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第八章 緑の魔手が狙うもの

 ――その頃。

 ウィルハード邸(てい)の裏庭では、すでに激しい戦闘(せんとう)が始まっていた。

「はぁぁっ!」

 クロエが地面を強く蹴(け)る。

 目の前から襲(おそ)いかかってきた緑色のツタへ踏み込み――。

 ――ザシュッ!

 鋭く剣を振り抜いた。

 一本のツタが真っ二つになり、切断(せつだん)された先端が地面へ転がる。

 だが――。

「まだ来る……!」

 噴水(ふんすい)から伸びる別のツタが、左右からクロエへ襲(おそ)いかかる。

 鋭い牙(きば)が並んだ口を大きく開き、そのまま噛(か)みつこうと迫ってきた。

 クロエは身体を沈めてかわす。

 そして、その勢いのまま剣を横薙ぎ(よこなぎ)に振るった。

 ――ブンッ!

 しかし。

「――っ!?」

 剣が空を切った。

 ツタは刃が届く直前――まるで攻撃の軌道(きどう)を読んだかのように、身体をくねらせて剣を避けたのだ。

「避けた……!?」

 その一瞬の隙(すき)を狙い、別のツタがクロエの背後へ回り込む。

「クロエ! 後ろ!」

 アルスの声。

 クロエは振り返ることなく、その場から横へ跳んだ。

 直後――。

 ――ガチンッ!

 先ほどまでクロエの頭があった場所で、ツタの口が勢いよく閉じられた。

 クロエは着地すると、すぐに体勢(たいせい)を整える。

「このっ!」

 剣を振るう。

 だが――。

 まただ。

「……!」

 ツタが身を捻(ひね)り、刃を避ける。

 完全にかわしたわけではない。

 ――ザッ!

 剣先がツタの表面を浅く切り裂き、緑色の液体が飛び散った。

 それでも切断(せつだん)には至らない。

「くっ……!」

 クロエは一歩下がった。

 昨夜とは――明らかに違う。

 前回のツタは、こちらへ向かってただ執拗(しつよう)に襲(おそ)いかかってきた。

 切れば切るほど再生する厄介(やっかい)な相手ではあったが、剣を当てること自体は難しくなかった。

 だからこそクロエは、片っ端から切り裂くことで押さえ込むことができた。

 だが――今は。

「はっ!」

 ――ザシュッ!

 一本を切る。

「もう一本!」

 次のツタへ刃を向ける。

 ――ヒュッ!

 かわされる。

 そこへさらに二本が左右から迫る。

「っ!」

 クロエは後方へ跳んだ。

 牙(きば)の生えた二つの口が、クロエのいた場所へ同時に食らいつく。

「……昨日より動きがいい」

 クロエは剣を構え直しながら呟(つぶや)いた。

 呼吸が少しずつ荒くなっている。

 ツタの数が多いだけではない。

 こちらの剣を避け始めている。

 もちろん、すべての攻撃を完璧(かんぺき)に見切っているわけではない。

 クロエの速度についてこられず、そのまま切断(せつだん)されるツタもある。

 しかし――。

 確実に。

 ほんの少しずつではあるが。

 クロエの攻撃に対応し始めていた。

(……キリがない!)

 クロエは心の中で舌打ちする。

 一本切り落としたところで終わらない。

 別のツタが襲(おそ)ってくる。

 しかも切断(せつだん)したものまで、しばらくすれば再び動き出す可能性がある。

 それに加えて――昨日より攻撃を避ける。

「本当に……面倒な相手ね!」

 クロエが再び踏み込んだ。

 ――ブンッ!

 ツタが避ける。

 だがクロエは剣を止めない。

「そこ!」

 振り抜いた剣を素早く返し、二撃目を放つ。

 ――ザシュッ!

 今度は避けきれず、ツタが切断(せつだん)された。

「よし――」

 だが喜ぶ暇などなかった。

「クロエ、右だ!」

「分かってる!」

 アルスの声と同時に、クロエは剣を構える。

 次々と迫ってくる緑のツタ。

 その動きは昨夜とは違う。

 クロエは襲(おそ)いかかるツタを片っ端から切り裂きながらも――。

 確実に、少しずつ苦戦を強いられ始めていた。

 一方――。

「クロロ! あたしから離れんなよ!」

「わ、分かってる!」

 アルスはクロロの前に立ち、彼を背後に庇(かば)いながらライフルを構えていた。

 先ほどデットリーフに水中へ引きずり込まれかけたクロロは、まだ全身びしょ濡(ぬ)れだった。

 首にはツタに締めつけられた感覚が残り、呼吸も完全には整っていない。

 そんなクロロへ狙いを定めるように――。

 一本のツタが噴水(ふんすい)から勢いよく伸びた。

「クロロに手ぇ出すんじゃねぇ!」

 アルスが即座(そくざ)に引き金を引く。

 ――ズドォンッ‼

 放たれた魔力(まりょく)の弾丸(だんがん)が、ツタの先端を正確に撃ち抜いた。

 ――バシュッ!

 緑色の液体を撒(ま)き散らしながら、ツタが大きく仰け反る(のけぞる)。

「すげぇ……」

「感心してる場合か!」

 アルスは叫びながら次の標的(ひょうてき)へ銃口(じゅうこう)を向けた。

 視線の先では、クロエが複数のツタを相手に戦っている。

「はぁっ!」

 クロエが一本を切り裂く。

 しかし、その死角(しかく)から別のツタが迫った。

「クロエ! 伏せろ!」

「!」

 クロエは迷うことなく身を低くする。

 その頭上を――。

 ――ズドォンッ‼

 アルスの弾丸(だんがん)が通過した。

 直後。

 ――バシュッ!

 背後からクロエへ噛(か)みつこうとしていたツタが撃ち抜かれる。

 クロエは一瞬だけアルスへ視線を向けた。

「助かったわ!」

「礼は後だ! まだ来るぞ!」

 アルスはすぐさま次のツタを狙う。

 今のアルスには、二つの役目があった。

 前線で戦うクロエの援護(えんご)。

 そして――。

「っ!」

 アルスが素早く身体を反転させる。

 クロロへ伸びていたツタへ狙いを定め――。

 ――ズドンッ‼

 撃ち落とす。

 クロロを守ること。

 クロロはアルスの主人ではあるが、今はサジット・スナイプを手にしていない。

 生身(なまみ)のクロロがあのツタに捕まれば、先ほどのように簡単に命を奪われかねない。

 だからアルスはクロロから大きく離れず、その場からクロエを援護(えんご)していた。

「ちっ……数が多すぎんだろ!」

 アルスの視線が忙しく動く。

 右――クロエ。

 左――クロロ。

 正面――噴水(ふんすい)。

 噴水(ふんすい)から伸びるツタは、次々と三人へ襲(おそ)いかかってくる。

「アルス!」

 クロエの声。

 一本のツタが大きく身体をくねらせ、クロエの剣をかわした。

 そのままクロエの脇(わき)を抜け――クロロへ向かう。

「させるかよ!」

 アルスが銃口(じゅうこう)を向ける。

 しかし――。

 ツタが突然、軌道(きどう)を変えた。

「なっ!?」

 アルスが撃つより先に左右へ大きく蛇行(だこう)する。

 まるで――。

 アルスが狙っていることを理解しているかのように。

「こいつ……!」

 アルスは舌打ちする。

 昨夜なら、そのまま真っ直ぐ突っ込んできていた。

 だが今は違う。

 クロエの剣だけではない。

 こちらの銃口(じゅうこう)まで意識している。

「アルス! そっち!」

 クロエが叫ぶ。

「分かってる!」

 ――ズドォンッ‼

 アルスが引き金を引く。

 だがツタは直前で身を捻(ひね)った。

 弾丸(だんがん)が側面を掠(かす)め、緑色の液体が飛び散る。

「避けやがった……!」

 完全には避けきれなかった。

 それでも――確かに射線(しゃせん)から逃れようとした。

 その瞬間、別のツタがクロロの横から飛び出す。

「クロロ!」

「うわっ!」

 アルスはクロロの服を掴(つか)み、自分の方へ強く引き寄せた。

 ――ガチンッ!

 牙(きば)が空を噛(か)む。

「危ねぇだろ! もっとこっち来い!」

「ご、ごめん!」

「謝る暇あったらあたしの後ろにいろ!」

 アルスはクロロを背後へ押しやると、再びライフルを構えた。

 前ではクロエが剣を振るい続ける。

 後ろには守らなければならないクロロ。

 そして周囲には、昨夜とは明らかに異なる動きを見せ始めたデットリーフ。

「くそっ……!」

 ――ズドンッ‼

 再び銃声が庭に響き渡る。

 クロエが前線でツタを切り裂き。

 アルスがその死角(しかく)を銃撃(じゅうげき)で補い。

 同時にクロロへ迫る攻撃を撃ち落とす。

 二人は互いを援護(えんご)しながら戦い続けていた。

 しかし――。

「はぁ……はぁ……!」

 クロエの呼吸が少しずつ荒くなっていく。

「キリが……ないわね……!」

「分かってるよ!」

 アルスもライフルを構え直す。

 いくら切っても。

 いくら撃っても。

 噴水(ふんすい)から伸びる緑のツタは――。

 三人へ襲(おそ)いかかることをやめなかった。

「いくら撃ってもキリがねぇ!」

 アルスがそう叫びながら、再び引き金を引く。

 ――ズドォンッ‼

 弾丸(だんがん)が一本のツタを撃ち抜き、その動きを止める。

 その隙(すき)にクロエも剣を振るい、正面から迫ってきたツタを切り裂いた。

「本当に……次から次へと!」

 ――ザシュッ!

