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隻腕の王と男装の麗人  作者: 夏野 みかん
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そこはバクルー国と違い、ここ北の国はもうすっかり雪景色だった。


数日降り続いた雪は、ようやく止み、今宵は月が、見事な庭園を覆った雪を照らし、幻想的な夜であった。その景色を窓越しに見ていた男は、まだ月と雪が作った幻想的な空間から抜け出ていないかのように、ぼんやりとした声で


「なぁ…似非えせノルマン伯爵。私は、バクルー王に一泡吹かせたいのだ。」


その男はそう言って、ワイングラスを揺らし、赤ワインはグラスの中で、 小さな渦巻きを作りながら、芳醇な香りを男の鼻先に漂わせた。その香りに酔っているかのように、男はうっとりと目を瞑り、ソファへと体を委ねたが、媚びた伯爵の声に…目を開き、視線を伯爵に向けた。


向けられた視線の鋭さに、似非と言われた伯爵の声がわずかに震え

「は、はい。ナタリーの娘のプリシラなら、きっと陛下のお望みどおりに…」と、へつらったが、その男は無表情に、伯爵の頭にワインをかけた。


真っ赤な血のように滴るワインに、ただ「ヒィ~ヒィ~」と叫ぶ伯爵に、


その男は…

「私は…ナタリーの娘だから、心配なんだよ。」と呟くように言うと、もう、似非ノルマン伯爵に興味を失ったように、月明かりで青白く光る雪景色に眼をやり…


「私を裏切った女の娘だから…」と言葉を続け、傍らに座った女に、注げとばかりにワイングラスを突き出した。


女は、愛想笑いを浮かべ

「ナタリーはあなた様を裏切った性悪女で、思い出しても腹が立ちますわ。」

と男のご機嫌を取る様に、張り付いたような笑みを浮かべると、男はその女に少し微笑んだように見えたが、突然、ワイングラスを持った手で、女の顔を叩いた。


「ぎゃああぁぁ~」

女は叫び声をあげると床に倒れ、転げまわり、それは惨憺さんたんたるものだったが、男がちょっと眉を顰め、気にしたのは、己の服に飛び散った僅かな女の血だった。男は胸元からチーフを出すと、軽く拭いながら…


「ナタリーは確かに私を裏切ったが、私が唯一愛した女なのだ。このサザーランド国王の私が。」


そう言って、椅子から立ち上がると、腰を抜かしたノルマン伯爵と転げまわる女を一瞥したが、なんの感情も顔に表すことはなく、部屋を出ると庭へと足を運んだ。



庭に降り積もり、白い絨毯になった雪に、男は微笑みながら…

「あぁ…前にも…同じような景色を見た。」と口にし、空を見上げた。


あれは…いつだったろうか。あぁ…そうだ。もう20年以上前の、このサザーランド国の王宮庭園だった。


あの女が…いた。


そして…俺にこう言った。

『この花が一番好きなの。』…と※カメリア・ロサエフロラを腕に抱き、微笑んだあの女は…


「ナタリー……」

男は灰青色の瞳を細め、微笑んだように見えたが、その顔はまた表情をなくし、庭園の奥へと歩き始め、その足音に驚いた黒い影が、慌ただしく動き、ガゼボの中に入っていった。


男は…ここにいない、いや会ったこともないプリシアに、話しかけるかのように

「プリシア…おまえの母親はナタリーだが、…父親は知っているか?」と言って、カメリア・ロサエフロラが咲き誇る庭に唾を吐いた。


「サザーランド前国王、ジョージⅡ世、俺の父親だ。」

と言って密かに笑うと、ガゼボの柱を叩いた。

屋根に積もった雪が、バサバサと音をたてて地面へと落ち、先程の黒い影が「キャン!」と小さな声と、低木をくぐり抜けたガサガサと言う音を残し、どこかに行ってしまったようだった。


シーンとした空気がまた戻ってきた。


だが、男はそれを嫌うように、悲鳴のように叫んだ。


「私達は兄妹か?あははは……」と引きつった笑いをすると、突然、今度は泣いているような声で


「私はおまえが嫌いだ。おまえさえ生まれなかったら、ナタリーは私の妻だった。

前国王の女達は、3年…子が出来なければ家臣達に下げ渡しされる。 王太子だった私は、ナタリーを王妃にはできなかったが、側室として欲しいと願い出た。それをナタリーに言った時、真っ赤になって泣きながらナタリーは頷いたのだ。あの涙で…ナタリーも私と同じ気持ちだと思っていた。

もう……この腕の中に、ナタリーを入れてたも同然だと思っていたのに、15歳で父の元に寵妃として、献上された彼女をずっと思い続けていた。だが…当時14歳だった俺には、ただ見ていることしか出来なかったが…やっと…やっとこの思いが叶う思うと、幸せで、そして待ち遠しかった

だが、父はナタリーを私に下げ渡すことが、惜しくなったのだ。私は知らなかった…それから夜毎ナタリーを閨に呼び寄せていたことを…3年目を迎える寸前…ナタリーはおまえを孕んだ。


子が出来れば、下げ渡しはない。


私は、もう父を殺し…この国を手に入れるしかないと思った。

そう目論んだことに気がついたのか、ナタリーは、わざわざ私にこう言いに来たなぁ。


『私は、国王様をお慕いしてます。あなた様に一度たりとも、心を揺さぶられたことはございません。』



あの時、なにかが……切れた音がした。



その夜、私は父を殺し、そしてナタリーを、嫌がるナタリーを初めて抱いた。

お互いが求めあう初めての夜を、心待ちにしていた甘い夢は壊れてしまった……。


私は、ナタリーを抱くことで、プリシラ…おまえが流れれば良いと思って、何度もナタリーを抱いたよ。最初は暴れていたナタリーも、数日立つと大人しく私に抱かれるようになり、俺の背に腕を回し、縋りつくナタリーに、やっぱり本当は、ナタリーは私を愛していると思った。


きっと何かあったんだ、俺を拒む理由わけがあったんだ思った。

だが…ナタリーはトルティ国へと逃げ、本物のノルマン伯爵のもとへ妻と偽り隠れた。トルティ国にナタリーを差し出せと言ったが、あの小国は私の話を蹴った。そして3年かけ、トルティ国を占領し、本物のノルマン伯爵も殺した。



こんなに愛していたのに…


なのにナタリーは…私ではなく、また違う男に……縋った。



だが、そのナタリーも……もう……いない。




……湖に沈めた。











※カメリア・ロサエフロラ

ツバキ科 ツバキ属の花で、開花時期:1~3月   花の色: ピンク

種小名のロサエフロラは「バラのような花の」という意味だそうです。




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