第37話 生み出したものは、生き続ける。ずっと……
第37話 生み出したものは、生き続ける。ずっと……
複数ある講義室だが、ひとつだけ灯りがついている部屋があった。
ここに結月がいる。
わたしは心の準備をする時間も惜しくて、すぐに扉を開いた。
「結月……」
講義室の椅子の一つに座り、ホログラスを装着して、机に乗せたノートパソコンのキーボードを叩いている結月が、わたしの声にホログラスを外して振り向く。
「リア……」
虚ろな瞳。弱々しい呼吸。顔色もひどく悪い。
結月の命が、今にも尽きようとしているのがわかった。
「あはは☆ リア、ボロボロじゃん……」
「あなたもね、結月」
咳き込んで血を吐く、痩せた少女。
もう止めるまでもないのかもしれない。でも――。
「もう、アルフへの攻撃をやめて」
結月はわたしのことを無視して、再度ホログラスを装着してキーボードを叩き始めた。
「結月!」
「うるさい! あたしはRed.garmと新しい世界を作るの! こんな体捨てて、新しいあたしになる! みんなで一つになるの!」
キーボードを叩く手が止まり、結月はまた血を吐いた。
その悲痛な信念に胸を打たれながら、わたしは結月に近づいていく。
「結月……それは、どこまでがあなたの願いなの?」
「……え?」
結月の手が止まり、呆然とこちらを見る。
痩せたその顔から、わたしはホログラスをゆっくりと取り外した。
「何を……言ってるの? これはあたしの願い。あたしとRed.garmの夢だよ! リアは、その夢まで否定するの?」
白とピンクの髪を振り回しながら、結月は訴えかけてくる。
だけど、やっぱりわたしは違うと思う。結月のことはまだよく知らないけど、彼女の作ってきた楽曲たちは、知っているから。
ダークだったりポップだったり、彼女の感情のように変化していく作風だったけど、それでも一人の少女としての素直で切実な感情が、曲や歌詞に込められていた。
だから、やっぱり思うんだ。
「あなたの夢は生きること……生きた証をネットワーク上に残すことでしょう? それなら……現実を支配するとか、みんなが一つになるとかは、違うんじゃないの?」
「な、何が言いたいの……?」
問いには、アルフが答えた。
『結月。きみはRed.garmに利用されている』
「ちがう! あたしはRed.garmと一つになって……うぅ」
立ち上がろうとした結月は、すぐに頭を抱えてうめきながら前のめりに崩れ落ちる。
わたしはすぐにホログラスを机に置いて、倒れようとする結月を受け止めた。
撃たれた左脚に激痛が走ったけど、なんとか踏みとどまって、わたしたちは抱き合う。
「もう……あたしには時間がないの……お願い、邪魔、しないでよ……」
初めて聞いた、結月の弱々しい声。
「利用されてるとか、知らないよ……。それでも、Red.garmはあたしにとって唯一の存在なの。それだけは……真実だから」
「……うん」
たぶん結月にとってのRed.garmは、わたしにとってのアルフだったんだ。
天真爛漫な表の顔。その裏で、常に他人と壁を作って生きてきた彼女の、ただ一つ信頼できる存在。
わたしたちは似ている。だから、
「結月……出会い方が違えば、私たち、もっといろいろできたかもしれないのにね」
言葉は自然とわたしの中から生まれていた。
「わたしたち、二人で一緒に……お話して、お互いの好きなことをして……」
「なに。それ……友達ってこと!?」
互いの息がかかるくらいの距離で、結月が言った。
友達。
その言葉はわたしには思いつかなかったけど、そう言われると、なんだかしっくりと来た。
だけど。
「ふざけないで! もう、遅いんだよ……!」
わたしの腕を振り払おうと、結月がもがき抵抗する。
最後の力で。
すると、わたしは左脚に痛みが走って、腕を離してしまう。
床に倒れた結月は、咳き込んでまた血を吐いた。
