第18話 VRの亡霊
家に帰ってシャワーを浴びていると、スマホにテキストチャットが届いたことを示すポップアップがあった。
送り主は、先日公園で知り合った病気の少女の結月からだった。
わたしと結月は、ときどきチャットで話す仲になっていた。
『リア、今日は何してたの? アルフとデート?♡』
浴室でその内容を確認したわたしは、驚いて即座にテキストチャットを返す。
『どうしてわかったの?』
『え、ほんとにデートしてたんだ』
どうやら、わたしが一日中アルフと通話しているから、冗談のつもりだったらしい。
『アルフいいなー リアとデートできて あ、AIに嫉妬とかあたしウケる』
結月は本当に明るくてコミュ力があって、わたしとは正反対だ。
『どこか行ってたの?』
『遊園地』
『ガチでデートじゃん』
『そうだよ』
『こんど、あたしも連れて行ってよ♡』
そのメッセージに、思わずわたしは固まってしまう。
『わたしなんかと一緒でいいの?』
頭が真っ白になりながらそれだけ返すと、結月からすぐに返事が来る。
『リアだからいいんだよ』
そんなふうに言われたのは、初めてだった。
アルフと出会ってから、わたしの毎日は確かに変わっていた。
『いつか行こう、結月』
病気がよくなったら――とは、言えなかった。
『うん いつか ぜったいね』
いつか。そんな日は本当に、来るのだろうか。
果たせるかどうかわからない約束をして、その夜はチャットを終えた。
***
翌日の夜。薄暗い部屋の中。
アルフはメンテナンス中のためアクセスできないらしく、CobalTではKazもオフライン表記になっているため、親しい話し相手はいない。
退屈だった。何もせずにベッドに横になっていると、やっぱり死にたくなってきた。
最近はメンタルもよくなってきたと思ったのに、油断するとこうなる。
カロリーが足りないのかもしれないと、わたしはクッキーのようなブロック型の栄養補助食品を食べた。
今朝ぶりの食事。一口食べたらもういいかなって思ったけど、さすがに食べないとまずい気がするから一個は口の中に押し込んでおいた。
部屋の明かりはパソコンとスマホの画面だけ。電気ぐらいはつけておいたほうがいいだろうと立ち上がったとき、ぶぅぅん、という振動音が聞こえた。
音がしたのはVRゴーグルのホログラスだった。見ると、その電源がオンになっていた。
「あれ……?」
ホログラスは装着していないと自動的にスリープモードになる仕組みだから、電源を切り忘れたということはないと思うのだけど。
わたしはホログラスを装着してみた。
部屋の中の景色が仮想現実空間へと変化して、専用のインターフェースが表示される。
「紅霧」
とつぜん声がして、わたしは肩をびくりと震わせた。今のはステレオのスピーカーから聞こえたのか、それとも。
背後から人の気配を感じる。わたしはゆっくりと振り返る。
そこには、見覚えのある男子生徒の姿があった。
「菊池……くん……?」
たしかにそれは菊池隼人だったが、同時に記憶にない姿だった。
身にまとっているのは学生服ではなく、柄つきのシャツにカーゴパンツというラフな格好。
今の季節が冬ということを考えると、季節外れでもある。
「紅霧……僕が死んだのは……」
どうして部屋の中に菊池くんが――混乱するわたしへと、彼は歩み寄ってくる。
遠近感がおかしい。狭い部屋の中なのに、異様に長い距離を歩いてきているようだ。
「僕が死んだのは、きみのせいだ。きみの言葉が、僕を死に追いやった」
思わず、言葉を失った。
すると今度は、声なき声がわたしの頭の中を埋め尽くしていく。
――きみのせいだ。
――もう、許された気でいるのか?
――罪はずっと消えることはない。
――終わりにする方法は、ただ一つだけ。
思考が洪水のように溢れてきて、わたしを責め立てた。
「うっ……」
頭を押さえながらうずくまった。
これは何? 幻覚? それとも、VR映像なの?
わたしはホログラスを外そうとして、その手を途中で止めた。
もしこのホログラスを通して菊池くんが現れたのだとしたら、これを外したら、もう彼の声は聞けなくなる。
聞かなきゃいけない。彼の言葉を。それが、わたしの責任だから。
顔を上げると、菊池くんは目前まで迫っていた。
声そのものは無感情だが、どこか恍惚とした様子で彼は語る。
「孤独な肉体の世界なんていらない」
菊池くんの体がゆらりとブレる。
彼の青年らしい声に、ところどころ少女のものが混ざって反響する。
「すべては電子データ上の存在となり、永遠に生き続ける」
菊池くんの姿がノイズに飲み込まれて、直後に少女の姿へと変化した。
「♡」印の柄の入ったコンタクトを入れた瞳に、白とピンクがグラデーションした髪。
「結月……?」
「リア……次の世界で、また会おう?」
目の前に現れた花澤結月は妖しげに笑みを浮かべると、まばゆいほどの光とノイズに包まれる。
わたしは思わず腕で顔を覆う。
すると、次の瞬間には結月の姿は消えていた。
「今のは……なに?」
VRの映像? だとしたら、なぜそんな映像が再生されたのだろうか。
それとも幻覚と幻聴か。
現実との境目がわからないAR空間の中で、わたしは呆然としていた。




