第八章 緑の魔手が狙うもの
――その頃。
ウィルハード邸の裏庭では、すでに激しい戦闘が始まっていた。
「はぁぁっ!」
クロエが地面を強く蹴る。
目の前から襲いかかってきた緑色のツタへ踏み込み――。
――ザシュッ!
鋭く剣を振り抜いた。
一本のツタが真っ二つになり、切断された先端が地面へ転がる。
だが――。
「まだ来る……!」
噴水から伸びる別のツタが、左右からクロエへ襲いかかる。
鋭い牙が並んだ口を大きく開き、そのまま噛みつこうと迫ってきた。
クロエは身体を沈めてかわす。
そして、その勢いのまま剣を横薙ぎ(よこなぎ)に振るった。
――ブンッ!
しかし。
「――っ!?」
剣が空を切った。
ツタは刃が届く直前――まるで攻撃の軌道を読んだかのように、身体をくねらせて剣を避けたのだ。
「避けた……!?」
その一瞬の隙を狙い、別のツタがクロエの背後へ回り込む。
「クロエ! 後ろ!」
アルスの声。
クロエは振り返ることなく、その場から横へ跳んだ。
直後――。
――ガチンッ!
先ほどまでクロエの頭があった場所で、ツタの口が勢いよく閉じられた。
クロエは着地すると、すぐに体勢を整える。
「このっ!」
剣を振るう。
だが――。
まただ。
「……!」
ツタが身を捻り、刃を避ける。
完全にかわしたわけではない。
――ザッ!
剣先がツタの表面を浅く切り裂き、緑色の液体が飛び散った。
それでも切断には至らない。
「くっ……!」
クロエは一歩下がった。
昨夜とは――明らかに違う。
前回のツタは、こちらへ向かってただ執拗に襲いかかってきた。
切れば切るほど再生する厄介な相手ではあったが、剣を当てること自体は難しくなかった。
だからこそクロエは、片っ端から切り裂くことで押さえ込むことができた。
だが――今は。
「はっ!」
――ザシュッ!
一本を切る。
「もう一本!」
次のツタへ刃を向ける。
――ヒュッ!
かわされる。
そこへさらに二本が左右から迫る。
「っ!」
クロエは後方へ跳んだ。
牙の生えた二つの口が、クロエのいた場所へ同時に食らいつく。
「……昨日より動きがいい」
クロエは剣を構え直しながら呟いた。
呼吸が少しずつ荒くなっている。
ツタの数が多いだけではない。
こちらの剣を避け始めている。
もちろん、すべての攻撃を完璧に見切っているわけではない。
クロエの速度についてこられず、そのまま切断されるツタもある。
しかし――。
確実に。
ほんの少しずつではあるが。
クロエの攻撃に対応し始めていた。
(……キリがない!)
クロエは心の中で舌打ちする。
一本切り落としたところで終わらない。
別のツタが襲ってくる。
しかも切断したものまで、しばらくすれば再び動き出す可能性がある。
それに加えて――昨日より攻撃を避ける。
「本当に……面倒な相手ね!」
クロエが再び踏み込んだ。
――ブンッ!
ツタが避ける。
だがクロエは剣を止めない。
「そこ!」
振り抜いた剣を素早く返し、二撃目を放つ。
――ザシュッ!
今度は避けきれず、ツタが切断された。
「よし――」
だが喜ぶ暇などなかった。
「クロエ、右だ!」
「分かってる!」
アルスの声と同時に、クロエは剣を構える。
次々と迫ってくる緑のツタ。
その動きは昨夜とは違う。
クロエは襲いかかるツタを片っ端から切り裂きながらも――。
確実に、少しずつ苦戦を強いられ始めていた。
一方――。
「クロロ! あたしから離れんなよ!」
「わ、分かってる!」
アルスはクロロの前に立ち、彼を背後に庇いながらライフルを構えていた。
先ほどデットリーフに水中へ引きずり込まれかけたクロロは、まだ全身びしょ濡れだった。
首にはツタに締めつけられた感覚が残り、呼吸も完全には整っていない。
そんなクロロへ狙いを定めるように――。
一本のツタが噴水から勢いよく伸びた。
「クロロに手ぇ出すんじゃねぇ!」
アルスが即座に引き金を引く。
――ズドォンッ‼
放たれた魔力の弾丸が、ツタの先端を正確に撃ち抜いた。
――バシュッ!
緑色の液体を撒き散らしながら、ツタが大きく仰け反る(のけぞる)。
「すげぇ……」
「感心してる場合か!」
アルスは叫びながら次の標的へ銃口を向けた。
視線の先では、クロエが複数のツタを相手に戦っている。
「はぁっ!」
クロエが一本を切り裂く。
しかし、その死角から別のツタが迫った。
「クロエ! 伏せろ!」
「!」
クロエは迷うことなく身を低くする。
その頭上を――。
――ズドォンッ‼
アルスの弾丸が通過した。
直後。
――バシュッ!
背後からクロエへ噛みつこうとしていたツタが撃ち抜かれる。
クロエは一瞬だけアルスへ視線を向けた。
「助かったわ!」
「礼は後だ! まだ来るぞ!」
アルスはすぐさま次のツタを狙う。
今のアルスには、二つの役目があった。
前線で戦うクロエの援護。
そして――。
「っ!」
アルスが素早く身体を反転させる。
クロロへ伸びていたツタへ狙いを定め――。
――ズドンッ‼
撃ち落とす。
クロロを守ること。
クロロはアルスの主人ではあるが、今はサジット・スナイプを手にしていない。
生身のクロロがあのツタに捕まれば、先ほどのように簡単に命を奪われかねない。
だからアルスはクロロから大きく離れず、その場からクロエを援護していた。
「ちっ……数が多すぎんだろ!」
アルスの視線が忙しく動く。
右――クロエ。
左――クロロ。
正面――噴水。
噴水から伸びるツタは、次々と三人へ襲いかかってくる。
「アルス!」
クロエの声。
一本のツタが大きく身体をくねらせ、クロエの剣をかわした。
そのままクロエの脇を抜け――クロロへ向かう。
「させるかよ!」
アルスが銃口を向ける。
しかし――。
ツタが突然、軌道を変えた。
「なっ!?」
アルスが撃つより先に左右へ大きく蛇行する。
まるで――。
アルスが狙っていることを理解しているかのように。
「こいつ……!」
アルスは舌打ちする。
昨夜なら、そのまま真っ直ぐ突っ込んできていた。
だが今は違う。
クロエの剣だけではない。
こちらの銃口まで意識している。
「アルス! そっち!」
クロエが叫ぶ。
「分かってる!」
――ズドォンッ‼
アルスが引き金を引く。
だがツタは直前で身を捻った。
弾丸が側面を掠め、緑色の液体が飛び散る。
「避けやがった……!」
完全には避けきれなかった。
それでも――確かに射線から逃れようとした。
その瞬間、別のツタがクロロの横から飛び出す。
「クロロ!」
「うわっ!」
アルスはクロロの服を掴み、自分の方へ強く引き寄せた。
――ガチンッ!
牙が空を噛む。
「危ねぇだろ! もっとこっち来い!」
「ご、ごめん!」
「謝る暇あったらあたしの後ろにいろ!」
アルスはクロロを背後へ押しやると、再びライフルを構えた。
前ではクロエが剣を振るい続ける。
後ろには守らなければならないクロロ。
そして周囲には、昨夜とは明らかに異なる動きを見せ始めたデットリーフ。
「くそっ……!」
――ズドンッ‼
再び銃声が庭に響き渡る。
クロエが前線でツタを切り裂き。
アルスがその死角を銃撃で補い。
同時にクロロへ迫る攻撃を撃ち落とす。
二人は互いを援護しながら戦い続けていた。
しかし――。
「はぁ……はぁ……!」
クロエの呼吸が少しずつ荒くなっていく。
「キリが……ないわね……!」
「分かってるよ!」
アルスもライフルを構え直す。
いくら切っても。
いくら撃っても。
噴水から伸びる緑のツタは――。
三人へ襲いかかることをやめなかった。
「いくら撃ってもキリがねぇ!」
アルスがそう叫びながら、再び引き金を引く。
――ズドォンッ‼
弾丸が一本のツタを撃ち抜き、その動きを止める。
その隙にクロエも剣を振るい、正面から迫ってきたツタを切り裂いた。
「本当に……次から次へと!」
――ザシュッ!
また一本。
クロエは休む暇もなく次のツタへ視線を向ける。
だが――。
その時だった。
「――クロエ! 足元!」
アルスが叫ぶ。
「え?」
気づいた時には、遅かった。
地面すれすれを這ってきた細いツタが、クロエの足首へ巻きつく。
「きゃっ!?」
グイッ!
「――っ!」
突然足を引かれ、クロエの身体が大きく崩れた。
「クロエ!」
咄嗟に剣を地面へ突き立てようとするが――。
さらに別のツタが腕へ絡みつく。
「ちょっ……この!」
一本。
さらに一本。
「離しなさい!」
クロエが必死に抵抗するものの、ツタは身体へ次々と巻きつき、動きを封じていく。
そして――。
「ひゃっ!?」
クロエの顔が一瞬で真っ赤になった。
「な、ななな……!」
ツタの一部が服の隙間へ入り込み、妙な動きで内側を這い始めたのだ。
「ちょっ……! ど、どこ触ってるのよぉぉぉっ!!」
クロエの悲鳴が庭中に響き渡った。
身体をよじって逃れようとする。
だが、現在の体勢ではうまく力が入らない。
しかも動けば動くほど、絡みついたツタまで妙な方向へ動いてしまう。
「やっ……! ちょっと! そこじゃない! 出ていきなさいよぉっ!」
クロエの顔は耳まで真っ赤だった。
「クロエ、大丈夫か!?」
クロロが慌てて妹を見る。
そして状況を目にして――。
「なんてハレンチな奴なんだ……!」
「誰が感想を言えって言ったのよぉぉぉっ!!」
「うわっ!?」
クロエがものすごい形相で兄を睨みつける。
「兄さん! 見てないで早くなんとかしてよ!!」
「わ、分かった! 分かったから怒るなって!」
「怒るに決まってるでしょ!!」
「クロロ! こっちも来るぞ!」
アルスが叫ぶ。
――ズドンッ‼
クロロへ迫ったツタを撃ち抜く。
クロロもそこで表情を切り替えた。
冗談を言っている場合ではない。
クロエは捕まっている。
アルスもクロエを援護しながら自分を守っているため、自由に攻撃できない。
しかも――。
いくらツタを切り落としても、根本をどうにかしなければ終わらない。
「……アルス!」
「なんだ!」
アルスがライフルを構えたまま返事をする。
クロロは噴水から伸び続ける大量のツタを見据えた。
「このまま一本ずつ相手しててもキリがない!」
「……!」
「だったら――一気に片をつけよう!」
その言葉に、アルスの口元が上がった。
「……やっとその気になったか!」
「頼む!」
「ああ!」
アルスは迫ってきたツタを最後に一発撃ち抜くと――。
手にしていた魔力のライフルを消した。
そしてクロロへ向き直る。
クロロもアルスをまっすぐ見つめる。
二人の間に、言葉以上の意思が通じる。
「クロロ!」
「ああ!」
クロロは大きく息を吸った。
そして――。
星具の名を叫ぶ。
「――サジット・スナイプ‼」
その瞬間。
アルスの身体が眩い朱色の光に包まれた。
「――っ!」
絡め取られたままのクロエも、その光へ目を向ける。
アルスの人型の姿が光の粒子へと変化していく。
朱色の髪。
身体。
衣服。
すべてが無数の光となり――クロロのもとへ集まっていく。
やがてその光は、一つの巨大な形を作り上げた。
クロロは両手を伸ばす。
その手へ収まったのは――。
十二星具。
いて座の真なる姿。
巨大なスナイパーライフル。
【サジット・スナイプ】。
――ドクンッ!
