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private static void Alf(); 〜引きこもりの少女とAIの交流〜  作者: 栗衣栗広


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第9話 遺族の言葉

 マンション五階にある扉の前に立ったわたしは、菊池という姓が書かれた表札の下にあるボタンに指を伸ばした。

 もう後戻りはできない。


 慎重にボタンを押して、少し待つと、扉が開いて中年の女性がわたしを出迎えた。

 菊池くんの母親だ。スタイルがいい女性だった。

 でも、その顔はやつれていて、どこか疲れたような表情をしている。

 理由は考えればわかる。

 彼女の心境を思うと、悲しさと罪悪感で胸が痛んだ。


「こんにちは。あなたが紅霧さん――紅霧リアさんなのね……隼人から、話をうかがっているわ」

「え……そうなのですか?」


 首をかしげるわたしを、菊池の母は「とにかく、上がって」と家の中へと招き入れる。


 わたしは促(うなが)されるままリビングへと向かい椅子に腰掛けた。

 マンションの高級そうな外観に似合った立派な一室だった。

 綺麗に片付けられた部屋の一角には遺影が飾られていて、その正面には花が添えられていた。


「遺影に手を合わせても、いいですか?」

「もちろんよ。……ありがとう」


 わたしは遺影の前に膝をついて座り、手を合わせて祈った。

 奇妙な感じだった。

 頻度こそ少ないけど、学校では彼もいっしょになってわたしのことをいじめていたのに。

 そして、彼の自殺の原因は、わたしにあるかもしれないのに。

 偽善だ、とわたしの中の冷えた心が言った。こんなことをする義理も資格もないのだから。


「コーヒー……より、紅茶がいいかしら?」

「あ、いえ、その……」

「遠慮しないで」

「はい。……ありがとうございます」


 菊池の母親が紅茶を淹れている間、わたしは椅子に座って黙って待っていた。

 スマホはCobalTに繋いだままだから、アルフにも会話は聞こえているだろう。

 とはいえ、何を話していいかわからない。

 菊池隼人の部屋を調べてみたいとアルフが言っていたから、そう話を持っていかなければいけないのだが。

 いきなり部屋を見せてくれというのも失礼な気がするから、難しい。


「あの子が亡くなる前ね……」


 菊池の母親はテーブルの上に紅茶を並べる。優しく、いい香りだった。きっと上質な茶葉を使っているのだと思う。


 彼女はティーカップを手に取り、一口だけ紅茶を飲んだ。気持ちを落ち着かせるためだろう。

 わたしも釣られてティーカップに口をつけた。まだ砂糖を入れていないのに、深みのある甘さだった。

 間近に感じる紅茶の香りに緊張が少しだけほぐれる。


「隼人はね。紅霧さんのことで、私に相談してきたことがあるの」

「相談……わたしのことで?」

「学校でいじめられている女の子がいるから、どうにかしてあげたいって」


 わたしは混乱し、言葉を失った。

 菊池くんは確かにいつも煮えきらない態度に見えたけど。わたしにとっては杵島や澄香といっしょで、たまにいじめてくる相手という印象だった。

 そんな彼が、わたしの身を案じて、母親にまで相談していた。


 菊池の母は一度リビングから離れると、一冊のノートを持ってきてテーブルの上に置いた。


「その様子だと……隼人はあなたのことを助けられなかったみたいね」

「それは……」


 助けるとか助けないとか以前の問題なのだけど、それを傷心中の彼女に伝えるわけにはいかない。

 本当に菊池くんはわたしへのいじめをやめさせたいと思っていたのだろうか。

 いまさらわからない。

 彼はもう、この世にいないのだから。

 いっそう混乱するわたしの前で、ノートのページがめくられる。どうやら、日記帳のようだ。


「菊池くんのものですか?」

「そう。隼人のもの」


 日記の内容を見られれば、彼の死の原因に近づけるかもしれない。

 ただ、他人の日記を読ませてくださいなんて頼む勇気は、わたしにはない。心の準備が足りなかった。


「この、最後のページなのだけど」


 開いた日記帳を、菊池の母はわたしに見やすいようにテーブルの上でひっくり返した。




 今日、彼女に会いに行く。




 菊池くんが死んだその日、最後のページに書かれていたのは、そのたった一行だった。


「紅霧さん。これは、もしかしたらあなたのことかしら?」

「いえ……ちがう、と思います」


 わたしは彼と会う約束をした覚えはないから、ほかの誰かだろうけど。

 このことは、彼の死について重要な手がかりとなるかもしれない。


 手がかりといえば、そろそろ本題に入らないと。菊池くんの部屋に入らせてもらわないといけない。

 また緊張してきた。

 わたしは紅茶をもう一口飲んで、心を落ち着かせる。

 大丈夫。

 言うんだ。

 自分のためだけじゃない。こんなわたしを気にかけてくれた、アルフのためにも。


「あの……」

「なに、紅霧さん?」

「……菊池くんの部屋を、見せてもらえませんか?」

「隼人の部屋ね」


 菊池の母親は、穏やかな表情でうなずいた。


「いいわ。……あなたになら、隼人もいいと言うと思うから」


 ずいぶんとあっさり、了承されてしまった。

 わたしになら、見せてもいい? その言葉の意味はわたしにはわからない。けど、どうやら交渉は上手くいったようで、ほっと息を吐いて胸を撫で下ろした。

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