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第六十六話 遺跡の奥深く

 遺跡の奥深く。

 外界の光が一切届かない、冷たい石造りの広間。

 そこに、ネプト、ディアナ、ヴェスタの三人は拘束されていた。

 石壁には古代文字が刻まれ、淡い青白い光が脈打つように揺れている。

 その光が、三人の影を不気味に伸ばしていた。

 ネプトは両腕を後ろに縛られ、膝をついた姿勢で床に押さえつけられていた。

 縄ではない。

 黒い魔力の鎖が、蛇のように腕に絡みつき、力を入れるたびに締め付ける。


「くっ……なんだよ、この鎖……! 力入れると、逆に締まって……っ!」


 歯を食いしばり、何度も身体を揺らすが、鎖はびくともしない。

 むしろ、抵抗するたびに魔力が逆流し、ネプトの体力を奪っていく。


「……アレス……来るなよ……絶対……!」


 強がる声の裏で、焦りと恐怖が滲んでいる。

 そのネプトからやや離れた場所で、ディアナは石柱に背を預ける形で座らされていた。

 彼女の周囲には、薄い膜のような魔力の結界が張られている。

 その結界は、彼女の魔力を完全に封じていた。


「……魔力が……流れない……こんな結界、見たことない……」


 普段なら冷静な彼女の額にも汗が滲んでいる。

 魔法も使えず、ただの少女として、死神の前に晒されている状態だった。

 それでも、ディアナは必死に周囲を観察し続けていた。


「ネプト、ヴェスタ……大丈夫? ……アレスが来る前に、何とか……」


 声は震えていたが、仲間を気遣う意志は揺らいでいなかった。

 一方、ヴェスタは三人の中で最も弱い立場だった。

 両手を前で縛られ、石床に座り込んでいる。

 魔力の鎖が彼女の手首に絡みつき、炎の魔法を完全に封じていた。


「ひっ……あ、あの……アレスさん……来ちゃ……ダメ……」


 声は震え、涙が頬を伝って落ちる。

 だが、泣きながらも必死に耐えていた。


「わ、わたしのせいで……アレスさんが危険に……そんなの……いや……」


 小さな身体が震えている。

 それでも、仲間を思う気持ちだけは消えていなかった。

 そして、広間の中央には、黒衣の男――オルクスが立っていた。

 三人を見下ろすその視線には、感情の欠片もない。


「騒ぐな。お前たちは『餌』だ。あいつを誘い出すためのな」


 ネプトが怒鳴る。


「ふざけんな……! アレスを巻き込むなよ……!」


 オルクスは一瞥しただけで、ネプトの身体に黒い鎖を締め付けた。


「ぐっ……あああっ……!」


 ディアナが叫ぶ。


「やめて! ネプトに触らないで!」


 ヴェスタは泣きながら首を振る。


「アレスさん……来ないで……お願い……!」


 オルクスは淡々と告げた。


「来るさ。あの少年は、お前たちを見捨てられない。だからこそ――『価値』がある」


 その声は、まるで死刑宣告のように冷たかった。


 ◆


 遺跡内部は、まるで別世界のように静まり返っている。

 湿った石の匂い、古代魔力のざらついた気配、そして――奥から漂う、冷たい死の気配。

 

「……三人は、奥だ」

「うむ。死神は、お主が来るのを待っておる。そして――お主がまず『仲間を引き離そうとする』ことも、百も承知じゃ」


 前に足を進めながら、ふたりは作戦会議を続ける。

 同時に、仲間たちが置かれた状況を慮り、アレスは唇を噛んだ。


「……分かってる。オルクスは、僕が仲間を盾にされるのを一番嫌がるって知ってる。だからこそ、最初から僕と仲間を『分断した状態』で待ってるんだ」

「じゃが、焦るな。この遺跡は広い。死神と三人の位置を把握するまでは、無駄に突っ込むな」


 アレスは頷き、通路を駆け抜ける。

 最初の通路を抜けた瞬間、床の魔法陣が淡く光った。


「アレス、跳べ!」


 エリスの声に反応し、アレスは即座に横へ跳ぶ。

 直後、床から鋭い石槍が突き出し、通路を貫いた。


「……危なっ……!」

「この遺跡は、侵入者を殺すための罠が無数にある。死神はそれを利用する気じゃろうな」


 アレスは歯を食いしばり、再び走り出すが、次の広間に入った瞬間、複数の魔獣が一斉に飛びかかってきた。

 骨のような外殻を持つ四足獣、空中を漂う霊体、石像が動き出したようなゴーレム。

 アレスは腕輪に触れ、魔力を解放した。


「――どけぇっ!」


 魔力を伴った拳を振るった瞬間、空気が爆ぜた。

 霊体が霧散し、四足獣が壁に叩きつけられ、ゴーレムの胸に亀裂が走る。

 エリスが満足げに囁く。


「よいぞ、アレス。封印を弱めた今のお主なら、この程度の魔獣など敵ではない」


 アレスは息を荒げながらも、迷わず前へ進む。


「……時間がない。オルクスは、僕が来るまで三人を殺さないと言った。でも――遅れれば保証しないとも言った」

「それに、わらわたちを倒せば用済み。人質の命など不要となるからな。急げ、アレス。死神は、お主が焦るほど有利になる。だが……走らねば三人が危うい」

「分かってる……!」


 アレスは魔獣の残骸を飛び越え、さらに奥へと進んだ。

 遺跡の奥へ進むほど、空気が冷たくなっていく。

 まるで、死神の気配が濃くなっているかのように。

 エリスが低く囁く。


「アレス……気づいておるな? 死神は――最初から『仲間を盾にした状態』で待っておる」


 アレスは拳を握りしめた。


「……わかるよ! でも、やっぱり僕がやるべきことは一つ。オルクスを仲間から引き離すこと。そうしなきゃ、あいつだけを亜空間に引きずり込めない。でも、それをオルクスが許すはずがない」

「じゃが、方法はある。死神は『お主が来る』ことを前提に動いておる。ならば――その前提を崩せばよい」


 アレスは息を呑んだ。


「……エリスさん、まさか……」

「うむ。最初からあれ(・・)で行く!」


 アレスは走りながらエリスの意向をくみ取り、同時にエリスも魔力を整え始めるのであった。

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