同時に。
クロロの身体の奥で、星の力が脈打った。
「……っ!」
朱色の光が全身を駆け抜ける。
黒かった髪が――鮮やかな朱色へ。
瞳もまた、アルスと同じ朱色へと染まっていく。
身体の内側から、これまでとはまるで違う力が溢れ出す。
「よし……!」
クロロはサジット・スナイプを強く握り締めた。
『クロロ! 一気にいくぞ!』
武器となったアルスの声が響く。
「ああ!」
目の前では――。
牙を生やした無数の緑のツタが、クロロへ一斉に向きを変えていた。
そして捕らえられたクロエが、真っ赤な顔で叫ぶ。
「兄さん! 格好つけてないで早く助けてぇぇぇっ!!」
「わ、分かってるって!」
星具を手にしたクロロは、巨大な銃口をデットリーフへと向けた。
クロロはサジット・スナイプを両手でしっかりと構えた。
朱色へ変化した瞳が、目の前で蠢く無数のツタを捉える。
「よし……いくぞ、アルス!」
『おう! ぶっ飛ばしてやれ!』
次の瞬間――。
牙を剥き出しにしたツタの口が、クロロへ襲いかかった。
だが。
「遅い!」
――ズドォンッ‼
引き金を引く。
放たれた弾丸は真正面からツタの口へ命中し――。
――ドォンッ!
その先端を跡形もなく吹き飛ばした。
さらに左。
「そこ!」
――ズドンッ‼
二つ目。
右から迫るツタへ銃口を向ける。
――ズドォンッ‼
三つ目。
「まだまだ!」
クロロは次々と標的を切り替えていく。
一発。
また一発。
放たれるたびに、鋭い牙を持ったツタの口が次々と消し飛んでいった。
人型のアルスが使っていた魔力のライフルとは――威力がまるで違う。
これこそ、十二星具としてのアルスの真の姿。
サジット・スナイプ。
先ほどまでクロエの剣やアルスの銃撃を避けていたツタも、今のクロロが放つ圧倒的な攻撃を前にしては対応しきれない。
――ズドンッ‼
また一つ。
――ズドォンッ‼
さらに一つ。
「す、すごい……」
未だツタに捕まったままのクロエも、その光景を見つめていた。
先ほどまであれほど苦戦していたツタが――。
クロロが星具を手にした途端、一方的に押され始めている。
やがて。
「……ん?」
クロロが引き金から指を離した。
残ったツタが――動きを止めていた。
牙の並んだ口をクロロへ向けたまま、攻撃してこない。
「…………」
不気味な静寂。
クロロも警戒を解かず、サジット・スナイプを構え続ける。
だが――。
(なんだ……?)
逃げようとしているわけでもない。
かといって、襲いかかってくるわけでもない。
ただ、その場で蠢いている。
まるで――。
何かを考えているように。
『クロロ、油断すんなよ』
「ああ」
アルスの声に、クロロは短く答える。
今朝アルスが話していたことを思い出す。
今のデットリーフには、知性があるのかもしれない。
だとすれば――。
今、この怪物は。
自分たちをどう攻めるべきか、考えているのかもしれない。
それでもクロロは、あえて口元を緩めた。
「どうした?」
「…………」
「もう終わりか?」
挑発するようにサジット・スナイプを構え直す。
『お、おいクロロ。わざわざ煽るなって』
「だって全然動かないし」
『だからって――』
その瞬間だった。
――ズズズズズズ……!
「……!」
地面。
噴水。
茂み。
あらゆる場所から緑色のツタが一斉に伸び始めた。
「なっ……!」
一本や二本ではない。
十本。
二十本。
それ以上――。
ツタはクロロを中心にして、次々と周囲へ広がっていく。
左右。
前後。
そして――頭上。
「おいおい……」
クロロが上を見る。
緑色のツタが幾重にも重なり、空さえ覆っていた。
さらに足元にも。
地面を這うツタが逃げ道を塞いでいく。
「兄さん!」
解放されていないクロエが叫ぶ。
「囲まれてる!」
クロロの周囲――。
上。
下。
右。
左。
前。
後ろ。
上下三百六十度。
あらゆる方向が、デットリーフのツタで埋め尽くされていた。
そして――。
ギチッ。
ギチギチギチ――。
無数のツタの先端が開く。
そのすべてに並ぶ――鋭い牙。
『……クロロ』
アルスの声にも僅かな緊張が混じる。
「…………」
完全に包囲された。
逃げ道はない。
そして――。
一斉に。
ツタの口がクロロへ襲いかかった。
「兄さん!!」
クロエの叫びが響く。
だが。
その中心にいるクロロは――。
「…………」
ニヤリ。
笑った。
『……クロロ?』
「だったら――」
サジット・スナイプを強く握る。
「全部まとめて撃ち落とす!」
クロロは腰を大きく捻った。
そして――。
「うおおおおおっ!!」
全身を使い、サジット・スナイプを勢いよく振り回した。
『えっ――ちょっ!?』
――ズドドドドドドドドドドッ‼
引き金を引いたまま――回る。
右。
左。
上。
下。
背後へ振り返り。
再び頭上へ。
巨大なサジット・スナイプを、あらゆる方向へ振り回しながら弾丸を撃ち続ける。
『ちょっ、クロロォォォォ!?』
――ズドドドドドドドドッ‼
弾丸の雨。
上下左右――全方位へ朱色の弾丸が撒き散らされる。
迫っていたツタへ次々と命中した。
――ドドドドドォンッ‼
一本が弾け飛ぶ。
二本。
三本。
五本。
十本――!
無数の牙を持った口が次々と吹き飛んでいく。
『ま、待て! 待てってクロロ!』
「なんだよ!」
『目が回るぅぅぅぅぅぅ!!』
「武器になってても目回るのかよ!?」
『回るんだよぉぉぉ!!』
それでもクロロは止まらない。
「もうちょっと我慢してくれ!」
『ちょっ――おま――うわぁぁぁぁぁぁ!!』
――ズドドドドドドドドッ‼
朱色の弾丸が庭中を駆け抜ける。
そして、その弾丸は――。
クロエを捕らえていたツタにも次々と命中した。
「えっ――ちょっと兄さん!? こっちまで撃って――」
――バシュッ!
「ひゃっ!?」
クロエの腕を拘束していたツタが弾け飛ぶ。
――バシュッ!
続いて足。
さらに身体へ絡みついていたツタも――。
――ドンッ!
「きゃっ!」
次々と撃ち抜かれていく。
もちろんクロエ自身には一発も当たらない。
クロロは激しく武器を振り回しながらも、ツタだけを狙い撃っていた。
「…………!」
クロエの身体を拘束していたツタが、みるみるボロボロになっていく。
そして――。
ブチッ!
最後の一本が千切れた。
「――っ!」
拘束を失ったクロエの身体が地面へ落ちる。
「きゃっ!」
なんとか受け身を取り、すぐに立ち上がった。
「やっと……!」
自由になった。
クロエは急いで服装を整えると、顔を真っ赤にしながら剣を拾い上げる。
「もう……最っ低……!」
だが、その目には再び騎士長としての鋭さが戻っていた。
そして目の前では――。
「うおおおおおっ!」
『だから回すなぁぁぁぁぁぁ!!』
クロロが全身を使ってサジット・スナイプを振り回し――。
全方位から迫るデットリーフへ、圧倒的な弾丸の雨を浴びせ続けていた。
――ズドドドドドドドドッ‼
庭中に響き渡っていた激しい銃声が――ようやく止んだ。
「……ふぅ!」
クロロは大きく息を吐く。
先ほどまでクロロを上下左右、あらゆる方向から包囲していた無数のツタ。
その姿は――すでに見る影もなかった。
「…………」
一本。
二本どころではない。
朱色の弾丸を無数に浴びたことで、ツタのあちこちには大小さまざまな穴が開いていた。
牙の生えた口を吹き飛ばされたもの。
途中から千切れかけているもの。
表面を何発も撃ち抜かれ、ボロボロになっているもの。
緑色の液体が、開いた穴からぽたぽたと地面へ垂れている。
先ほどまであれほど激しく暴れ回っていたツタたちは、力を失ったように地面へ横たわっていた。
「す、すごい……」
解放されたクロエも剣を構えながら、その光景を見つめる。
そして――。
クロロはサジット・スナイプを肩へ担いだ。
目の前に広がる惨状を見ながら、少し得意げに口元を上げる。
「どうだ?」
返事はない。
クロロはさらに胸を張った。
「参ったか!」
「…………」
当然、ツタから返事などない。
しかしクロロは、完全に勝ち誇った顔をしていた。
「さすがにこれだけ撃てば――」
その時。
肩に担いでいたサジット・スナイプから――。
『うぅぅぅぅ……』
「ん?」
妙に弱々しい声が聞こえてきた。
「どうした、アルス?」
『どうしたじゃ……ねぇよぉ……』
「?」
クロロが不思議そうにサジット・スナイプを見る。
『目ぇ……回った……』
「まだ回ってたのか!?」
『お前があんな振り回すからだろぉ……!』
アルスの声には、いつもの勢いがまったくなかった。
先ほどクロロが全身を使ってサジット・スナイプをあらゆる方向へ振り回したせいで――。
武器となっているアルスまで、完全に目を回していた。
『うぅ……世界が……ぐるぐるしてる……』
「武器の姿なのに?」
『だから武器でも回るもんは回るんだよぉ……』
「へぇ……」
『へぇじゃねぇ……』
肩に担がれたまま、アルスは完全にぐったりしている。
「悪かったって」
『次やったら……絶対ぶん殴る……』
「でも、うまくいっただろ?」
『それとこれとは……別だ……』
そのやり取りを聞いていたクロエは、思わず呆れた表情を浮かべた。
「二人とも……戦闘中だってこと忘れてないでしょうね?」
「あ」
『あ』
声が重なる。
「…………」
クロエの目が細くなる。
「まったく……」
クロロは慌てて前を向き直った。
地面には、弾丸を浴びて穴だらけになった無数のツタ。
今のところ――動く気配はない。
「……まあ」
クロロはもう一度サジット・スナイプを構え直そうとする。
「これだけボロボロなら――」
『クロロ……』
「ん?」
『頼むから……今はゆっくり動かしてくれ……』
「……分かったよ」
クロロは苦笑しながら、今度は目を回したアルスを気遣うように、そっと銃口を持ち上げた。
三人は、穴だらけになったツタを警戒しながら見つめていた。
「……これだけやれば、さすがに――」
クロロがそう口にした、その時。
――ピクッ。
「……ん?」
地面に横たわっていたツタの一本が、僅かに動いた。
続いて――。
――ズズッ……。
弾丸によって開けられた穴の周囲が、不気味に蠢き始める。
「おい……」
クロロの表情から、先ほどまでの余裕が消えた。
穴の開いた部分から新たな緑色の組織が伸び、ゆっくりと傷口を塞いでいく。
千切れかけていた部分も。
吹き飛ばしたはずの先端も。
次々と形を取り戻していった。
「……やっぱりこうなるか」
クロロが呆れたように呟く。
『あれだけ撃ったのにかよ……』
目を回していたアルスの声にも、少しずついつもの調子が戻ってきていた。
クロエは剣を構え直す。
「前回も再生したものね。分かってはいたけど……厄介だわ」
やがて――。
すべてのツタが再生を終えた。
弾丸によって穴だらけだった姿は、まるで何事もなかったかのように元へ戻っている。
「……本当にキリがないな」
クロロがサジット・スナイプを構える。
すると――。
一本のツタが、ゆっくりと高く持ち上がった。
「……?」
クロロたちが警戒する中、その先端にある巨大な口が――。
グワッ!
