第36話 轟く銃声
第36話 轟く銃声
結月ほどではないが派手な髪色。がっしりとして背丈の高い杵島が、わたしを見下ろしながら歩み寄ってくる。
「恍成、あとは任せたから……ッ!」
結月はピンク色のノートパソコンだけ片手に持ち、よろけながら走り出す。
「待って、結月!」
「行かせねぇよ」
追いかけようとしたわたしは、杵島に襟をつかまれて軽々と投げ飛ばされた。
密集した机に頭をぶつけて、視界が揺れる。
「結月姫は今、大事な作業の最中なんだよ。てめぇみたいなカスに邪魔させるか」
狂気を宿した瞳。
見据えられるだけで、わたしは蛇に睨まれたカエルのように身動きが取れなくなってしまう。
『リア、大丈夫か!?』
「……なんだ、今の声?」
アルフの声でなんとか我に返ったわたしは床を這って教室から出ようとする。そこへ。
「どこ行くんだよ、オイ」
カチャ、と異質な金属音に顔を向けると、杵島は手に持った黒いものをわたしに向けていた。拳銃だ。
「ぁ……」
「動くんじゃねぇ。殺すぞ」
混乱に乗じて、どこからか奪ってきたのだろうか。警察官の持っているものに形が似ていた。
銃が本物なのか判別はできないが、金属の独特な重厚感が、無視することはできない重圧を感じさせた。
怖い。でも――。
「……っ」わたしは走り出した。急がないと、アルフはまた結月から攻撃を受けてしまう。
杵島に近寄らないように回り込んで教室の外へと出ようとした。瞬間。
バン!
轟音。
銃声だ。彼はわたしに向けて発砲をしてきた。
銃弾は近くの机に当たってそれを砕いた。
怯んで立ち止まったわたしに、拳銃を向けたまま彼が近づいてくる。
「動くなって言っただろ」
腕を掴まれ、強引に引き寄せられる。
そして彼は、拳銃を握った手でわたしのお腹を思い切り殴った。
「――がっ」
鳩尾に重い衝撃と激痛。
崩れ落ちそうになるわたしの体を、彼は覆い被さるようにして机の上に押し倒した。
「もうすぐだ……もうすぐ、このクソみたいな世の中が、全部変わる。結月が変えてくれる……!!」
血走った瞳が見下ろしてくる。
杵島はとても正常な状態とは思えなかった。
「……言って、いる意味が……わから、ない……」
もがいても、彼の力の前ではびくともしない。
のしかかられるだけで苦しい。
「黙れよ、紅霧。お前のそういうとこ、マジでうざいんだよ」
そういうとこ、と言われても、何のことだかわからない。
杵島は苛立ちに任せて、またわたしの腹部を殴る。世界がぐらりと揺れる。激痛で息ができなくなったわたしを、彼が乱暴に床に投げ捨て、足蹴にして踏みにじった。
『やめろ。きみのしていることは、決して許されない。暴力も銃の所持も、重大な法律違反だ』
「……はあ?」
杵島がわたしのポケットを探って、スマホを奪い取る。
「通話してんのか? 警察じゃねぇだろうな」
「ちが……う……とも、だち……」
「そうかよ。まあ、どっちでもいいんだが……な!」
杵島はわたしのスマホを遠くに投げた。がつんと壁にぶつかって、床に落ちる。
「アルフ……!」
無様に横たわったまま手を伸ばすわたしの体が、彼に思い切り蹴り上げられる。
衝撃で体がわずかに浮き、背中から机にぶつかった。
「どうせもう、法律も意味がなくなる。世界の仕組みごと変わるんだからな」
フットサルで鍛えた彼の脚の力は強烈で、蹴られると痛みと苦しさで意識が飛びそうになる。
「自由なんだよ! ネットワークの世界じゃ、俺たちは神様みたいなもんだ。なんだってできる!」
『そんな都合のいい話があるわけがない』
しゅいいいん……。
という稼働音が近づいてきて、わたしの横を通り過ぎて杵島のほうへと向かっていった。
「んだよこれ……くそッ!」
顔を上げると、わたしの目の前で彼が思い切り転倒した。
そこへ追い打ちをかけるように、白い猫耳のついた平たい円形の機械が突撃していく。
(お掃除ロボット……?)
猫のデザインのロボット掃除機が、彼にまとわりついていた。
その数は二機。まさか。
(アルフ……なの?)