 また一本。

 クロエは休む暇もなく次のツタへ視線を向ける。

 だが――。

 その時だった。

「――クロエ! 足元!」

 アルスが叫ぶ。

「え?」

 気づいた時には、遅かった。

 地面すれすれを這(は)ってきた細いツタが、クロエの足首へ巻きつく。

「きゃっ!?」

 グイッ!

「――っ!」

 突然足を引かれ、クロエの身体が大きく崩れた。

「クロエ!」

 咄嗟(とっさ)に剣を地面へ突き立てようとするが――。

 さらに別のツタが腕へ絡みつく。

「ちょっ……この!」

 一本。

 さらに一本。

「離しなさい!」

 クロエが必死に抵抗(ていこう)するものの、ツタは身体へ次々と巻きつき、動きを封じていく。

 そして――。

「ひゃっ!?」

 クロエの顔が一瞬で真っ赤になった。

「な、ななな……!」

 ツタの一部が服の隙間(すきま)へ入り込み、妙な動きで内側を這(は)い始めたのだ。

「ちょっ……! ど、どこ触ってるのよぉぉぉっ!!」

 クロエの悲鳴が庭中に響き渡った。

 身体をよじって逃れようとする。

 だが、現在の体勢(たいせい)ではうまく力が入らない。

 しかも動けば動くほど、絡みついたツタまで妙な方向へ動いてしまう。

「やっ……! ちょっと! そこじゃない! 出ていきなさいよぉっ!」

 クロエの顔は耳まで真っ赤だった。

「クロエ、大丈夫か!?」

 クロロが慌(あわ)てて妹を見る。

 そして状況を目にして――。

「なんてハレンチな奴なんだ……!」

「誰が感想を言えって言ったのよぉぉぉっ!!」

「うわっ!?」

 クロエがものすごい形相(ぎょうそう)で兄を睨(にら)みつける。

「兄さん! 見てないで早くなんとかしてよ!!」

「わ、分かった! 分かったから怒るなって!」

「怒るに決まってるでしょ!!」

「クロロ! こっちも来るぞ!」

 アルスが叫ぶ。

 ――ズドンッ‼

 クロロへ迫ったツタを撃ち抜く。

 クロロもそこで表情を切り替えた。

 冗談(じょうだん)を言っている場合ではない。

 クロエは捕まっている。

 アルスもクロエを援護(えんご)しながら自分を守っているため、自由に攻撃できない。

 しかも――。

 いくらツタを切り落としても、根本をどうにかしなければ終わらない。

「……アルス!」

「なんだ!」

 アルスがライフルを構えたまま返事をする。

 クロロは噴水(ふんすい)から伸び続ける大量のツタを見据えた。

「このまま一本ずつ相手しててもキリがない!」

「……!」

「だったら――一気に片をつけよう!」

 その言葉に、アルスの口元が上がった。

「……やっとその気になったか!」

「頼む!」

「ああ!」

 アルスは迫ってきたツタを最後に一発撃ち抜くと――。

 手にしていた魔力(まりょく)のライフルを消した。

 そしてクロロへ向き直る。

 クロロもアルスをまっすぐ見つめる。

 二人の間に、言葉以上の意思が通じる。

「クロロ!」

「ああ!」

 クロロは大きく息を吸った。

 そして――。

 星具(せいぐ)の名を叫ぶ。

「――サジット・スナイプ‼」

 その瞬間。

 アルスの身体が眩(まばゆ)い朱色(しゅいろ)の光に包まれた。

「――っ!」

 絡め取られたままのクロエも、その光へ目を向ける。

 アルスの人型(ひとがた)の姿が光の粒子(りゅうし)へと変化していく。

 朱色(しゅいろ)の髪。

 身体。

 衣服。

 すべてが無数の光となり――クロロのもとへ集まっていく。

 やがてその光は、一つの巨大な形を作り上げた。

 クロロは両手を伸ばす。

 その手へ収まったのは――。

 十二星具(じゅうにせいぐ)。

 いて座の真なる姿。

 巨大なスナイパーライフル。

【サジット・スナイプ】。

 ――ドクンッ!

 同時に。

 クロロの身体の奥で、星の力が脈打った。

「……っ!」

 朱色(しゅいろ)の光が全身を駆け抜ける。

 黒かった髪が――鮮やかな朱色(しゅいろ)へ。

 瞳(ひとみ)もまた、アルスと同じ朱色(しゅいろ)へと染まっていく。

 身体の内側から、これまでとはまるで違う力が溢(あふ)れ出す。

「よし……!」

 クロロはサジット・スナイプを強く握り締めた。

『クロロ! 一気にいくぞ!』

 武器となったアルスの声が響く。

「ああ!」

 目の前では――。

 牙(きば)を生やした無数の緑のツタが、クロロへ一斉に向きを変えていた。

 そして捕らえられたクロエが、真っ赤な顔で叫ぶ。

「兄さん! 格好つけてないで早く助けてぇぇぇっ!!」

「わ、分かってるって!」

 星具(せいぐ)を手にしたクロロは、巨大な銃口(じゅうこう)をデットリーフへと向けた。

 クロロはサジット・スナイプを両手でしっかりと構えた。

 朱色(しゅいろ)へ変化した瞳(ひとみ)が、目の前で蠢(うごめ)く無数のツタを捉(とら)える。

「よし……いくぞ、アルス!」

『おう! ぶっ飛ばしてやれ!』

 次の瞬間――。

 牙(きば)を剥(む)き出しにしたツタの口が、クロロへ襲(おそ)いかかった。

 だが。

「遅い!」

 ――ズドォンッ‼

 引き金を引く。

 放たれた弾丸(だんがん)は真正面からツタの口へ命中し――。

 ――ドォンッ!

 その先端を跡形もなく吹き飛ばした。

 さらに左。

「そこ!」

 ――ズドンッ‼

 二つ目。

 右から迫るツタへ銃口(じゅうこう)を向ける。

 ――ズドォンッ‼

 三つ目。

「まだまだ!」

 クロロは次々と標的(ひょうてき)を切り替えていく。

 一発。

 また一発。

 放たれるたびに、鋭い牙(きば)を持ったツタの口が次々と消し飛んでいった。

 人型(ひとがた)のアルスが使っていた魔力(まりょく)のライフルとは――威力(いりょく)がまるで違う。

 これこそ、十二星具(じゅうにせいぐ)としてのアルスの真の姿。

 サジット・スナイプ。

 先ほどまでクロエの剣やアルスの銃撃(じゅうげき)を避けていたツタも、今のクロロが放つ圧倒的(あっとうてき)な攻撃を前にしては対応しきれない。

 ――ズドンッ‼

 また一つ。

 ――ズドォンッ‼

 さらに一つ。

「す、すごい……」

 未だツタに捕まったままのクロエも、その光景を見つめていた。

 先ほどまであれほど苦戦していたツタが――。

 クロロが星具(せいぐ)を手にした途端(とたん)、一方的に押され始めている。

 やがて。

「……ん?」

 クロロが引き金から指を離した。

 残ったツタが――動きを止めていた。

 牙(きば)の並んだ口をクロロへ向けたまま、攻撃してこない。

「…………」

 不気味な静寂(せいじゃく)。

 クロロも警戒(けいかい)を解かず、サジット・スナイプを構え続ける。

 だが――。

(なんだ……?)

 逃げようとしているわけでもない。

 かといって、襲(おそ)いかかってくるわけでもない。

 ただ、その場で蠢(うごめ)いている。

 まるで――。

 何かを考えているように。

『クロロ、油断すんなよ』

「ああ」

 アルスの声に、クロロは短く答える。

 今朝アルスが話していたことを思い出す。

 今のデットリーフには、知性があるのかもしれない。

 だとすれば――。

 今、この怪物は。

 自分たちをどう攻めるべきか、考えているのかもしれない。

 それでもクロロは、あえて口元を緩めた。

「どうした?」

「…………」

「もう終わりか?」

 挑発(ちょうはつ)するようにサジット・スナイプを構え直す。

『お、おいクロロ。わざわざ煽(あお)るなって』

「だって全然動かないし」

『だからって――』

 その瞬間だった。

 ――ズズズズズズ……!

