第11話 Red.garm
画面には、すごい速度でウィンドウが出現したり、検索中であることを示すプログレスバーが動いていたりと、目まぐるしく表示が切り替わっていく。
これをアルフが一人で遠隔操作しているとしたら、たしかに人間業ではない。
『だいたいの検索は終わった――いくつか、奇妙なものが見つかった』
「奇妙なもの?」
本当にあっという間だった。
わたしは姿勢を正して、アルフの調査結果を聞く。
『まず、彼は我々みたいにCobalTを利用しているみたいだが、そのチャットのログに不自然な点があった。これを見てほしい』
人間の操作ではあり得ないほど一瞬でCobalTが起動して、あるチャットログを表示する。
「……これは……チャット相手は捨て垢かな。でも、相手側の発言だけ削除されてる?」
『その通りだ。いい洞察力だね』
菊池くんが誰かと会話しているのがわかるが、相手からの発言は一切ない。
CobalTでは発言を削除すると「このメッセージは削除されました」みたいな表示すら残らない。
だから菊池くんが独り言を繰り返しているようにも見えるが、それよりは相手側が削除したと考えるのが自然だろう。
「なんで、そんなことを……?」
『それはわからない。しかも相手の名前を呼んでいる形跡もないから、チャット相手の正体は不明だ。だが、一部、手がかりになりそうなメッセージがあった。たとえばこれだ』
スクロールバーが自動的に動き、ある発言の文字列が選択されハイライトされた。
――僕はいつ会うことができる?
――本物のレッドガルムに、早く会いたい。
「レッドガルム?」
『ガルムとは北方神話に登場する冥界の番犬のことだろう。赤い番犬』
「誰かのハンドルネームかな?」
冥界の番犬。
狼みたいな恐ろしい外見なのだろうか。
赤い狼――。
『このチャットのやり取りは、菊池隼人の死の前日まで続いている』
またチャットログがスクロールしていく。その中で、ふと、ある文字列が目に入った。
「あ、アルフ、ちょっと止めて」
『どうしたんだい、リア』
「もう少し上……もう少し……そう、そこ」
アルフにとっては同じ文字列だろう。けど、わたしにはその文字列だけが目に止まった。そこだけ日本語ではなく英語だったから。
See you in the next reality.
その言葉に、わたしは覚えがあった。聞き覚えではなく見覚えが。
「……これ、チェーンメールに書かれてたのと同じだ」
『チェーンメール?』
「うん。わたしのCobalTアカウントに届いたやつ」
『そのメールの内容と差出人は覚えているかい?』
「えっと……差出人は捨てアカみたいだった。内容は……よく覚えてない。消しちゃったから。世界は生まれ変わります――みたいな感じだったと思う」
『そうか。それは気になるね』
「ごめんね。わたしが残しておけば……」
『いや、チェーンメールと判断してすぐに削除したきみの行動は正しい。気にすることはないよ。――そうだ、きみへのメッセージといえば、もう一つ気になるものがあった』
「気になるもの?」
モニターの表示が切り替わり、今度はメールソフトが表示される。
タブが送信ボックスに切り替わり、最新の一件をアルフは開いた。
「これ……」
差出人はもちろん菊池くんのアドレス。そして宛先は――。
「わたしにメール?」
『やはりそうか。ユーザー名がきみのアカウントIDに似ていたから、もしかしてと思ったんだ』
内容は一言だけ。
ごめん。
それで終わりなわけがないから、何か続きを書こうとしたのだろうが、保存されているのはその一言だけだった。
『保存された日時は、ちょうど菊池隼人が死に至る直前のようだ』
「…………」
死の直前、菊池くんはわたしに何を伝えようとしたのだろうか。「ごめん」の一言だけではわからない、伝わらない、何も。
わたしはなんだか悲しくなって、目元にかすかに涙がにじむ。
『リア?』
「……知りたいな。彼が何を思っていたのか……どうして、死んでしまったのか……」
『――そうだね』
もしわたしの言葉が直接的な原因ではなかったとしても、彼の死の真相について知らなくてはならない。