大きく開いた。
そして。
「――――ギィィィィィィィィィィィィィィッ‼」
「っ!?」
突然――凄まじい鳴き声が庭中へ響き渡った。
「な、なんだ!?」
クロロが思わず耳を塞ぐ。
「うるさっ……!」
『なんだよこいつ! いきなり!』
クロエも顔をしかめながら周囲を警戒する。
ただの威嚇なのか。
それとも――。
「……待って」
クロエが何かに気づいた。
「何?」
「今……何か聞こえなかった?」
「え?」
鳴き声が止んだ庭に――。
別の音が聞こえてくる。
――ガサッ。
「…………」
――ガサガサッ。
近くの森。
木々の奥からだ。
「なんだ……?」
クロロが森へ視線を向ける。
すると――。
――ズルッ。
木々の隙間から。
一本の緑色のツタが這い出してきた。
「……!」
だが。
一本だけではない。
――ズルズルズルッ!
二本。
三本。
十本――。
「ちょっと待て……」
さらに別の方向。
屋敷の脇にある茂みから。
――バサバサバサッ!
大量のツタが飛び出した。
「嘘でしょ……?」
クロエが目を見開く。
それだけではなかった。
森の奥。
花壇の間。
植木の陰。
地面の隙間。
庭の外。
ありとあらゆる場所から――。
――ズズズズズズズズズッ‼
「……おいおい」
クロロの顔が引きつる。
緑。
緑。
緑――。
視界の至るところが、蠢く緑色のツタで埋め尽くされていく。
一本一本の先端には、同じ鋭い牙を持つ口。
それらが次々とクロロたちへ向けられる。
『……これ全部……デットリーフか?』
アルスの声からも、さすがに余裕が消えていた。
「数なんて……」
クロエが周囲を見回す。
数十――。
そんな程度ではない。
百を超えているのか。
それ以上なのか。
もはや――。
数えることすらできない。
「さっきの鳴き声……」
クロロが呟く。
「まさか……こいつらを呼んだのか?」
『……分かんねぇ。でも――』
アルスが言葉を切る。
周囲を埋め尽くした無数のツタが、一斉に口を開いた。
『……最悪の状況になったのは間違いねぇな』
クロロはサジット・スナイプを握る手に力を込める。
クロエも剣を構え、クロロのすぐ隣まで下がった。
「兄さん」
「ああ」
背中合わせになるように、二人は周囲を見渡す。
先ほどまでは、噴水から伸びるツタだけだった。
しかし今は――。
近くの森をはじめ、あらゆる場所から現れた数え切れないほどのデットリーフのツタが、三人を完全に取り囲んでいた。
「……さすがに」
クロロの額を、一筋の汗が伝う。
「これは多すぎないか……?」
その問いに答えるように――。
無数のツタの口から、一斉に不気味な鳴き声が響き渡った。
無数のツタに取り囲まれたクロロとクロエ。
「…………」
クロロはサジット・スナイプを構えたまま、周囲へ素早く視線を走らせる。
クロエも剣を両手で握り、いつどこから襲われても対応できるよう身構えていた。
しかし――。
「これは……」
クロエの額に汗が滲む。
多すぎる。
正面だけではない。
左右。
背後。
頭上。
茂みの中。
森の奥。
至るところに、牙の生えた口を持つ緑色のツタが蠢いている。
どれだけ警戒しても――すべてを同時に見ることなどできない。
『クロロ、来るぞ!』
「ああ!」
次の瞬間。
――ズドォンッ‼
クロロが正面のツタを撃ち抜く。
同時にクロエも横から迫ったツタへ踏み込んだ。
「はぁっ!」
――ザシュッ!
剣がツタを切断する。
だが――。
二人が正面の敵へ意識を向けた、その僅かな隙。
クロロの背後。
地面を這っていた一本のツタが、ゆっくりと持ち上がった。
先端の口が大きく開く。
鋭い牙。
そして――。
――ヒュンッ!
一気にクロロへ襲いかかった。
「――兄さん! 後ろ!!」
「えっ!?」
クロエの声にクロロが振り返る。
だが――。
遅い。
「っ!」
すでに目の前には、大きく開かれたツタの口。
今からサジット・スナイプの銃口を向ける暇はない。
避ける時間も――。
「クロロ!」
アルスの声が響く。
鋭い牙がクロロへ迫る。
あと僅か。
その時だった。
――ダダダダダダッ!!
庭の向こうから、ものすごい勢いでこちらへ走ってくる者がいた。
葉を蹴散らし。
地面を強く踏みしめ。
長いメイド服の裾を大きく揺らしながら――。
「クロロ様ぁぁぁっ!!」
「――メメリ!?」
メメリだった。
屋敷から飛び出してきたメメリは、クロロの背後へ迫るツタを見た瞬間――。
さらに速度を上げた。
「間に合って……くださいっ!」
地面を強く蹴る。
――ダンッ!
メメリの小さな身体が宙へ舞い上がった。
「メメリ!?」
クロロが目を見開く。
空中でメメリは右手を大きく広げる。
「――っ!」
その掌へ――魔力が集まり始めた。
淡い光が渦を巻き、次第に形を作っていく。
柄。
そして――巨大な槌頭。
メメリの人型で扱う、星の力によって形作られた大型のハンマー。
それを両手で力強く握り締める。
「はぁぁぁぁぁぁっ!!」
身体を大きく捻る。
クロロへ噛みつこうとしていたツタの口へ狙いを定め――。
全体重を乗せて。
力いっぱい――。
大型ハンマーを振り下ろした。
――ドゴォォォォンッ‼
凄まじい衝撃音。
ハンマーがツタの口へ真正面から叩き込まれた。
鋭い牙ごと――。
叩き潰す。
――グシャァッ!!
ツタの口が大きくひしゃげた。
その勢いは止まらない。
「やぁぁぁぁぁっ!!」
メメリはそのままハンマーを振り抜く。
――ドォンッ!!
潰されたツタが地面へ激突した。
衝撃で土が舞い上がり、周囲の草花が大きく揺れる。
「…………」
クロロは目の前で起きた光景に呆然としていた。
ついさっきまで自分へ噛みつこうとしていた巨大なツタの口。
それが今は――地面にめり込み、完全に潰されている。
そして、その前には。
「…………ふぅ」
巨大なハンマーを両手で握った、小柄なメイド。
メメリが立っていた。
「メ、メメリ……?」
クロロが名前を呼ぶ。
メメリはすぐに振り返った。
「クロロ様!」
いつもの優しい表情とは違う。
そのミントグリーンの瞳には、強い意志が宿っている。
「お怪我はありませんか!?」
「あ、ああ……大丈夫だけど……」
クロロはメメリの持つ大型ハンマーを見る。
そして地面へ叩き潰されたツタを見る。
もう一度メメリを見る。
「…………」
クロエも剣を構えたまま、驚いたように目を見開いていた。
クロロもクロエも知らない。
目の前にいる、いつも穏やかで気遣いのできるメイドが――。
なぜ突然、魔力から巨大なハンマーを作り出せたのか。
しかし。
『……来たか、メメリ!』
サジット・スナイプとなっているアルスだけは違った。
「はい!」
メメリはアルスの声に力強く答える。
そして巨大なハンマーを構え直し――。
周囲を埋め尽くす、数え切れないほどのツタへ向き直った。
その小さな身体から放たれる雰囲気は。
もはや――ただのメイドのものではなかった。
「…………」
クロロは、巨大なハンマーを構えるメメリを呆然と見つめていた。
普段、屋敷で見ていた彼女とはあまりにも違う。
料理を運び。
紅茶を淹れ。
いつも周囲を気遣いながら、穏やかに微笑んでいた羊の角を持つメイド。
そのメメリが今――。
自分を襲おうとした巨大なツタを、たった一撃で叩き潰した。
「メメリ……そのハンマー……」
クロロが問いかける。
クロエも剣を構えたまま、メメリへ視線を向けた。
「あなた……いったい……?」
「…………」
メメリは一瞬、言葉を止めた。
手にした大型ハンマーへ視線を落とす。
昨夜までなら――。
きっと、隠そうとしただろう。
自分が何者なのか。
なぜこの力を使えるのか。
この屋敷で過ごしてきた間、ずっとそうしてきたのだから。
けれど――。
もう隠さない。
先ほど。
エメとビークルへ、すべてを打ち明けた。
それでも二人はメメリを受け入れてくれた。
そして今――。
目の前には、自分が待っていたのだと信じる相手がいる。
「……クロロ様」
メメリが静かに呼びかける。
「ん?」
「メメリは……クロロ様に、お伝えしなければならないことがあります」
その声に、クロロは僅かに目を見開いた。
メメリはハンマーを握り締める。
「本当は……もっと落ち着いた時に、きちんとお話しするべきなのかもしれません」
周囲では無数のツタが蠢いている。
とてもゆっくり話していられる状況ではない。
それでも。
これだけは――今、伝えておきたかった。
「ですが……もう、隠したまま戦うつもりはありません」
「隠す……?」
クロロが首を傾げる。
メメリは一度だけ目を閉じた。
そして――。
まっすぐクロロを見つめる。
「クロロ様」
その表情には、もう迷いはなかった。
「メメリの本当の名は――」
一呼吸。
「メメリ・エアリーズ」
「……!」
クロロの目が大きく見開かれた。
クロエも反応する。
「エアリーズ……?」
そして――。
『…………』
サジット・スナイプとなっているアルスは、何も言わなかった。
ただ静かに、メメリの言葉を聞いている。
メメリは続けた。
「メメリは――」
巨大なハンマーを構え直す。
そのミントグリーンの瞳が、力強く輝いた。
「十二星具の一人。おひつじ座の星具――メメリ・エアリーズです」
「――――!」
クロロの表情が固まった。
「……え?」
思わず間の抜けた声が漏れる。
「星具……?」
「はい」
「十二星具の……?」
「はい」
クロロはメメリを見る。
次に、肩へ担いでいるサジット・スナイプを見る。
そしてもう一度メメリを見る。
「…………マジで?」
「マジです」
いつもの丁寧な口調のまま、メメリが答えた。
「ええええええええええっ!?」
クロロの叫びが庭中へ響き渡った。
「メメリが星具ぅぅぅぅ!?」
「ちょ、兄さん! 声大きい!」
クロエも驚いてはいるものの、周囲の敵から目を離さない。
「だ、だって! メメリだぞ!? あのメメリが!?」
「メメリです」
「いや、それは分かってるけど!」
クロロは完全に混乱していた。
「じゃあ……アルスと同じ!?」
「はい。アルス様と同じく、星獣王様によって生み出された十二星具の一人です」
『そういうことだ』
アルスがようやく口を開いた。
「……アルス?」
クロロの眉がぴくりと動く。
「なんでそんな落ち着いてんだ?」
『…………』
「お前……もしかして知ってた?」
『…………』
「アルス?」
『今はそれどころじゃねぇだろ!』
「誤魔化した!?」
『前見ろ前! 来るぞ!』
「えっ――」
――ギィィィィィッ‼
無数のツタが一斉に口を開いた。
「うわっ! 本当に来た!」
クロロは慌ててサジット・スナイプを構える。
クロエもすぐに意識を戦闘へ戻した。
「話は後よ! まずはこいつらをなんとかする!」
「分かってる!」
「はい!」
三人がそれぞれ構える。
クロロはサジット・スナイプ。
クロエは長剣。
そしてメメリは――星の力によって生み出した大型のハンマー。
クロロは隣に立ったメメリをちらりと見る。
まだ聞きたいことは山ほどある。
どうして今まで黙っていたのか。
いつからここにいたのか。
なぜアルスは知っていたのか。
そして――。
本当に、自分が探していた十二星具の一人が。
こんなにも近くにいたなんて。
「……あとで全部聞かせてくれよ、メメリ!」
その言葉に。
メメリは嬉しそうに微笑んだ。
「はい。もちろんです、クロロ様」
そしてすぐに表情を引き締める。
「ですから今は――」
巨大なハンマーを両手で握り。
迫りくる無数のツタへ向けて構えた。
「皆様で、この危機を乗り越えましょう!」
「おう!」
クロロもサジット・スナイプを構える。
二人の星具。
そして一人の騎士長。
数え切れないほどのデットリーフを前に――。
三人は再び戦闘態勢へ入った。
「来ます!」
メメリの声と同時に――。
――ギィィィィッ‼
周囲を埋め尽くしていた無数のツタが、一斉に三人へ襲いかかった。
「クロエ! 右!」
「分かってる!」
クロエが地面を蹴る。
正面から飛び込んできたツタの口を紙一重でかわし――。
「はぁっ!」
――ザシュッ!