「……!」

 地面。

 噴水(ふんすい)。

 茂み。

 あらゆる場所から緑色のツタが一斉に伸び始めた。

「なっ……!」

 一本や二本ではない。

 十本。

 二十本。

 それ以上――。

 ツタはクロロを中心にして、次々と周囲へ広がっていく。

 左右。

 前後。

 そして――頭上。

「おいおい……」

 クロロが上を見る。

 緑色のツタが幾重(いくえ)にも重なり、空さえ覆(おお)っていた。

 さらに足元にも。

 地面を這(は)うツタが逃げ道を塞(ふさ)いでいく。

「兄さん!」

 解放されていないクロエが叫ぶ。

「囲まれてる!」

 クロロの周囲――。

 上。

 下。

 右。

 左。

 前。

 後ろ。

 上下三百六十度。

 あらゆる方向が、デットリーフのツタで埋め尽くされていた。

 そして――。

 ギチッ。

 ギチギチギチ――。

 無数のツタの先端が開く。

 そのすべてに並ぶ――鋭い牙(きば)。

『……クロロ』

 アルスの声にも僅(わず)かな緊張が混じる。

「…………」

 完全に包囲(ほうい)された。

 逃げ道はない。

 そして――。

 一斉に。

 ツタの口がクロロへ襲(おそ)いかかった。

「兄さん!!」

 クロエの叫びが響く。

 だが。

 その中心にいるクロロは――。

「…………」

 ニヤリ。

 笑った。

『……クロロ?』

「だったら――」

 サジット・スナイプを強く握る。

「全部まとめて撃ち落とす!」

 クロロは腰を大きく捻(ひね)った。

 そして――。

「うおおおおおっ!!」

 全身を使い、サジット・スナイプを勢いよく振り回した。

『えっ――ちょっ!?』

 ――ズドドドドドドドドドドッ‼

 引き金を引いたまま――回る。

 右。

 左。

 上。

 下。

 背後へ振り返り。

 再び頭上へ。

 巨大なサジット・スナイプを、あらゆる方向へ振り回しながら弾丸(だんがん)を撃ち続ける。

『ちょっ、クロロォォォォ!?』

 ――ズドドドドドドドドッ‼

 弾丸(だんがん)の雨。

 上下左右――全方位へ朱色(しゅいろ)の弾丸(だんがん)が撒(ま)き散らされる。

 迫っていたツタへ次々と命中した。

 ――ドドドドドォンッ‼

 一本が弾け飛ぶ。

 二本。

 三本。

 五本。

 十本――!

 無数の牙(きば)を持った口が次々と吹き飛んでいく。

『ま、待て! 待てってクロロ!』

「なんだよ!」

『目が回るぅぅぅぅぅぅ!!』

「武器になってても目回るのかよ!?」

『回るんだよぉぉぉ!!』

 それでもクロロは止まらない。

「もうちょっと我慢してくれ!」

『ちょっ――おま――うわぁぁぁぁぁぁ!!』

 ――ズドドドドドドドドッ‼

 朱色(しゅいろ)の弾丸(だんがん)が庭中を駆け抜ける。

 そして、その弾丸(だんがん)は――。

 クロエを捕らえていたツタにも次々と命中した。

「えっ――ちょっと兄さん!? こっちまで撃って――」

 ――バシュッ!

「ひゃっ!?」

 クロエの腕を拘束(こうそく)していたツタが弾け飛ぶ。

 ――バシュッ!

 続いて足。

 さらに身体へ絡みついていたツタも――。

 ――ドンッ!

「きゃっ!」

 次々と撃ち抜かれていく。

 もちろんクロエ自身には一発も当たらない。

 クロロは激しく武器を振り回しながらも、ツタだけを狙い撃っていた。

「…………!」

 クロエの身体を拘束(こうそく)していたツタが、みるみるボロボロになっていく。

 そして――。

 ブチッ!

 最後の一本が千切(ちぎ)れた。

「――っ!」

 拘束(こうそく)を失ったクロエの身体が地面へ落ちる。

「きゃっ!」

 なんとか受け身を取り、すぐに立ち上がった。

「やっと……!」

 自由になった。

 クロエは急いで服装を整えると、顔を真っ赤にしながら剣を拾い上げる。

「もう……最っ低……!」

 だが、その目には再び騎士長(きしちょう)としての鋭さが戻っていた。

 そして目の前では――。

「うおおおおおっ!」

『だから回すなぁぁぁぁぁぁ!!』

 クロロが全身を使ってサジット・スナイプを振り回し――。

 全方位から迫るデットリーフへ、圧倒的(あっとうてき)な弾丸(だんがん)の雨を浴びせ続けていた。

 ――ズドドドドドドドドッ‼

 庭中に響き渡っていた激しい銃声が――ようやく止んだ。

「……ふぅ!」

 クロロは大きく息を吐く。

 先ほどまでクロロを上下左右、あらゆる方向から包囲(ほうい)していた無数のツタ。

 その姿は――すでに見る影もなかった。

「…………」

 一本。

 二本どころではない。

 朱色(しゅいろ)の弾丸(だんがん)を無数に浴びたことで、ツタのあちこちには大小さまざまな穴が開いていた。

 牙(きば)の生えた口を吹き飛ばされたもの。

 途中から千切(ちぎ)れかけているもの。

 表面を何発も撃ち抜かれ、ボロボロになっているもの。

 緑色の液体が、開いた穴からぽたぽたと地面へ垂れている。

 先ほどまであれほど激しく暴れ回っていたツタたちは、力を失ったように地面へ横たわっていた。

「す、すごい……」

 解放されたクロエも剣を構えながら、その光景を見つめる。

 そして――。

 クロロはサジット・スナイプを肩へ担いだ。

 目の前に広がる惨状(さんじょう)を見ながら、少し得意げに口元を上げる。

「どうだ?」

 返事はない。

 クロロはさらに胸を張った。

「参ったか!」

「…………」

 当然、ツタから返事などない。

 しかしクロロは、完全に勝ち誇った顔をしていた。

「さすがにこれだけ撃てば――」

 その時。

 肩に担いでいたサジット・スナイプから――。

『うぅぅぅぅ……』

「ん?」

 妙に弱々しい声が聞こえてきた。

「どうした、アルス?」

『どうしたじゃ……ねぇよぉ……』

「?」

 クロロが不思議そうにサジット・スナイプを見る。

『目ぇ……回った……』

「まだ回ってたのか!?」

『お前があんな振り回すからだろぉ……!』

 アルスの声には、いつもの勢いがまったくなかった。

 先ほどクロロが全身を使ってサジット・スナイプをあらゆる方向へ振り回したせいで――。

 武器となっているアルスまで、完全に目を回していた。

『うぅ……世界が……ぐるぐるしてる……』

「武器の姿なのに?」

『だから武器でも回るもんは回るんだよぉ……』

「へぇ……」

『へぇじゃねぇ……』

 肩に担がれたまま、アルスは完全にぐったりしている。

「悪かったって」

『次やったら……絶対ぶん殴る……』

「でも、うまくいっただろ?」

『それとこれとは……別だ……』

 そのやり取りを聞いていたクロエは、思わず呆(あき)れた表情を浮かべた。

「二人とも……戦闘(せんとう)中だってこと忘れてないでしょうね?」

「あ」

『あ』

 声が重なる。

「…………」

 クロエの目が細くなる。

「まったく……」

 クロロは慌(あわ)てて前を向き直った。

 地面には、弾丸(だんがん)を浴びて穴だらけになった無数のツタ。

 今のところ――動く気配(けはい)はない。

「……まあ」

 クロロはもう一度サジット・スナイプを構え直そうとする。

「これだけボロボロなら――」

『クロロ……』

「ん?」

『頼むから……今はゆっくり動かしてくれ……』

「……分かったよ」

 クロロは苦笑しながら、今度は目を回したアルスを気遣うように、そっと銃口(じゅうこう)を持ち上げた。

 三人は、穴だらけになったツタを警戒(けいかい)しながら見つめていた。

「……これだけやれば、さすがに――」

 クロロがそう口にした、その時。

 ――ピクッ。

「……ん?」

 地面に横たわっていたツタの一本が、僅(わず)かに動いた。

 続いて――。

 ――ズズッ……。

 弾丸(だんがん)によって開けられた穴の周囲が、不気味に蠢(うごめ)き始める。

「おい……」

 クロロの表情から、先ほどまでの余裕が消えた。

 穴の開いた部分から新たな緑色の組織が伸び、ゆっくりと傷口を塞(ふさ)いでいく。

 千切(ちぎ)れかけていた部分も。

 吹き飛ばしたはずの先端も。

 次々と形を取り戻していった。

「……やっぱりこうなるか」

 クロロが呆(あき)れたように呟(つぶや)く。

『あれだけ撃ったのにかよ……』

 目を回していたアルスの声にも、少しずついつもの調子が戻ってきていた。

 クロエは剣を構え直す。

「前回も再生したものね。分かってはいたけど……厄介(やっかい)だわ」

 やがて――。

 すべてのツタが再生を終えた。

 弾丸(だんがん)によって穴だらけだった姿は、まるで何事もなかったかのように元へ戻っている。

「……本当にキリがないな」

 クロロがサジット・スナイプを構える。

 すると――。

 一本のツタが、ゆっくりと高く持ち上がった。

「……?」

 クロロたちが警戒(けいかい)する中、その先端にある巨大な口が――。

 グワッ!

