第10話 ハッキング(パスワードは生年月日)
その後、菊池の母と少し世間話をしてから、わたしは菊池隼人の部屋へと通された。
「ここが隼人の部屋よ、紅霧さん」
「ありがとうございます」
わたしは部屋の中を見回す。男子の部屋に入るのは、これが初めてだった。それも同学年の。
(Ruuだ)
部屋の壁には、Ruuのイメージキャラクターのイラストが描かれたポスターが貼られていた。それに、壁に立てかけられたギターがやけに印象に残った。
それ以外はタワー型パソコンとモニターが二つ。ビデオゲームの機械に、机の上にはホログラスも置いてある。
部屋がある程度綺麗に整頓されているのは、本人が綺麗好きだったか、あるいは死後に母親が片付けたのだろう。フローリングの床には埃も落ちていないから、後者かもしれない。
「それじゃあ、私は向こうの部屋にいるわね」
扉を閉め、菊池の母親がリビングに戻っていく気配がする。
ゆっくりと見ていっていいという意思表示だろう。――どうしてか、全面的に信頼されている。
それを意識すると、少しの罪悪感が、わたしの胸を刺した。
「……アルフ」
わたしはスマホを耳元に当てて、小声でアルフを呼んだ。
『リア。ありがとう。これでしっかりとした調査ができそうだ』
アルフの声。ずっと一人で緊張しっぱなしだったから、なんだか少しほっとした。
『母親の話によると、死因はマンションの屋上からの転落死。ニュースの情報と同じだね』
「うん……」
『それと――菊池隼人はきみのことを気にかけていたそうだね』
わたしにとっては、それが一番わからなかった。
彼はどうしてわたしの心配をしてくれたのか。
それなら、どうして一緒になってわたしのことを攻撃していたのか。
そんな私の疑問に答えるように、アルフは言う。
『おそらく――菊池隼人はきみに気があったのではないか?』
「はあ!?」
思わず声が大きくなってしまって、わたしは慌てて声量を低くした。
「……どうしてそうなるの?」
『情報を複合すると、その可能性があると判断したのだが。私は何かおかしなことを言っただろうか?』
「言った」
『しかし、そうだとすると彼が自殺をする動機が増えてしまうね』
「……どうして?」
『まず、彼がきみのことを好きだと仮定する』
仮定しないでほしい。わたしは眉をひそめながらアルフの言葉を一応聞く。
『いじめの加害者たちと一緒になってきみを責めてしまったことで、罪悪感を抱いて自ら死を――』
「待って。いくらなんでも、それはないでしょ」
わたしが言うのもおかしいけど、人間、そんな簡単に自死という選択を取るとは思えない。
そもそも死ぬほど罪悪感があるなら、最初からやらないでほしいわけで。
『さすがに飛躍しすぎたかな』
「うん。今の仮説はポンコツAIって感じだったよ」
『そうか。この思考回路には訂正が必要だね。――ところでリア、菊池隼人の部屋を調査するにあたって、一つ頼みがあるんだが、聞いてくれるかい?』
「頼み?」
『きみのスマホをデバッグモードにして、私の発信するIPへと権限を譲渡してほしい』
「……え?」
わたしは数秒硬直してしまう。その間、アルフは無言で待っていた。
「な、なんで? わたしのスマホどうするの?」
『より詳細に調査するには、どうしてもきみの端末にアクセスをして利用させてもらう必要が出てきそうなんだ』
「それって……わたしのスマホにハッキングするってこと?」
『……そうなるね』
「いや『そうなるねっ』とかイケボで言われても……」
わたしも少しだけ情報系の知識があるから知っている。
アクセス権限を解放するということは、つまりスマホの遠隔操作を可能にするということ。
個人情報を閲覧するだけでなく、不正なアプリをダウンロードしたり、設定を書き換えることもできてしまう。
『たしかに、アクセス権限を譲渡するのは不安に思うだろう。プライバシーの問題もある。きみの気が進まないのであれば、別の方法を考えるよ』
「……うーん」
見られて困るようなデータは――まあ、恥ずかしいあれこれはあるけど。自分のプライバシーなんて知られたところで何になるわけでもない。