長剣を振り抜き、一刀のもとに切り裂いた。
だが、その背後から二本目、三本目のツタが迫る。
「させません!」
メメリが踏み込んだ。
巨大なハンマーを大きく振りかぶり――。
「やぁぁぁっ!」
――ドゴォォンッ‼
二本まとめて叩き潰す。
凄まじい衝撃で地面が揺れ、ツタの口が牙ごと押し潰された。
「メメリ、後ろ!」
「はい!」
メメリが振り返るより早く――。
クロロがサジット・スナイプの銃口を向けた。
「そこだ!」
――ズドォンッ‼
メメリの背後へ迫っていたツタが、弾丸を受けて吹き飛ぶ。
「ありがとうございます、クロロ様!」
「まだ来るぞ!」
『右上にもいる!』
アルスの声にクロロが即座に反応する。
――ズドンッ! ズドォンッ‼
頭上から襲いかかる二本の口を連続で撃ち抜いた。
そして――。
「兄さん、伏せて!」
「おっと!」
クロロが身体を低くする。
その頭上をクロエの剣が通過し――。
――ザシュッ!
背後から迫っていたツタを切り裂く。
「助かった!」
「ちゃんと周りを見て!」
「この数で全部見ろって無茶だろ!」
「だったら私たちを頼りなさい!」
「……分かった!」
クロロは小さく笑った。
三人は背中を預け合うように戦っていた。
前方はクロエが斬り開く。
クロエの攻撃をかわそうとしたツタには、クロロの弾丸が飛ぶ。
遠くから一気に伸びてくるツタも、サジット・スナイプの圧倒的な火力で吹き飛ばす。
そして――。
二人の間を抜けてきたもの。
一度に何本も押し寄せてきたものには。
「メメリにお任せください!」
――ドゴォォォンッ‼
メメリの大型ハンマーが叩き込まれる。
小柄な身体からは想像もつかないほどの一撃。
地面ごと叩きつけられたツタが、大きく跳ね上がった。
「すごいな、メメリ!」
「まだまだです!」
メメリはその勢いのまま身体を回転させる。
「えいっ!」
――ドゴンッ!
横薙ぎ(よこなぎ)の一撃。
迫っていた複数のツタがまとめて弾き飛ばされた。
『クロロ! 今だ!』
「ああ!」
クロロは吹き飛ばされたツタへ狙いを定める。
――ズドドドンッ‼
連続する銃声。
空中のツタへ次々と弾丸が命中し、その口を消し飛ばしていく。
さらに。
「はぁぁぁっ!」
――ザシュッ!
クロエが残ったツタを切り落とした。
「…………!」
クロロは思わず笑みを浮かべる。
先ほどまでとは違う。
一人増えただけ。
それなのに――戦いやすさがまるで違っていた。
クロエの剣。
メメリのハンマー。
そしてクロロが持つサジット・スナイプ。
互いが互いの死角を補い合うことで、数え切れないほどいたツタが次々と押し返されていく。
――ザシュッ!
――ドゴォンッ!
――ズドォンッ‼
斬撃。
打撃。
銃撃。
三つの攻撃が絶え間なく繋がっていく。
『いいぞ! そのまま押し切れ!』
「おう!」
「はい!」
「言われなくても!」
三人の攻勢は止まらない。
そして――。
その変化を。
ツタたちも感じ取っていた。
「……?」
クロエが眉を寄せる。
先ほどまで無我夢中で襲いかかってきていたツタの動きが、少しずつ変わり始めている。
「兄さん……」
「ああ。俺も気づいた」
クロロはサジット・スナイプを構えたまま答えた。
ツタが――距離を取り始めていた。
クロエの剣が届く範囲へ不用意に入ってこない。
メメリがハンマーを振り上げれば、その軌道から逃れるように下がる。
クロロが銃口を向ければ、何本ものツタが互いに重ならないよう散開する。
それでも攻撃を仕掛けてはくる。
しかし――。
明らかに先ほどまでの勢いがない。
『……やっぱりこいつら』
アルスが低い声を漏らす。
『状況を見てやがる』
「…………」
クロロの表情が真剣になる。
最初はクロエの剣を避け始めた。
次にアルスの銃口へ反応した。
自分が星具を使えば、一度攻撃を止めた。
そして仲間を呼び寄せた。
今度は――。
三人が力を合わせたことで、自分たちが押され始めていることまで理解しているように見える。
――ギチッ……。
一本のツタが口を開く。
だが、襲ってこない。
その周囲でも、無数のツタが不気味に身体を揺らしていた。
まるで――。
このまま戦い続けるのはまずい。
そう理解し始めたかのように。
「……どうした?」
クロロがサジット・スナイプの銃口を向ける。
ツタが僅かに身を引く。
それを見たクロロは目を細めた。
「さっきまでの勢いはどこいった?」
『クロロ、また煽ってんじゃねぇ』
「いや、だって――」
クロロは周囲を見渡す。
数では、今も圧倒的に相手が上。
しかも傷つけても再生する。
それでも――。
戦いの流れは、確実にこちらへ傾いていた。
クロエが長剣を構え。
メメリが大型ハンマーを握り。
クロロがサジット・スナイプの照準を合わせる。
その三人を前に――。
無数のツタは、次の一手を決めかねるように蠢き続けていた。
――ズズズズッ……。
「……?」
周囲にいたツタが、一斉に動き始めた。
クロエがすぐに剣を構え直す。
「来る!」
「メメリ、気をつけろ!」
「はい!」
三人は同時に身構えた。
だが――。
「……え?」
クロロが眉をひそめる。
様子がおかしい。
こちらへ向かってきたツタは――ほんの一部だけだった。
「はぁっ!」
――ザシュッ!
クロエが正面から迫った一本を切り落とす。
「そこ!」
――ズドォンッ‼
クロロも横から迫ったツタの口を撃ち抜く。
さらにメメリが――。
「えいっ!」
――ドゴォンッ‼
大型ハンマーで一本を地面へ叩き潰した。
だが。
「……少ない?」
クロエが気づく。
確かに攻撃は続いている。
けれど、先ほどまでのような数で押し潰すような攻撃ではない。
三人が簡単には前へ進めない程度に、数本ずつツタが襲いかかってくるだけ。
まるで――。
「……待て」
クロロが周囲を見回した。
「他の奴らは……?」
その時。
「クロロ様!」
メメリが声を上げた。
「向こうです!」
「え?」
メメリが指した方向。
そこには――。
「――っ!?」
大量のツタがいた。
だが、それらは三人へ向かっていない。
地面を這い。
茂みを抜け。
庭を横切り――。
一斉に、別の場所へ向かっていた。
その先にあるのは。
「……屋敷?」
クロロの顔色が変わる。
――ズズズズズズズズッ‼
数え切れないほどのツタが、ウィルハード家の屋敷へ向かって進んでいる。
壁を這おうとするもの。
窓へ向かうもの。
庭を横切り、正面側へ回り込もうとするもの。
先ほどまで三人を取り囲んでいた大部分のツタが――。
一斉に屋敷を狙い始めていた。
「まさか……!」
クロエもすぐに意図を察する。
『こいつ……!』
アルスの声が低くなる。
『作戦を変えやがった!』
「作戦……?」
『あたしたち三人を正面から相手するのはまずいって判断したんだ!』
クロロはハッとする。
確かに。
先ほどまでの戦いで、デットリーフは三人の力を見ていた。
クロエの剣。
メメリのハンマー。
そしてサジット・スナイプ。
数では圧倒していても――三人を簡単には倒せない。
だから。
「俺たちを倒すのを……やめた?」
『完全にやめたわけじゃねぇ!』
――ヒュンッ!
「っ!」
クロロの正面へ、一本のツタが襲いかかる。
――ズドンッ‼
すぐに撃ち抜く。
すると今度は左右から二本。
「兄さん!」
「分かってる!」
クロエが片方を切り落とし、もう片方をメメリが叩き潰す。
「……なるほどな」
クロロの表情が険しくなる。
攻撃そのものは止まっていない。
だが――明らかに三人を倒すための攻撃ではない。
一定の距離を保ちながら襲いかかり。
前へ進もうとすれば、その進路を塞ぐ。
こちらの注意を引きつけ続ける。
「こいつら……」
クロエもその意図に気づいた。
「私たちをここに足止めするつもりなのね」
「その間に残りは……」
クロロが屋敷を見る。
大量のツタが、すでに建物へ迫っている。
そこには――。
エメ。
ビークル。
そして大勢のメイドたちがいる。
「……まずい!」
メメリの表情が変わった。
「エメ様たちが!」
メメリが屋敷へ駆け出そうとする。
しかし――。
――バシュッ!