 大きく開いた。

 そして。

「――――ギィィィィィィィィィィィィィィッ‼」

「っ!?」

 突然――凄(すさ)まじい鳴き声が庭中へ響き渡った。

「な、なんだ!?」

 クロロが思わず耳を塞(ふさ)ぐ。

「うるさっ……!」

『なんだよこいつ! いきなり!』

 クロエも顔をしかめながら周囲を警戒(けいかい)する。

 ただの威嚇(いかく)なのか。

 それとも――。

「……待って」

 クロエが何かに気づいた。

「何?」

「今……何か聞こえなかった?」

「え?」

 鳴き声が止んだ庭に――。

 別の音が聞こえてくる。

 ――ガサッ。

「…………」

 ――ガサガサッ。

 近くの森。

 木々の奥からだ。

「なんだ……?」

 クロロが森へ視線を向ける。

 すると――。

 ――ズルッ。

 木々の隙間(すきま)から。

 一本の緑色のツタが這(は)い出してきた。

「……!」

 だが。

 一本だけではない。

 ――ズルズルズルッ!

 二本。

 三本。

 十本――。

「ちょっと待て……」

 さらに別の方向。

 屋敷の脇(わき)にある茂みから。

 ――バサバサバサッ!

 大量のツタが飛び出した。

「嘘でしょ……?」

 クロエが目を見開く。

 それだけではなかった。

 森の奥。

 花壇(かだん)の間。

 植木の陰。

 地面の隙間(すきま)。

 庭の外。

 ありとあらゆる場所から――。

 ――ズズズズズズズズズッ‼

「……おいおい」

 クロロの顔が引きつる。

 緑。

 緑。

 緑――。

 視界の至るところが、蠢(うごめ)く緑色のツタで埋め尽くされていく。

 一本一本の先端には、同じ鋭い牙(きば)を持つ口。

 それらが次々とクロロたちへ向けられる。

『……これ全部……デットリーフか?』

 アルスの声からも、さすがに余裕が消えていた。

「数なんて……」

 クロエが周囲を見回す。

 数十――。

 そんな程度ではない。

 百を超えているのか。

 それ以上なのか。

 もはや――。

 数えることすらできない。

「さっきの鳴き声……」

 クロロが呟(つぶや)く。

「まさか……こいつらを呼んだのか?」

『……分かんねぇ。でも――』

 アルスが言葉を切る。

 周囲を埋め尽くした無数のツタが、一斉に口を開いた。

『……最悪の状況になったのは間違いねぇな』

 クロロはサジット・スナイプを握る手に力を込める。

 クロエも剣を構え、クロロのすぐ隣まで下がった。

「兄さん」

「ああ」

 背中合わせになるように、二人は周囲を見渡す。

 先ほどまでは、噴水(ふんすい)から伸びるツタだけだった。

 しかし今は――。

 近くの森をはじめ、あらゆる場所から現れた数え切れないほどのデットリーフのツタが、三人を完全に取り囲んでいた。

「……さすがに」

 クロロの額を、一筋の汗が伝う。

「これは多すぎないか……?」

 その問いに答えるように――。

 無数のツタの口から、一斉に不気味な鳴き声が響き渡った。

 無数のツタに取り囲まれたクロロとクロエ。

「…………」

 クロロはサジット・スナイプを構えたまま、周囲へ素早く視線を走らせる。

 クロエも剣を両手で握り、いつどこから襲(おそ)われても対応できるよう身構えていた。

 しかし――。

「これは……」

 クロエの額に汗が滲(にじ)む。

 多すぎる。

 正面だけではない。

 左右。

 背後。

 頭上。

 茂みの中。

 森の奥。

 至るところに、牙(きば)の生えた口を持つ緑色のツタが蠢(うごめ)いている。

 どれだけ警戒(けいかい)しても――すべてを同時に見ることなどできない。

『クロロ、来るぞ!』

「ああ!」

 次の瞬間。

 ――ズドォンッ‼

 クロロが正面のツタを撃ち抜く。

 同時にクロエも横から迫ったツタへ踏み込んだ。

「はぁっ!」

 ――ザシュッ!

 剣がツタを切断(せつだん)する。

 だが――。

 二人が正面の敵へ意識を向けた、その僅(わず)かな隙(すき)。

 クロロの背後。

 地面を這(は)っていた一本のツタが、ゆっくりと持ち上がった。

 先端の口が大きく開く。

 鋭い牙(きば)。

 そして――。

 ――ヒュンッ!

 一気にクロロへ襲(おそ)いかかった。

「――兄さん! 後ろ!!」

「えっ!?」

 クロエの声にクロロが振り返る。

 だが――。

 遅い。

「っ!」

 すでに目の前には、大きく開かれたツタの口。

 今からサジット・スナイプの銃口(じゅうこう)を向ける暇はない。

 避ける時間も――。

「クロロ!」

 アルスの声が響く。

 鋭い牙(きば)がクロロへ迫る。

 あと僅(わず)か。

 その時だった。

 ――ダダダダダダッ!!

 庭の向こうから、ものすごい勢いでこちらへ走ってくる者がいた。

 葉を蹴(け)散らし。

 地面を強く踏みしめ。

 長いメイド服の裾(すそ)を大きく揺らしながら――。

「クロロ様ぁぁぁっ!!」

「――メメリ!?」

 メメリだった。

 屋敷から飛び出してきたメメリは、クロロの背後へ迫るツタを見た瞬間――。

 さらに速度を上げた。

「間に合って……くださいっ!」

 地面を強く蹴(け)る。

 ――ダンッ!

 メメリの小さな身体が宙へ舞い上がった。

「メメリ!?」

 クロロが目を見開く。

 空中でメメリは右手を大きく広げる。

「――っ!」

 その掌(てのひら)へ――魔力(まりょく)が集まり始めた。

 淡い光が渦(うず)を巻き、次第に形を作っていく。

 柄。

 そして――巨大な槌頭(ついとう)。

 メメリの人型(ひとがた)で扱う、星の力によって形作られた大型のハンマー。

 それを両手で力強く握り締める。

「はぁぁぁぁぁぁっ!!」

 身体を大きく捻(ひね)る。

 クロロへ噛(か)みつこうとしていたツタの口へ狙いを定め――。

 全体重を乗せて。

 力いっぱい――。

 大型ハンマーを振り下ろした。

 ――ドゴォォォォンッ‼

 凄(すさ)まじい衝撃音(しょうげきおん)。

 ハンマーがツタの口へ真正面から叩き込まれた。

 鋭い牙(きば)ごと――。

 叩き潰(つぶ)す。

 ――グシャァッ!!

 ツタの口が大きくひしゃげた。

 その勢いは止まらない。

「やぁぁぁぁぁっ!!」

 メメリはそのままハンマーを振り抜く。

 ――ドォンッ!!

