第六十四話 襲撃
サバイバル訓練が始まって数時間。
第3班は順調に進んでいた。
地図を確認し、食料となる果実を採取し、魔獣の気配を避けながら森の奥へ進む。
ネプトが木の実を口にしながら笑う。
「よし、これで昼飯はなんとかなったな!」
ディアナは周囲を警戒しながらも、ネプトの振る舞いにツッコミを入れる。
「ネプト、あなた……食べ物を口にしながら歩くのはお行儀が悪いと何度言えば……」
「そんなこと言ってもさ、戦闘もあるかもしれないし、食べられるときに食べておかないとな!」
「まったくもう……」
ヴェスタは二人のやり取りを耳にしつつ、ほっこりした気持ちになって言う。
「前から思ってましたけど、お二人って、すごーく仲がいいんですね! ネプトさんとディアナさんって幼馴染とかなんですか? 会話が……もう身内感満載で」
「……!!?!」
ネプトとディアナは顔を真っ赤にしてお互いに視線を逸らす。
アレスも入試の時のことも思い出して会話に参戦する。
「たしかに、ネプトって一方的に口説いてるよね? そのたびにディアナにあしらわれてるけれど……」
ネプトは仲間たちからの言葉の槍が次々に胸へと刺さり、ついに観念したかのように話し始めた。
「そういやアレス、お前知らないよな。俺とディアナって、小学校からの付き合いなんだぜ」
ディアナは眉をひそめる。
「言い方が雑すぎるわね。一貫校の『私立テンガ学園』でしょ。あなたの家の事情で」
ネプトは肩をすくめた。
「まぁな。俺の親父、昔から政治家でさ。大統領になる前から忙しくて、家にほとんどいなかったんだよ。で、『教育はちゃんとしたとこで受けろ』って、半ば強制的に名門私立に放り込まれたわけ」
ディアナはため息をつきながらも、どこか懐かしそうに言った。
「わたくしはわたくしで、貿易会社の社長令嬢なんて扱われて、周りから距離を置かれてたのよ。本ばかり読んでたのも、そのせい」
ネプトは笑いながら続ける。
「で、そんな俺とディアナが同じクラスになってさ。最初は全然話さなかったんだよな。俺は外で遊びたいのに、ディアナは本ばっか読んでて」
「あなたが落ち着きなさすぎただけよ」
「あー、それは否定しない……で、ある日俺が校外学習サボって森で遊んでたら、スライムに追われて死にかけてさ。そしたら、ちっこい弓持ったディアナが助けてくれたんだよ」
ディアナは少しだけ頬を赤くした。
「……あれは偶然よ。たまたま森に寄り道してただけ」
ネプトはにやりと笑う。
「でも、あれがきっかけで仲良くなったんだろ? あの日から、なんか好きになっちゃったんだよな、ディアナのことが」
「そ、それはともかく、あなたが無茶ばかりするからよ。誰かが見ていないと危なっかしいの」
ネプトは頭をかきながら笑った。
「ほらな。こういうとこ、昔から変わんないんだよ」
ディアナは呆れたようにため息をついたが、その横顔はどこか柔らかかった。
アレスは二人の生い立ち聴きながら、魔力の流れを読み取っていた。
その時――胸の奥でエリスが鋭く囁く。
(アレス……止まれ)
(え……?)
(空気が……死んでおる)
アレスは足を止め、周囲の魔力を探った。
風が止まり、森のざわめきが消えた。
まるで世界が息を潜めたような静寂。
アレスは小さく呟く。
「……みんな、止まって」
ネプトが振り返る。
「どうした、アレス?」
アレスは答えられなかった。
言葉にする前に――「それ」が来た。
一瞬だった。
風が逆流し、木々の影が伸び、黒い何かが視界を横切った。
「――ッ!?」
アレスが反応するより早く、ネプト、ディアナ、ヴェスタの三人が吹き飛ばされた。
地面が抉れ、木の幹が裂ける。
黒い斬撃の軌跡が、森に深い傷跡を刻んだ。
ネプトが転がりながら叫ぶ。
「な、なんだよ……今の……!」
ディアナはすぐに起き上がり、魔力の矢を構えようとしたが――その手が止まった。
ヴェスタは震えながら、声にならない悲鳴を漏らした。
三人の首元に、黒い刃が突きつけられていた。
刃を持つ男は、黒衣に身を包み、顔の下半分を仮面で覆っている。
その存在は、森の空気すら凍らせるほど冷たかった。
「動くな」
低く、感情の欠片もない声。
アレスは息を呑んだ。
(……速い。僕でも……見えなかった)
エリスが震える声で囁く。
(アレス……あやつは……死神オルクス。ユピテルが誇る策士じゃ……!)
オルクスは三人を押さえつけたまま、ゆっくりとアレスへ視線を向けた。
その目は、まるで生きる気力を失った亡霊そのもの。
温度も、感情も、何もない。
「アレスだな。お前に招待状を届けに来た」
アレスは拳を握りしめる。
「……僕?」
「そうだ。『もう1人』も聴いているんだろう? この島の地下遺跡への招待状だ」
ネプトが歯を食いしばる。
「アレス! 来るな! こいつの言うことなんて――」
黒い刃がネプトの首筋に触れ、血が一滴落ちた。
「黙れ。お前たちはエサだ。獲物を誘い出すためのな」
ディアナが震える声で叫ぶ。
「アレスくん、逃げて……!」
ヴェスタは涙をこぼしながら首を振る。
「アレスさん……は、早く先生たちを……!」
アレスは震える息を吐き、オルクスを見据えた。
「……僕が行けば、三人は解放するんだね?」
オルクスは淡々と頷く。
「遺跡に来るまで、三人は殺さない。ただし――他の者を呼んだり、遅ければ保証はしない」
エリスが頭の中で叫ぶ。
(アレス、罠じゃ! まだ……お主だけの実力では!)
(……分かってる。でも……)
アレスは三人を見た。
恐怖に震えながらも、必死にアレスを止めようとする仲間たち。
(僕が行かなきゃ……三人が死ぬ)
アレスは静かに言った。
「……分かった。僕が行く」
オルクスは満足げに頷き、黒い霧を展開した。
「では――遺跡で待つ」
霧がオルクスと三人を包み込み、彼らの姿が消えていく。
「アレス……来るな……!」
「逃げて……!」
「アレスさん……!」
三人の声が遠ざかり、森に静寂が戻った。
アレスは拳を握りしめ、震える息を吐いた。
「……行くよ、エリスさん。僕が……みんなを取り戻す」
エリスは静かに、しかし強く返す。
「アレス……『僕が』ではない、『僕らが』じゃろ? わらわがついておる。死神の本命がわらわだからこそ、お主とともに戦う!」
アレスは遺跡の方角を見据え、走り出した。




