが?」

「それはわかっちゃいるが、こっちにも事情があってね。ちょっと試させてもらうぜ」


 そう言いつつホーティが手を上げれば、俺たちを囲んでいた男たちが一斉に武器を構えて包囲を狭めて来る。


「やるしかないか。ユキナ!」

「うん!」


 こちらも武器を手にし、ユキナと背中合わせになりながら牽制するが、向こうはやる気満々のようだ。

 ぱっと見た感じ、男たちの格好はそこら辺の庶民と変わらないが、動きが明らかに違う。この連携と隙の少なさから、きちんとした鍛錬を受けている者の動きである。


「悪いな。旦那の頼みなんでよ!」


 正面から迫ってきた男が大剣を振るってくるが、俺も咄嗟に剣で受け止める。

 何とか止めたものの、力は相手の方が上で押し込まれそうになるが、俺は身を捻りつつ力を受け流して相手のバランスを崩し、その隙に剣の側面で殴りつけて相手の意識を奪う。


「……よし!」


 魔物だけじゃなく、対人戦でもこの剣で何とかなりそうだ。

 続けてもう一人の男が迫り何とか対処していた頃、背後ではユキナが俺以上の人数を相手にしていたが……。


「な、何だこの天族女は!?」

「くそ、近づけねえ!」

「手練れだぞ! 側面からー……ぐはっ!?」


 相変わらず見事な槍捌きで、多人数を同時に相手しながら反撃も行い、次々と気絶させて数を減らしていた。

 ユキナには劣るが、俺もみね打ちで男たちを気絶させていき、敵が残り二人になったところで俺は反射的に横へ飛んでいた。


「よっ……となぁ!」

「何だっ!?」


 すぐに体勢を立て直して確認すれば、俺がさっきまで立っていた場所に剣を振り下ろしたホーティの姿があったのである。


「へっ……強いとは思っちゃいたが、あいつ等が相手にならないとはな。お前たち、本当に面白いぜ!」

「俺としては、戦うより会話をしたいんだが……」

「こいつも会話みたいなもんさ。それに、強者を前にお預けはごめんだぜ?」


 ああ……なるほど。こいつも強い奴を見れば燃えるとか、そういう類の人物だったか。エルドラ家の当主と長男と同じだな。


「お嬢さんの相手は俺だな。なるほど、これは奴等じゃ無理なわけだ」

「左利き? 少し戦い方を変えないと……」


 視線を横へ向けてみれば、ユキナの前に大剣を左手に構えるヴェルヘイムの姿があり、どちらもやる気のようだ。

 俺もやるしかないと剣を構えながら相手を観察したところ、武器はこちらが持っているのよりも大きく立派な大剣であり、構えもまた俺と一緒だった。

 つまりこの男が使うのは、フレムが語り継いだ剣技というわけか。


「お前さん、その剣……どこで学んだんだ? 人族には合わねえ技だぜ?」

「説明すると長くなるんだが、色々あってな」

「なら後で詳しく教えてもらおうか!」


 雰囲気が変わり、一息でこちらの間合いに踏み込んできたホーティの剣を受け止めようとするが、嫌な予感を覚えた俺は後方へ大きく飛んでいた。

 俺の直感は正しかったようで、ホーティの剣は空振りながらも小さな衝撃波を生み出す程であり、今のを受け止めていたら確実に俺の剣が折れていただろうな。


「やはり、剛剣を知っていたか。お前さんの剣技は形だけじゃねえってわけだな」


 こうして剣を目の当たりにした事で、おぼろげだった記憶が徐々にはっきりしていく。

 フレムの剣技の一つである『剛剣』とは、相手の懐へ飛び込み渾身の力で叩き潰す技である。単純故に回避は難しくはないが、一度受ければ防御ごと貫く必殺の剣だ。それをいきなり繰り出すって事は俺を試したわけか。


