第33話 コミュニティ――とあるチャットサーバーの小さな世界
自室のパソコン机の前の椅子に座った状態で、わたしは目覚めた。
まだ体がふわふわと浮いているような感覚が残っているが、慌ててホログラスを外して立ち上がり、目元の涙を拭う。
「アルフ、わたしどれくらい寝てた?」
声をかけると、少し遅れてパソコンのスピーカーから声が返ってくる。
『大丈夫だ。ホログラスの電源を切ったら、すぐに目覚めたよ』
ほっと息を吐く。
だけど、悠長にはしていられない。アルフを助けるために、何か手立てを探さないと。
(どうすれば……いいの?)
わたしにはできることは何もないのだろうか。
ほとんどのインターネットへの接続が断たれた今の状況では、情報収集すらもできない。
「アルフ、状況は?」
『問題ない。――と言いたいところだが、あまり思わしくない。Red.garmもそうだが、まさか結月がこれほどの腕を持つハッカーだったとは』
結月の力は、きっと技術力だけではないだろう。
生への渇望、夢への執着。
きっと彼女は、今もずっと命を燃やして活動し続けている。
だからこそ、アルフをここまで追い詰めているのだ。
死に焦がれて何もかもから逃げていたわたしとは、真逆の存在だ。
勝てるわけがない。わたしではダメだ。わたしだけでは――。
だから、もうなりふり構っていられない。
わたしはパソコンでCobalTのソフトを起動した。
現状まだ生き残っている、数少ない連絡手段。そのグループチャットを開いて、わたしはテキストを打ち込んだ。
『だれか、たすけてください!』
何を伝えるべきか定まっていないが、心からの叫びを書き込む。
返事はすぐに返ってくる。
『大丈夫?』
『リアさん、何があったの?』
『事故? 今どこ? 動ける?』
みんな、この唯一生き残った外界との接点であるCobalTに集まっていた。
普通であれば寝ている人の多い時間帯だが、みんな不安で遅くまでチャットをしていたようだ。
次に打ち込む言葉に迷っていると、ボイスチャットのコールが鳴った。
わたしはヘッドセットすらつけずに応答ボタンをクリックする。
「Kazくん!」
『リアちゃん。どしたん、話聞こか?』
イメプ友達の、おっとりとした、いつもの鼻にかかった話口調に、わたしはつい気が抜かれてしまう。
「えっと……今はあまりゆっくりお話ししている暇ないっていうか……」
『……わかっとる。アルフのことやんな』
「え?」
いつになく真面目な声のトーンで返されて、わたしの頭の中が混乱する。
『アルフを勝手に動かして、Red.garmについて調べとったんは、やっぱりリアちゃんやったんな』
「な、何を言ってるの?」
『リアちゃん、実は俺……いや、自分な』
焦りで頭の中がぐるぐるするわたしに、Kazはさらりと言ってのけた。
『アルフ開発メンバーの一人やねん』
数秒。
わたしは固まってしまった。
「……え。どういう……こと?」
『だからな。自分もアルフ・プロジェクトに関わってんねん。まあ、下っ端なんやけど』
まだ状況を飲み込みきれないわたしに、彼は続ける。
『なんちゅうかな、自分はまあ、アルフのお世話係みたいなもんかなぁ。だからリアちゃんのことも、アルフからいろいろ聞いとるよ』
「……っ。Kazくん、どうにかしてアルフを手助けできない?」
ようやく事情がわかってきたわたしは、前のめりになって尋ねる。
すると彼は、いつになく真摯な口調で。
『……ほんま、アルフを好きになってくれたんやな』
スピーカーから、息を吐く声が聞こえた。
それはため息というより、覚悟を決めるときの気合いの吐息のようだった。
『ネット上からはどうにもならん。自分もいろいろ試してるんやけど、ドメインすら使えないし厳しいわ。病院やと設備も限られてるし……』
「Kazくん、病院にいるの?」
『うん。まあ定期検診みたいなもんやな。まあ、今は病院もほとんど機能してないし待ちぼうけやけど』
「定期検診? こんな時間に?」
『なんちゅうか、ちょっとトラブルに巻き込まれてもうて』
だんだんと、わたしの思考がネット上からリアルへと戻ってくる。
すると。
頭の中に、ふとシンプルな解決策が浮かび上がってきた。
「そうだ……結月を止めないと……」
『ゆづき? それは誰なん?』
「アルフを攻撃してるハッカーのことだよ。……ねぇアルフ、結月を止めれば、Red.garmに反撃できる?」
『今の攻撃頻度なら可能だ。ただ、Red.garmがすべてのリソースを攻撃に回してきたら、私でも手に負えないが』
「そう……」
『リアちゃん、もしかしてアルフと話しとるん?』
アルフの声はわたしのスマホから発せられていた。
マイクはその声を拾っていなかったらしく、Kazには届いていないようだ。
「うん」
『そっか。自分は今、アルフとはコンタクト取れてへんねん』
『リアとは専用のトンネルを介して通信できるが、CobalTの使用すら制限された今では、Kazと通話をするには追加のリソースが必要だ。余裕がなかった』
「アルフは、Kazくんと話してる暇ないって!」
『言い方! まあ今のアルフは本来、外部ネットワークへの接続が禁止されてるから、余計にリソース食うてるのは承知しとる』
アルフの接続制限のほうも問題だけど、まずは結月のことだ。
ネット上での結月にはわたしは手の出しようがない。
けど現実の結月なら。
病に侵された今の彼女なら、わたしでも止められるかもしれない。
そこまでは思いついた。だけど、居場所がわからなくてはどうしようもない。
わたしは悩みすぎて思わずうなった。
すると、まるでその悩みの内容を察したように、Kazが提案する。
『なあ、その結月っちゅうハッカーの使うてる端末のアドレス、アルフなら特定できるんとちゃう?』
「え……アルフ、できる?」
『攻撃の隙を突く必要があるから、しばらくかかるが、おそらく可能だ』
結月の居場所を割り出せるかもしれない。だったら――。
「わたし、結月に会いに行く。そして、攻撃をやめさせてみる」
『なるほど。でも危険ちゃうん? 結月ってのは知り合いなん?』
「うん。……だから、わたしが止めないと」
『そっか。それなら……どこへ行くにしても足が必要やろ』
「足って……」
『車出すわ。たしか自分のいる病院、リアちゃんの住んでるとこの近くやったと思うから。急いでリアちゃん拾いに行くわ』




