第20話 廃データセンター探索
古いニュースサイトの記事と、マップアプリのGPS機能をフルに活用して、アルフは廃データセンターの場所を正確に割り出した。
それは都市圏から離れた地方にある施設だったため、わたしは特急列車に乗って現地を目指した。
乗り継ぎを含めておおよそ二時間。やはりちょっとした旅行になった。
珍しく午前中に起きて活動を開始したわたしは、昼頃に現地で天ざる蕎麦を食べてから、歩いて目的の場所へと向かう。
「ほんとに何もない場所だね」
かろうじて道路はあるが、道の脇には地平線が見えそうなほど何もない。
都会では感じられない土と草のにおい。
曇っているのに、空がすごく広く感じる。
『ほどよく交通の便があり、気候は涼しく、土砂崩れなどの心配もない。コストカットの観点からも悪くない立地だね』
たしかに寒い。
凍るような冷たい風が肌を刺してきて、わたしは首に巻いたマフラーで頬を隠した。
そうやって歩いていくと、前方に大きな建物が見えてくる。
『本当はタクシーに乗っていく方法もあったのだけど』
「……お金かかるから」
一時間以上歩いて、もうすでに足が棒になっていた。
これが自分のためだけだったら、たぶんとっくに音を上げている。アルフのためだから、がんばれた。
『そろそろ見えてくる頃じゃないかな』
「うん。少し前から、大きな建物が見えてる。あれのこと?」
『そこが目的地だ。あと少し。がんばれ、リア』
アルフの激励に奮い立ちながら、わたしはなんとか残り百メートルほどを歩いた。
錆びついた外壁に、ひび割れたコンクリート。広大な面積を持つ敷地の上に、二階建てにした大きな建物。
噂の廃データセンターが目の前にそびえ立つ。
「いまさらだけど、これ、中に入れるのかな……?」
もし入り口に鍵がかかっていたら――窓を割ったりして入らないとダメだろうか。
『入り口が開いていて中に入れることはGPSで確認してあるよ』
「開いているんだ。よかった」
『ただ……』
「ただ?」
『その先に関しては、実はノープランなんだ』
「ノープラン……」
アルフの懸念しているのは、建物内部から各部屋に入るための方法のことだろう。
入り口まではGPSで確認できるけど、内部までは見ることができない。
「もしかして、そのためにレンチとか用意させたの?」
アルフに言われてホームセンターや電気屋で揃えてきた中には、シリアルケーブルなどの各種ケーブルやコネクタの他に、レンチなどの工具類がある。
いざとなれば、力でこじ開けろというのだろうか。
仮に電源の切れた電子ロック式の扉だとしても、こじ開けられる腕力がわたしにあるとは思えない。
『おそらく――大丈夫。中は通れるようになっていると思うよ』
「どうして?」
『比較的新しい記事に、データ室まで侵入して探索したというものがあったからね。どうやって中に入ったかはわからないが、そこからわざわざ鍵を掛け直したりされていない限りは、何かしら方法があるはず』
「なるほど……」
先人がいるというわけか。でも、その人は本当にどうやって中に入ったのだろう。それが事実であるなら、いっそう謎が深まる。
ともかく、まずは確かめないと何もわからない。
もともと無駄足でも構わないと思って来ているのだから、心配することはないのだ。
わたしは建物の正面に回り込む。たしかに、アルフの言う通り。入り口には壊れた自動ドアが、口を開けたまま放置されていた。
「本当に開いてる……」
比較的綺麗な外観に比べて中は思ったよりも荒れていて、寂れた雰囲気だった。
心なしか、空も暗くなってきた気がする。まだ三時頃なのに。
なんだか、雨が降りそうだった。折りたたみ傘を持ってきておいてよかった。
わたしは壊れた自動ドアをくぐり、建物の中へと入った。
不思議と、生き物の体内に入っていくような気持ちになる。
薄暗いホールだ。
天井は高く、かつては近未来的だったのだろうデザインがかすかに残っている。
ごうごうと風の音が鳴った。割れた窓ガラスや開いた扉から冷たい空気が入って来ているのだろう。
そうでなくてもサーバーの冷却のために通気性をよくした構造らしく、屋内でも寒い。
「……ここが廃データセンター……たしかに、何か出そうな雰囲気」
『非科学的なことは起こらないと思うけど、足元や周囲には気をつけて』
「足元と周囲の両方に気を張るのは、人間には難しいよ」
わたしは伸縮式の自撮り棒を取り出して、スマホにつけた。
「アルフ、周りに何かあったら言ってね」
『了解』
わたしは自撮り棒を手に持って歩き始めた。
『あそこは……休憩スペースのようだ。もとは喫茶店でもあったのかな』
「休むのにちょうどよさそうだね」
『少し休むかい? だいぶ埃をかぶっているから、服が汚れてしまいそうだけど』
「いいよ。大丈夫」
正直言うとかなり疲れているけど、なんとなくここで立ち止まりたくなかった。
雨も降りそうだし、これ以上暗くなる前に調査を進めたい。
わたしは電車の改札機のような機器が並んだ場所を通って、奥へと進んだ。
本来であれば進むためにIDカードのようなものが必要だったのだろうけど、電源が入っていないから問題なく素通りできた。
『おそらく一階は、休憩室のほかに電気室などの設備が備えられているのだろう。肝心のサーバー本体やその監視室は二階にある可能性が高い』
「わかった。二階だね」
電力を回復させるにしても、サーバーにアクセスするにしても、まずは監視室を目指す必要がある。
わたしは慎重に階段を上った。
砂っぽい埃で足元がざらざらとする。
その割に、足音はやけに空間に響いた。
二階の廊下は、広い外観の割には狭い通路だった。息苦しさすら感じるそこをわたしは進んでいく。
「暗いね」
『電灯がなく、窓も少ないからだろう』
「それに、なんだか……霧がかかってない?」
視界が悪い。
なんだかさっきから甘いにおいもかすかにする。
それに、
「何か聞こえる……」
ザ……ザザ……という、水の流れるような音。
「雨かな?」
『いや、外はまだ小雨程度しか降っていない。これは……』
アルフはそこで言葉を区切ったため、わたしは少し不安を覚えながらも、慎重に足を進めた。
前方に開きっぱなしのドアが見えてくる。音はそこから漏れてきているようだ。
わたしが部屋の中を覗き込むと、そこには。
『――サーバー室だ』
だだ広い空間。金属でできた大きな直方体の機器が、びっしりと並べられていた。
コンピューターの群れだ。並び方は整然と規則的だったが、機器の一部はケースが壊れていて、床にはくすんだ色の配線が伸び放題になっている。
「なんか……想像してたより、荒れてるね」
『配線が剥き出しになっている。非効率的――とまでは言わないが、データセンターとしてはあまり好ましい状態ではないね』
部屋の中へと入っていくと、ノイズは断続的になっていて、なおかつ周囲さまざまな方向から聞こえてきているようだ。
スマホのマイクが拾った音だけでは方向まではわからないだろうから、わたしはアルフにそれを伝えた。
『周囲からということは、停止しているはずのサーバーが音を立てているのだろうか』
「わからない……あと、ここ寒いね」
冷却用の空調こそ稼働はしていないが、隙間風があるのか、どこからか風が吹いている気配がする。
『進んでみよう。まずは監視室を見つけ出さなくては』
「うん」
アルフの言葉に従い、わたしはサーバー室の中へと足を踏み入れた。




