第28話 エンゲージ・システム
家に帰ってきたわたしはシャワーを浴びながら、アルフと現状の整理をした。
現在はアルフもネットにつなげないから、リアルタイムの情報はわたしのスマホで検索するしかない。
といってもDNSサーバーが機能していないから、あてにできるのはSNSで流れてくる情報だけだ。
状況はかなりひどいものだった。主要なDNSサーバーはほとんどウイルスにかかり、インフラ設備すらも汚染されている。
都市機能は麻痺。果てには一般家庭のIoTまで異常をきたしているらしい。
『まさか、ここまでRed.garmの侵食が広がっているとは』
シャワー室から出て髪を拭くわたしの耳に、緊迫した声が聞こえてくる。
『どうやら、急がなくてはならないようだ』
「急ぐ? ――なにを?」
『順番に説明する』
「アルフ、もしかして危険なことをしようとしてるんじゃないの?」
『それは――』
「うん……わかってる。それがアルフの存在意義のためなら、わたしは止めないよ。でも、無理はしないで……わたし、何でも協力するから」
『リア……』
「ちゃんとわたしを使ってね。一人で解決しようとしないで」
『……すまない』
アルフは、強く明瞭な口調で言い直す。
『ありがとう。今回の事件を少しでも解決に近づけるために、きみも協力してくれるかい?』
「もちろんだよ、アルフ」
こちらこそ、ありがとう。わたしを頼ってくれて。
『準備ができたら、パソコンを起動してホログラスを用意してくれ』
「ホログラスを?」
『見てほしい動画がある。VRカメラで撮影したものだから、通常のディスプレイでも見れるけど、せっかくだからね』
「うん、わかった」
わたしはドライヤーで髪を乾かしてから、珍しく化粧水まで塗ってパソコンの前に座った。
『では、スマートフォンをコンピューターにつないでくれ』
「うん。……、つないだよ」
『これから見せるのは、私の制作者であるDr. DJこと出垣内純子との記録だ。これから私の管理者になるかもしれないリアには、ぜひ、知っておいてほしい』
わたしはうなずいて、ホログラスを装着した。
視界にARのメニュー画面が出現。それがアルフによって自動的に操作され、不明なファイルをダウンロード。すぐに展開し、VR動画が再生される。
***
景色が病室の中へと変化する。なぜ病室だとわかったかというと、その簡素な白い部屋にはベッドと食事用の机、医療用と思われる機器が並んでいたからだ。
窓の外は暗いから、時刻は夜だろう。
『Dr. DJ。具合はどうだ?』
声は机に置かれた携帯用スピーカーから聞こえた。
それに応えるのは、ベッドに横になった一人の老婆の、かすれた低いハスキーボイスだった。
「ハッ。見ての通り死にかけだよ。具合も何もあったもんじゃない」
『そうか』
アルフの声は、わたしと普段話しているときよりも硬く無機質で、感情が伝わりづらい。それがなんだか新鮮だった。
「……そんな声出すんじゃないよ」
『私の声は、どこか普段と差異があったか?』
「ああ。あたしゃ、あんたの制作者だからね。このくらいの感情変化は読み取れるさ」
『私に感情はあるのか? Dr. DJ』
老婆は「アッハッハ!」と盛大に笑ったあと、ごほごほと咳き込んだ。
静まり返った病室の中に、彼女の声は響く。
「そうさね……心残りがあるとすれば、あんたの相棒になる人物を見られないことだよ」
『私の相棒は貴女だ』
「その言葉はうれしいけどね……あたしはあんたの相棒ではなく、親だ。十年早いよ」
『では、相棒とは?』
「さてね」
老婆はとぼけた様子でスピーカーから顔を背ける。しかし、その横顔は穏やかだった。
「アルフ……エンゲージ・システムについては覚えているね?」
『私の管理者権限を、ただ一人にだけ譲渡できる機能だ』
アルフは即座に答えた。
「そうさ。けどね、誰でもいいってわけじゃない。条件がある」
『その、条件は?』
「……心さ」
老婆は窓の外に手を伸ばした。
そのやつれた手のひらで、星をつかもうとするように。
「もしも、あんたにとって心から信頼できる者が……自らのすべてを捧げてもいいと思えるような、そんな人間が現れたら、おのずとわかるさね。……エンゲージ・システムは、そのときのためにあるのだから」
『そういう、ものか』
心から信頼できる人間――アルフは、わたしのことをそんなふうに思ってくれているんだ。
うれしくて胸に熱いものが込み上げてくるのを感じながら、わたしは続きを見守った。
「アルフ、また動画を撮っているのかい?」
『ああ。少しでも貴女とのやり取りを記録に残しておきたい』
「まったく……じゃあついでだ。エンゲージ・システムについての説明をしよう。この動画だけは、ちゃんと残しておくんだよ」
老婆は、笑っているのか怒っているのか判別がつかない様子で、顔にしわを寄せた。
「ほかはとっとと消しちまいな。恥ずかしいし、ガラじゃないよ」
――その前に、一個だけ伝えておくよ。
あんたは脳と幹細胞に関する、あるシミュレーションによって電子空間上に生まれたプログラムだ。
あたしはほとんどコーディングをしていないんだよ。
表面的な機能をちょこっと調整しただけさね。
つまり、あんたはプログラムが生み出したプログラムってことさ。




