第六十三話 最後のミッション
合宿の締めくくりとなる最後のミッション――昼夜サバイバル訓練。
それは、これまでの経験すべてを総動員しなければ乗り切れない、最も過酷な総合演習だった。
アレスはテントの前で装備を整えながら、深く息を吸った。
胸の奥で、エリスが静かに囁く。
(アレス……緊張しておるな)
(うん。でも、怖いわけじゃないよ。ただ……この訓練が終わったら、僕たちがどこまでレベルアップしているのかが、わかる気がして)
(ふむ……お主は、仲間との時間を大切にしておるからな。それに仲間との連携こそ、自分たちの力を何倍にもアップさせる肝じゃ。だが、これで終わりではないぞ。次の段階へ進むだけじゃ)
アレスは小さく笑い、装備の紐を締め直した。
集合地点に向かうと、ネプト、ディアナ、ヴェスタがすでに待っていた。
三人とも、昨日までの訓練とは違う、どこか引き締まった表情をしている。
ネプトがアレスを見つけて手を振った。
「おっ、アレス! 準備できたか?」
「うん。みんなも、気合い入ってるね」
ディアナは地図を広げながら言った。
「この訓練は、班の総合力が試されるわ。昨日までの連携がどれだけ身についているか……見せどころよ」
ヴェスタは胸に手を当て、少し緊張した声で言う。
「で、でも……みんなと一緒なら……やり遂げられますよ、きっと……!」
「うん。僕たちなら大丈夫だよ。最後まで、全員で乗り切ろう」
アレスは、引き締めつつも笑顔でそう応える。
そうしているうちに、広場に集まった訓練生たちの前で、セレナ先生が静かに説明を始めた。
その声は落ち着いているが、内容には厳しいものが並ぶ。
「これより昼夜サバイバル訓練を開始する。班ごとに指定区域へ入り、昼夜を通して自給自足で行動してもらう。食料の確保、寝床の確保、魔獣への対処、地形の把握……すべて自分たちで判断し、行動しなければならない」
ネプトとディアナが小声で呟きあう。
「うわ……聞くだけで大変そうだな」
「でも、これが最後のミッションよ。ここまで来たんだから、やり切りましょう」
セレナ先生は続けた。
「教師陣と警護隊は遠隔から監視を行うが、基本的には介入しない。先日のような命の危険が迫った時のみ、救助を行う。もちろん、リタイアの救助要請があれば、すぐ駆け付けるから無理は厳禁だ。だが――基本、自分たちの身は、自分たちで守れ」
アレスはその言葉を胸に刻んだ。
昨日までの訓練とは違う。
これは「本物の危険」が潜む訓練だ。
号令が響き、各班が一斉に森へ散っていく。
第3班も地図を手に、指定された区域へ向かって歩き出した。
ネプトが笑いながら言う。
「よし、行くか! 最後のミッション、楽しんでやろうぜ!」
アレスは三人の背中を見つめ、静かに歩を進めた。
四人は気を引き締めつつも、どこか楽しげだった。
ディアナは冷静に周囲を見渡しながら答える。
「油断は禁物よ。わたくしたちは昨日までの訓練より、ずっと広い範囲を動くんだから」
ヴェスタは少し緊張した声で言った。
「そ、それに……わたしたちは戦いだけが目的じゃありませんし……まずは食べ物と水を探しましょう……?」
その意見に、アレスも同意する。
「うん。自給自足イコール現地調達ってことになる。持参を認められたのは水筒1本だけだもんね。まぁ水の確保もやり方はいろいろあるけど……」
そこへディアナが疑問を投げかける。
「いろいろ、ということは複数のアイディアが、アレスくんにはあるのですか?」
「そうだね。例えば、ネプトの水系魔法を活用して発現、ヴェスタの火系魔法でお湯を沸かしたり。でも魔力を節約するなら、自然の水場で採取して僕の浄化魔法で無毒化するとか。臨機応変にね」
ヴェスタが深くうなずき、さらにアイディアを加える。
「確かに、アレスさんも火系使えますから、わたしと同時並行で火を使ってもよいですし、ディアナさんの風魔法で空気を送り込んだり湿度を下げたりして、燃焼効率をアップとかも」
それらの会話を聴いていたネプトは、みんなの発想力に感心する。
「これが、サバイバルの目的だよな。こうやって話し合って、実践して、協力し合うっていう」
アレスたち第3班は、地図を広げながら森の中を進んでいた。
◆
教師陣は遠隔から監視、大統領警護隊も島の外周を警備しているが、島の内部までは常時目が届かない。
つまり――訓練生たちが最も「孤立」するタイミング。
その瞬間を、ある男はずっと待っていた。
昼夜サバイバル訓練が始まって間もなく、島の北側の森に、黒い影が静かに降り立った。
黒衣に身を包み、顔の下半分を覆う仮面。
その存在は、森の空気すら凍らせるような冷たさを帯びていた。
ユノーが送り込んだ刺客――
「死神」の異名を持つ男、オルクス。
彼は探知魔法で島の地形を熟知しているかのように迷いなく歩き、教師や警護隊の監視網が薄くなる訓練区域の中腹へと向かっていく。
「……ようやく動ける。あの少年を単独にできる瞬間を、どれほど待ったことか」
低く、感情のない声が森に溶けた。