「っ!」
その進路を塞ぐように、複数のツタが地面から飛び出した。
「邪魔です!」
――ドゴォンッ‼
メメリが大型ハンマーを叩き込む。
一本を吹き飛ばす。
だが、すぐに次のツタが前へ出る。
「くっ……!」
「メメリ!」
クロロが援護する。
――ズドォンッ‼
メメリの前を塞いだツタの口が消し飛んだ。
「ありがとうございます!」
だが――。
さらに別のツタが現れる。
倒せないわけではない。
三人なら突破できる。
しかし、一本を倒すたびに別の一本が割り込んでくる。
時間を稼ぐ。
ただそれだけのために。
「……こいつ」
クロロは歯を食いしばった。
デットリーフは――確実に戦い方を変えている。
こちらの攻撃を避け始め。
不利になれば仲間を呼び。
それでも押されれば――今度は戦う相手そのものを変えた。
そして戦える三人には最低限のツタだけを残し。
その大部分を――。
戦う力を持たない者たちのいる屋敷へ向かわせた。
『クロロ!』
「ああ!」
クロロは屋敷へ迫っていく無数のツタを睨みつける。
「絶対に行かせるな!」
「もちろんよ!」
「はい!」
三人は一斉に屋敷へ向かおうとする。
だが――。
――ギィィィィィッ‼
足止めのために残されたツタたちが口を大きく開き、三人の前へ立ちはだかった。
その向こうでは。
数え切れないほどの緑色のツタが――。
ウィルハード家の屋敷へ、次々と迫っていた。
屋敷へ向かおうとするクロロたちの前を、足止めのために残されたツタが次々と塞いでいく。
「くそっ! 邪魔だ!」
クロロはサジット・スナイプを構え、迫るツタを撃ち抜く。
――ズドォンッ‼
一本の口が吹き飛ぶ。
しかし、その隙間を埋めるように別のツタが伸びてきた。
「これじゃ屋敷に着くまでに時間がかかる……!」
『クロロ!』
サジット・スナイプとなっているアルスが声を上げた。
『一度、星具を解除しろ!』
「え?」
『あたしとクロエでこいつらを引き受ける! その間にクロロはメメリと屋敷へ行け!』
「でも、それじゃ二人が――」
「心配いらないわ」
クロエがクロロの言葉を遮った。
長剣を構え、目の前で蠢くツタを鋭く睨む。
「この程度なら、私とアルスでなんとかする」
『そういうことだ! それより屋敷だ!』
アルスの声が響く。
『あれだけの数が向かってんだぞ! エメたちのところへ急げ!』
「…………」
クロロは一瞬だけ迷った。
だが――。
「……分かった!」
今、優先するべきことは屋敷の人たちを守ることだ。
クロロはサジット・スナイプを強く握り――。
「アルス、星具を解除するぞ!」
『おう!』
次の瞬間。
サジット・スナイプが朱色の光に包まれた。
巨大な銃身が光の粒子へと変わり、クロロの手から離れていく。
同時にクロロの朱色に染まっていた髪と瞳も、元の色へ戻っていった。
集まった光が人の形を作り――。
「よっと!」
アルスが地面へ降り立つ。
人型へ戻ると同時に、アルスは片手を前へ突き出した。
魔力が集まり――。
その手に、いつもの人型で使用するスナイパーライフルが形成される。
「クロエ!」
「分かってる!」
二人が並ぶ。
アルスはライフル。
クロエは長剣。
その背後にはクロロとメメリ。
「二人とも、あたしたちの後ろにいろ!」
アルスが銃口を前へ向けた。
「今から道を作る!」
――ギィィィッ‼
それを阻止しようとするように、何本ものツタが一斉に襲いかかってきた。
「はぁっ!」
クロエが真っ先に飛び込む。
――ザシュッ!
一本。
身体を反転させ――。
――ザシュッ!
二本。
立て続けにツタを切り落とす。
だが、その頭上から牙を開いた別のツタが迫る。
「クロエ、そのまま前へ行け!」
「ええ!」
――ズドンッ‼
アルスの弾丸がクロエの頭上を通り過ぎ、ツタの口を撃ち抜いた。
クロエは振り返らない。
アルスが守ってくれると分かっているからだ。
「邪魔よ!」
――ザシュッ!
「そっちもだ!」
――ズドォンッ‼
剣と銃。
二人の攻撃が次々とツタを押し退けていく。
一本倒せば次が来る。
それでもクロエは前へ進み続ける。
アルスもクロエの死角を正確に撃ち抜いていく。
「もう少し!」
クロエが剣を両手で握り締めた。
正面には、何本ものツタが絡み合うようにして進路を塞いでいる。
「はぁぁぁぁっ!!」
大きく踏み込み――。
――ザシュッ‼
長剣を一気に振り抜く。
複数のツタが切り裂かれ、大きく左右へ崩れた。
「アルス!」
「任せろ!」
アルスがライフルを構える。
――ズドンッ! ズドンッ! ズドォンッ‼
残ったツタの口を次々と撃ち抜く。
そして――。
「今だ!」
アルスが叫んだ。
「クロロ! メメリ!」
クロロたちから屋敷まで続く道が――一瞬だけ開いた。
「行けぇっ!」
「兄さん、早く!」
「……!」
クロロは屋敷へ続く道を見る。
すぐにツタが塞ごうとしているが、アルスとクロエが必死に食い止めてくれている。
「メメリ!」
「はい!」
二人は同時に走り出した。
「うおおおっ!」
クロロが全力で駆ける。
メメリも大型ハンマーを握ったまま、そのすぐ隣を走る。
――ヒュンッ!
横から一本のツタが伸びてくる。
だが。
「させない!」
――ザシュッ!
クロエが切り落とす。
別方向から二本。
「行かせるかよ!」
――ズドンッ! ズドンッ‼
アルスが撃ち抜いた。
二人が作ってくれた僅かな道。
その中央を、クロロとメメリは全速力で駆け抜けていく。
「アルス! クロエ!」
走りながらクロロが振り返った。
「ありがとう!」
メメリも続けて声を上げる。
「アルス様! クロエ様! ありがとうございます!」
「礼はあとだ!」
アルスが新たなツタへ銃口を向けながら叫ぶ。
「早く行け!」
「兄さん!」
クロエもツタを切り払いながらクロロを見る。
「エメさんたちをお願い!」
「ああ!」
クロロは力強く答えた。
もう振り返らない。
メメリと共に屋敷へ向かって走り続ける。
「メメリ、エメさんとビークルさんはどこにいる!?」
「メメリが先ほどお話ししていたお部屋にいらっしゃるはずです!」
「分かった! そこまで案内してくれ!」
「はい!」
屋敷へ迫る無数のツタ。
その光景を見たメメリの表情が険しくなる。
つい先ほど――。
すべてを打ち明けた自分を受け入れてくれた二人。
「行ってらっしゃい」
そう言って送り出してくれたエメ。
そして変わらず自分を受け入れてくれたビークル。
今度は――。
自分が二人を守る。
「クロロ様、こちらです!」
「おう!」
クロロとメメリは屋敷へ駆け込み――。
エメとビークルのいる場所を目指し、廊下を全速力で走っていった。
◇
その頃――。
屋敷の一室。
エメとビークルは、未だ部屋の中にいた。
メメリが飛び出していった後も、外からは絶え間なく激しい戦闘音が聞こえてくる。
――ズドンッ!
――ドォンッ!
遠くから響く銃声と衝撃音。
「……かなり激しくなっていますね」
ビークルは険しい表情を浮かべながら窓へ近づいた。
「ビークル……?」
「少々、外の様子を確認いたします」
そう言って、窓から庭を覗き込む。
そして――。
「……っ!」
ビークルの表情が変わった。
庭の向こう。
木々の間。
地面。
茂み。
あらゆる場所を埋め尽くすように、大量の緑色のツタが屋敷へ向かってきていた。
一本や二本ではない。
数えることすらできないほどのツタが、次々と屋敷へ迫っている。
「これは……!」
先ほどまで聞こえていた戦闘音の意味を、ビークルは瞬時に理解した。
「エメ様!」
いつもの落ち着いた声とは違う、切迫した声。
「すぐにこの場を離れましょう!」
「え……?」
エメが驚いたようにビークルを見る。
「外から大量のツタがこちらへ向かっております。ここにいては危険です!」
ビークルはすぐにエメの車椅子へ手をかけた。
「急ぎましょう!」
だが――。
その直後。
――ガシャァァァンッ‼
「きゃっ!」
突然、窓ガラスが粉々に砕け散った。
「エメ様!」
ビークルが咄嗟にエメを庇う。
割れた窓から飛び込んできたのは――。
「ギィィィッ!」
鋭い牙の並んだ口を持つ、緑色のツタ。
「もうここまで……!」
床の上を這いながら、ツタが二人へ近づいてくる。
ビークルは即座に車椅子を反転させた。
「こちらへ!」
この部屋に留まるのは危険だ。
まずは廊下へ出て、少しでも安全な場所へ――。
そう考え、扉へ向かおうとした。
しかし。
――バンッ‼
「っ!」
扉の前へ、別のツタが勢いよく飛び込んできた。
「ギィィ……!」
大きな口を開き――。
完全に行く手を塞ぐ。
「そんな……」
エメが息を呑む。
窓側には侵入してきたツタ。
出口には別のツタ。
逃げ道を――塞がれた。
「……っ」
ビークルは素早く周囲を確認する。
このまま無理に扉へ向かえば、エメが襲われる。
ならば――。
「エメ様、失礼いたします!」
ビークルは車椅子を押し、部屋の隅へ移動させた。
できる限りツタから距離を取れる場所へ。
そして車椅子を止める。
「ビークル……?」
エメが不安そうに見上げる。
「…………」
ビークルはゆっくりと振り返った。
窓から入ってきたツタが一本。
扉を塞いでいるツタも一本。
さらに割れた窓の向こうには――別のツタの影まで見える。
「……やむを得ませんね」
「え?」
ビークルは小さく息を吐く。
そして――。
エメの前へ立った。
「エメ様」
振り返らず、静かに告げる。
「その場を――決して動かないでください」
「ビークル、あなた……」
「何があろうとも、です」
いつもと変わらない丁寧な口調。
しかし、その声には強い覚悟が込められていた。
ビークルはさらに一歩前へ出る。
エメを背後に。
自らの身体を盾にするように――。
ツタとの間へ立ちはだかった。
「ギィィィィ……!」
牙を持つ口がゆっくりと開く。
それを前にしても、ビークルは退かない。
「この屋敷を預かる者として――」
静かに袖を整える。
「そしてエメ様にお仕えする執事として」
鋭い視線をツタへ向けた。
「主人を置いて逃げるという選択肢は、私にはございません」
「ビークル……」
エメがその背中を見つめる。
次の瞬間。
――ギィィィィッ‼
ツタの口が大きく開き――。
ビークルへ狙いを定めた。
それでも彼は、一歩も退かなかった。
「ギィィィィッ!」
ツタがビークルへ襲いかかった。
「…………」
ビークルは動かない。
牙が自分へ届く――その寸前。
僅かに身体を傾けた。
――ガチンッ!