「不思議なもんだ。明らかにお前さんの体に合っていない剣だってのに、随分と様になってやがる」

「そう言われるのは嬉しいが、自分としてはまだまだなんだよ」

「謙遜すんなよ。そこまで出来るなら、ちょいと本気で付き合ってもらうぜ!」


 今度は逃さんとばかりに更に踏み込みながら剣を振るってきたので、俺は剣で受け止めるがその一撃の重さに耐え切れず大きくよろめいた。

 先程の魔族たちもそうだが、やはり人族の俺では自力が違い過ぎる。

 だが俺が押し負けるのは種族の違いだけでなく、相手が魔族特有の能力……体内から生み出す『魔力』で肉体を強化しているからだろう。

 故に、人族の俺ではどう足掻こうと勝てる筈もないのだが、こちらもただの人族ではない。


「どうした! お前はその程度じゃないだー……おっ!?」


 よろけた隙を突いたホーティの追撃だが、今度は体の軸をぶらさずに俺は剣でしっかり受け止めていた。

 レイアから受け継いだ天力を体中に巡らせ、光翼は出さない程度に肉体を強化した御蔭である。


「へぇ……どういう事だ? 受け止めたのは見事だと思うが、随分と雰囲気が変わったじゃねえか」

「悪いが、まだ加減が難しいんだ。怪我しても知らないからな!」


 今度はこちらの番だと伝えるように、フレムの剣技を思い出しながら俺は剣を振るう。

 魔物相手には出来なかった剣技を放つが、ホーティは驚きながらもきちんと防いでおり、しばらくお互いの剣がぶつかり合う音が響き渡る。

 剣技は付け焼刃のような俺がホーティに対応出来ているのは、フレムの剣技故にある程度先読み出来ているからだが、経験の差で徐々に追い込まれつつあった。


「おお、やるじゃねえか! 今の技を受け止められる奴はそういねえぞ?」

「そりゃあどうも!」


 向こうはまだ余裕がありそうだが、俺の方はまだ慣れない天力の扱いと、フレムの剣技を再現した事による負担が大きくて限界が近い。

 せめて光翼を発現させて全力を出せば違うだろうが、そこまですればお互いに引けなくなるだろうし、何よりまた数日は寝込む羽目になりそうなのだ。

 ホーティはこちらを試しているだけのようだし、俺も力の加減を覚えようとここまで付き合ってみたわけだが……そもそもどうすれば終わるんだろうな、これ?


「な、なあ? もう十分……」

「はっはっは! 楽しいなぁ……おい!」


 駄目だ、こちらの言葉が届いていない。

 凄く興奮しているし、下手に剣を止めたり逃げたりすれば普通に斬られそうなので、俺から止めるのは難しい。

 だから誰か止めてくれと、ユキナとヴェルヘイムに目だけ向けてみるが……。


「ふん、ここまでやるとはな! 天族のくせにやるじゃねえか!」

「貴方こそ、その剣でここまで自在なんて!」


 向こうも熱くなっているようで、止まる様子が見られない。

 もう俺が何とかするしかないわけだが……どうする?

 閃光弾を使うか? いや、取り出す隙を突かれる可能性がー……そうだ!


「少し……落ち着け!」

「うおっ!?」


 指先から光の奇跡を発動させ、小さな閃光を放ってホーティの目を眩ませた。

 本来はユキナがよく使う光弾を放つ奇跡なのだが、光の強さと指向性を上手く調整すればちょっとした目晦ましにもなるのだ。これなら閃光弾は必要なさそうだが、効果範囲が狭い上に調整が難しいので実用性が低いのである。

 とにかくホーティの目が潰れている間に、俺は急いで離れて剣を仕舞った。

 それでようやく冷静になれたのか、目が回復したホーティは渋々といった様子で大剣を仕舞い、ばつが悪そうに頭を掻いた。


「す、すまねえな。お前さんが予想以上にやるもんだから、つい熱くなっちまった」

「はぁ……色々と言いたい事はあるんだが、全部説明してくれるんだろうな?」

「おう! あんたたちは敵じゃねえみたいだし、これからカイザー家に招待してやるよ」


 どうやら認められたみたいだな。

 全く……シェリルの時といい、何故最初に戦おうとするのやら。確かに相手の本音ってのは言葉だけじゃわかり辛いし、間違っているとまでは言わないが、無駄な戦闘は避けたいと思っている俺にとっては堪ったものではない。

 一方、ユキナとヴェルヘイムは未だに戦っているので、どう止めるべきか悩んでいると、ホーティが二人に向かって大きな声を上げた。


「おい! もうその辺にしときな!」

「えっ!? はい……」

「……ちっ! 良いところだったのによ」


 ただ声を掛けただけだというのに、二人は目が覚めたかのように戦いを止めていた。

 まるで王の号令かのような妙に威厳ある声と、今の言葉に違和感を覚えていると、剣を仕舞ったヴェルヘイムが近くの壁に背中を預けながらホーティを睨みつける。


「ふん! 面白いところだったのに止めるんじゃねえよ。一つ貸しだぞ」

「楽しんでいたくせにそんな事を言うなって。それに親友だちだろ?」

「うるせえ!」


 屋根にいた時は畏まっていたのに、今は妙に馴れ馴れしいやり取りである。

 主従と思っていたのだが、年齢が近いからホーティの言葉通り親友なのかと首を傾げていると、俺の隣に戻ってきたユキナが一息吐きながら呟いた。


「お互い本気じゃなかったけれど、あの人……凄く強いよ。シェリルさんとの経験がなかったら、ちょっと不味かったかも」

「だろうな。それより、何かあの二人の様子が変じゃないか?」


 俺が疑問を浮かべていると、ようやく言い合いが終わったホーティが俺たちの前にやってきた。


「色々付き合わせて悪かったな。というわけで、改めて紹介させてもらうぜ」


 そして腕を組み、どこかで見覚えのあるポーズを取ったかと思えば、不敵な笑みを浮かべながら宣言したのである。



「この俺こそ、お前さんたちが会いたがっていた『ヴェルヘイム』だ! よろしくな!』


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