 潰(つぶ)されたツタが地面へ激突(げきとつ)した。

 衝撃(しょうげき)で土が舞い上がり、周囲の草花が大きく揺れる。

「…………」

 クロロは目の前で起きた光景に呆然(ぼうぜん)としていた。

 ついさっきまで自分へ噛(か)みつこうとしていた巨大なツタの口。

 それが今は――地面にめり込み、完全に潰(つぶ)されている。

 そして、その前には。

「…………ふぅ」

 巨大なハンマーを両手で握った、小柄なメイド。

 メメリが立っていた。

「メ、メメリ……?」

 クロロが名前を呼ぶ。

 メメリはすぐに振り返った。

「クロロ様!」

 いつもの優しい表情とは違う。

 そのミントグリーンの瞳(ひとみ)には、強い意志が宿っている。

「お怪我(けが)はありませんか!?」

「あ、ああ……大丈夫だけど……」

 クロロはメメリの持つ大型ハンマーを見る。

 そして地面へ叩き潰(つぶ)されたツタを見る。

 もう一度メメリを見る。

「…………」

 クロエも剣を構えたまま、驚いたように目を見開いていた。

 クロロもクロエも知らない。

 目の前にいる、いつも穏やかで気遣いのできるメイドが――。

 なぜ突然、魔力(まりょく)から巨大なハンマーを作り出せたのか。

 しかし。

『……来たか、メメリ!』

 サジット・スナイプとなっているアルスだけは違った。

「はい!」

 メメリはアルスの声に力強く答える。

 そして巨大なハンマーを構え直し――。

 周囲を埋め尽くす、数え切れないほどのツタへ向き直った。

 その小さな身体から放たれる雰囲気(ふんいき)は。

 もはや――ただのメイドのものではなかった。

「…………」

 クロロは、巨大なハンマーを構えるメメリを呆然(ぼうぜん)と見つめていた。

 普段、屋敷で見ていた彼女とはあまりにも違う。

 料理を運び。

 紅茶を淹(い)れ。

 いつも周囲を気遣いながら、穏やかに微笑んでいた羊の角を持つメイド。

 そのメメリが今――。

 自分を襲(おそ)おうとした巨大なツタを、たった一撃で叩き潰(つぶ)した。

「メメリ……そのハンマー……」

 クロロが問いかける。

 クロエも剣を構えたまま、メメリへ視線を向けた。

「あなた……いったい……?」

「…………」

 メメリは一瞬、言葉を止めた。

 手にした大型ハンマーへ視線を落とす。

 昨夜までなら――。

 きっと、隠そうとしただろう。

 自分が何者なのか。

 なぜこの力を使えるのか。

 この屋敷で過ごしてきた間、ずっとそうしてきたのだから。

 けれど――。

 もう隠さない。

 先ほど。

 エメとビークルへ、すべてを打ち明けた。

 それでも二人はメメリを受け入れてくれた。

 そして今――。

 目の前には、自分が待っていたのだと信じる相手がいる。

「……クロロ様」

 メメリが静かに呼びかける。

「ん?」

「メメリは……クロロ様に、お伝えしなければならないことがあります」

 その声に、クロロは僅(わず)かに目を見開いた。

 メメリはハンマーを握り締める。

「本当は……もっと落ち着いた時に、きちんとお話しするべきなのかもしれません」

 周囲では無数のツタが蠢(うごめ)いている。

 とてもゆっくり話していられる状況ではない。

 それでも。

 これだけは――今、伝えておきたかった。

「ですが……もう、隠したまま戦うつもりはありません」

「隠す……?」

 クロロが首を傾げる。

 メメリは一度だけ目を閉じた。

 そして――。

 まっすぐクロロを見つめる。

「クロロ様」

 その表情には、もう迷いはなかった。

「メメリの本当の名は――」

 一呼吸。

「メメリ・エアリーズ」

「……!」

 クロロの目が大きく見開かれた。

 クロエも反応する。

「エアリーズ……?」

 そして――。

『…………』

 サジット・スナイプとなっているアルスは、何も言わなかった。

 ただ静かに、メメリの言葉を聞いている。

 メメリは続けた。

「メメリは――」

 巨大なハンマーを構え直す。

 そのミントグリーンの瞳(ひとみ)が、力強く輝いた。

「十二星具(じゅうにせいぐ)の一人。おひつじ座の星具(せいぐ)――メメリ・エアリーズです」

「――――!」

 クロロの表情が固まった。

「……え?」

 思わず間の抜けた声が漏れる。

「星具(せいぐ)……?」

「はい」

「十二星具(じゅうにせいぐ)の……?」

「はい」

 クロロはメメリを見る。

 次に、肩へ担いでいるサジット・スナイプを見る。

 そしてもう一度メメリを見る。

「…………マジで?」

「マジです」

 いつもの丁寧(ていねい)な口調のまま、メメリが答えた。

「ええええええええええっ!?」

 クロロの叫びが庭中へ響き渡った。

「メメリが星具(せいぐ)ぅぅぅぅ!?」

「ちょ、兄さん! 声大きい!」

 クロエも驚いてはいるものの、周囲の敵から目を離さない。

「だ、だって! メメリだぞ!? あのメメリが!?」

「メメリです」

「いや、それは分かってるけど!」

 クロロは完全に混乱していた。

「じゃあ……アルスと同じ!?」

「はい。アルス様と同じく、星獣王(せいじゅうおう)様によって生み出された十二星具(じゅうにせいぐ)の一人です」

『そういうことだ』

 アルスがようやく口を開いた。

「……アルス?」

 クロロの眉(まゆ)がぴくりと動く。

「なんでそんな落ち着いてんだ?」

『…………』

「お前……もしかして知ってた?」

『…………』

「アルス?」

『今はそれどころじゃねぇだろ!』

「誤魔化(ごまか)した!?」

『前見ろ前! 来るぞ!』

「えっ――」

 ――ギィィィィィッ‼

 無数のツタが一斉に口を開いた。

「うわっ! 本当に来た!」

 クロロは慌(あわ)ててサジット・スナイプを構える。

 クロエもすぐに意識を戦闘(せんとう)へ戻した。

「話は後よ! まずはこいつらをなんとかする!」

「分かってる!」

「はい!」

 三人がそれぞれ構える。

 クロロはサジット・スナイプ。

 クロエは長剣(ちょうけん)。

 そしてメメリは――星の力によって生み出した大型のハンマー。

 クロロは隣に立ったメメリをちらりと見る。

 まだ聞きたいことは山ほどある。

 どうして今まで黙っていたのか。

 いつからここにいたのか。

 なぜアルスは知っていたのか。

 そして――。

 本当に、自分が探していた十二星具(じゅうにせいぐ)の一人が。

 こんなにも近くにいたなんて。

「……あとで全部聞かせてくれよ、メメリ!」

 その言葉に。

 メメリは嬉しそうに微笑んだ。

「はい。もちろんです、クロロ様」

 そしてすぐに表情を引き締める。

「ですから今は――」

 巨大なハンマーを両手で握り。

 迫りくる無数のツタへ向けて構えた。

「皆様で、この危機を乗り越えましょう!」

「おう!」

 クロロもサジット・スナイプを構える。

 二人の星具(せいぐ)。

 そして一人の騎士長(きしちょう)。

 数え切れないほどのデットリーフを前に――。

 三人は再び戦闘態勢(せんとうたいせい)へ入った。

「来ます!」

 メメリの声と同時に――。

 ――ギィィィィッ‼

 周囲を埋め尽くしていた無数のツタが、一斉に三人へ襲(おそ)いかかった。

「クロエ! 右!」

「分かってる!」

 クロエが地面を蹴(け)る。

 正面から飛び込んできたツタの口を紙一重(かみひとえ)でかわし――。

「はぁっ!」

 ――ザシュッ!

 長剣(ちょうけん)を振り抜き、一刀のもとに切り裂いた。

 だが、その背後から二本目、三本目のツタが迫る。

「させません!」

 メメリが踏み込んだ。

 巨大なハンマーを大きく振りかぶり――。

「やぁぁぁっ!」

 ――ドゴォォンッ‼

 二本まとめて叩き潰(つぶ)す。

 凄(すさ)まじい衝撃(しょうげき)で地面が揺れ、ツタの口が牙(きば)ごと押し潰(つぶ)された。

「メメリ、後ろ!」

「はい!」

 メメリが振り返るより早く――。

 クロロがサジット・スナイプの銃口(じゅうこう)を向けた。

「そこだ!」

 ――ズドォンッ‼

 メメリの背後へ迫っていたツタが、弾丸(だんがん)を受けて吹き飛ぶ。

「ありがとうございます、クロロ様!」

「まだ来るぞ!」

『右上にもいる!』

 アルスの声にクロロが即座(そくざ)に反応する。

 ――ズドンッ! ズドォンッ‼

 頭上から襲(おそ)いかかる二本の口を連続で撃ち抜いた。

 そして――。

「兄さん、伏せて!」

「おっと!」

 クロロが身体を低くする。

 その頭上をクロエの剣が通過し――。

 ――ザシュッ!

 背後から迫っていたツタを切り裂く。

「助かった!」

「ちゃんと周りを見て!」

「この数で全部見ろって無茶だろ!」

「だったら私たちを頼りなさい!」

「……分かった!」

 クロロは小さく笑った。

 三人は背中を預け合うように戦っていた。

 前方はクロエが斬(き)り開く。

 クロエの攻撃をかわそうとしたツタには、クロロの弾丸(だんがん)が飛ぶ。

 遠くから一気に伸びてくるツタも、サジット・スナイプの圧倒的(あっとうてき)な火力で吹き飛ばす。

 そして――。

 二人の間を抜けてきたもの。

 一度に何本も押し寄せてきたものには。

「メメリにお任せください!」

 ――ドゴォォォンッ‼

 メメリの大型ハンマーが叩き込まれる。

 小柄な身体からは想像もつかないほどの一撃。

 地面ごと叩きつけられたツタが、大きく跳ね上がった。

「すごいな、メメリ!」

「まだまだです!」

 メメリはその勢いのまま身体を回転させる。

「えいっ!」

 ――ドゴンッ!

 横薙ぎ(よこなぎ)の一撃。

 迫っていた複数のツタがまとめて弾き飛ばされた。

『クロロ! 今だ!』

「ああ!」

 クロロは吹き飛ばされたツタへ狙いを定める。

 ――ズドドドンッ‼

 連続する銃声。

 空中のツタへ次々と弾丸(だんがん)が命中し、その口を消し飛ばしていく。

 さらに。

「はぁぁぁっ!」

 ――ザシュッ!

 クロエが残ったツタを切り落とした。

「…………!」

 クロロは思わず笑みを浮かべる。

 先ほどまでとは違う。

 一人増えただけ。

 それなのに――戦いやすさがまるで違っていた。

 クロエの剣。

 メメリのハンマー。

 そしてクロロが持つサジット・スナイプ。

 互いが互いの死角(しかく)を補い合うことで、数え切れないほどいたツタが次々と押し返されていく。

 ――ザシュッ!

 ――ドゴォンッ!