鋭い牙が空を噛む。
その瞬間。
「ふっ!」
――ドゴッ!
ビークルの拳がツタの側面へ叩き込まれた。
「ギィッ!?」
衝撃でツタが大きく軌道を逸らす。
続けて二本目。
――ヒュンッ!
「…………」
一歩。
踏み込む。
――バキッ!
鋭い蹴りがツタを跳ね上げた。
さらに三本目が背後から迫る。
振り返らない。
身体を沈め――。
肘。
――ドゴンッ!
ツタが吹き飛ぶ。
「…………」
エメは目を見開いていた。
ビークルは淡々と。
正確に。
次々と迫るツタを捌いていく。
拳。
蹴り。
肘。
掌。
必要最小限の動きで攻撃をかわし、その力を逸らし――。
確実に反撃を叩き込む。
それでも。
ビークルは決して、ある場所から大きく離れない。
その背後。
車椅子に座る――エメ。
彼は常に。
エメとツタの間に立っていた。
◇
その頃――。
「クロロ様、こちらです!」
メメリが屋敷の廊下を全速力で駆けていた。
「この先です!」
「分かった!」
クロロもすぐ後ろを走る。
廊下の向こうから――。
――ガシャァンッ!
何かが割れる音が響いた。
「……!」
メメリの表情が変わる。
「今の音……!」
「あっちか!?」
「はい!」
二人はさらに速度を上げる。
「エメ様……!」
メメリは胸の中で祈る。
どうか。
どうか無事でいてほしい。
そして――。
「ここです!」
メメリが一つの部屋へ飛び込んだ。
「エメ様!」
「ビークルさん!」
クロロも続いて中へ入る。
そして――。
「…………え?」
二人は同時に固まった。
室内には大量のツタ。
割れた窓。
部屋の隅には車椅子に座るエメ。
その前では――。
「ふっ!」
――ドゴッ!
ビークルの拳がツタへ叩き込まれた。
「…………」
クロロは目を丸くする。
ビークルはさらに迫る一本へ身体を向ける。
ツタの口が噛みつこうとする。
だが。
僅かに半身になり――かわす。
そのまま掌を添え。
相手の勢いを利用するように――。
「はっ!」
――ドンッ!
軌道を変える。
ツタはそのまま壁へ激突した。
直後。
背後から別の一本。
ビークルは振り返りながら足を振り上げる。
――バキッ!
蹴りが直撃。
ツタが大きく吹き飛んだ。
「…………」
クロロは呆然とする。
そして。
「……強っ」
思わず声が漏れた。
メメリも隣で目を丸くしている。
「…………」
「メメリ……」
「……はい」
「あの人……執事だよな?」
「……はい」
「めちゃくちゃ強くないか?」
「……メメリも、初めて知りました……」
二人は揃ってビークルを見る。
長い間、この屋敷で働いてきたメメリですら知らなかった。
「ビークルさんって……こんなに強かったんですか……?」
その声が聞こえたのか。
ビークルはツタを受け流しながら、僅かに二人へ視線を向けた。
「問題ございません」
「いや、問題ないのは見れば分かるけど……」
クロロが思わず返す。
――ヒュンッ!
また一本。
ビークルは僅かに身体を逸らし――。
――ドゴッ!
拳で弾き飛ばした。
「…………」
助けに来たはずのクロロとメメリが――。
一瞬、助けに入ることすら忘れてしまうほどの光景だった。
「…………」
クロロとメメリは、目の前で繰り広げられる光景にしばらく目を奪われていた。
だが――。
「クロロ様!」
メメリが我に返る。
「見ている場合ではありません!」
「そ、そうだった!」
二人はすぐに戦闘へ意識を戻した。
メメリは大型ハンマーを構える。
「ビークルさん!」
「メメリさん」
ビークルはツタから目を離さず答える。
「お手伝いします!」
「お願いいたします」
短い返事。
そして――。
「では、エメ様には一本たりとも近づけぬようお願いいたします」
「はい!」
メメリはエメの前へ立つ。
「絶対にお守りします!」
「メメリ……」
エメがその背中を見つめる。
クロロも周囲を確認する。
「俺も――」
そこで気づいた。
「…………」
今の自分には武器がない。
アルスは外でクロエと戦っている。
「……どうしよう」
クロロは周囲を見回す。
そして――。
近くにあった椅子を掴んだ。
「これなら!」
迫ってきたツタへ振りかぶる。
「うおおおっ!」
――ガンッ‼
「…………」
椅子が壊れた。
「え?」
ツタは僅かに揺れただけ。
ほとんど効いていない。
「…………」
クロロの顔が引きつる。
ツタの口がゆっくりとこちらを向く。
「……まずい」
――ガァッ!
「クロロ様!」
――ドゴォンッ‼
メメリのハンマーが横から叩き込まれた。
ツタが吹き飛ぶ。
「助かった!」
「無茶しないでください!」
「……はい」
クロロは素直に頷いた。
その間にも――。
「ふっ!」
ビークルが一本のツタを受け流す。
相手の勢いを利用し、そのまま上へ跳ね上げた。
「メメリさん!」
「はい!」
メメリが踏み込む。
「やぁぁぁっ!」
――ドゴォンッ‼
大型ハンマーが振り下ろされる。
宙へ浮いたツタの口を真正面から叩き潰した。
「すげぇ……」
クロロが思わず呟く。
ビークルの技。
メメリの力。
まったく異なる戦い方。
それなのに――。
見事に噛み合っていた。
だが。
「……!」
クロロが天井を見る。
一本のツタが――。
二人の頭上を通り抜けていた。
その先には。
「エメさん!」
ツタの口がエメへ向く。
「――!」
メメリが振り返る。
「エメ様!」
ツタが一気に襲いかかった。
「エメ様には――!」
メメリが地面を蹴る。
大型ハンマーを大きく振り上げ――。
「触れさせません!」
――ドゴォンッ‼
ツタの口を横から叩き潰した。
「……!」
エメの目の前で、ツタが地面へ落ちる。
メメリはすぐにエメの前へ戻った。
「大丈夫ですか!?」
「ええ……ありがとう、メメリ」
「はい!」
ビークルもまた、エメの前へ立つ。
「エメ様をお守りできれば、それで十分です」
そして再び構えた。
クロロも武器こそないものの、周囲へ必死に目を配る。
「右から来る!」
「承知しました」
「メメリ、後ろ!」
「はい!」
クロロの声。
ビークルの技。
メメリの力。
三人が互いを補い合う。
クロロ、メメリ、ビークル。
三人はエメを守るため――。
迫りくる無数のツタへ、力を合わせて立ち向かっていった。
「はぁっ!」
――ドゴッ‼
ビークルの拳がツタへ叩き込まれる。
「やぁぁっ!」
――ドゴォンッ‼
メメリの大型ハンマーが別の一本を叩き潰す。
「また来るぞ!」
クロロが叫ぶ。
いくら退けても。
いくら叩き潰しても。
窓から。
床を這い。
次々とツタが押し寄せてくる。
「はぁ……はぁ……」
メメリの呼吸も少しずつ荒くなっていた。
ビークルの額にも汗が滲んでいる。
「……キリがありません!」
「そのようですね」
それでも二人はエメの前から退かない。
その時だった。
「…………」
一本のツタが――。
突然、動きを止めた。
「……?」
クロロが眉をひそめる。
そのツタの先端。
牙の並んだ大きな口が、僅かに歪んだ。
まるで――。
ニヤリと笑うように。
「……なんだ?」
クロロが不気味そうに見つめる。
次の瞬間。
――ドゴォォォォンッ‼
「――っ!?」
凄まじい音と共に――。
エメのすぐ近くの床が、下から砕け飛んだ。
「なっ!?」
「エメ様!」
床板を突き破り。
一本の巨大なツタが飛び出してくる。
完全な不意打ち(ふいうち)だった。
窓。
扉。
天井。
そこから迫るツタに意識を向けていた三人。
誰も――。
床下から来るとは思っていなかった。
「奥様!」
ビークルが即座に動く。
エメのもとへ駆け寄ろうとする。
だが。
――ヒュンッ!
「――!」
その瞬間を狙ったように。
別のツタがビークルへ襲いかかった。
――ドゴッ‼
「ぐっ!」
直撃。
「ビークルさん!」
メメリが叫ぶ。
ビークルの身体が吹き飛ばされ――。
――ドンッ!
壁へ激突した。
「ビークル!」
エメが叫ぶ。
そして――。
「きゃっ!?」
「――!」
メメリが振り返る。
床下から現れた巨大なツタが――。
エメの腰へ巻きついていた。
「エメ様!!」
ツタが身体を持ち上げる。
エメの身体が車椅子から離れた。
「きゃっ……!」
「離してください!」
メメリが駆け出す。
大型ハンマーを振り上げ――。
「エメ様を――!」
だが。
「――っ!」
振り下ろす直前。
メメリの動きが止まった。
ツタが――。
捕らえたエメを自分の前へ移動させた。
「…………!」
メメリの顔色が変わる。
「エメ様を……盾に……?」
攻撃できない。
このままハンマーを振れば、エメまで巻き込んでしまう。
そして――。
その一瞬の迷いを。
デットリーフは逃さなかった。
――ヒュンッ!
「メメリ!」
「――っ!」
横から別のツタが叩きつけられる。
――ドゴッ!
「きゃっ!」
メメリの小さな身体が吹き飛んだ。
「メメリ!」
クロロが走る。
飛ばされてきたメメリへ両腕を伸ばし――。
「――っと!」
受け止める。
「大丈夫か!?」
「は、はい!」
メメリはすぐに身体を起こす。
「メメリは全然大丈夫です!」
そしてエメを見る。
「それより、エメ様が!」
エメを捕らえたツタが、高く持ち上がる。
そして――。
――ギィィィィィィィッ‼
大きな鳴き声を上げた。
「……!」
その声を合図にしたかのように。
部屋中のツタが一斉に動きを変えた。
窓から入っていたツタ。
扉を塞いでいたツタ。
床を這っていたツタ。
すべてが――。
一斉に撤退を始める。
「え……?」
クロロが目を見開く。
「逃げる……?」
「エメ様!」
メメリがクロロの腕から離れ、追いかける。
エメを捕らえたツタも割れた窓へ向かっていた。
「返してください!」
メメリがハンマーを構える。
だが。
エメを傷つけるわけにはいかない。
慎重に狙いを定め――。
「やぁっ!」
振るう。
しかし。
――ヒュッ!
