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第六十八話 常套手段

 世界が裏返るような感覚のあと、アリス、オルクス、ヴェスタの三人は亜空間へと落ちた。

 黒紫の霧が漂い、金色の光が糸のように走る。

 上下も距離も曖昧で、現実の法則が通用しない世界。

 ヴェスタはオルクスに腕を掴まれたまま、

 息を呑んで震えていた。

 だが――

 泣き叫ぶことも、命乞いすることもなかった。

 胸の奥で恐怖が暴れているのに、それでも彼女は必死に自分を保とうとしていた。


(怖い……怖い……でも……アレスさんの仲間として……わたしは……弱いままじゃいられない……)


 唇を噛みしめ、涙をこらえ、震える膝を必死に支える。

 その姿は、弱いから泣くのではなく、弱いからこそ折れないように必死に立っているように感じさせた。

 だが、オルクスはヴェスタの首元に黒い刃を当てる。

 その様子はまるで悪役のテンプレートのようだった。


「動くな。この少女がどうなってもいいのか」


 アリスは眉をひそめた。


「ここまでわかりやすいなんて。人質なんて悪役の常套手段じゃない……」


 オルクスは続ける。


「抵抗をやめろ。魔力の流れを止めろ。そうすれば、この少女の命だけは助けてやる」


 ヴェスタは震えながらも、オルクスを睨み返した。


「……わたしの命は……あなたなんかに……預けない……」


 ややかすれ声になりながらも、気持ちはまだ折れていない。

 アリスの胸が熱くなる。


(……強い子。こんな状況で、気を張れるなんて……)


 オルクスは鼻で笑った。


「強がりか。だが無意味だ。お前の命は、今この瞬間、私の手の中にある」


 ヴェスタは唇を噛みしめ、震える声で言った。


「……アレスさんが……守ってくれる……あなたなんかに……支配されない……!」


 オルクスの目が細まる。


「ほう……」


 アリスはゆっくりと両手を上げた。


「……分かった。抵抗はしない」


 オルクスは満足げに笑う。


「賢明だ」


 ヴェスタは驚いたようにアリスを見る。


「あなたは……!」


 アリスは微笑んだ。

 その笑みは、アレスの優しさとエリスの余裕が混ざったもの。

 だがその裏で、アリスの思考は冷静に動いていた。


(オルクスは勝ったつもりになってる。人質を取った時点で、わたしが動けないと思ってる。だから――次の行動も読める)


 オルクスは刃を押し当てる。


「では魔力の流れを止めろ。完全にだ」


 アリスは頷いた。


「止めるよ。でも――あなたの方が先に動く」


 オルクスの表情がわずかに変わる。


「……何?」


 アリスは静かに告げた。


「あなたはこのあと、ヴェスタを離すふりをして、刺すつもりでしょ?」


 オルクスの動きが止まる。

 アリスは続けた。


「でも――それはできない。だって、わたしはもう『魔力を止めた後』だから」


 オルクスが気づいた時には遅かった。

 アリスの足元から、黒紫と金の光が一気に広がる。


境界断絶クロスライン


 空間そのものが裂け、オルクスの腕をヴェスタから強制的に引き剥がした。


「なっ……!」


 ヴェスタは自由になり、アリスの腕の中へ飛び込むや否や泣き出す。


「うわぁぁぁんっ……!」


 アリスはヴェスタを抱きしめ、そのまま後方へ跳ぶ。


「大丈夫。あなたは強い子。絶対に守る」


 ヴェスタは震えながらも、アリスの胸元を掴んだ。


「……わたし……泣かない……アレスさんの仲間だから……!」


 アリスは優しく頷いた。

 そしてヴェスタを背に庇い、静かに構えを取った。


「あなたの安い脅しは通用しない。仲間に……指一本触れさせない」


 アリスはその小さな肩を支えながら、ヴェスタの鼓動が速く脈打つのを感じた。


(……怖かったよね。でも、よく耐えた。この子は弱くなんかない。だからこそ――絶対に守らなきゃ)


 オルクスは腕を押さえながら、薄く笑っていた。


「ふん……人質を奪い返したところで、守りながら戦えるのか?」


 アリスはヴェスタを抱き寄せ、静かに首を振った。


「守りながら戦うつもりはないよ」


 オルクスの目が細まる。


「ほう?」


 アリスはヴェスタの耳元で囁いた。


「ヴェスタ。あなたは強い子。でも……ここは危険すぎる。だから――少しだけ眠ってて」


 ヴェスタは驚いたようにアリスを見上げた。


「え……? わたしの名前を…」


 アリスは微笑んだ応える。


「戦うのはわたしの役目。あなたは……アレスが守りたいと思った大切な仲間。だから、わたしが守る」


 ヴェスタの瞳が揺れた。

 恐怖ではなく、信じたいという揺らぎ。


「……あなた、いったい……?」


 アリスは頷いた。


「うん。アレスは、あなたを絶対に失いたくないと思ってる。だから――安心して眠って」


 アリスはヴェスタの額にそっと指を当てた。


睡眠効果スリーピング


 金色の光が柔らかく広がり、ヴェスタの身体から緊張がゆっくりと抜けていく。


「……あ……あったか……い……アレス……さん……」


 そのまま、ヴェスタは静かに目を閉じた。

 アリスはその身体を優しく抱きとめ、胸の奥で小さく呟く。


「大丈夫。必ず……アレスが迎えに行くから」


 オルクスが一歩踏み出す。


「眠らせたところで、その少女を守りきれると思うなよ」


 アリスは静かに立ち上がり、ヴェスタを腕に抱いたまま指を鳴らした。


「思ってないよ。だから――隔離する」


 黒紫と金の光が渦を巻き、アリスの足元に巨大な魔法陣が展開する。


分断領域ディバイドフィールド


 空間が裂け、ヴェスタの身体が光に包まれて浮かび上がる。

 オルクスが目を細める。


「……空間隔離か」


 アリスは頷いた。


「ここはわたしの領域。わたしの魔力で完全に閉じる。あなたの干渉は一切届かない」


 ヴェスタの身体はゆっくりと光の中へ沈み、安全な隔離領域へと転送されていく。

 最後に、眠るヴェスタの表情が一瞬だけ映った。

 穏やかで、恐怖の影はもうなかった。

 アリスは小さく微笑む。


「おやすみ、ヴェスタ。起きたら……全部終わってるから」


 光が閉じ、ヴェスタの姿は見えなくなる。

 オルクスは腕を組み、興味深そうにアリスを見つめた。


「なるほど。守るべき者を先に排除して、戦いに集中するつもりか」

「違うよ。守るべき者を安全に退かせた、だけ」


 アリスは静かに構えを取る。

 オルクスの瞳が鋭く光る。


「では――遠慮なく殺し合えるな」


 アリスの瞳もまた、アレスの決意とエリスの魔性を宿して輝く。


「うん。ここからは……あなたを倒すだけ。覚悟なさい」


 亜空間が震え、二人の魔力がぶつかり合おうとしていた。


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