第31話 孤独のセキュリティホール
第31話 孤独のセキュリティホール
アルフとの作戦の打ち合わせは深夜まで続いて、ようやく実行に移る。
窓の外からはパトカーや消防車、救急車のサイレンが止むことなく聞こえてくる。
交通インフラが機能していない状況では、それら緊急車両すら事故を起こして二次、三次被害が発生するおそれがある。
わたしはVR機器であるホログラスを用意して起動、パソコンと同期する。
「準備できたよ。アルフ」
『OK。ではソフトを起動するから、ホログラスを装着してくれ』
アルフの指示通りにホログラスを装着すると、視界には近未来的な駅のホームのような光景が広がる。
周囲には円形の看板が並んでいて、そこから別のステージに移動することができる仕組みだ。
わたしたちが選んだのは、有名なSNS型メタバース。
プレイヤーは各々が好きな3Dモデルのアバターに変身して、VR上での会話を楽しむというコンセプトのものだ。
今わたしが見ている景色はデフォルトのステージ。
普段であればたくさんの人が行き交う場所なのだけど。
「……だれもいないね」
『このソフトのドメインもRed.garmの攻撃に遭ったみたいだね。今は私が直接IPアドレスを指定してメタバースのサーバーに接続させている』
「ここで……Red.garmを呼べばいいんだよね」
人のいない静かな空間。ここで誰かに呼びかけるなんて、なんだか変な感じがする。
『ところで、きみのアバターはそんな見た目なんだね』
緊張をほぐすためだろうか、アルフが雑談を持ちかけてくる。
「うん。……現実のわたしをスキャンして生成したモデルを、少し改造しただけだけど」
『たしかにリアにそっくりだ。――さて、こちらの準備は完了だ。思いっきり呼びかけてくれ』
「うん」
わたしは何度か深呼吸をして、緊張と羞恥心を振り払ってから。
最後に思い切り息を吸い込んで、お腹の底から声を発した。
「Red.garm、来て!」
叫んだのなんていつぶりだろう。思った以上に大きな声が出て、自分で驚いてしまった。
『よし。今のきみの声を暗号化をかけてネットに流した。奴なら、必ずこのデータを見つけて、我々のもとまでたどってくるはずだ』
直後。VRの視界がバグったようにチラつき、ノイズが走った。
「これは……」その威圧的な気配だけでわかる。「もう来たの?」
『かかった。――それにしても早い。相手もきみのことを探していたのかもしれない』
わたしはRed.garmにどこか共感のようなものを感じていた。
もしかしたらRed.garmのほうも、そう思っていたのかもしれない。
視界のノイズが激しくなる。
ガラスが砕けるように空間が引き裂かれ、ステージがデフォルトのものから、暗闇へと変化する。
闇の中には、原始的な電脳空間を思わせる無数の薄緑色の光線が走っている。
「……っ」
突風が吹き抜けるように、わたしに声なき声が叩きつけられる。
――紅霧リア。
――なぜ、私を拒む?
めまいに体がぐらつき、胸焼けのような軽い嘔吐感が襲った。
『いいぞ。きみと話したことで、電子防護の穴ができている。奴はまだ私の存在に気づいていない』
マイクが拾わないように小さな音量で、アルフがわたしに語りかけてくる。
『このまま、奴の注意を引いてくれ。その間に私が奴を解析し、削除プログラムを発信する。危険かもしれないけど、頼む……リア!』
わたしは小さく、だけど力強くうなずいて、暗闇の中心部を見据えた。
雰囲気でわかる。強いプレッシャー。ここにRed.garmがいる。
「ねぇ、Red.garm」
何を話すべきか。
ある程度はシミュレーションしてきたけど、そのどれもが今の場には相応しくない気がした。
代わりにわたしは、自分の素直な気持ちで挑むことにした。
そうでないと、伝わらないと思うから。
「……。あなたのことを、教えて。……わたしはあなたのことを、もっと知りたい」
ノイズとともに、ぐらりと空間が揺れる。
乗り物酔いを起こしたように、気持ち悪くて吐きそうだ。
おそらくわたしは今、夢と現実のはざまにいる。
――それは……以前、お前に映像として見せたはずだ。
「ちがう。知りたいのは、あなたの心のこと――」
原初から存在するコンピューターウイルス。
おそらく創造主すら、もう生きてはいないだろう。
何を思って、どんな孤独を抱えながら、ここまで在り続けてきたのか。
「あなたは、どんな思いでいるの? どうしてそんなに、人を……他人を求めているの?」
わずかな沈黙。それから、ノイズとともにわたしに「声」が届けられる。
――私は……。
思いが伝わり始めた、そのとき。
「やっぱりリアだ。不自然なデータがあると思ったんだよね☆」
銀鈴のように綺麗な少女の声。空間が大きく揺らぎ、闇の中に結月のネット上の姿であるRuuの3Dアバターの姿が出現した。
「結月!」
「おっすー。どうせアルフも見てるんでしょう?」
周囲を見回しながら声をかける結月だが、アルフからの返答はない。
「まあいいや。もうすぐあたしたちの理想の世界ができるんだから、邪魔しないでよ」
「理想の世界……いったい何をしようとしているの?」
「教えてほしい? でも、アルフなら、もう察しがついてるんじゃないの」
アルフからの返事はない。今も全力でRed.garmへの攻撃方法を演算しているのだろう。
わたしにだけなら問題ないが、結月にアルフが声をかけると、ネットワークを介するためRed.garmにも傍受される可能性が高い。
その音声データひとつでも相手に情報を与えることになる。
思うようにアルフを釣れなかったからか、結月のアバターは肩をすくめるポーズをした。
「現実と非現実の反転……だよ。リア」
静寂と闇に、奇妙な音と原色の映像が流れた。
直後。
Ruuのアバターの姿が揺らぎ、現実の結月の姿に切り替わる。
そしてわたしも。
自分の体を見下ろすと、胸元も、手足も、3Dアバターから現実の紅霧リアの体へと変化した。