僅かに届かない。
ツタはエメを捕らえたまま、割れた窓から外へ飛び出した。
「エメ様ぁぁぁっ!!」
メメリが窓へ駆け寄る。
その目の前で。
ツタは庭を横切り。
森へ向かっていく。
「待ってください!」
メメリが叫ぶ。
だが――。
届かない。
エメを捕らえたツタは、そのまま森の中へ消えていった。
「…………」
クロロは窓の向こうを見つめる。
先ほどまであれほど激しく襲ってきていたツタも。
エメを捕らえた途端――。
一斉に撤退した。
まるで最初から目的があったかのように――。
エメを捕らえ。
そのまま、森の奥へと連れ去っていった。
◇
その頃――屋敷の外では。
「はぁっ!」
――ザシュッ‼
クロエの長剣が、正面から迫ってきたツタを切り裂いた。
「次!」
「こっちは任せろ!」
――ズドンッ‼
アルスの魔力で作り出したスナイパーライフルから弾丸が放たれ、クロエの横から迫っていたツタの口を撃ち抜く。
クロロとメメリを屋敷へ向かわせてからも、二人は残されたツタを相手に戦い続けていた。
「本当にしつこいわね……!」
「こいつら、最初からあたしたちを足止めする気しかねぇぞ!」
「分かってる!」
クロエは剣を握り直す。
できることなら、自分も今すぐ屋敷へ向かいたい。
クロロが心配だった。
だが――ここを突破しようとすれば、ツタが執拗に進路を塞いでくる。
「兄さん……!」
クロエが屋敷の方角を気にしながらも、目の前の敵へ剣を向けた。
その時だった。
――ピタッ。
「……?」
突然。
目の前にいたツタの動きが止まった。
「何……?」
クロエは剣を構えたまま眉をひそめる。
アルスもライフルを向け、警戒する。
「おい……なんだ?」
先ほどまであれほど激しく襲いかかってきていたツタが――。
一本残らず、その場で静止している。
「…………」
「…………」
クロエとアルスは動かない。
以前から、こいつらは明らかに考えるような行動を見せていた。
下手に近づけば、何をしてくるか分からない。
「アルス」
「ああ。油断すんな」
二人は背中合わせになり、周囲へ視線を走らせる。
すると――。
どこか遠くから。
――ギィィィィィィィッ‼
微か(かすか)に。
何かの鳴き声が響いた。
「……!」
アルスが反応する。
その直後。
止まっていたツタが一斉に動き出した。
「来る!」
クロエが剣を構える。
だが――。
「……違う?」
ツタは二人へ襲いかかってこなかった。
――ズズズズズズッ!
次々と身体を引き。
庭から。
茂みから。
森の近くから。
一斉に離れていく。
「撤退してる……?」
クロエが驚く。
「急にどうしたのよ……」
「さっきの鳴き声だ」
アルスが低い声で答えた。
「何かの合図みてぇに、一斉に引き始めやがった」
「合図……?」
「分かんねぇ。けど――」
アルスはライフルを構えたまま、後退していくツタを睨む。
「嫌な感じがする」
そして何気なく――。
屋敷の方へ視線を向けた。
「…………あ?」
その瞬間。
アルスの目が大きく見開かれる。
「おい……!」
「どうしたの?」
クロエも屋敷へ目を向ける。
ちょうどその時――。
割れた窓から一本のツタが飛び出してきた。
「……!」
だが。
ただのツタではない。
そのツタには――。
人が捕らえられている。
腰へ巻きついたツタによって宙へ持ち上げられ、そのまま連れ去られようとしている女性。
「――エメさん!?」
クロエが叫んだ。
「エメ!」
アルスの表情が一変する。
ツタはエメを捕らえたまま、ものすごい勢いで庭を進んでいく。
そして――森へ。
「野郎……!」
アルスが歯を食いしばる。
「最初からこれが狙いだったのか!?」
考えている暇はなかった。
「クロエ!」
アルスはライフルを消しながら叫ぶ。
「あたしはエメを追う!」
「えっ!?」
「このまま見失ったらヤバい!」
「待って、アルス!」
だが――。
「先に行く!」
――ダッ!
アルスは地面を強く蹴った。
朱色の髪をなびかせながら、エメを連れ去っていくツタを全速力で追いかける。
「エメぇぇぇっ!」
そのまま庭を駆け抜け――。
ツタが消えていった森の中へ飛び込んでいった。
「アルス!」
クロエは追いかけようと一歩踏み出す。
しかし。
「…………」
すぐに立ち止まった。
周囲を見る。
先ほどまで庭を埋め尽くしていたツタは、次々と森や地面の奥へ消えていく。
一本。
また一本。
やがて――。
「……いない」
完全に姿が見えなくなった。
クロエは剣を構えたまま、数秒間周囲を確認する。
「…………」
動くものはない。
襲ってくる気配もない。
「……よし」
そこでようやく剣を下ろす。
そして――。
「兄さん!」
クロエは勢いよく屋敷へ振り返った。
エメが連れ去られたということは――。
屋敷の中で何かがあった。
クロロとメメリは無事なのか。
「兄さん……!」
不安が一気に膨れ上がる。
「無事でいて……!」
クロエは屋敷へ向かって全力で走り出した。
庭を駆け抜け、屋敷の中へ飛び込む。
「兄さん! どこ!?」
返事を待つことすらせず、廊下を走る。
外のツタはすでに撤退している。
だが、それが本当に戦いの終わりを意味しているのかは分からない。
それ以上に――。
「兄さん……!」
クロロの姿を確認するまでは安心できなかった。
そして。
一つの部屋の前まで来た時――。
「……!」
開け放たれた扉の向こうに、人影が見えた。
「兄さん!」
クロエは勢いよく部屋へ飛び込んだ。
「――クロエ?」
窓際にいたクロロが振り返る。
「……!」
その姿を見た瞬間。
クロエの張り詰めていた表情が、ほんの僅かに緩んだ。
(よかった……お兄様、無事だった……)
だが、すぐに部屋の異様な状況へ気づく。
割れた窓。
破壊された床。
倒れた家具。
戦闘の跡が至るところに残っていた。
そして――。
「……メメリ?」
部屋の隅。
そこには、床に座り込んだメメリがいた。
「うっ……エメ様……」
そのミントグリーンの瞳から、涙がぽろぽろと零れている。
すぐ横にはビークルがいた。
先ほどツタの攻撃を受けて壁へ叩きつけられたため、身体には痛みが残っている。
それでも今はメメリのそばにしゃがみ込み、優しく背中を撫でていた。
「メメリ」
「……ビークルさん……」
「どうか、ご自分を責めないでください」
静かな声で語りかける。
「ですが……メメリが……」
メメリは震える手を強く握り締めた。
「メメリが、もっとちゃんとしていれば……エメ様を……」
「それは違います」
ビークルが優しく、しかしはっきりと言う。
「私もあの場におりました。そして、エメ様をお守りできなかった」
「でも……」
「今、私たちがするべきことは、自分を責めることではございません」
ビークルは涙を流すメメリの頭へ、そっと手を置いた。
「エメ様を――必ずお連れ戻しすることです」
「…………」
メメリは唇を噛み締める。
「……はい」
それでも涙は止まらなかった。
つい先ほど――。
自分の正体を打ち明けた。
嘘をついていたことも。
十二星具の一人であることも。
すべてを話した。
それでもエメは自分を抱き締めてくれた。
ここが自分の家だと。
いつでも帰ってきていいのだと――。
「エメ様……」
メメリは小さく名前を呼んだ。
その様子を見たクロエは、何も言えなかった。
そして――。
「…………」
クロロは窓際に立っていた。
外を見つめ、周囲を警戒している。
ツタはすでに撤退した。
庭にも。
森の手前にも。
先ほどまであれほど大量にいたツタの姿は見えない。
だが。
「……本当にいなくなったのか?」
クロロは目を細める。
あのツタたちは明らかにおかしい。
戦況を見て動きを変え。
自分たちを足止めし。
屋敷へ戦力を集中させ。
さらにはエメを盾にして攻撃を防ぎ――。
目的を果たした瞬間、一斉に撤退した。
「…………」
クロロは拳を握る。
(最初から……エメさんが狙いだったのか?)
それとも。
戦いの途中で狙いを変えたのか。
まだ何も分からない。
だからこそ、油断はできなかった。
「……兄さん」
クロエが声をかける。
「外は?」
「今のところツタは見えない」
クロロは窓の外から目を離さず答えた。
「でも、まだ安心しない方がいい。急に戻ってくるかもしれないから」
「……そうね」
クロエも剣を握ったまま、壊れた部屋を見渡す。
そして。
「アルスは?」
クロロが尋ねた。
「エメさんを連れ去ったツタを追っていったわ」
「アルスが!?」
クロロが勢いよく振り返る。
「ええ。私たちと戦っていたツタが急に撤退して……その時、屋敷からエメさんが連れ去られるのが見えたの。アルスはすぐに後を追ったわ」
「じゃあ……!」
クロロの表情が変わる。
アルスが追跡している。
なら――まだエメの行き先を突き止められる可能性がある。
その言葉を聞いたメメリも、涙に濡れた顔を上げた。
「アルス様が……エメ様を……?」
「ええ。すぐに追いかけたわ」
「…………!」
メメリは両手で涙を拭った。
「だったら……」
震えていた瞳に、少しずつ力が戻っていく。
「まだ……エメ様を助けられます」
ビークルが静かに頷いた。
「ええ。その通りです」
メメリは大型ハンマーを支えにしながら立ち上がる。
まだ涙の跡は残っている。
それでも――。
「メメリも……行きます」
その声には、確かな決意があった。
クロロも窓の向こう――アルスが消えていった森を見つめる。
エメはまだ生きている。
アルスが後を追っている。
ならば。
「……絶対に取り戻そう」
クロロの言葉に、メメリは強く頷いた。
その時だった。
――タッ、タッ、タッ。
廊下の向こうから、足音が聞こえてくる。
「……!」
全員が反応した。
クロエがすぐに長剣を構える。
「誰か来る……!」
クロロも扉へ視線を向ける。
足音は次第に近づき――。
「クロロ!」
「アルス!」
扉の向こうから現れたのは、エメを追って森へ入ったアルスだった。
「アルス様!」
メメリも駆け寄る。
「エメ様は!? エメ様はどうなりましたか!?」
「…………」
アルスは僅かに息を切らしていた。
森の中を全力で追いかけてきたのだろう。
「……悪い」
その一言に。
メメリの表情が曇った。
「途中で見失った」
「……!」
「かなり奥まで追ったんだけどよ。あいつ、森の中をめちゃくちゃな速さで進みやがって……」
アルスは悔しそうに拳を握る。
「途中で完全に姿が見えなくなった」
「そんな……」
メメリの肩が落ちる。
だが。
「ただ――」
アルスが続けた。
「手掛かりはある」
「手掛かり?」
クロロが聞き返す。
「ああ」
アルスは頷く。
「あいつを追って森の奥まで行った時、妙な場所を見つけた」
「妙な場所?」
「古井戸だ」
「井戸……?」
クロエが眉をひそめる。
「かなりデカい。しかも、ずっと使われてねぇ感じだった」
アルスは森で見たものを思い出しながら続ける。
「エメを連れたツタを見失ったのも、その近くだ」
「じゃあ、その井戸の中に……?」
クロロが尋ねる。
「分かんねぇ」
アルスは首を横に振った。
「さすがに一人で下りるのは危険だと思って戻ってきた」
「…………」
「でもな」
アルスの表情が真剣になる。
「あの井戸の縁に――付いてたんだよ」
「何が?」
「緑色の液体だ」
「……!」
クロロとクロエが同時に反応した。
「それって……」
