第21話 Welcome back(おかえりなさい)
わたしは床に伸びた配線を踏まないようにしながら進んでいった。
ごうごうという風の音と、断続的に聞こえてくるノイズが、まるで眠った生き物のいびきのよう。
なんだか、この廃墟そのものがひとつの生物みたいで、わたしはそれに飲み込まれてしまったような気分になる。
散らばった配線は、血管や神経だ。
ふと、気配を感じて、わたしは背後を振り返った。
「……え」
まるで電源がひとりでに稼働したかのように、サーバーの一部が光を放っていた。
わたしの通ってきた道筋をなぞるように、順番に。
同時に「ぶぅぅん……」というハム音が聞こえてくる。
『どうした、リア?』
「いま……サーバーが動いたような」
スマホのカメラを背後に向けるが、すでにサーバーに点灯したライトは消えていた。
「見間違い……だと思う?」
『そう考えるのが自然だが。この音はなんだ?』
ハム音は消えることなくなり続け、水音のようなノイズと合わさって、どこか不気味な旋律を奏で出しているようだった。
前方には、閉ざされた金属の扉がある。
「閉まってる……行き止まりかな?」
『この先に監視室がありそうだけど、鍵がないと開けられないかもしれないね』
無駄足だろうか。そう思いながらもわたしが扉に近づくと。
かちっ、という音とともに扉の隙間から光が漏れてきて、薄暗いサーバー室を照らした。
「……っ」
明かりはすぐに消えてしまうが、同時に扉の向こうからザザ……というノイズがはっきりと聞こえてくる。
『今のは――』
同じ光景を目撃したアルフも、混乱している様子だった。
まるで扉の向こうの何かに誘われているみたいだ。
わたしはゆっくりとドアノブに手を伸ばす。
「……開いてる」
冷たい金属の感触に怯みながらも、ドアノブを回して扉を開けた。
やはり乱雑に床を這う配線。壁一面に配置された無数のモニター。
『監視室だ』
何も表示しない黒いモニターを覗き込むと、まるで合わせ鏡のようにわたしの姿を映し出す。
壁沿いに並べられたデスクのひとつに、わたしは近づいた。
埃をかぶったキーボードが配置されている。その脇の棚には、本や書類がそのまま放置されていた。
『片付けられていないね。計画的ではなく急遽、放棄されたような様相だ』
「そうだね……。これからどうすればいい?」
『まずは電力の確認だ。発電機も動かせるか試してみたい。どこかに制御用コンピューターの電源スイッチがあるはず』
「探してみる」
『私も、それらしいものを見つけたら指示をするよ』
「うん。……ちょっと待って」
わたしはしゃがみ込んで、デスクの下にある機器へと目を向ける。電源ランプのようなものが点灯し、ゆっくりと明滅を繰り返していた。
「見て。電源……ついてる」
『これは、スリープモードになっているのか?』
電源スイッチらしきものに、わたしがおもむろに手を伸ばした、そのとき。
ザザ……と大きなノイズが背後から聞こえた。
振り返ると、一面にあるモニターの一つが奇妙なチラつきを見せながら、何かを映し出していた。
画像が揺れてよく見えない。――少女の顔?
「…………リ……ア……」
ノイズに混ざって、かすかに声が聞こえる。表示されている少女の唇が笑みを浮かべるように弧を描き、そして次の瞬間には、ぶつん、とモニターの画面の表示が消えた。
「アルフ、いまの……?」
『――何か不測の事態が起きているようだ。リア、気をつけて』
「うん」
今度は部屋の一番奥から電子音が聞こえてきて、そちらに目を向ける。
その棚には、一つの周辺機器が置いてあった。
まるで存在を主張するかのように、電源ランプがはっきりと点灯している。
「アルフ、これ……」
わたしはその柔らかな曲線を描いた機器を手に取った。
中央にはゴーグル状のディスプレイがあり、側面には小さなスピーカー。クッション材を使用されていて、頭からかぶることができる形状になっている。
『ヘッドマウントディスプレイ――古いタイプのVR機器だね』
ホログラスよりだいぶゴツい見た目のそのガジェットの埃を払う。
古いけど、まだ使うことはできそうだ。
棚には同じ形状の器具がいくつか収納されているけど、電源がついているのはこれだけだった。
「なにか、表示されてるみたい」
ゴーグル状のディスプレイ部分は光っていた。
何が表示されているのか覗いてみようとした途端、壁にある大型モニターがひとりでに起動し、カタカタというタイピングの音とともに文字列を表示しだす。
Welcome back traveler.
『……妙だ。リア、まずはスマホをコンピューターに接続できる場所を探してくれ。シリアルでも、USBでもいい。内部で何が起きているか、可能な限り調べてみる』
「う、うん」
わたしは部屋の中から、コードを接続できそうな場所を探す。
かがみ込んでデスクの下を見ると、先ほど点滅していた機械の正面に差し込めそうな場所を見つけた。
『きっとそれが、制御用のコンピューターだ』
「わかった。繋ぐね」
USBもシリアルケーブルも両方とも挿し込めそうな箇所があったので、迷った末にわたしはシリアルケーブルのほうを端末に繋ぐ。
先ほどまでゆっくりと明滅していた電源ランプは、完全に点灯していた。
『これは――』
「何かわかったの?」
『ああ。だが、今の私ではアクセスできないデータが多い。もし私の機能が制限されていなければ、もっと深くまでハッキングすることができるのだけど』
アルフがそう言うということは、Red.garmに関わる情報は得られなかったのだろう。
わたしはもう一度、手元にあるヘッドマウントディスプレイを見る。
誘うように、モニター部分が光を放っている。
さらにそのスピーカーから、かすかに音楽のようなものが聞こえた。
この曲は――。
「……Ruu?」
『どうしたんだい、リア』
どうやらアルフには、というよりスマホのマイクは音を拾いきれていないらしい。
ノイズキャンセラーはオフになっていると思うのだが、音量そのものが低すぎるのだろう。
「アルフ。わたし、これつけてみる」
『――危険だ。Red.garmが関わっている可能性があるし、そうでなくても未知の現象が起こるかもしれない』
あのコンピューターウイルスは電子ドラッグのような音と映像で人に幻覚を見せることができる。
それとVR空間で接触するのはたしかに危険かもしれない。
でも、
「なんだか、呼ばれてる……気がするから」
この事件の謎。そこに少しでも踏み込めるなら。それがアルフの助けになるかもしれないなら、やってみようと思う。
「大丈夫。わたしにもあなたのこと、手伝わせて」
『――無理しないでくれ。異変が起きたら、すぐにVRを中断するんだ』
「うん。……危なくなったら助けてね、アルフ」
『心配になるようなことを言わないでくれ』
アルフとのやりとりに少しだけ勇気をもらったわたしは、ヘッドマウントディスプレイをかぶり、VRの世界へと飛び込んだ。
――――。