 ――ズドォンッ‼

 斬撃(ざんげき)。

 打撃。

 銃撃(じゅうげき)。

 三つの攻撃が絶え間なく繋(つな)がっていく。

『いいぞ! そのまま押し切れ!』

「おう!」

「はい!」

「言われなくても!」

 三人の攻勢(こうせい)は止まらない。

 そして――。

 その変化を。

 ツタたちも感じ取っていた。

「……?」

 クロエが眉(まゆ)を寄せる。

 先ほどまで無我夢中(むがむちゅう)で襲(おそ)いかかってきていたツタの動きが、少しずつ変わり始めている。

「兄さん……」

「ああ。俺も気づいた」

 クロロはサジット・スナイプを構えたまま答えた。

 ツタが――距離(きょり)を取り始めていた。

 クロエの剣が届く範囲(はんい)へ不用意(ふようい)に入ってこない。

 メメリがハンマーを振り上げれば、その軌道(きどう)から逃れるように下がる。

 クロロが銃口(じゅうこう)を向ければ、何本ものツタが互いに重ならないよう散開(さんかい)する。

 それでも攻撃を仕掛けてはくる。

 しかし――。

 明らかに先ほどまでの勢いがない。

『……やっぱりこいつら』

 アルスが低い声を漏らす。

『状況を見てやがる』

「…………」

 クロロの表情が真剣になる。

 最初はクロエの剣を避け始めた。

 次にアルスの銃口(じゅうこう)へ反応した。

 自分が星具(せいぐ)を使えば、一度攻撃を止めた。

 そして仲間を呼び寄せた。

 今度は――。

 三人が力を合わせたことで、自分たちが押され始めていることまで理解しているように見える。

 ――ギチッ……。

 一本のツタが口を開く。

 だが、襲(おそ)ってこない。

 その周囲でも、無数のツタが不気味に身体を揺らしていた。

 まるで――。

 このまま戦い続けるのはまずい。

 そう理解し始めたかのように。

「……どうした?」

 クロロがサジット・スナイプの銃口(じゅうこう)を向ける。

 ツタが僅(わず)かに身を引く。

 それを見たクロロは目を細めた。

「さっきまでの勢いはどこいった?」

『クロロ、また煽(あお)ってんじゃねぇ』

「いや、だって――」

 クロロは周囲を見渡す。

 数では、今も圧倒的(あっとうてき)に相手が上。

 しかも傷つけても再生する。

 それでも――。

 戦いの流れは、確実にこちらへ傾いていた。

 クロエが長剣(ちょうけん)を構え。

 メメリが大型ハンマーを握り。

 クロロがサジット・スナイプの照準(しょうじゅん)を合わせる。

 その三人を前に――。

 無数のツタは、次の一手を決めかねるように蠢(うごめ)き続けていた。

 ――ズズズズッ……。

「……?」

 周囲にいたツタが、一斉に動き始めた。

 クロエがすぐに剣を構え直す。

「来る!」

「メメリ、気をつけろ!」

「はい!」

 三人は同時に身構えた。

 だが――。

「……え?」

 クロロが眉(まゆ)をひそめる。

 様子がおかしい。

 こちらへ向かってきたツタは――ほんの一部だけだった。

「はぁっ!」

 ――ザシュッ!

 クロエが正面から迫った一本を切り落とす。

「そこ!」

 ――ズドォンッ‼

 クロロも横から迫ったツタの口を撃ち抜く。

 さらにメメリが――。

「えいっ!」

 ――ドゴォンッ‼

 大型ハンマーで一本を地面へ叩き潰(つぶ)した。

 だが。

「……少ない?」

 クロエが気づく。

 確かに攻撃は続いている。

 けれど、先ほどまでのような数で押し潰(つぶ)すような攻撃ではない。

 三人が簡単には前へ進めない程度に、数本ずつツタが襲(おそ)いかかってくるだけ。

 まるで――。

「……待て」

 クロロが周囲を見回した。

「他の奴らは……?」

 その時。

「クロロ様!」

 メメリが声を上げた。

「向こうです!」

「え?」

 メメリが指した方向。

 そこには――。

「――っ!?」

 大量のツタがいた。

 だが、それらは三人へ向かっていない。

 地面を這(は)い。

 茂みを抜け。

 庭を横切り――。

 一斉に、別の場所へ向かっていた。

 その先にあるのは。

「……屋敷?」

 クロロの顔色が変わる。

 ――ズズズズズズズズッ‼

 数え切れないほどのツタが、ウィルハード家の屋敷へ向かって進んでいる。

 壁を這(は)おうとするもの。

 窓へ向かうもの。

 庭を横切り、正面側へ回り込もうとするもの。

 先ほどまで三人を取り囲んでいた大部分のツタが――。

 一斉に屋敷を狙い始めていた。

「まさか……!」

 クロエもすぐに意図を察する。

『こいつ……!』

 アルスの声が低くなる。

『作戦を変えやがった!』

「作戦……?」

『あたしたち三人を正面から相手するのはまずいって判断したんだ!』

 クロロはハッとする。

 確かに。

 先ほどまでの戦いで、デットリーフは三人の力を見ていた。

 クロエの剣。

 メメリのハンマー。

 そしてサジット・スナイプ。

 数では圧倒(あっとう)していても――三人を簡単には倒せない。

 だから。

「俺たちを倒すのを……やめた?」

『完全にやめたわけじゃねぇ!』

 ――ヒュンッ!

「っ!」

 クロロの正面へ、一本のツタが襲(おそ)いかかる。

 ――ズドンッ‼

 すぐに撃ち抜く。

 すると今度は左右から二本。

「兄さん!」

「分かってる!」

 クロエが片方を切り落とし、もう片方をメメリが叩き潰(つぶ)す。

「……なるほどな」

 クロロの表情が険しくなる。

 攻撃そのものは止まっていない。

 だが――明らかに三人を倒すための攻撃ではない。

 一定の距離(きょり)を保ちながら襲(おそ)いかかり。

 前へ進もうとすれば、その進路を塞(ふさ)ぐ。

 こちらの注意を引きつけ続ける。

「こいつら……」

 クロエもその意図に気づいた。

「私たちをここに足止めするつもりなのね」

「その間に残りは……」

 クロロが屋敷を見る。

 大量のツタが、すでに建物へ迫っている。

 そこには――。

 エメ。

 ビークル。

 そして大勢のメイドたちがいる。

「……まずい!」

 メメリの表情が変わった。

「エメ様たちが!」

 メメリが屋敷へ駆け出そうとする。

 しかし――。

 ――バシュッ!

「っ!」

 その進路を塞(ふさ)ぐように、複数のツタが地面から飛び出した。

「邪魔です!」

 ――ドゴォンッ‼

 メメリが大型ハンマーを叩き込む。

 一本を吹き飛ばす。

 だが、すぐに次のツタが前へ出る。

「くっ……!」

「メメリ!」

 クロロが援護(えんご)する。

 ――ズドォンッ‼

 メメリの前を塞(ふさ)いだツタの口が消し飛んだ。

「ありがとうございます!」

 だが――。

 さらに別のツタが現れる。

 倒せないわけではない。

 三人なら突破(とっぱ)できる。

 しかし、一本を倒すたびに別の一本が割り込んでくる。

 時間を稼ぐ。

 ただそれだけのために。

「……こいつ」

 クロロは歯を食いしばった。

 デットリーフは――確実に戦い方を変えている。

 こちらの攻撃を避け始め。

 不利になれば仲間を呼び。

 それでも押されれば――今度は戦う相手そのものを変えた。

 そして戦える三人には最低限のツタだけを残し。

 その大部分を――。

 戦う力を持たない者たちのいる屋敷へ向かわせた。

『クロロ!』

「ああ!」

 クロロは屋敷へ迫っていく無数のツタを睨(にら)みつける。

「絶対に行かせるな!」

「もちろんよ!」

「はい!」

 三人は一斉に屋敷へ向かおうとする。

 だが――。

 ――ギィィィィィッ‼

 足止めのために残されたツタたちが口を大きく開き、三人の前へ立ちはだかった。

 その向こうでは。

 数え切れないほどの緑色のツタが――。

 ウィルハード家の屋敷へ、次々と迫っていた。

 屋敷へ向かおうとするクロロたちの前を、足止めのために残されたツタが次々と塞(ふさ)いでいく。

「くそっ! 邪魔だ!」

 クロロはサジット・スナイプを構え、迫るツタを撃ち抜く。

 ――ズドォンッ‼

 一本の口が吹き飛ぶ。

 しかし、その隙間(すきま)を埋めるように別のツタが伸びてきた。

「これじゃ屋敷に着くまでに時間がかかる……!」

『クロロ!』

 サジット・スナイプとなっているアルスが声を上げた。

『一度、星具(せいぐ)を解除しろ!』

「え?」

『あたしとクロエでこいつらを引き受ける! その間にクロロはメメリと屋敷へ行け!』

「でも、それじゃ二人が――」

「心配いらないわ」

 クロエがクロロの言葉を遮(さえぎ)った。

 長剣(ちょうけん)を構え、目の前で蠢(うごめ)くツタを鋭く睨(にら)む。

「この程度なら、私とアルスでなんとかする」

『そういうことだ! それより屋敷だ!』

 アルスの声が響く。

『あれだけの数が向かってんだぞ! エメたちのところへ急げ!』

「…………」

 クロロは一瞬だけ迷った。

 だが――。

「……分かった!」

 今、優先するべきことは屋敷の人たちを守ることだ。

 クロロはサジット・スナイプを強く握り――。

「アルス、星具(せいぐ)を解除するぞ!」

『おう!』

 次の瞬間。

 サジット・スナイプが朱色(しゅいろ)の光に包まれた。

 巨大な銃身(じゅうしん)が光の粒子(りゅうし)へと変わり、クロロの手から離れていく。

 同時にクロロの朱色(しゅいろ)に染まっていた髪と瞳(ひとみ)も、元の色へ戻っていった。

 集まった光が人の形を作り――。

「よっと!」

 アルスが地面へ降り立つ。

 人型(ひとがた)へ戻ると同時に、アルスは片手を前へ突き出した。

 魔力(まりょく)が集まり――。

 その手に、いつもの人型(ひとがた)で使用するスナイパーライフルが形成される。

「クロエ!」

「分かってる!」

 二人が並ぶ。

 アルスはライフル。

 クロエは長剣(ちょうけん)。

 その背後にはクロロとメメリ。

「二人とも、あたしたちの後ろにいろ!」

 アルスが銃口(じゅうこう)を前へ向けた。

「今から道を作る!」

 ――ギィィィッ‼

 それを阻止(そし)しようとするように、何本ものツタが一斉に襲(おそ)いかかってきた。

「はぁっ!」

 クロエが真っ先に飛び込む。

 ――ザシュッ!

