第19話 考察と作戦会議?
CobalTのボイスチャットに控えめなコールが入る。
アルフからだ。
もう夜も遅い時間だけど、メンテナンスが終わったら通話の呼び出しをしてほしいとわたしから言ってあるから、問題はない。それに、アルフはわたしの生活サイクルを知っているわけだし。
わたしはホログラスを外して代わりにヘッドセットを装着し、通話をオンにした。
「アルフ……」
自分の声は、思ったよりも細かった。
『リア、どうかしたのかい?』
やはりわたしの声の微妙な変化に気づいたアルフが、心配してくれる。
その気遣いをうれしく思いながらも、先ほどの謎の現象をどう説明したらいいかわからず「なんでもないよ」とごまかした。
「それより、どう? Red.garmのこと……何かわかりそう?」
わたしの思いつきが、アルフの捜査の助けになっていればいいのだけど。
『前進はしたが、同時に行き詰まってもいる』
「そう……」
アルフはAI。
たぶん解決方法さえ明確であれば人間よりはるかに速く情報を集めて捜査を進めることができるが、一度行き詰まって袋小路に入ってしまえば、人間よりもそこから抜け出すのは難しいのだと思う。
もし八方塞がりの状態でアルフが苦しんでいるのであれば、どうにかして手助けをしたい。
『まず、きみの言う通りRed.garmは自律したコンピューターウイルスである可能性は高い。いくつかの類似した事件の情報を集めた結果、私はそう推察した』
「……なんか怖いね」
人の手を介さない自律したコンピューターウイルス。
それがコンピューターのデータを書き換えて、ときには映像や音楽を使って人を操ろうとする。
『いったい誰が、なんのためにそんなプログラムを作ったのかも調べなくてはならないが、まずはその感染源だ』
「ウイルスを作った人……か」
あの赤い狼にも、親と呼べる人がいるのだろう。
なら、なぜあんなにも孤独を訴えていたのだろう。
作った親にすら愛されずに見捨てられたのだろうか。
だとしたら、わたしにちょっと似ているけど。
でも、Red.garmの孤独はそんな浅いものではないような気がした。
まるで、ずっと長い間一人きりだったような。
もちろん、これらすべてはわたしの妄想に過ぎないかもしれないけど。
『おそらくだが、Red.garmのプログラムとしてのサイズは小さいものではない。AIを利用しているのなら、相応の大きさのデータベースも必要だ。だとすれば、どこかに根城とするサーバーがあるはずなんだ』
「Red.garmがどこから来ているのかわからないってこと?」
『発信源というべきかな。菊池隼人の端末は、どこかべつの場所からネットワーク越しにハッキングされていたようなんだ。発信源がクラウドや大手のサーバーだったら足がつくはずなんだけど、どうやらそういうわけではないらしい』
アルフは条件を並べていく。
『高性能なAIが動くくらいのスペックとデータ容量を持ち、なおかつ一般的に知られていないサーバー』
「あるいは、スーパーコンピューターみたいなやつ?」
『その可能性もあるね』
「逆探知みたいなことは、できなかったんだよね?」
『ああ。痕跡は見つかるのだけど、そこから追跡をしても実在するサーバーにはたどり着けなかった。おそらくはダミーなのだろう』
たしかにアルフの話を聞いていると、どうにもならないように思える。
けど、前みたいに考え方を変えることで、筋道が見えることはないだろうか。
たとえば、
「……そのサーバーが落ちているとか?」
『落ちている?』
「うん。負荷がかかりすぎて停止していたり、……単に電源が切られてるとか」
『――その線は思いつかなかった』
物理的に起動していないサーバーからの攻撃であったら、たとえスーパーハッカー(?)のアルフであっても追跡しようがない。
『普段は起動していないか、あるいはネットから切断されているサーバー……ウイルスが自らの判断で攻撃をしているのだとしたら、ネット回線のオン/オフの切り替えも人の手を介していないのだろうか』
人の手を介さずに起動するサーバー。しかも大型のもの。
それが勝手に起動したり停止したりを繰り返しているとしたら。
わたしは深夜にひとりでに明かりがついて起動を始めるコンピューターの群れを想像して、身ぶるいする。
