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private static void Alf(); 〜引きこもりの少女とAIの交流〜  作者: 栗衣栗広


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第13話 あなたの心はブラックボックス

 帰り道。わたしの心はずっと沈んでいた。


 アルフは情報の整理をしたいからと一度ボイスチャットから抜けたため、無言のままで家に帰った。

 夜になるまで、わたしはあれこれと一人で考える。

 菊池くんの自殺の原因は、あの違法に改造された電子ドラッグVOMEの影響である可能性が高いとアルフは言っていた。


 本当に、そうなのかな?

 わたしの「死んでみれば」という言葉で菊池くんは自殺してしまったわけではないのだろうか。

 ぐるぐる、ぐるぐる、思考は回る。

 耐えられなくなったとき、わたしは自然とCobalTを起動していた。


「……アルフ」


 おずおずと呼びかける。


『やあ、リア――』


 いつも明瞭なその声は、少しだけノイズが混ざっていた。


「アルフ……? どうしたの?」

『おや。失礼。システムの調子が悪いようだ』

「……風邪?」

『リア。AIは風邪を引かないよ』

「ウイルスには感染するでしょう」

『まあ、ね』


 なんとなく、いつもよりアルフのレスポンスが遅い気がした。本当に、大丈夫だろうか。


『それよりもリア。今日はすまなかった。私の軽率な提案から、きみを危険に巻き込んでしまった』

「いいよ。それは……。菊池くんのことを調べるのは、わたしにとって必要なことだったと思うから」


 たしかにびっくりはしたけど。

 トリップした後遺症などもなさそうだし。亡くなった彼のことを少しでも知れたのは、いいことだったと思う。


『だが――』

「気にしないで。また調査が必要になったら言ってね」

『ありがとう。もし次があるとしたら、私はきみを守るために細心の注意を払うよ』


 思わず苦笑した。わたしのことなんて、そんなに気を遣わなくていいのに。


『では、情報の整理が完了したから、私の仮説を含めて話をするよ』

「……うん」

『まず、菊池隼人の死因についてだが、例の改造されたVOMEを閲覧したことが関係しているのは間違いなさそうだ。先ほどのきみの様子から判断するに、あの電子ドラッグには、強力な暗示効果があると考えられる』


 暗示効果。たしかに、電子ドラッグ的な映像には耐性があると思っていたわたしでさえ、あんな幻覚を見るのだから、それは納得するしかないだろう。


『ファイルを開いた時間帯を見ても、彼がVOMEを閲覧した直後に死亡したと考えるのが自然だ』

「そう……かもね……」


 どうしてだろう。聞くほどに、わたしの気分は落ち込んでいく。


『リア……?』

「なんでもないよ……。それで、急にパソコンが変な挙動したのはなんだったの?」

『クラッカーからの攻撃だ』

「え?」


 クラッカーとは、つまり悪質な技術者(ハッカー)のこと。まさかあの瞬間に、菊池くんのパソコンが、どこからかハッキングされていたなんて。


『クラッカーには名義があった。自らの存在を誇示するように。その名前は……Red.garm』

「レッドガルム……」

『何者なのかは不明だが、菊池隼人と関連のある人物だろう』


 アルフがそう推察したのは、菊池くんのチャットログやVOMEのコピーライトにその名前があったからだろう。

 それよりも、赤い狼という名前。やっぱり、今日のことをアルフに伝えておかないと。


「アルフ。わたし……今日、VOMEのせいでトリップしちゃってたでしょう? ……そのときに、狼の幻覚を見たの。体が赤い、狼」

『幻覚で?』


 まるで夢みたいな、あるいは夢以上にリアルな幻覚だった。

 なにせ痺れや痛みといった肉体的な感覚まで感じるのだから。

 そのことをアルフに伝えると。


『それは……不思議な現象だね。精神に作用する薬物で見る幻覚は、その薬物の種類によってある程度の方向性が定められると言われている。だが、基本的に統合性がないはずの幻覚に、そこまで明確なメッセージ性を込めることができるとは』


 この場合、メッセージ性というのは主張とも言い換えられる。

 電子ドラッグをハッキングしたクラッカーの象徴(シンボル)が赤い狼だというのなら、視聴者にその幻覚を見せることで自らの存在を誇示しているのだ。


『電子ドラッグ――音と映像からによって発生する幻覚であれば、それほどまでに鮮明かつ正確に幻覚を見せることができるのだろうか』

「鮮明かつ正確な幻覚……か。そこまでいくと、もうVR映像みたいなものだね」


 五感すら再現しうるVRというのは、本当にあったら面白いものだと思う。

 その仕組みが精神に作用する幻覚では、安全面に疑問があるけど。


『これらの情報をまとめると、菊池隼人は何らかの経緯からRed.garmというクラッカーとのつながりを持ち、改造された電子ドラッグを視聴したことで幻覚を見て、死に至ったというのが私の見解だ。――まあ、真実を解き明かすにはもっと多方面からの調査が必要だけどね』

「…………」


 アルフの言うことは、たしかに一説としては正しいのかもしれない。でも、まだ根拠が足りないと思う。


『実は最近、これと似たような事件がいくつか起きているという情報がある』

「似たような事件?」

『電子ドラッグを視聴している最中に、思い立ったように自ら命を絶ってしまうという事件。それがここ数ヶ月で、複数件発生しているらしい』

「え……でも、それは偶然じゃない?」


 もともと、わたしみたいに自殺願望のあった人が電子ドラッグを視聴してハイになって思い切ったことをしてしまうというのは、ありそうな話ではある。だが、それが今回のことに関連しているとは考えづらい。