「だ、大丈夫……?」
わたしが助け起こそうとしたとき、講義室の扉が乱暴に開かれた。
「紅霧ィ!」姿を見せたのは杵島恍成だった。その手には拳銃を持って。「結月に何してんだ……あ?」
杵島が銃口を向ける。わたしのほうに、まっすぐ。
『リア、逃げろ』
とっさに動けないわたしに向けて、杵島は引き金を引く。その瞬間だった。
「結月……?」
呆然とつぶやくわたしの目の前に、結月はその身をさらしていた。
銃声が鳴り響いた。
衝撃で、細い体がぐらりとのけぞる。胸元から鮮血を撒き散らしながら倒れようとする結月の体を、わたしは受け止めた。
「結月!」
真っ青な顔で浅い呼吸をする結月は、その瞳で杵島を鋭くにらむ。
「恍成ェ!」
気迫とともに声を上げると、杵島は尻もちをつくようにして後退する。
「な、なんで……結月……お、俺、計画――結月がいなかったら、どうすれば……」
杵島は起き上がって踵を返した。
「くそっ!!」
逃げるように廊下を走り去っていく杵島。
それにかまっている余裕は、わたしにはなかった。
結月の体を抱いて座り込む。撃たれた胸元を手で押さえるけど。だめ。血が止まらない。
「……あはっ☆ ……こんな最期かぁ……バカみたい……」
「結月……どうして」
「なんで、だろうね……」
流れ落ちていく。
結月の命が、赤い血とともに。
『きみは、リアを守ってくれたのか?』
「アルフ……」結月は、かすかに微笑んでいた。「ちゃんと、リアの気持ちに……応えてあげなよ……」
『――。ああ、そうだな』
死。ひとつの命が、失われてしまう。
それを思うとふいに涙があふれて、結月の白い頬へとこぼれた。
「泣くなよぅ☆」
わたしは目元をぬぐった。
血が手から顔についた気がするけど、気にしてはいられなかった。
「やっぱリアのこと、好きだなぁ……ほんと、なんなんだろうね……」
わたしも、結月に憧れてる。
それを言葉にして伝えると、何かに気づいたように結月は目を見開いて、それから小さく笑みを浮かべた。
「そっか……なんかわかっちゃった……。生き続けるんだね、ずっと……。あたしの作品たち。ひとりぼっちと戦いながら、ずっと戦いながら、残してきたものは……ネットを通して伝えてきた、あたしの生きた証……」
閉じていく「×」印の瞳。
力が抜けて、軽い結月の体が重くなっていく。
「忘れないよ……結月。わたしは……。あなたの、残したものを……」
「……。ありがと☆」
もっと、歌いたかったな……。
かすかに結月はつぶやいて、その呼吸を止めた。
涙が、止まらなかった。
動かなくなった結月の体を抱きながら、わたしは泣いて。
たくさん泣いて。
それから、そっと結月の体をその場所に寝かせた。
「アルフ……」
『ああ』
「Red.garmを……止めよう」
『了解だ。最善を尽くす。――きみは大丈夫か?』
「…………うん」
Red.garmが何を思っているかはわからないけど。
今は結月に助けてもらった命で、自分にできることをやるんだ。
都合のいい解釈かもしれないけど、きっと彼女に託されたのだと思うから。
「状況を教えて」
『――非常に悪い。Red.garmの基幹プログラムを見失った。奴は目まぐるしくネットワーク上を移動し続けていて追いきれない。そして、AIRIにある私のサーバーへの攻撃も激しくなってきている。おそらく自己増殖を繰り返して各所への攻撃の手を増やしているのだろう』
「そう……なら、まずはRed.garmを呼び戻さないと」
『しかし、どうやって?』
わたしは机の上に置いた結月のホログラスを手に取り、椅子に座って、結月の可愛らしい色をしたノートパソコンのキーボードに、血に濡れた手で触れた。
「借りるね……結月」
今度こそ、決着をつけるために。
わたしはホログラスを装着して、結月のVR空間へとダイブした。