「ああ」
アルスは頷く。
「デットリーフから出てたのと同じようなやつだ」
「…………」
クロロは考え込む。
古井戸。
その近くでエメを連れたツタを見失った。
さらに井戸の縁には、デットリーフと同じ緑色の液体。
偶然とは考えにくい。
すると。
「古井戸……でございますか?」
ビークルが静かに口を開いた。
「ビークルさん、知ってるのか?」
「はい」
ビークルは少し考えるように目を伏せる。
「森の奥には、確かに古い井戸がございます」
「やっぱり!」
「ですが……」
ビークルの表情が僅かに変わった。
「その井戸は、長年使われておりません」
「長年……?」
「はい」
そして何かを思い出したように――。
「…………」
ビークルが黙り込む。
「どうした?」
クロロが尋ねる。
「……もしかすると」
ビークルが顔を上げた。
「エメ様が連れ去られた場所に心当たりがございます」
「本当ですか!?」
メメリが身を乗り出す。
「はい」
ビークルは頷いた。
「あの古井戸は非常に深く――その下には、かつて屋敷で使用する水を蓄えていた巨大な空間がございます」
「水を蓄えてた場所?」
「はい。緊急時などに備えて水を貯めておくための場所でございます」
ビークルは続ける。
「ですが、現在では使用されておらず、長い間誰も立ち入っておりません」
「…………」
クロロは眉を寄せる。
頭の中で――。
これまで見つけたものが繋がっていく。
浴場。
床下に隠されていた穴。
そこに残っていた緑色の液体。
そして――。
噴水。
水中にあった大きな排水口。
そこにも残されていた、デットリーフのものと思われる緑色の液体。
さらに。
森の奥にある古井戸。
「……全部、水に関係してる」
クロロが呟いた。
「え?」
メメリがクロロを見る。
「浴場の穴。噴水の排水口。それに今度は古井戸だ」
「……!」
クロエも気づく。
「確かに……」
アルスも腕を組む。
「しかも、その井戸の下にはデカい貯水場所があるって話だ」
「…………」
しばらくの沈黙。
そして。
アルスが低い声で言った。
「デットリーフがその地下を利用してるってことか」
「断定はできないけど……」
クロロは拳を握る。
「調べる価値はある」
「はい!」
メメリが強く頷く。
先ほどまで涙に濡れていた瞳に、再び強い意志が宿る。
「メメリは行きます!」
「もちろん私もよ」
クロエも迷うことなく答えた。
「エメさんを連れ去った場所に繋がっている可能性があるなら、確認しない理由はないわ」
「あたしも行く」
アルスも頷く。
クロロはビークルを見る。
「その地下へ行く方法は?」
「ございます」
ビークルは静かに答えた。
「屋敷側から、貯水空間へ下りるための入口がございます」
「なら――」
クロロは全員を見る。
「行こう」
誰も反対しなかった。
エメが本当にそこにいるかは分からない。
だが――。
今ある手掛かりを追うしかない。
クロロたちは、長年誰も立ち入っていないという――。
屋敷地下の巨大な貯水空間へ向かうことを決めた。
◇
それから――。
ビークルの案内に従い、クロロ、クロエ、アルス、メメリの四人は屋敷の中庭へとやって来ていた。
「こちらでございます」
ビークルが一同を案内したのは――中庭の隅。
普段なら気にも留めないような場所だった。
そこには植物に隠れるようにして、一枚の古びた扉が存在していた。
「……こんなところに扉があったのか」
クロロが驚いたように呟く。
長い年月、誰にも使われていなかったことが一目で分かるほど古い。
金具は錆びつき、扉そのものもすっかり色褪せている。
メメリも不思議そうに見つめていた。
「メメリも……この扉のことは知りませんでした」
「無理もございません」
ビークルが答える。
「長年、使用されていない場所ですので」
ビークルは扉へ手をかけた。
「では、開けます」
力を込める。
――ギ……。
「……っ」
だが、扉は僅かに動いただけだった。
「随分と固くなっておりますね……」
もう一度力を込める。
――ギギギギギ……!
古い金具が悲鳴を上げる。
「ビークルさん、大丈夫か?」
「ええ。少々、お待ちください」
さらに力を加え――。
――ギィィィィィッ!
ようやく扉が開いた。
「開きました」
その向こうを見た一同は――。
「……うわ」
思わず息を呑んだ。
扉の先には。
地下深くへ向かって伸びる――長い階段。
どこまで続いているのか、ここからでは分からない。
奥は暗闇に包まれていた。
「この下が……」
クロエが呟く。
「先ほどお話しした、古い貯水空間へ繋がっております」
ビークルが答える。
「…………」
メメリは暗い階段の奥をじっと見つめる。
この先に――。
エメがいるかもしれない。
「エメ様……」
不安そうに名前を呟く。
クロロも階段の先を見据えた。
「行こう」
その一言に、全員がクロロを見る。
「ここにエメさんがいるかどうかは、まだ分からない。でも……手掛かりがあるなら確かめないと」
「ああ」
アルスが頷く。
「ここまで来て引き返す理由もねぇ」
「もちろんよ」
クロエも長剣へ手を添える。
メメリは胸元で手を握り締め――。
「はい」
力強く頷いた。
「必ず……エメ様を助けます」
ビークルもまた、静かに階段の奥を見つめる。
「参りましょう」
全員の気持ちは同じだった。
必ずエメを救い出す。
その決意を胸に――。
一同は、地下へ続く長い階段を下り始めた。
――コツ。
――コツ。
――コツ。
五人分の足音が、狭い階段に響く。
最初のうちは地上から差し込む光で足元が見えていた。
しかし――。
「……だんだん暗くなってきたな」
クロロが後ろを振り返る。
入口はすでに遥か上。
周囲の壁も、ほとんど見えなくなってきていた。
「このままじゃ危ないわね」
先頭近くを歩いていたクロエが足を止める。
そして片手を上げた。
「――シャイン」
その瞬間。
――ポウッ。
クロエの手の上に、小さな光の玉が出現した。
「おお……!」
柔らかな光が辺りへ広がる。
暗闇に沈んでいた階段。
古びた壁。
足元。
そのすべてがはっきりと見えるようになった。
クロエは光の玉を維持しながら、周囲を確認する。
「これなら大丈夫そうね」
「便利だな、その魔法」
クロロが感心する。
「基本的な光の魔法よ」
クロエはそう答えながら、再び先頭へ立った。
「でも油断しないで。ここから何が出てくるか分からないんだから」
「分かってる」
『特にデットリーフがここを根城にしてんなら、どこからツタが出てくるか分かんねぇぞ』
アルスも周囲を警戒する。
一同は再び階段を下りていった。
やがて――。
「……着いた」
長かった階段が終わった。
その先には。
「一本道……ですね」
メメリが呟く。
石造りの通路が、真っすぐ奥へ伸びていた。
クロエの光でも、その先までは照らしきれない。
左右に分かれ道もない。
「この先です」
ビークルが言う。
「この通路を進めば、貯水空間へ続いているはずでございます」
「なら迷う心配はなさそうだな」
クロロが答える。
「行きましょう」
クロエが先頭へ立つ。
右手には長剣。
もう片方の手には、周囲を照らすシャインの光。
その後ろをクロロたちが続く。
――コツ。
――コツ。
薄暗い地下通路に足音だけが響く。
誰もが周囲を警戒していた。
壁。
天井。
足元。
いつデットリーフのツタが飛び出してきてもおかしくない。
「…………」
そんな中。
クロロは隣を歩くメメリへちらりと目を向けた。
「……メメリ?」
「…………」
返事がない。
メメリは前を向いて歩いている。
しかし――その表情には不安が浮かんでいた。
「……エメさんが心配か?」
「……!」
メメリがクロロを見る。
「……はい」
小さく頷く。
「もちろん……アルス様が追いかけてくださって、ここに繋がるかもしれない手掛かりも見つかりました」
「うん」
「ですが……」
メメリは胸の前で手を握り締めた。
「エメ様は足を自由に動かすことができません。それなのに、あんな怪物に連れ去られて……もし何かあったらと思うと……」
「…………」
「メメリが、もっと早く助けられていたら……」
また、自分を責めるように俯きかける。
すると。
「大丈夫だよ」
「……え?」
クロロの言葉に、メメリが顔を上げた。
クロロは前を歩きながら、優しく笑う。
「エメさんはきっと無事だ」
「クロロ様……」
「だって、あいつらはエメさんを連れ去ったんだろ?」
「……はい」
「だったら、少なくとも何か理由があって連れていったはずだ」
クロロは拳を握る。
「だから――俺たちが間に合えばいい」
「…………」
「絶対に助けよう」
クロロはメメリをまっすぐ見る。
「みんなでエメさんを連れて、この屋敷に帰ってこよう」
「……!」
メメリの瞳が僅かに揺れる。
そして。
先ほどまで浮かんでいた不安を振り払うように――。
「……はい!」
力強く頷いた。
「そうですね!」
メメリは自分の頬を両手で軽く叩く。
「メメリが不安になっていてはいけません!」
「その意気だ」
「はい! エメ様を必ずお助けします!」
表情に少しずついつもの明るさが戻る。
その様子を見たクロロも、小さく笑った。
すると――。
先頭を歩いていたクロエが突然足を止めた。
「……待って」
「どうした?」
クロロたちも止まる。
クロエは通路の先をじっと見つめていた。
「…………」
シャインの光が届かない、その遥か先。
暗闇の中に――。
ほんの僅かな光が見えている。
「あそこ……」
クロエが目を細める。
「明かりが見える」
「……!」
全員の表情が変わった。
確かに。
一本道の先。
暗闇の向こうから、微か(かすか)な明かりが漏れている。
『いよいよかもしれねぇな』
アルスが声を潜める。
「全員、警戒して」
クロエは長剣を構え直した。
「何がいるか分からないわ」
クロロも頷く。
「分かった」
「はい」
メメリも表情を引き締める。
ビークルも周囲へ注意を向けながら、一同の後ろについた。
先ほどまでより足音を抑え――。
ゆっくり。
慎重に。
五人は暗い一本道を進んでいく。
そして――。
少しずつ。
少しずつ。
前方に見える明かりが、大きくなっていった。
その先に何が待っているのか。
エメは本当にそこにいるのか。
誰にも分からない。
ただ一つ。
必ずエメを救い出す。
その思いだけを胸に――。
一同は警戒しながら、地下の奥から漏れる明かりへと近づいていった。
エメを奪った緑のツタを追い、地下へと足を踏み入れたクロロたち。
その先で待っていたのは、巨大なデットリーフと、信じられない真実だった――。
次回、第九章「緑の魔手、その終焉」。すべての因縁に決着をつける戦いが始まる。
第八章を読んでいただき、ありがとうございます!
ついに屋敷で起きていた異変が本格的に動き始めました。
大噴水から現れたツタとの戦い。
そして、その裏で少しずつ明らかになっていくもの――。
今回の戦闘やキャラクターたちの行動について、
「ここが良かった!」
「このキャラが好き!」
「この先こうなるんじゃないか?」
など、何でも感想をいただけると嬉しいです!
特に、ここまで読んでくださった皆さんが屋敷の異変の正体をどう予想しているのか、作者としても気になっています。
短い一言でも大歓迎です!
次回はいよいよ、この事件の核心へと近づいていきます。




