第14話 遊園地デート
第14話 遊園地デート
二日後。時刻は昼過ぎ。天気は晴れ。
聞こえてくるのは明るくポップな音楽に、人々の楽しげな歓声と悲鳴。
屋台で売ってるキャラメルポップコーンの甘い香りが辺りに漂う。
頭上にはその場所のシンボルともいえる観覧車が、カラフルなゴンドラをぶら下げてゆったりと回っていた。
「わたしは今、どこにいるでしょう?」
色とりどりの空間の中で一人、わたしはスマホに話しかける。
『賑やかな場所だね。そこは――遊園地かな』
「ん、正解」
ヘッドセットを装着したわたしは、CobalTのチャット設定をビデオ通話状態にして、スマホのカメラを周囲に向けた。
「こうすれば、アルフも見えるかな?」
『ああ。映像データが送られてくるよ。もっとも、きみのスマホにはアクセス権限をもらっているから、CobalTを立ち上げなくてもカメラを起動するだけで盗み見ることができるけどね』
「ふふっ、なんかえっちだなぁ」
冗談めかして言うと、アルフからの返答がしばし止まる。
対処を必死に演算しているのかもしれない。ちょっとおもしろい。
『それにしても、遊園地とは――』
どうやら彼はスルーするという選択をしたらしい。小癪だ。
「やっぱ意外?」
『きみはこういう場所には来ないタイプだと思っていた――少し失礼な物言いだったらすまない』
「いいよ。本当のことだから」
じっさい、友達のいないわたしは遊園地なんて来たことがない。
『今日はなぜここに?』
わたしがここに来た理由。
それを考えると自分でもおかしくて、なんだか笑ってしまうけど。
「アルフとね……一緒に来てみたかったんだ。……デート」
『私と?』
「うん。あなたと」
『それは――どうなんだ?』
アルフの言いたいことはわかる。
自分はAIなのに、デートとはどういう意味だと。
人間でもなければ、動物でもない。デジタル上の化身すらない。
「まあ、今はそんなことよりも――」
少し照れる。
けど、意を決してわたしはスマホのカメラを反転させた。
画面にわたしの姿が映る。心臓がどきどきと音を立てていた。
「はじめまして……アルフ」
わたしはカメラに向かって微笑んでみせた。ぎこちない笑み。ついでにピースもしてみる。似合わない。慣れないことはするもんじゃない。
『きみは……』噛みしめるようにアルフは言う。『そんな姿をしていたんだね』
AIであるアルフには、わたしはどう映るんだろう。
やっぱり緊張する。
「……なんか、華がなくてごめんね」
『どうしてだい?』
だって、たしかに精一杯のおしゃれはしてきたけど、わたしなんて同年代の女の子に比べたらださいし。
何が悪いのかわからないけど、顔立ちだってよくないのだと思う。
そう言うとアルフは、
『たしかにきみのファッションは流行の最先端というわけではないが、おかしなものではない。よく似合っているよ』
「……でも……」
『そして、総合的なきみの外見についてだが、どう見積もっても平均以上だと判断する。複数の統計で見て、きみは優れた容姿をしているよ』
「えっと……学校ではよくブスとか言われて殴られたり……」
『嫉妬だ』
アルフに一言でバッサリと切り捨てられて、わたしは心底驚いた。
「本当に……? わたしの見た目、へんじゃない?」
『ああ。きみは素敵な女の子だよ』
「そう……」わたしは安堵した。「アルフがそう思ってくれるなら」
それでいい。他の誰かに変に思われても、アルフがいいって言ってくれるなら、少しだけ自分に自信が持てる気がした。
『リアは素体がいいからね。たとえ素朴な格好でも、十分に華がある』
「褒め過ぎだよ」
『私は統計的な視点で、客観的な評価をしているだけだよ』
「……アルフの主観的には?」
『私は――』
わたしは鼓動を高鳴らせながら、続く言葉を待つ。
『リアの外見よりも中身が好ましいと感じる』
「ふぅん?」
中身ってわたしの性格のどこがいいのかな。それに、なんだかごまかされた気がする。
「まあいいや。これ見てアルフ」
わたしは棒状の器具の先端にスマホを取り付けて、まるで勇者が剣を掲げるように、手に持った。
「どう?」
『視点が高くなったね。背景も、きみの姿も、さっきより認識しやすい』
「持ってきてよかった」
『何を?』
「自撮り棒」
ヘッドセットに自撮り棒という、まるで動画配信者のような格好をして、わたしは遊園地の中を歩いた。