せいぜい、紅霧リアという無価値な人間の無意味な人生に、少しだけ不利益が生じるだけだ。
「……まあ、いいよ。やり方教えて」
『いいのかい?』
「うん。――それがあなたの助けになるなら、いい」
アルフのため、菊池くんの死の真相を知るため、罪滅ぼしのため――それらは今のわたしにとって、自分の尊厳よりも大事なこと。
それに――誰かに自分のすべてをさらけ出すというのは、なんだかちょっとだけ破滅的な魅力を感じてしまったのもある。
『ありがとう。リア。不必要なデータを覗いたり、情報漏洩はさせないと誓うよ』
「誓われてもなぁ……」
わたしはアルフに聞きながらスマホを操作して、デバッグモードをオンにする。リモート・アクセスを有効に。
そして、アルフの指定したIPからのアクセスを承認。
『準備完了だ。これで、きみは私の機能の大部分を使用することができるようになった』
「アルフの機能って?」
『それについては、これから必要になったときに説明するよ』
「わかった。このあとは、どうすればいい?」
『菊池隼人の個人端末を起動してみてほしい』
「……勝手につけていいのかな」
ただでさえ、他人の家のものを勝手に使うのは気が引けるのだ。
それがプライベートな情報がたくさん詰まったパソコンであるのなら、なおさら。
『いちおう、家の人に確認したほうがいいかもしれないね。先ほどの様子だと、きみが頼めば問題なく使わせてもらえそうだが』
「うん。そうする」
わたしは一度部屋から出て、菊池くんの母親にパソコンを起動する許可をもらいに行った。
するとアルフの言う通り、菊池の母は快く承諾してくれた。
『大丈夫みたいだね』
「うん……」
なんでわたしなんかをこんなに信頼してくれるのだろうか。
これも、菊池くんが彼女にわたしのことを話していたのと関係があるのかな。
わたしは机の下にあるタワーパソコンを覗き込んで、電源をつける。
ぶおんと排熱が起こり、ゲーミングパソコンらしい虹色の光がケース全体に点灯。モニターにパスワード入力画面が映し出された。
「あ……」そこで、わたしは当たり前のことに気づく。「ロックされてる。パスワード、わからないよ」
『その点は問題ない。起動したら、次はスマホをコンピューターに接続してくれ』
「接続……あー、だから今朝、ケーブルを持ってくるように言ってたんだね」
わたしは鞄から取り出したケーブルの片側をスマホに挿し込み、かがみ込んで反対側をパソコンのコネクタへと繋いだ。
『ありがとう。これでなんとかなりそうだ』
「何をするの?」
『今の私は、きみのスマホへのフルアクセスが可能になっている。その状態で有線接続をしたことで、パソコンにも干渉できるようにしたのさ。システムのちょっとした抜け道だね』
「わたしのスマホを踏み台にして、菊池くんのパソコンをハッキングするの?」
『仕組みは少し違うけど、似たようなものだと思ってもらっていい』
直後、一瞬のうちにパスワード入力欄に文字が記入されて、パソコンのロックが解除された。
「え、今の――」
わたしは息をのんだ。
「アルフ、パスワードを解析したの?」
『解析といっても、生年月日の数字四桁を使っただけの簡単なパスワードだったけどね』
「そ、それは菊池くんが迂闊だね……」
その程度ならわたしにも解析できそうだけど、もし菊池くんがしっかりと難解なパスワードを設定していたら、どうするつもりだったのだろう?
『必要であれば文字列の総当たりで試してみる予定だったけど、その必要はなかったようだ』
「……そうなんだ」
こんなことをさらっとできてしまうあたり、アルフは本当にAIなんだと実感する。
もしかしたら、凄腕のハッカーのお兄さんが自作ソフトとかを使って解析しているのかもしれないけど。
『彼のパソコンのデータを閲覧して、手がかりになるものがないか探してみるよ』
「うん……わたしはどうすればいい?」
『すぐに終わるから、そこで少し待っていてくれ』
「わかった」
待っているといっても、故人の部屋を物色するのはいろいろと気が引けるから、とりあえずわたしはパソコン机に備えられた椅子に座って待っていることにした。