 一本。

 身体を反転させ――。

 ――ザシュッ!

 二本。

 立て続けにツタを切り落とす。

 だが、その頭上から牙(きば)を開いた別のツタが迫る。

「クロエ、そのまま前へ行け!」

「ええ!」

 ――ズドンッ‼

 アルスの弾丸(だんがん)がクロエの頭上を通り過ぎ、ツタの口を撃ち抜いた。

 クロエは振り返らない。

 アルスが守ってくれると分かっているからだ。

「邪魔よ!」

 ――ザシュッ!

「そっちもだ!」

 ――ズドォンッ‼

 剣と銃。

 二人の攻撃が次々とツタを押し退けていく。

 一本倒せば次が来る。

 それでもクロエは前へ進み続ける。

 アルスもクロエの死角(しかく)を正確に撃ち抜いていく。

「もう少し!」

 クロエが剣を両手で握り締めた。

 正面には、何本ものツタが絡み合うようにして進路を塞(ふさ)いでいる。

「はぁぁぁぁっ!!」

 大きく踏み込み――。

 ――ザシュッ‼

 長剣(ちょうけん)を一気に振り抜く。

 複数のツタが切り裂かれ、大きく左右へ崩れた。

「アルス!」

「任せろ!」

 アルスがライフルを構える。

 ――ズドンッ! ズドンッ! ズドォンッ‼

 残ったツタの口を次々と撃ち抜く。

 そして――。

「今だ!」

 アルスが叫んだ。

「クロロ! メメリ!」

 クロロたちから屋敷まで続く道が――一瞬だけ開いた。

「行けぇっ!」

「兄さん、早く!」

「……!」

 クロロは屋敷へ続く道を見る。

 すぐにツタが塞(ふさ)ごうとしているが、アルスとクロエが必死に食い止めてくれている。

「メメリ!」

「はい!」

 二人は同時に走り出した。

「うおおおっ!」

 クロロが全力で駆ける。

 メメリも大型ハンマーを握ったまま、そのすぐ隣を走る。

 ――ヒュンッ!

 横から一本のツタが伸びてくる。

 だが。

「させない!」

 ――ザシュッ!

 クロエが切り落とす。

 別方向から二本。

「行かせるかよ!」

 ――ズドンッ! ズドンッ‼

 アルスが撃ち抜いた。

 二人が作ってくれた僅(わず)かな道。

 その中央を、クロロとメメリは全速力で駆け抜けていく。

「アルス! クロエ!」

 走りながらクロロが振り返った。

「ありがとう!」

 メメリも続けて声を上げる。

「アルス様! クロエ様! ありがとうございます!」

「礼はあとだ!」

 アルスが新たなツタへ銃口(じゅうこう)を向けながら叫ぶ。

「早く行け!」

「兄さん!」

 クロエもツタを切り払いながらクロロを見る。

「エメさんたちをお願い!」

「ああ!」

 クロロは力強く答えた。

 もう振り返らない。

 メメリと共に屋敷へ向かって走り続ける。

「メメリ、エメさんとビークルさんはどこにいる!?」

「メメリが先ほどお話ししていたお部屋にいらっしゃるはずです!」

「分かった! そこまで案内してくれ!」

「はい!」

 屋敷へ迫る無数のツタ。

 その光景を見たメメリの表情が険しくなる。

 つい先ほど――。

 すべてを打ち明けた自分を受け入れてくれた二人。

「行ってらっしゃい」

 そう言って送り出してくれたエメ。

 そして変わらず自分を受け入れてくれたビークル。

 今度は――。

 自分が二人を守る。

「クロロ様、こちらです!」

「おう!」

 クロロとメメリは屋敷へ駆け込み――。

 エメとビークルのいる場所を目指し、廊下(ろうか)を全速力で走っていった。

 ◇

 その頃――。

 屋敷の一室。

 エメとビークルは、未だ部屋の中にいた。

 メメリが飛び出していった後も、外からは絶え間なく激しい戦闘(せんとう)音が聞こえてくる。

 ――ズドンッ!

 ――ドォンッ!

 遠くから響く銃声と衝撃音(しょうげきおん)。

「……かなり激しくなっていますね」

 ビークルは険しい表情を浮かべながら窓へ近づいた。

「ビークル……?」

「少々、外の様子を確認いたします」

 そう言って、窓から庭を覗(のぞ)き込む。

 そして――。

「……っ!」

 ビークルの表情が変わった。

 庭の向こう。

 木々の間。

 地面。

 茂み。

 あらゆる場所を埋め尽くすように、大量の緑色のツタが屋敷へ向かってきていた。

 一本や二本ではない。

 数えることすらできないほどのツタが、次々と屋敷へ迫っている。

「これは……!」

 先ほどまで聞こえていた戦闘(せんとう)音の意味を、ビークルは瞬時に理解した。

「エメ様!」

 いつもの落ち着いた声とは違う、切迫(せっぱく)した声。

「すぐにこの場を離れましょう!」

「え……?」

 エメが驚いたようにビークルを見る。

「外から大量のツタがこちらへ向かっております。ここにいては危険です!」

 ビークルはすぐにエメの車椅子(くるまいす)へ手をかけた。

「急ぎましょう!」

 だが――。

 その直後。

 ――ガシャァァァンッ‼

「きゃっ!」

 突然、窓ガラスが粉々に砕け散った。

「エメ様!」

 ビークルが咄嗟(とっさ)にエメを庇(かば)う。

 割れた窓から飛び込んできたのは――。

「ギィィィッ!」

 鋭い牙(きば)の並んだ口を持つ、緑色のツタ。

「もうここまで……!」

 床の上を這(は)いながら、ツタが二人へ近づいてくる。

 ビークルは即座(そくざ)に車椅子(くるまいす)を反転させた。

「こちらへ!」

 この部屋に留まるのは危険だ。

 まずは廊下(ろうか)へ出て、少しでも安全な場所へ――。

 そう考え、扉へ向かおうとした。

 しかし。

 ――バンッ‼

「っ!」

 扉の前へ、別のツタが勢いよく飛び込んできた。

「ギィィ……!」

 大きな口を開き――。

 完全に行く手を塞(ふさ)ぐ。

「そんな……」

 エメが息を呑(の)む。

 窓側には侵入(しんにゅう)してきたツタ。

 出口には別のツタ。

 逃げ道を――塞(ふさ)がれた。

「……っ」

 ビークルは素早く周囲を確認する。

 このまま無理に扉へ向かえば、エメが襲(おそ)われる。

 ならば――。

「エメ様、失礼いたします!」

 ビークルは車椅子(くるまいす)を押し、部屋の隅(すみ)へ移動させた。

 できる限りツタから距離(きょり)を取れる場所へ。

 そして車椅子(くるまいす)を止める。

「ビークル……?」

 エメが不安そうに見上げる。

「…………」

 ビークルはゆっくりと振り返った。

 窓から入ってきたツタが一本。

 扉を塞(ふさ)いでいるツタも一本。

 さらに割れた窓の向こうには――別のツタの影まで見える。

「……やむを得ませんね」

「え?」

 ビークルは小さく息を吐く。

 そして――。

 エメの前へ立った。

「エメ様」

 振り返らず、静かに告げる。

「その場を――決して動かないでください」

「ビークル、あなた……」

「何があろうとも、です」

 いつもと変わらない丁寧(ていねい)な口調。

 しかし、その声には強い覚悟が込められていた。

 ビークルはさらに一歩前へ出る。

 エメを背後に。

 自らの身体を盾(たて)にするように――。

 ツタとの間へ立ちはだかった。

「ギィィィィ……!」

 牙(きば)を持つ口がゆっくりと開く。

 それを前にしても、ビークルは退かない。

「この屋敷を預かる者として――」

 静かに袖(そで)を整える。

「そしてエメ様にお仕えする執事(しつじ)として」

 鋭い視線をツタへ向けた。

「主人を置いて逃げるという選択肢(せんたくし)は、私にはございません」

「ビークル……」

 エメがその背中を見つめる。

 次の瞬間。

 ――ギィィィィッ‼

 ツタの口が大きく開き――。

 ビークルへ狙いを定めた。

 それでも彼は、一歩も退かなかった。

「ギィィィィッ!」

 ツタがビークルへ襲(おそ)いかかった。

「…………」

 ビークルは動かない。

 牙(きば)が自分へ届く――その寸前。

 僅(わず)かに身体を傾けた。

 ――ガチンッ!

