第32話 AIはAIらしく、××画像でも生成してりゃいーんだよ!!
第32話 AIはAIらしく、××画像でも生成してりゃいーんだよ!!
空間から伝わってくる焦げたにおいと、肌への刺激。
おそらく、わたしたちはVRと幻覚のはざまにいるのだろう。
「あたし、わかんないんだよねー」
瞳に「×」印の柄つきコンタクトレンズをした結月が、コテンと、わざとらしく首をかしげた。
「なにが……?」
「ん。リアたちはRed.garmをここに誘導したんだよね。それは、Red.garmを攻撃するなんらかの手段があるってこと?」
結月が何もない空間を指差すと、ぽん、と軽快な音を立ててウィンドウが出現する。
ハートマークでデコレーションされた薄ピンク色の背景の四角い窓に、カラフルな無数の文字が浮かんでいる。
「コンソール表示……ターミナルエミュレータ起動……っと」
結月は画面から目を離すことなく手元のキーボードを打つポーズをする。
VRの外では、実際にキーボードをブラインドタッチで打ち込んでいるのだろう。
ものすごい速度でカタカタと打鍵音が鳴る。
「ほら、いた! これ。Red.garmに攻撃してんのアルフでしょ? おっすー」
結月の周囲に二つ、三つと同様のウィンドウが出現する。
そのすべてがカラフルな背景。そして無数の文字列が浮かんでおり、結月がキーボードを鳴らすごとに、その文字列が高速で流れていく。
『私の存在が相手にバレた。まさか、Red.garmではなく結月に感知されるとは――』
瞬間、轟音とともに空間が大きく揺れた。その衝撃に、わたしの全身がビリビリと痺れる。
「あは☆ 怒ってる! Red.garm、いきなり攻撃を受けてたのが不服なんだって!」
軽快なテンポの音楽が聴こえてくる。
それに合わせて結月は足踏みをしながら、ウィンドウの数をさらに増やしていく。
その数は九個を越えていた。
聴こえているのは、かつての結月――Ruuの作った楽曲だ。
結月は自分の作成した曲をBGMに、すさまじい速度で文字列を操作していく。
「逃がさないよ。新しい世界のバグは、早めに潰しておかなくちゃ☆」
『結月、こんなことはやめるんだ』
「お、アルフ。やっと声を聞かせてくれたね」
『きみはRed.garmによって精神を操られている。利用されているんだ』
「は? だから?」
結月は首をかしげながらも、手元は動かし続けている。ときおり指で画面をタッチ操作をしながら。複数のモニターを操るよりも多面的に、マウス操作よりも速く。
音楽に合わせて両手を動かすその動きは、まるで、ディスク・ジョッキーが多数のミキサーやレコード機器を操作して音楽を奏でているようだ。
「利用されてるからなんなの? キミたちも同じようなものじゃないの? 利用でもなんでも、あたしが生きるにはこれしかないでしょ!」
「そのための……生きるための方法が、現実と非現実を反転させるってこと?」
「そうだよ。だって現実なんてクソゲー、評価できんのは画質だけだもん。リアもわかってるでしょう?」
「でも、どうやって……」
そんなこと実現できるのだろうか。
現実があっての非現実。
現実を生きる人間がいなければ、ネットワークは存在し得ない。
仕組みとして、それは絶対のはず。
「非現実……つまりネットの世界は、現実がなくちゃ成り立たないって思ってる? それとも、現実のためにネットワークは存在してる……みたいなアレ?」
結月の言葉にわたしはうなずく。
いっとき、結月の手が止まった。
アルフの負担を減らすためにも、この会話を止めるわけにはいかない。
「逆だよ逆。これからはね……非現実が主役。ネットのためにリアルが存在するようになるの」
空間が大きく揺れる。
怪物が咆哮を上げるようにノイズが巻き上がり、声なき声がわたしに叩きつけられる。
――現実はいずれネットワークの下位世界になるだろう。その未来は、目前まで迫っている。
確固たる意思に、わたしは喉を鳴らしながら後退りをした。
「そんなこと……」
「できないと思う?」
ネットワークの世界を支配した怪物が、やがて現実まで支配し始める。
そんなことが……。
「今の世の中なら、ネットワーク上から現実に干渉する方法なんていくらでもある」
『音と、映像か』
「それもあるね。もう公共の電波のほとんどはRed.garmが掌握してるから。……テレビみたいな家電だけでなく、街頭のビジョンまでもね」
『人々を洗脳して使うつもりだな』
「そ! これから現実は、ただのインフラになるんだよ。人は精神だけの存在になって、ネット上で暮らすの。そうしたら誰も死なないし、しあわせでしょう?」
少しだけ。
魅力的に思えてしまう自分もいる。
けど、それでも、看過はできない。
だって。
『そのために、人々をこんなパニックに陥れたのか? その計画の裏には、いったいどれだけ犠牲になる人間がいると思っているんだ』
すると、結月は苛立ったように歯噛みをして、小さく舌打ちをした。
「うっせーな。AIはAIらしく、エロ画像でも生成してりゃいーんだよ!!」
タン! と大きな音を立ててキーボードを叩き、結月はまた恐るべき勢いでタイピングを始めた。
「させないよ。Red.garmの邪魔はさせない」
結月の息が細く、荒くなる。
興奮して病状が悪化しているのか、かなり無理をしているのだろう。
『な……こんな馬鹿なことが』
「あはは♡ 見つけた〜。アルフの本体、ここにあったんだね」
結月のモニターに、ある文字列がいくつも浮かび上がる。
Artificial Intelligence Research Institute.