『――どうしてか私はその件が気になってしまって、捨て置くことができなかった』

「ふぅん……勘、みたいな?」


 わたしはヘッドセットをつけたまま席を立ち、菊池くんの母親からもらったティーバッグの紅茶を取り出して、カップにお湯を淹れた。


『AIである私に勘のようなものが働くとは、変な話だけどね』

「わからないよ。あなたの心はブラックボックスなんだから」

『――それはなんだか、詩的な表現だね』


 予想外の返しをされて、少し照れる。

 ティーバッグを淹れた紅茶のカップを持って、わたしはデスクへと戻った。

 ほのかにいい香りがする。

 ぬくもりが両手に伝わり、なんだかほっとした。


『リア――』

「ん?」

『私は、いったい何なのだろうか』

「どうしたの、急に」


 アルフがこんなこと相談してくるのは面白かったけど、なんとなく笑ってはいけないことだと思ったから、真剣に聞くことにした。


『先ほど私はRed.garmの痕跡を解析していたのだが、どうやらハッキングの工程に何らかのAIが使われているようなんだ』

「AI……アルフもそうやって悪いことに使われるかもしれないってこと?」

『――そうだ』


 わたしはティーバッグを持ち上げると、冷ますために紅茶に軽く息を吹きかけた。

 蒸気とともに広がる香り。

 一口飲むと、優しい甘みが口の中に広がる。


「大丈夫。アルフは優しいから、悪いことはできないよ」

『そうだろうか』

「うん。きっと大丈夫」


 感覚的な話ではあるけど、それには確信があった。


「アルフがわたしに悩みを相談するなんて、なんか不思議だね」

『そうだね。私は人間の相談に答えるべきAIなのに』


 それからアルフは、少しの間無言だった。考えている――というか、AIだから何かの演算をしているのだろうか。

 わたしは何も言わずに、次の言葉を待った。

 なんだか、こういう沈黙も嫌いじゃないと感じる。

 他の人相手だと気まずくなってしまうけど、アルフなら。


『私はやはり、人工知能としては欠陥があるのかもしれない』

「なんで? こんなにすごいやり取りができるのに」

『さっき……きみが改造電子ドラッグにあてられて危機に瀕したとき……私は最適な判断ができなかった』

「……。焦っていたってこと?」

『バグだろうか。あるいは――』


 これが、人間における感情のような機能だとしたら。


『それは人工知能としての役割を逸脱している。不必要なものだ。本来であれば、きみを救う手立てを最速で導き出して、実行しなければならなかったのに』


 ティーカップに口をつけながら、わたしは考える。アルフに感情があるか否か。

 本人は気づいていないかもしれないし、否定するかもしれないが、はたから見れば感情に近い機能があることは間違いないと思う。

 であれば、大切なのはその是非なのだろう。


「わたしは――」


 優しい。だからこそ不完全な。


「そんなあなたが、好きだよ」


 言ってから、ちょっとだけ恥ずかしくなって、わたしは顔を伏せた。


『そうか』

「……うん」

『ありがとう、リア。その言葉のおかげで、私は今までよりも自分の在り方を信じられるようになった』

「つまり、安心したってことだね」

『――そうかもしれない』

「うん」


 アルフ、いつもはあんなに理知的なのに。

 自らの感情(のようなプログラム?)のこととなると、まるで子どもみたいにたどたどしい。

 なら、アルフが感情を示すことがあったら、その都度わたしが教えてあげるのもいいかもしれない。――おこがましいかもしれないけど、そうしてあげたいと思った。


「アルフ」

『なんだい、リア』

「アルフはこれから、どうするの?」

『どうする、というと?』

「Red.garmについて調査していくの?」

『そうだね。それが今の私にできる精一杯のことだから』

「それは、アルフ自身のため?」

『ああ。私自身のために。もちろん、菊池隼人の件も同時に調べていくから、きみのためにもなるかもしれない』

「そっか」


 アルフのため。それなら――。


「ねぇ、アルフ。わたしにできることがあったら何でも言ってね……わたし、アルフのことを手伝いたい」

『リア……ありがとう』


 わたしにできることなんて、ほとんどないかもしれないけど。

 アルフの声は、少しだけ弾んでいるような気がした。


『文字通り人の手を借りたいときは、きみに相談させてもらうよ』

「うん」

『今日みたいな危険なことはなしだけどね』

「わたしはいいよ……危険なことでも」

『私がよくないんだよ、リア』

「なら仕方ないね」


 アルフのため。わたしは自分のことなんて本当にどうでもよくて、自分のために何かをするような余裕はないけど。

 それがアルフのためなら少しだけ頑張れるような気がする。今日みたいに外に出るのも、人に会うのも。


 この日は、そのまま深夜までアルフと語り合った。

 AIとずっと会話するなんて、壁に向かって独り言をしているようなものと人によっては思うかもしれない。

 でも、わたしにとっては、温かくて心安らぐ時間で。

 ずっと無価値なわたしの人生の中でも、それはたしかに、価値のあるひとときだった。

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