「それはけっこうホラーかも」
『何がだい?』
サーバーでホラーといえば、昔、そんな噂をどこかで見た気がする。
というか、見た。
オカルト的な情報を発信するニュースサイトに、似た話があった。
「いわくつきの廃データセンター……」
『廃……データセンター?』
「うん。昔、ネットニュースになってた。小さな記事だったけど、やけに印象に残ってるんだ」
いわく――従業員のエンジニアが一夜のうちに皆失踪してしまった――施設内の記録を見た者もまた、数日後に失踪する――廃棄されたプログラムが人の意識を取り込んでいる――みたいな内容だ。
『それは奇妙な話だね』
「記事には……深夜になると怪しい光を放ち出す部屋がある、とか……建物の中に入るとうめき声のようなものが聞こえる、とか……。あくまで噂なのだけど」
『ふむ――』
この情報から、アルフは察してくれたらしい。
『たしかに、本来であればただの創作ゴシップのようだけど……それがRed.garmというウイルスにサーバー全体が乗っ取られた影響なのだとすれば――。闇雲に捜査するよりはいいかもしれない』
「まあ、可能性は低いとは思うけど……」
『そんなことはないよ。リア。こういう小さな思いつきから捜査は進展するものだからね。それにしても、どうしてその情報に思い当たったんだい?』
「うーん……勝手に動くサーバーって不気味だなって思って、そこから……かな」
『なるほど、想像力――か。私に足りない部分だ』
アルフはしみじみとした口調で言う。
『あらゆる情報を検索できる私より、リアのほうが素早く目星をつけるとは。――人の頭脳というのは、やはり神秘的だね』
「情報が多すぎるから、逆に絞り込めなかったんじゃない?」
『まさに、その通りだ。それが私の短所でもある』
選択肢が多いことは、ときに弊害になる。と、アルフはまとめた。
『検索するから、少し待ってくれ。…………。見つけた。たしかにリアの言う記事があったよ。廃棄されたデータセンター。場所までしっかりと記載されていた』
「さすがアルフ、仕事が早いね」
『――だが、残念ながらどこの企業が所有しているのかまでは情報を追えなかった』
「そうなんだ。……なんだか」
それはそれで、怪しい。
『まるで、その痕跡が隠蔽されているかのようだ』
ともかく、サーバーの情報がわからなかったとなると、AIであるアルフだけではもう調べようがないだろう。アルフがアクセスできるのはあくまでインターネットという空間だけだから。
『どうやら、この方向性で私に調査できるのはここまでのようだ。せっかくリアが突破口を見つけてくれたのに、残念だ』
アルフはいつも通りの冷静な口調だけど、なんとなく悲しそうに聞こえた。
その感情の変化の機微が愛おしくて、私は口元を綻ばせた。
「すぐ諦めちゃダメだよ、アルフ」
『しかし――』
アルフは簡単に諦めてしまっているのではなく、人間より遥かに速い速度で情報収集・演算をして答えを出しているのはわかっているから、いじわるな言い方なのは自覚している。
でも、ちょっとだけマウントを取ってみたかった。
「ねぇ……ネット上からが無理なら、直接調べればいいんじゃない?」
『直接、というと?』
「わたしが行って、じかに接続してみればいいよ。菊池くんのパソコンにしたみたいに、どうにかして有線接続をするの。……そうすれば、調査を進められるでしょう」
正直言うと、そこにRed.garmがいる可能性は低いとは思う。
手がかりすら見つからないかもしれない。
でも、いい。「そこに手がかりがない」ってわかればそれで。アルフの調査はそれだけ進んだことになる。
「アルフ、その廃データセンターに行ってみようよ」
『しかし、それはきみの負担が大きいのではないか?』
「いいよ。アルフ、わたしのことは好きに使って」
『私がきみを使うのでは、AIと人間の立場が逆になってしまうよ』
その言葉に、わたしは小さく笑った。
「でも、わたし、遠出するのはあまり慣れてないから……いろいろサポートしてね」
『――了解した。ありがとう、リア』
方針は決まった。わたしとアルフの共同調査。
そう考えると、ちょっとだけ楽しみだ。