人工知能研究所――AIRI。
『DNSすら機能していない状態で、私のいるサーバーまで侵入してくるなんて……きみはいったい』
「ただの天才ハッカーだよ。あとボカロPもやってる!」
アルフのいる研究所は、おそらく最先端の技術を持つ施設だ。セキュリティだって厳重だったはず。
いったいどうやってそこにたどり着いたのか。
息も絶え絶えな様子でキーボードを打ち続ける結月の執念に、わたしは寒気を覚えた。
「プロテクトをかけたか〜。でも、残念! こっちもガラ空きだよ☆」
ノイズが走り、空間が不気味に揺れる。
嫌な予感がわたしの脳裏に走った。
「アルフ、大丈夫!?」
『ああ。結月の攻撃自体は防ぐことができているが、このままではRed.garmへのアクセスにリソースを割けない。――!』
アルフの声音がさらに切迫する。
『Red.garmからも私のサーバーへの攻撃プログラムが送られてきた。この手数は――対処し切るのは不可能だ』
「そんな……」
雑音が混ざり、途切れ途切れになるアルフの声。
攻撃への対応によって処理が限界まで高められ、あるいはシステムになんらかのダメージを受けているのかもしれない。
「どうしたのアルフ、このままじゃサーバーを侵食されちゃうよー。ほら、がんばれ♡ がんばれ♡」
結月は喉をひゅうひゅうと鳴らしてか細い呼吸を繰り返しながら、青ざめた唇が勝ち誇ったように弧を描いた。
「リアには悪いけど! あたしたちの夢を壊そうとするなら、アルフには消えてもらうから!」
「結月、お願いやめて!」
わたしは結月のほうへと近づいて手を伸ばすが、仮想空間であるこの場所では、触れることすらできずにすり抜けてしまう。
「あ、ちょっとやめてよリア。画面が見えない!」
そう言われてやめるわけにはいかない。
少しでも結月を妨害しようとわたしは自分の体を使ってウィンドウを隠しながら、「×」印の浮かんだ瞳をじっと見つめる。
「……っ。き、気が散るなぁ。あたし、作業に集中するからもう落ちるね! リアにも挨拶できたし……あとは文字列で勝負だよ、アルフ」
そう言い残して、結月はこの闇の中から消え去った。
自分のホーム画面に戻り、同じような環境でハッキングを続けるのだろう。
そうなってしまえば、わたしには手出しのしようがない。
「ア、アルフ……!」
『大丈夫だ。まだしばらくは持ちこたえられる。国の最新AIとして、このような古いやり方に負けるわけにはいかない』
力強く言ってみせるが、雑音混じりのその言葉はとても余裕がありそうには思えなかった。
結月はアルフを消し去るつもりだと言っていた。
もしRed.garmがさらに成長してアルフへの攻撃の手を増やしてきたら、もう対処ができないかもしれない。
どうすればいいのだろう。
今のわたしには、何もできない。
結月のように卓越したハッキング技術があるわけではない。
苦しんでいる彼に、少しのサポートもできない。
でも。
このまま手をこまねいていても、何も変わらない。
わたしは、わたしにできることを探さないと。
このままでは、アルフが消されてしまうから。
「アルフ。……どうにか、このまま耐えて」
『了解だ。管理者』
「その間に、わたしは――」
ログアウトしようと、自分の頭に触れてみる。
おぼろげだが、ホログラスの硬い手触りがあった。
まだ完全に幻覚の中にいるわけではないのだろう。
わたしがホログラスを外そうとした瞬間、強烈なフラッシュが視界を覆って、けたたましい雑音が鳴り響いた。
目まぐるしく切り替わる原色と、ロケットの発射音を引き伸ばしたような重低音。
――私は、お前を……。
――逃しはしない。
「……っ、うぅ」
『リア! まずい、ホログラスの電源を強制停止する!』
アルフがわたしの部屋の機器にハッキングしたのだろう。
目の前に流れる電子ドラッグの映像がブツリと切れて、わたしの視界はふたたび闇に閉ざされた。




