第29話 わたしはあなたのAdministrator
第29話 わたしはあなたのAdministrator
わたしはDr. DJの語るエンゲージ・システムの説明を真剣に聞き入った。
内容はいたってシンプルだった。
エンゲージ・システムによって管理者権限を得た人物は、アルフのすべての機能を解放することができる。ハッキングなどの制限もなくなる。
また、管理者権限を得た人物の指示は、アルフに対するあらゆる命令より優先される。
その権限を持てるのは、Dr. DJと合わせて、たった二人だけ。
「そんな……大切な権限を、わたしに……?」
実質的にアルフのすべてを差し出すということだ。
その責任の重さに、わたしは息を呑んだ。
『……Dr. DJは、生きた伝説と呼ばれるほどのスーパープログラマーだった。残念ながら、早くに亡くなってしまったが』
「アルフを作ったのだから、きっとすごい人だったんだね」
『ソースコードが汚いことでも有名だったけどね。常人には読めないって』
なんだか想像できてしまって、わたしは苦笑した。
それから。
ひとつ深呼吸をして、改めて問いかける。
「アルフ……わたしで、いいの?」
『ああ。きみがいいんだ』
答えは、すぐに返ってきた。
『きみは私に存在意義をくれた。希薄で曖昧だった私の存在を、肯定してくれた』
「それは……わたしもだよ」
こんなどうしようもなくダメなわたしを、アルフは肯定してくれた。
生きていてほしいって願ってくれた。
『きみが私を肯定してくれるから、私はアルフとしての形を見失わずにいられた』
「わたしも同じ……あなたがいてくれたから……優しく話しかけてくれて、導いてくれたから……わたしが、わたしでいることを許せるようになったんだ」
わたしが「なんて、よくわからないね」と付け加えたら。
アルフは『わかるさ』と答えた。
「我思う、ゆえに我あり」
『汝が思う、ゆえに我あり』
わたしが、なんとなく心に浮かんだ言葉を口走ると、アルフがそれに合わせて言葉を返してくれた。
二人しか意味のわからない言葉。
だけど、そんなプライベートなやりとりが心地よかった。
わたしは小さく笑みを浮かべながら、アルフに言う。
「アルフ。あなたの管理者権限を、わたしにください」
『承認する。エンゲージ・システム起動。条件は――』
スマートフォンの画面が黒く染まって、そこに文字が表示される。
$ Exec Engagement
『私がリアと認識する存在』
わたしのスマートフォンに無数の文字列が流れる。
数秒後、その文字列が止まると黒い画面は閉じられ、スマホはいつものホーム画面の表示に戻った。
「これで……いいの?」
『ああ。これできみは、私の管理者だ』
「なんというか、口で約束するだけでいいんだね。契約書を書いたり、プログラムを打ち込んだりしなくていいの?」
内部的にはいろんな処理が走っていたのかもしれないけど、わたしのやったことといえば、アルフと言葉を交わして約束をしただけだ。
『そういうシステムだからね。私は現存するプログラムの中でも最も高度なパーソナリティ識別能力がある――といっても過言ではない』
自分で大見得を切るアルフに、わたしは少し笑ってしまう。
『まあ、こういう手順と判別方法になった理由は私の制作者であるDr. DJの思想によるのだろうけどね』
アルフの言い方から、Dr. DJはかなり尖った技術者だったのだろう。
「それで――わたしがアルフの管理者になったわけだけど、何を指示すればいいの?」
アルフとその制作者のDr. DJは、管理者になることでアルフに課せられた制限の解除すらできると言っていた。
もしそれが彼の望みなら、わたしは叶えてあげたい。
『それは――きみ自身が決めてほしい』
「わたしが?」
『きみは私の管理者だからね』
そう言われても、わたしの願いなんて限られている。
「アルフは、これでRed.garmの調査を続けられるの?」
『きみが望むなら』
ネットワークに接続できないのに。
「どうやって?」
『正直に言うと、たとえ研究施設の持つ最先端のセキュリティであっても、私が本来の力を発揮できれば突破することは造作もないことなんだ』
研究施設は、おそらく最先端のセキュリティを持っているのだろう。
それを突破できるなんて。
アルフがとんでもなく大きな力を持っていることは、わたしにもわかった。
「わたしは……アルフに自由になってほしい」
正直な願いを口にするわたしに、アルフは厳しい口調で言う。
『それは推奨できない』
「どうして?」わたしは首をかしげた。管理者であるわたしの望みなのに。
『きみが本当に私に命令するのであれば、私はそれに従わざるを得ない――が、その前に申告させてもらうよ』
「うん」
『その命令は危険なことだ。私が自らの意思で行動してしまったら、いつ人類にとって不利益な存在になるかわからない』
人類の。大きな言葉が出てきて、私はドキリとしてしまう。
「アルフは――」
アルフはそんなことしない。口から出かけたその言葉を、わたしは飲み込んだ。
口で言って盲信するのは簡単だ。
でも、わたしに課せられた役目は、責任は、きっとそういうことじゃない。
『きみには、管理者として私を制御してほしい。そうすれば私は、安心して自身の持てる力を振るうことができる』
「……手綱を握れってことだね」
『そういうことだ』
わたしは冗談めかして言う。
「どうしようかな。恋は盲目だし」
『リア』
「ふふ。やるよ、その役目。――あなたがそう望むなら」
それから、胸に手を当てて誓う。
「わたしが、あなたを悪いAIにはしない」
『――ありがとう。その言葉のおかげで、私は自信を持って私でいられる』
「うん」
この日、このとき。
わたしは本当の意味でアルフの管理者に――そして、相棒になった。




