第七十二話 トレーニングキャンプ終了、そして
三人は眠りのガスの影響から完全に回復し、アレスとともに、サバイバル訓練を再開した。
ディアナが湧き水を見つけ、ヴェスタが火炎魔法で煮沸を行い、ネプトが冷やす。
「よし、飲めるな。ヴェスタ、やるじゃないか」
「えへへ……ありがとうございます」
ネプトに褒められ、ヴェスタは自信を少しだけ押し上げていた。
その後、四人で枝を組み、葉を重ね、夜露をしのげる小屋を作る。
ディアナは魔法で枝をカットしながらふと呟く。
「……なんだろう。昼間、誰かに守られた気がするの。夢……だったのかな」
ヴェスタは胸に手を当てる。
「わたしも……あったかい手に包まれたような……そんな夢を見ました」
ネプトは笑う。
「君たちは、ガスの幻覚だろ。俺は何も覚えてないし……」
「ネプトはいい意味で鈍感なんだよ? その方が悪影響も後に引きずらないし」
「褒めてるのか、それ!?」
アレスは冗談を口にしつつ、微笑んで見守る。
(……幻覚じゃないよ。でも、今はそれでいい)
夜も更け、四人は交代で見張りを行う。
今の時間帯はアレスの番で、小屋を出て少し離れた場所で見守っていた。
ふと、内側のエリスが声を出し、アレスに語り掛ける。
「ふむ……あの子ら、なかなかやるのう」
アレスは頷く。
「うん。みんなはかなり色んな場面で連携できるようになってきたもんね」
エリスはアレスを横目で見るように返す。
「おぬしも、じゃろ?」
アレスは少しだけ照れたように笑った。
◆
太陽が昇り、一昼夜のサバイバル訓練が終わった。
時間となり宿営場に戻ってきたアレスは、第3班のメンバーに声をかける。
「みんな、お疲れ様。よく頑張ったね。これでトレーニングキャンプは終了だよ!」
ネプトは拳を握る。
「睡眠ガスにやられるとか、危うい場面もあったけどな。次は絶対に不意を突かれないようにする!」
ディアナは真剣な表情で頷く。
「もっと強くならなきゃ……精神面でも、連携面でも!」
ヴェスタは胸の奥に残る温かさを抱えたまま、決意を示す。
「……わたし……怖がらずに、今度はわたしがみんなを助けられるようになりたい……」
するとそこに、担任のセレナ先生が現れる。
「みんな、よく無事だな。よく帰還した。サバイバルを無事に完了し、帰還することが一番の成果だからな」
「はいっ!」
班全員が元気に返事をし、トーレーニング・キャンプの幕は閉じる。
その帰り道、ヴェスタは船の上でふと、トリナ島を振り返る。
胸の奥に、あの時の感覚が蘇る。
――黒紫と金の光
――優しい声
――抱きしめられた温もり
――「大丈夫」という言葉
ヴェスタは小さく呟いた。
「……あれは……本当に夢だったのかな……?」
一行をのせた船は汽笛を鳴らし、首都・エースターの港へと進路をとるのだった。
◆
ちょうどそのころ、エースターの共和国魔導士協会。
夜の帳が降り、塔の窓からは魔力灯の淡い光が漏れていた。
クロノスは机に広げられた速報に目を通しながら、深く息を吐いた。
「……暴走結晶、か。アレスが無事であったのは何よりだが……これは、ただの事象では済まんな」
老魔導士の瞳は鋭く光り、紙の上の文字を貫くように読み込んでいく。
報告書には、森での結晶暴走、魔力の異常反応、一時的な空間歪曲、などが記されていた。
クロノスは眉をひそめる。
「魔族の仕業と見て間違いない……だが、目的がわからん」
クロノスは椅子にもたれ、過去の戦いを思い返す。
「以前のメルクの前線基地……あれは明確に『準備』の色が濃かった。だが今回の暴走結晶は……動きが違う」
魔族が仕掛けるにしては、あまりにも「点」で、首都から離れた島に置く意味に乏しい。
魔族の潜伏や橋頭保が目的ではない、テストのようなもの。
そこまで思案したところで、クロノスは別の書類を手に取った。
こちらは、首都エースター内および近郊で観測された「闇の魔力センサー」についての記録があった。
「これも看過できんな……」
闇の魔力センサーは、魔族の魔力を検知するための装置。
ここ最近、市街地の花壇、魔道術専門学校近くの森、川沿いの遊歩道などで断続的に反応があった。
だが――
「ここしばらくは、まったく反応がない……対象が見つかったのか、あるいは探索者自身がいなくなったか……」
クロノスの胸に、嫌な予感が広がる。
「魔族が……何かを探していたのか? それとも……誰かを、か?」
クロノスは窓の外を見つめた。
アレスは無事。
それだけは確かだ。
だが――
ソル村に始まり、今回のアレスの周囲で起きた出来事は、とても偶然とは思えない。
「アレスよ……お前の周りで、何が動いておるのだ……?」
クロノスは立ち上がり、魔導塔の奥へと歩き出す。
「報告書を精査せねば。魔族の動き……これは、近いうちに大きな波となって押し寄せるかもしれん。30年前の再来は避けねば……」
老魔導士の背中には、静かながら確かな緊張が宿っていた。
だがクロノスは、魔王エリスの潜伏やユノーの差し金による魔族の襲来を知らない。
クロノスはその真実に気づかないまま、未だ見えない魔族の動きに神経を尖らせていくのだった。