「邪魔だっての!」
しつこく突進してくる掃除機に苛立った杵島が、立ち上がって猫耳のついた一台を思い切り蹴り飛ばした。
それでも残る一台がすばしっこく動き回って杵島を翻弄する。
直後、建物の外からプロペラの回る音が近づいてきて、ドン! と窓ガラスに衝突した。
その一撃によって、窓ガラスにひびが入る。そして二度、三度と何かがぶつかり、ついに窓ガラスが盛大に割れて、大きな機械が室内に侵入してきた。
「な! ド、ドローンか!?」
飛び込んできたのは、四つのプロペラのついた大きなドローンだった。
それは迷うことなく杵島へと突撃していく。
「ぐあ……! く、くそッ!!」
さすがの杵島も怯んだが、それでも腕を振り回して気迫でドローンを叩き落とそうとする。
とつじょ始まった激しい攻防を、床に倒れたわたしは唖然としながら見守る。
『リア、今だ!』
その声にハッと気がついたわたしは、よろけながらやっとの思いで起き上がって、周囲を見回す。
体中の痛みに耐えながら歩き、一番重そうなタワー型コンピューターを配線を引っこ抜いて持ち上げると、ドローンを壊そうと夢中になっている杵島の背後から近づいていく。
「っつ、あぁぁぁ――ッ!!」
思いっきり。
大きくて重いコンピューターを彼の頭に叩きつけた。
「――ぐはっ!」
杵島は衝撃によろけたあと、ギロリとこちらに向き直る。
わたしは恐怖に息を呑んだが、そこまでだった。
そのまま瞳を上向けた杵島は机に体をぶつけながら、床に倒れ伏した。
自分のやったことが自分で信じられず、わたしは呆然とする。
『よくやった、リア』
遠くに転がったスマホから声がして、わたしは床を這うようにして拾いに行き、スマホを抱きしめて丸くなった。
アルフとの大切な繋がりであるこの小さな端末を、もう誰にも渡したくなかった。
「杵島くん、死んじゃってない? ……大丈夫かな」
ちらりと、倒れた杵島のほうを見る。頭から流血していた。
『大丈夫だ。息はある。気を失っているだけだ』
「よかった。……のかな」
『あんな奴のためにきみが殺人犯になる必要はない。――それにしても、さっきのは「今のうちに逃げろ」という意味だったのだけど……きみはなかなかに無茶をする』
「だって……」あのときは、いっぱいいっぱいだったから。
『だが、実に爽快だった』
「うん」
とにかく逃げなくては。
わたしはもう一度立ち上がって、部屋の外へと向かった。
机に手をついて体を支えて、痛む腹部をかばいながら。
そうして扉の前まで差し掛かったとき。
――銃声が、鳴り響いた。
「……え」
太ももに異物が通り抜ける感覚。
血が吹き出し、灼熱感。
そして引きつるような激痛。
わたしはその場で崩れ落ちるように倒れた。
わずかに煙のにおい。
背後を見ると、杵島が寝そべったまま銃口をこちらに向けていた。
「……ザマ……みろ……」
『杵島恍成!』
再稼働したドローンが体当たりを食らわせると、杵島はそのまま気を失ってしまう。
『大丈夫か、リア!』
「く……ぁ」
痛みで意識が遠のく。
血がとめどなく流れ出て、床が赤く染まっていく。
『落ち着いて、撃たれた箇所を見せてくれ』
手が震えて落としそうになりながら、わたしはスマホのカメラを左の太ももに向けた。
『銃弾は貫通したか……だが、おそらく血管が損傷しているな。すぐに手当てをしないと。――くっ、結月も攻撃を再開したようだ』
わたしは途絶えそうな意識をギリギリで保ちながら、残る力を振り絞って立ち上がった。
喉から、無様な喘ぎ声が漏れる。
『リア、無理をしてはダメだ』
その声を無視して、わたしは扉を開けて外に出た。
片脚がうまく動かせず、壁で体を支えて足を引きずりながら、エレベーターに向かって歩く。
『リア!』
「今は……杵島くんから、少しでも遠ざかって…………安全を確保してから、怪我の治療を……するべき……そうでしょ……?」
『……。その通りだ。私のほうが冷静さを欠いていた。すまない』
引きずった左脚からとめどなく血が流れ、床に血痕を残していく。
わたしは細くなった意識を途切れさせないように、わざと痛みを意識しながら歩いた。
ようやくエレベーターに着いたわたしは、上部にある階数表示を見上げた。
視界が霞む。
表示は二階を示していた。
「結月は……二階かな」
『ああ。どうやら講義室の回線を使用しているようだ』
わたしはボタンを押してエレベーターを待った。
乗り込んで二階を選択して、そのまま倒れ込む。
『リア!』
「はぁ、はぁ……大丈夫……手当て、やり方教えて……」
『――了解だ。清潔な布はあるか?』
「……ない」普段はハンカチを鞄の中に入れてあるが、今日は何も持たずに家を飛び出してしまったから。「代わりになりそうなものは、シャツなら……」
『そうか。この際だから、それでいこう。傷口を縛れれば応急処置にはなる』
二階に到着し、エレベーターの扉が開く。
わたしは時間稼ぎのために一階のボタンを押してから、這うようにして廊下に出た。
壁に寄りかかって座ると、わたしはコートと、その下のブラウスを脱いで、スマホのカメラを自分のほうへと向ける。
穴が空いた脚を、わたしはアルフの指示通りに慎重に手当てしていく。
最後に衣服で傷口をきつく、きつく縛る。
すると、あっという間に白い服が真っ赤に染まってしまったが、血はせき止められて、それ以上流れてこなくなった。
「……はぁ、はぁぁ…………っ……」
貧血で、めまいがする。
わたしは天井を見上げながら、必死に酸素を取り込んだ。
『血は――どうにか止まったようだね。よかった。きみが死んでしまうかと思った』
「……死なないよ。わたしは、アルフを残して死んだりしないから」
だから、アルフも消えないで――。わたしは小さくつぶやいた。
『頼もしい。では、きみは少し休んだらこの建物から出るんだ。あとは私に任せてくれ』
わたしは頭を振った。
「わたしは……結月を止めに行く」
『ダメだ。あの男が銃を持っていた以上、結月も何か武器を持っている可能性がある。危険だ』
「アルフ、このまま結月とRed.garmを相手にして、勝算はあるの?」
『それは……』
「Red.garmは今も成長し続けているんでしょう。……今を逃したら、もう止められないかも」
だから、行かなくちゃいけない。少しでもアルフの助けになるために。
「あなたは……考えて。結月とRed.garmを止めるための、最善の方法を」
『……わかった』
アルフは、きっと今も自分の存在を賭けて戦っている。
なら、わたしも命を賭けたっていいはずだ。
――相棒なのだから。
わたしは結月を探して、中央研究棟の廊下を歩いた。