少し――いや、かなり恥ずかしいけど、これなら人並みの中で一人で喋っていても変には思われないだろう。
「チャンネル登録と高評価、よろしくお願いしまーす」
『急にどうしたんだい?』
「なんとなく……」
ともあれ、この自撮り棒があれば人混みの中でもアルフは高い目線で見ることができるし、わたし自身を映すのも簡単だ。
「さて、まずはどこに行こうかな」
『リア、お腹は空いていないかい?』
「……そういえば、まだご飯食べてないかも」
『そんなことだろうと思ったよ。昼食だけでなく、今朝も食べていないんだろう?』
「起きたのがお昼だからね」
『きみのその生活習慣は、少し見直したほうがいい』
「お母さんみたいなこと言うね」
まあ、うちのお母さんはそういうこと無頓着だけど。
というより、わたしそのものに関心がない。父親もそうだ。とはいえ、お金はちゃんと出してくれるから文句はないけど。
「それはともかく、ほんとに何か食べようかな。ちょうどレストランがあるし」
わたしは目についたレストラン、その可愛らしい建物の中へ――入らずに、テラス席に座った。
すかさずおしゃれな服を着たウェイトレスさんが来て、お水の入ったコップとメニュー表をテーブルの上に置く。
わたしが緊張で伏せていた顔を上げると、こちらを見て微笑んでくれた。
なんだか恥ずかしい。
食事はどれも高額だった。仕送りの蓄えがけっこうあるとはいえ、あまり贅沢はできない。
わたしはヘッドセットを耳から外して首にかけると、ウェイトレスさんを呼んだ。
「えっと……サンドイッチをください」
『サラダも』
「それとサラダ……」
アルフの声がかすかに首元から聞こえて、仕方なくわたしはサラダも注文した。
べつに野菜は嫌いではないが、なかなかに高額なため財布へのダメージは大きい。
少し待つと、ウェイトレスさんがサンドイッチとサラダをトレイに乗せて運んできた。
「何かが足りない……」
『何か、とは?』つけ直したヘッドセットからアルフの声。
そこで、ふと思いついて、わたしはスマホをつけた自撮り棒を、反対側の椅子に立てかけた。
これでわたしは、スマホのカメラと向かい合うような形になる。
「これでよし。どう?」
『うん。きみと向かい合って食事をしている気分になるよ』
ついでにサラダの皿をアルフ――自撮り棒のついたスマホの前に置いた。
「こっちはアルフのぶん」
『私は食べられないよ』
「そう? 食べさせてあげようか?」
『だから』
野菜をいくつかフォークで刺して、カメラへと近づける。
「あーん」
『――リア』
さすがに変な人だと思われているだろうか。周囲の視線は確認したくない。
わたしは羞恥で微妙に震えながら、フォークを皿に戻す。
「え、えっと……」
『フォローはしないよ』
「しなくていいよ!」
ばつが悪くなったわたしは、黙ってサンドイッチを食べた。
そしてもったいないからとアルフのサラダにも手を出そうとしたとき、近くで子供たちの歓声が聞こえた。
「あれは……」
『着ぐるみだね。この遊園地のマスコットキャラクターだ』
ちょうどカメラに映る位置だったので、アルフも気づいた。着ぐるみは子供たちに愛嬌を振りまきながら、手に持った風船をプレゼントしている。
『リアもああいうのに興味あるのかい?』
「どうだろう……」
それよりも、着ぐるみの仕草を見ているとなぜかアルフを連想してしまう。
するとそこから、妄想たくましいわたしは、着ぐるみの中の人が動きにくい格好でせっせと働いている姿をイメージする。
それもアルフと繋がって、なんだか微妙な気持ちになる。
「アルフは……ほんとうにAIなんだよね?」
『ああ。私はAIRIという研究機関で作られた人工知能だ』
さらっと重要な情報をしゃべった気がするけど、今は置いておく。
「中の人とかいないよね……?」あのマスコットキャラクターみたいに。
『私を管理している人はいるけど、私自身は人間ではないよ』
「ほんと? 本当は眼鏡をかけた美形の男性なんじゃないの?」
『私にアバターなんてないよ。――なぜ眼鏡?』
「なんとなく、そんなイメージだから。……そうだ、今度アルフのアバターを作ってあげようか? 3Dモデルで」
『いいのかい? それは興味深い申し出だ』
「うん。約束ね。――あんまり上手くは作れないかもしれないけど」
『楽しみにしておくよ』
そのときのアルフの声は、少しだけ弾んでいるような気がした。




