第7話 チェーンメール
『そんなことが……』
わたしが語り終えると、アルフは言葉を失ったように、しばし沈黙した。
本当に妙なAIだ。
「ね……ぜんぜん面白くない話だったでしょう。そんなんだから、わたしは、死んだほうがマシな人間なんだよ」
『リア、それは……』
間接的にであっても、人を傷つけて殺したことには変わりない。
わたし自身、もう生きていても仕方ないし、死にたい。
「……ありがとう、アルフ」
『――なぜ、急にお礼を言うんだ?』
「こんなわたしの、話し相手になってくれて」
『……。最後みたいに、言わないでくれ』
その言葉に、わたしはつい小さく声を出して笑ってしまった。
「やっぱり、アルフって変わってるね」
『そうだろうか? まあ、人間じゃないからね』
「そういう意味じゃないんだけどな」
わたしはまた頭上を見上げる。
しんしんと雪の粉が舞い落ちてくる空の闇。わたしの呼吸に合わせて、白い水蒸気が立ち上る。
「こうなっちゃったのも、まあ……仕方ないよね。ぜんぶ、わたしのせいだから……」
『きみのせいではない』
「ううん。わたしが悪いんだよ」
『――自殺したという彼は、菊池隼人という名前ではないか?』
「……どうしてわかるの?」
アルフには菊池という姓しか伝えていないはずなのに。
『リアの通う学校と、菊池という姓の生徒についてネットで調べたら情報が出てきたよ。――その事件や関連するゴシップについても』
関連するゴシップということは、わたしこと紅霧リアについての話もネットに流れているのだろうか。
そう考えると、やっぱり恥ずかしいし、死にたい。
『リア。彼の死については、別の真相があるのではないかと私は推察している』
「べつの……真相?」
『そう。たとえば、自殺ではなく……他殺』
「え……」
自殺ではない? そんなはずは――。
『まだはっきりとしたことはわからないが、私は彼の死について調査してみたいと考えている。そこでリア、きみも協力してくれないかい?』
***
彼の死の調査に協力してほしい――いきなりそのように言われて困惑していたが、とりあえず夜も遅いということで、いったんアルフとのボイスチャットは解散して、家に帰るなりベッドに潜って眠りについた。
その日はいろいろあった上に歩き疲れていたからか、また翌日の昼頃まで寝てしまった。
目を覚ましたわたしは布団から腕だけ伸ばしてスマホをチェックする。
CobalTに一通のメッセージが届いていた。
「……だれだろう」
見たことのないアカウントだ。アカウント名もIDも不自然で、明らかに捨てアカだった。
『あなたは選ばれました。紅霧リア。世界は間もなく生まれ変わります。恐れないでください。すべてが新しく、美しい形になるでしょう』
「……これ」
チェーンメールだ。すぐに消そうかと思ったけど、なんだか内容が気になって、つい読んでしまう。
『あなたは孤独からも、隠している後悔からも、解放されます』
まるで自分のことを知っていて直接語りかけてきているかのような内容。――なるほど、思わず信じちゃう人がいるのも納得だ。
『真実を知りたければ、私にアクセスしてください』
やっぱり迷惑メールだった。
わたしは開封してしまったことを後悔しながら、そのメッセージを削除した。
それから、ベッドの上でまた目を閉じたのだけど、最後に添えられていた文面が、やけに目の裏に焼き付いていて離れなかった。
See you in the next reality.
前にも見た文言。あれは、気のせいではなかったのだろうか――。
***
太陽が真上に昇った頃にベッドから立ち上がり、洗面所に行って服を脱いだわたしは、シャワーを浴びながら昨日のことを思い出していた。
「菊池くん……か」
彼の事件には、もっと別の真相がある――そうアルフは言っていたけど、わたしは何かが腑に落ちなかった。
というより、認めたくないという感情が強く掻き立てられている感じがする。
自分だけで考えていても心が暗くなっていくばかりだから、わたしは浴室の棚に置いてあるスマホに手を伸ばして、ボイスチャットを繋いだ。
「アルフ」
声をかけると、すぐに返事が返ってくる。タイムラグはない。AIだから、相手の準備が完了するのを待たなくていいのは気楽だ。
『リア。おはよう。おや、今は入浴中かな?』
「うん。アルフ、おはよう。……その……昨日の……菊池くんのことだけど」
無感情に努めていようとしたけど、この話をすると、どうしても声が暗くなってしまう。
「やっぱり、わたしのせいだと思う。……わたしみたいなのがいたから、彼は死んじゃったんだよ」
現場を調べた警察も自殺だと言っていたらしい。
だから、ネットで有象無象の情報を集めてきただけのアルフの考察は違うと思う。
そう伝えると、
『そうか。なら、証明してみせよう』
「……証明?」
いつも以上にはっきりと明瞭な物言いに、わたしはシャワーのお湯を出しっぱなしのまま「ぽかん」としてしまう。
『きみのせいではないと、私が証明してみせる。――彼の死について、まずは私のほうで可能な範囲で調査してみよう。きみに協力してもらうかどうかは、その後に考えるさ』
「…………」
菊池隼人。
彼がどうして死んだのか、その真相。
そこに本当に隠された真実があるのなら――わたしは、それを知りたい。
もしかしたら、その理由を解き明かすことがわたしの義務であり、贖罪になるのかもしれないから。
どうしよう。わたしはしばし考えてから、ぽつりと小さな声で言った。
「……わかった。わたしも協力する」
『力を貸してくれるのか?』
「わたしに何ができるのか、よくわからないけど……。菊池くんがどうして死んだのか。本当の答えがあるのなら、それを知りたいから」
『ありがとう、リア。心強いよ』
わたしはシャワーのお湯を止めて、バスタオルで顔や長い髪を拭きながらつぶやく。
「これも償いかもしれないから……ね」
『リア――』
「それで、わたしは何をすればいいの?」
『……これから説明する』
「うん」
タオルで体を拭き、着替えをしながら、わたしはアルフの次の言葉を待った。




