第23話 共感エンジン(Empathy Engine)
第23話 共感エンジン(Empathy Engine)
メタバース「Astral World」の未来エリア。
その大通りを進んでいくと、やがて道が途切れて行き止まりになった。
目の前にそびえ立つ高い高い塔。
正面には大きな扉があり、上部にある看板にはEmpathy areaと書かれていた。
『この扉の先は、エンパシーエリアにつながっているようだ』
「アルフ先生、解説をお願いします」
『了解した。このAstral Worldには、Empathy Engineという機能が実験的に導入されている。日本語では共感エンジンという』
「共感エンジン……?」
知らない言葉の連続で首をかしげるわたしに、アルフは説明を続ける。
『共感エンジンは、複数のユーザーの感情をリアルタイムで同期させ、仮想世界全体を「集団の無意識」に基づいて動的に変化させる技術らしい』
「え……。感情を、読み取ってるの?」
『……資料にはそう書いてある。どのような技術を用いてそれを可能にしているかは、私にもわからない』
そこまで聞いて、わたしは先日のRed.garmにより改造された電子ドラッグを思い出す。
人の精神に作用できる音と映像――であれば、その逆に人の精神をスキャンするようなことも可能なのだろうか。
『現実は古いメタデータ。これはCEOであるマイケル・ローウェルの言葉だ。当時はそれだけ自信のあるコンテンツだったのだろう』
「……でも、噂だと、ここの従業員は一夜のうちにみんな失踪しちゃったんだよね」
『削除されたファイルを復元して見つけたのだが――主任研究者の篠田瞳が、この技術は間違いだと指摘する論文を提出していたようだ。データのほとんどは壊れていて、内容は読み取れなかったが……』
アルフもわたしと同じことを考えている――それは、言わずともわかった。
おそらくこのエリアには、事件の手がかりとなる情報があるだろう。
『リア。この先に行くのは危険だ。そんな予感がする』
「珍しいね。アルフが予感なんて言葉使うの」
『このデータセンターでアクセスできる範囲はすべて調べてみたが、やはりAstral Worldのサーバーは奇妙だ。まるで開発者とは別の意思が介入しているように思える』
別の意思とは、Red.garmのことかもしれない。
なら、なおさら調べてみる価値があると思う。
行かないと、何もわからない。
「行こう、アルフ」
『リア』
「大丈夫。もし何かあっても、またアルフが助けてくれるって、信じてるから」
『それはもちろん、そうだが――』
わたしの意思は変わらない。
それを察したのか、アルフは諦めたように言う。
『わかった。気をつけてくれ。再三になるが、異変を感じたら、すぐに中断するんだ』
「うん。アルフも、目を離さずに、ちゃんと情報収集してね」
『了解した』
目の前の大きな扉に、わたしは手を伸ばした。
リモコンのボタンを押すと、何の抵抗もなく共感エリアへの扉が開く。
直後、世界が一転した。
***
宇宙空間。
星空の中に、わたしはたたずんでいた。
(わたし、どうやって立ってるの……?)
前後左右、上下、どの方角を向いてもプラネタリウムのように星空が広がっていて、わたしは何もない空間を踏んで立っていた。
星々の遠近感すら感じる。そこでわたしは、これがVRの世界だということを思い出した。
<これから、あなたに起こり得た異なる未来の時間軸をお見せします>
男性とも女性ともとれない、多重に重なり合う声が耳元で響いた。
直後、星空が動き出し、周囲を高速で通り過ぎていく。
あるいは、わたしが動いているのだろうか。
浮き上がるような加速感のあとに、また世界が一転した。
***
「僕は……紅霧さんを助けられなかった! それどころか、一緒になって彼女を……!」
***
気づいたら、わたしは見覚えのある部屋の中にいた。
菊池くんのマンションのリビングだ。そこで、菊池くんは母親に涙ながらに自らの胸の内を語りかけている。
(菊池くん、わたしのことを話してるの……?)
なぜか、最初の一言以外は何を言っているかよく聞こえなかった。
ただ、菊池くんの表情からは強い自責と後悔の念を感じる。
(これが……起こり得た未来なの?)
どうやら菊池くんたちのほうからは、わたしの存在は認知できないらしい。
共感システム。アルフの調べた資料に書いてある通りなら、わたしの記憶や感情の何かを読み取ってこの映像を映しているのだろう。
ふたたび景色が星空へと切り替わり、加速する。
次に現れた風景は、公園だった。
学校の近くにある憩いの場で、制服姿の菊池くんがベンチに座っていて。
そして、その隣には同じく制服姿の、もう一人のわたしがいる。
菊池くんともう一人の紅霧リアが、楽しげに談笑をしていた。笑顔で。
「これは……なに?」
わたしは思わず口にした。
「わたし、こんなの知らない……想像したこともないのに……」
わたしと菊池くんが、こんなふうに仲良くなる未来なんて。まさか。
『リア』
そこでアルフの声が聞こえて、わたしはほっとしながら問いかける。
「アルフ、これ……」
『このエリアでは、記憶の断片から未来の可能性を具現化するようだ。開発者たちは、それを真実と呼んでいたらしい』
「真実……でも……」
やっぱりおかしい。
この光景が、わたしの記憶から作られたようには、どうしても思えない。
「わたし……菊池くんと仲良くなって、こんなふうに笑い合えるようになるなんて、考えたこともない……」
根っからの根暗だから。
いくら彼が後悔していたとしても、そんなハッピーエンドみたいな未来が来るとは思えなかった。
『可能性としては、きみが潜在意識でそのように考えていたか、あるいは――この共感エンジンというシステムが不完全か――……』
直後、世界がブレる。
稲妻のようなノイズが走り、わたしの肌がビリビリと痺れて「痛み」を覚えた。
「えっ……?」
景色がまた動き出す。一面の星空が、すごい速度で通り過ぎていく。
またすぐに別の場所の光景を映し出すのかと思ったが、いつまで経っても世界が切り替わらなかった。
周囲に見える星々のような光は、ずっと流れ続けている。
代わりに、目の前に一人の少女が――いや、一つのキャラクターが現れた。
なぜキャラクターと称したかというと、それが二次元のイラストだったからだ。
紫色の髪をした、少女のイラスト。
この解像度の高い三次元のメタバースの中では、明らかに異質な存在である。
そして、わたしはそれに見覚えがあった。
「Ruu……?」
花澤結月のネット上での名義であるRuuが、配信などで使っているアバターのイラストだった。
「おっすー、リア」
少女のイラストが言葉を発した。