無関係なんて、とても言えそうにないから。
『少し話が逸れてしまった。続いて、彼のファイルの開封ログを調べてみたのだが。その中にも、奇妙なものがあった』
「そんなところまで調べたんだ……」
怖いAIだ。アルフがその気になれば、わたしのスマホの中身も同じように調べられてしまうのだろうか。
わたしのスマホのログには、人に見せられないようなものもそれなりにある。まあでも――アルフになら、それが暴かれてもいいかもしれない。
『気になるのは、以下のファイル名だ』
アルフがテキストソフトを起動し、ファイル名をリストアップする。
RedGarm_Access_Portal.txt
AstralNet_Project2025.pdf
VOME.exe
ここに書かれているRedGarmという文字列。
「レッドガルム?」
『テキストファイルのようだね。何かにアクセスする方法をメモしたものだろうか。中身は暗号化されているようで、復号化するには時間がかかりそうだ』
「このAstralNet_Project2025っていうのは?」
何かの企画資料みたいな名前だ。2025は西暦だろうか。だとしたら、だいたい今から十年前ということになる。
そんな古い資料を、なぜ菊池くんが見ていたのだろう。
『資料そのものは、パソコンから完全に削除されている。九ヶ月前にダウンロードされて、削除されたのが三ヶ月前くらいだね』
読み方はアストラルネット・プロジェクトだろうか。
アストラルネットといえば、幼い頃にそんな名前の企業のことをニュースで聞いた気がする。
『そして今回の件で一番大きな手がかりになりそうなのは、もう一つのファイルだ』
「もう一つってVOMEのこと?」
VOME.exeは、わたしも見ている電子ドラッグと呼ばれる映像コンテンツのファイル名。
世間一般からは変な人だと思われるかもしれないけど、わたしにとっては三つのファイルの中で一番普通に感じる。
『このファイルはまだ削除されていなかったからね。そして、菊池隼人が最後に起動したのが、このVOME.exeというファイルだった』
「死ぬ直前にVOMEを見てたってこと?」
『ああ。このソフトの詳細情報を見てくれ』
アルフが表示してくれたウィンドウの中身を見る。
そのソフトの詳細な情報が記載されているが、思えば妙にデータサイズが大きい気がする。VR対応とはいえ、ただの動画ソフトなのに。
そして、問題はその著作権表記だった。
著作権:コピーライト(Red.garm)
これは――。
「レッド……ガルム?」
わたしはそれを読み上げる。
直後、画面にウィンドウが無数に展開され始めた。まるでたちの悪い悪質プログラムを踏んだときみたいに。
「なに……アルフ、なにやってるの?」
『わからない。わたしは……にもやってい……ない』
「アルフ?」
呼びかけても、アルフは答えない。スマホからはザザザ、ザザ……というノイズが聞こえてくるだけだ。
何が起きているのかわからず、わたしは混乱した。画面には凄まじい勢いで大量のウィンドウが表示されていき、バグが起きたように銀色のチラつきが幾重も走る。
それから音が。
パソコンのスピーカーから画面と同じくノイズの混ざった音声が流れる。
サイバーな音色。
聞き覚えがあった。
『音ト映像で……ア……たニ幸福を――VOME』
読み上げられる、奇妙な日本語のタイトルコール。
炭酸水の弾けるようなシュワシュワという音が、ステレオで左右交互に頭を揺さぶってくる。
画面にはサブリミナルな幾何学模様と原色なフラッシュ。
明らかな異常事態だ。
止めなくちゃいけないのに、わたしは映像から目が離せなくなっていた。
まるで大きな杭で胸から背中を縫い止められたように、動くことができない。
視線が釘付けになる。
(なにが……起こっているの?)
無数の音がサラウンドに展開されて、映像が引き伸ばされたように前後上下左右へと広がる。
現実と想像の境界が曖昧になる。
わたしの視界は徐々に暗くなっていき、やがて夜のような闇に包まれた。




