↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
private static void Alf(); 〜引きこもりの少女とAIの交流〜  作者: 栗衣栗広


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/40

第8話 彼のアイデンティティ

「ほ、ほんとに……行くんだよね……?」


 オートロック式のマンションのロビーに備え付けられたガラス扉を前にして、わたしは怖気付いていた。


『ああ』ワイヤレスのヘッドセットから、アルフの声が聞こえてくる。『菊池隼人という人物について知るには、彼の家に訪問するのが一番だ』


「それは聞いたけど……」

『実際に親族に話を聞き、亡くなった彼の部屋を調べることで、インターネット上では検索できない新たな手がかりが掴める可能性がある』

「うう……」


 げんなりとする。わたしは露骨にため息をついた。

 今日のわたしの服装は、黒のタートルネックにグレーのコート、それに色を揃えたロングスカート。

 久しぶりに電車に乗るために精一杯のよそ行きの格好をしてきた。

 それでも、一般的な女子高生の私服くらいの格好だろうけど。


 普段、家では暖房をガンガン効かせて、ほとんどパジャマか肌着くらいしか着ていないし、外出するのもコンビニまでだから、人に会うために服を選ぶのは本当に久しぶりだった。

 正直、緊張で吐きそう。


『大丈夫かい、リア?』


「あんまり……」正直に答える。「なんだか、お腹が痛くなってきた……」


『それほどまでに心理的負荷が大きいのなら、無理をしなくていいよ。私にとっては、きみの体調のほうが大事だ』

「…………いい。わたしがやるって言ったことだから」

『やっぱりきみは、律儀だね』

「……そんなんじゃないよ」


 そんな褒められたことじゃない。

 わたしはただ、ちょっとでも罪の意識から逃れたかった。

 もし、菊池くんの真意を知ることができたら、心にずっと重くのしかかっている苦しみが軽くなるかもしれない。

 そう、思っただけ。


「どうせ、暇だからね」

『そうか。――ありがとう』

「ん。……アルフこそ、どうしてそこまでしようと思ったの?」

『それは』


 すぐに答えが用意できなかったのか、アルフが続きを話すまで、少しの間があった。

 人が考え込むように、アルフの中で必死に何かを演算している雰囲気だった。


『私は、自分のために行動している』

「菊池くんのことを調べるのが、アルフのためになるの?」

『ああ。私の、存在価値のために』

「存在価値?」


 存在価値。存在意義といったものだろうか。アイデンティティ。ひどく曖昧な言葉だった。


『まだ仮定の話だが……私は将来、警察庁の情報技術解析課――つまりサイバーフォースのAIとして働くことになるかもしれないんだ』

「えっ」


 警察庁。さらりと重大なことを聞いた気がして、一瞬だけ思考が混乱する。


「話していいの? そんなこと……」

『話すことは適切ではないかもしれないけど、今のところ禁止はされていないね』

「それ、結局よくないってことでしょ…………へんなAI」


 それだけ信頼されているのだろうか。

 まあ、わたしがそれを知ったところで、何かするわけでもないし、できるわけでもないけど。


『だから私にとって事件の調査をすることは、自らの有用性を証明する行為ともなる』

「そっか。トレーニングみたいなものだね」

『そう。……だけど――それだけではない、気がする』

「気がする?」


 アルフにしては曖昧な表現だった。


『菊池隼人のことで、きみが苦しむことは――適切ではないと私は考えている。きみは自分自身を許して、心穏やかに生きられるべきだ』


 アルフはどこか苦しそうに、一言ずつ話す。


『――そうあって欲しい』


「なんだか……」それは。「感情があるみたいだね」


『私も戸惑っている。前にも言ったけど、私の基幹プログラムのソースコードのほとんどは不透明(ブラックボックス)になっていて、開発者以外はその内容を把握していないんだ』

「そうなの?」


 プログラムであるアルフ本人にすら、自身のソースコードを把握できない。

 それがどういう状態なのか想像しかできないが、ひどく不安定で、心もとない気がした。


『私に感情があるかどうかは定かではないが、どうやら私は、きみのことを救いたいと願っている』

「そう、なんだ……」


 つい素っ気ない返事をしてしまう。

 頬が熱い。

 わたしは照れているんだ。

 アルフに会うまでは、誰かに心配されることなんて、あまりなかったから。なんだかむずかゆいことばかりだ。


(……ありがとう、アルフ)


 心の中だけでお礼を言った。

 こういうときに素直に口に出せないから、だめなんだ。わたしは。


『それじゃあリア、そろそろ……』

「う、うん……」


 菊池隼人の家を訪ねる。彼の死の真相を解明するために。

 そのためには、まずこのマンションのインターホンを押して、彼の家族とコンタクトを取って、家に入れてもらわなければならない。コミュ症のわたしが。

 ゲームでいうと、まるでレベル1で魔王に挑むような難度だ。


 何度も深呼吸をする。すー、はー。すー、はー。

 そしておもむろに、インターホンのボタンに指を伸ばす――。

 緊張で視界がぐるぐると回る。

 おなかがいたい。

 吐きそう。


『がんばれ、リア』


 応援してくれる声を聞いたら、少しだけ勇気が出てきた。わたしは503と入力して、呼び出しボタンを押す。


『はい』インターホンのスピーカー部分から女性の声が聞こえた。


 わたしは慌ててヘッドセットを外して返事をする。


「あ、あの……」

『もしかして、紅霧さん?』

「はい……」


 たぶん彼女が菊池隼人の母親だ。学校の名簿にあったメールアドレスを使って事前に連絡していたため、すぐに察してくれたようだ。

 インターホンのカメラ部分からこちらの姿も見えているはずだ。

 緊張で口の中が乾いて声が出せない。


『いま、開けるわね。お待ちしています』


 ロビーの奥のガラス戸が開いた。

 わたしは魔王城に乗り込むような気持ちで、エレベーターへと向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。