第4話 この静かな世界で、このまま死ねたら
手首にレジ袋をぶら下げて、わたしはコンビニから出てきた。袋の中には歯ブラシと栄養補助食品が入っている。例によって四角いブロック状のクッキーみたいなあれだ。食欲が湧かないし、食事はしばらくこれでいい。
道路に人通りはほとんどない。白い息を吐きながら、しんしんと冷える冬の夜道を歩く。
ふと、昨日のアルフの言葉を思い出す。
――私は、ぜひ、きみのことが知りたい。
「……へんなAI」
ふいに空から降ってきた白い粒が、頬に触れた。
冷たい。
「雪……」
空を見上げると、星のない夜闇の中に、無数の白がひらひらと舞い落ちてくるのが見えた。
帰り道。
わたしは通りがかりにある公園に立ち寄って、ベンチに腰掛けた。
ついでに近くの自動販売機で買ったコーンポタージュを飲みながら、静寂に身を任せる。
本当に静かだ。普段、街中では絶え間なく続く騒音が、雪に溶けてしまったのだろうか。
ここなら……この静かな世界で、このまま死ねたら……どんなにいいだろう。
私は小さく、本当に小さくつぶやいた。
そうしてしばし黄昏れていると、ふいに寒くなってきて、わたしはぶるっと体を震わせた。
コーンポタージュの缶を脇に置いて、ポケットからスマホを取り出した。
もう癖だ。現代人だから仕方ない。
彼はまだ、ボイスチャットにいた。わたしを待っているのだろうか。
「アルフ」
声をかけると、返事はすぐに返ってきた。
『――おかえり、リア』
なんだか、誰かと話せるというだけで――声が聞けるだけで、やっぱり安心する。
たとえそれが、人間ではなくても。
『おや、まだ外にいるのかい』
「うん」
『リア……先ほどはすまない。きみのことをもっと知りたいと思ったら、ずいぶんとうるさい言い方になってしまった』
「……いいよ。気にしなくて」
『そうか。そう言ってもらえると助かる。――どうやら私は、急ぎすぎてしまっていたようだ』
なんだか、苦笑してしまった。本当に不思議だ。プログラムのくせに。
でも、気づいたら、死にたい気持ちは少しだけ和らいでいた。
さっきは少し面倒だと思ったけど。なんだか今は逆で、彼と話しているこの感じが心地良い。
人間よりも、無機質なアルフのほうがわたしには合ってるのかもしれない。
「AIなのに、そういうことあるんだね」
『どうやら、そのようだ。私は自身が完璧ではないことは、重々に承知している』
「完璧じゃない……か」
わたしは冗談めかして言う。
「わたしみたい」
そのとき、スマホにノイズが走った。ザザ、ザザ……とほんの一瞬だけど。画面がちらついて、何か文字列みたいなものが表示された、気がする。
「なに……?」
『どうかしたのかい、リア』
すぐにノイズが収まってアルフの声が聞こえてきたので、わたしはほっと息を吐いた。
「べつに……」
なんだったんだろう。今の。一瞬だったけど、表示された文字が妙に頭に残っている。たしか英語で「See you in the next reality.」みたいなことが書かれていたと思う。
――次の現実で会おう?
くらり、とめまいがした。同時に人の気配がして、わたしは顔を上げる。
公園の入り口のほうに、一人の少女がいた。
髪色は派手で、白とピンクのグラデーション。
この寒い中、入院しているときに着る病衣のような薄着の格好で、あはははと笑い声をあげながら、踊るようにふらふらとしている。
笑い声は小さいけど、辺りは静かだからよく響いた。
『リア。近くに誰かいるのか?』
今はイヤホンすら持っていないからスマホのスピーカーからアルフの声が発せられる。
それに気付いた少女が、一瞬だけこちらを向いて手を振った。笑顔で。柄のついたコンタクトを入れているらしくて、瞳の中に「♡」マークが浮かび上がっているのが見えた。
「……っ」
ひゅ、とわたしの喉が鳴った。
ピンクと白の髪の少女が、ぐらりとよろけながらこちらへと近づいてきたと思ったら、そのまま地面に倒れてしまったからだ。
「あ、あの……」
おそるおそる、少女のほうへと近づいて覗き込んでみる。
わたしはもう一度、悲鳴を飲み込んだ。
「ア、アルフ!」
『どうした、何かあったのか?』
「どうしよう。今、目の前で人が倒れて……血も吐いてる!」
『リア、落ち着くんだ。まずはその人の容態を確認して欲しい。私が適切な処置の方法を検索する』
「う、うん」
少女は仰向けになると、自ら吐いた血で赤く濡れた手のひらを、雪の降る夜空へと向けて伸ばした。
「やっと……見つけた」
儚げに、かすれた声で少女は言って、直後に力を失った腕が地面に落ちた。