 鋭い牙(きば)が空を噛(か)む。

 その瞬間。

「ふっ!」

 ――ドゴッ!

 ビークルの拳(こぶし)がツタの側面へ叩き込まれた。

「ギィッ!?」

 衝撃(しょうげき)でツタが大きく軌道(きどう)を逸(そ)らす。

 続けて二本目。

 ――ヒュンッ!

「…………」

 一歩。

 踏み込む。

 ――バキッ!

 鋭い蹴(け)りがツタを跳ね上げた。

 さらに三本目が背後から迫る。

 振り返らない。

 身体を沈め――。

 肘(ひじ)。

 ――ドゴンッ!

 ツタが吹き飛ぶ。

「…………」

 エメは目を見開いていた。

 ビークルは淡々と。

 正確に。

 次々と迫るツタを捌(さば)いていく。

 拳(こぶし)。

 蹴(け)り。

 肘(ひじ)。

 掌(てのひら)。

 必要最小限の動きで攻撃をかわし、その力を逸(そ)らし――。

 確実に反撃を叩き込む。

 それでも。

 ビークルは決して、ある場所から大きく離れない。

 その背後。

 車椅子(くるまいす)に座る――エメ。

 彼は常に。

 エメとツタの間に立っていた。

 ◇

 その頃――。

「クロロ様、こちらです!」

 メメリが屋敷の廊下(ろうか)を全速力で駆けていた。

「この先です!」

「分かった!」

 クロロもすぐ後ろを走る。

 廊下(ろうか)の向こうから――。

 ――ガシャァンッ!

 何かが割れる音が響いた。

「……!」

 メメリの表情が変わる。

「今の音……!」

「あっちか!?」

「はい!」

 二人はさらに速度を上げる。

「エメ様……!」

 メメリは胸の中で祈る。

 どうか。

 どうか無事でいてほしい。

 そして――。

「ここです!」

 メメリが一つの部屋へ飛び込んだ。

「エメ様!」

「ビークルさん!」

 クロロも続いて中へ入る。

 そして――。

「…………え?」

 二人は同時に固まった。

 室内には大量のツタ。

 割れた窓。

 部屋の隅(すみ)には車椅子(くるまいす)に座るエメ。

 その前では――。

「ふっ!」

 ――ドゴッ!

 ビークルの拳(こぶし)がツタへ叩き込まれた。

「…………」

 クロロは目を丸くする。

 ビークルはさらに迫る一本へ身体を向ける。

 ツタの口が噛(か)みつこうとする。

 だが。

 僅(わず)かに半身になり――かわす。

 そのまま掌(てのひら)を添え。

 相手の勢いを利用するように――。

「はっ!」

 ――ドンッ!

 軌道(きどう)を変える。

 ツタはそのまま壁へ激突(げきとつ)した。

 直後。

 背後から別の一本。

 ビークルは振り返りながら足を振り上げる。

 ――バキッ!

 蹴(け)りが直撃。

 ツタが大きく吹き飛んだ。

「…………」

 クロロは呆然(ぼうぜん)とする。

 そして。

「……強っ」

 思わず声が漏れた。

 メメリも隣で目を丸くしている。

「…………」

「メメリ……」

「……はい」

「あの人……執事(しつじ)だよな?」

「……はい」

「めちゃくちゃ強くないか?」

「……メメリも、初めて知りました……」

 二人は揃(そろ)ってビークルを見る。

 長い間、この屋敷で働いてきたメメリですら知らなかった。

「ビークルさんって……こんなに強かったんですか……?」

 その声が聞こえたのか。

 ビークルはツタを受け流しながら、僅(わず)かに二人へ視線を向けた。

「問題ございません」

「いや、問題ないのは見れば分かるけど……」

 クロロが思わず返す。

 ――ヒュンッ!

 また一本。

 ビークルは僅(わず)かに身体を逸(そ)らし――。

 ――ドゴッ!

 拳(こぶし)で弾き飛ばした。

「…………」

 助けに来たはずのクロロとメメリが――。

 一瞬、助けに入ることすら忘れてしまうほどの光景だった。

「…………」

 クロロとメメリは、目の前で繰り広げられる光景にしばらく目を奪われていた。

 だが――。

「クロロ様!」

 メメリが我に返る。

「見ている場合ではありません!」

「そ、そうだった!」

 二人はすぐに戦闘(せんとう)へ意識を戻した。

 メメリは大型ハンマーを構える。

「ビークルさん!」

「メメリさん」

 ビークルはツタから目を離さず答える。

「お手伝いします!」

「お願いいたします」

 短い返事。

 そして――。

「では、エメ様には一本たりとも近づけぬようお願いいたします」

「はい!」

 メメリはエメの前へ立つ。

「絶対にお守りします!」

「メメリ……」

 エメがその背中を見つめる。

 クロロも周囲を確認する。

「俺も――」

 そこで気づいた。

「…………」

 今の自分には武器がない。

 アルスは外でクロエと戦っている。

「……どうしよう」

 クロロは周囲を見回す。

 そして――。

 近くにあった椅子(いす)を掴(つか)んだ。

「これなら!」

 迫ってきたツタへ振りかぶる。

「うおおおっ!」

 ――ガンッ‼

「…………」

 椅子(いす)が壊れた。

「え?」

 ツタは僅(わず)かに揺れただけ。

 ほとんど効いていない。

「…………」

 クロロの顔が引きつる。

 ツタの口がゆっくりとこちらを向く。

「……まずい」

 ――ガァッ!

「クロロ様!」

 ――ドゴォンッ‼

 メメリのハンマーが横から叩き込まれた。

 ツタが吹き飛ぶ。

「助かった!」

「無茶しないでください!」

「……はい」

 クロロは素直に頷(うなず)いた。

 その間にも――。

「ふっ!」

 ビークルが一本のツタを受け流す。

 相手の勢いを利用し、そのまま上へ跳ね上げた。

「メメリさん!」

「はい!」

 メメリが踏み込む。

「やぁぁぁっ!」

 ――ドゴォンッ‼

 大型ハンマーが振り下ろされる。

 宙へ浮いたツタの口を真正面から叩き潰(つぶ)した。

「すげぇ……」

 クロロが思わず呟(つぶや)く。

 ビークルの技。

 メメリの力。

 まったく異なる戦い方。

 それなのに――。

 見事に噛(か)み合っていた。

 だが。

「……!」

 クロロが天井を見る。

 一本のツタが――。

 二人の頭上を通り抜けていた。

 その先には。

「エメさん!」

 ツタの口がエメへ向く。

「――!」

 メメリが振り返る。

「エメ様!」

 ツタが一気に襲(おそ)いかかった。

「エメ様には――!」

 メメリが地面を蹴(け)る。

 大型ハンマーを大きく振り上げ――。

「触れさせません!」

 ――ドゴォンッ‼

 ツタの口を横から叩き潰(つぶ)した。

「……!」

 エメの目の前で、ツタが地面へ落ちる。

 メメリはすぐにエメの前へ戻った。

「大丈夫ですか!?」

「ええ……ありがとう、メメリ」

「はい!」

 ビークルもまた、エメの前へ立つ。

「エメ様をお守りできれば、それで十分です」

 そして再び構えた。

 クロロも武器こそないものの、周囲へ必死に目を配る。

「右から来る!」

「承知しました」

「メメリ、後ろ!」

「はい!」

 クロロの声。

 ビークルの技。

 メメリの力。

 三人が互いを補い合う。

 クロロ、メメリ、ビークル。

 三人はエメを守るため――。

 迫りくる無数のツタへ、力を合わせて立ち向かっていった。

「はぁっ!」

 ――ドゴッ‼

 ビークルの拳(こぶし)がツタへ叩き込まれる。

「やぁぁっ!」

 ――ドゴォンッ‼

 メメリの大型ハンマーが別の一本を叩き潰(つぶ)す。

「また来るぞ!」

 クロロが叫ぶ。

 いくら退けても。

 いくら叩き潰(つぶ)しても。

 窓から。

 床を這(は)い。

 次々とツタが押し寄せてくる。

「はぁ……はぁ……」

 メメリの呼吸も少しずつ荒くなっていた。

 ビークルの額にも汗が滲(にじ)んでいる。

「……キリがありません!」

「そのようですね」

 それでも二人はエメの前から退かない。

 その時だった。

「…………」

 一本のツタが――。

 突然、動きを止めた。

「……?」

 クロロが眉(まゆ)をひそめる。

 そのツタの先端。

 牙(きば)の並んだ大きな口が、僅(わず)かに歪(ゆが)んだ。

 まるで――。

 ニヤリと笑うように。

「……なんだ?」

 クロロが不気味そうに見つめる。

 次の瞬間。

 ――ドゴォォォォンッ‼

「――っ!?」

 凄(すさ)まじい音と共に――。

 エメのすぐ近くの床が、下から砕け飛んだ。

「なっ!?」

「エメ様!」

 床板を突き破り。

 一本の巨大なツタが飛び出してくる。

 完全な不意打ち(ふいうち)だった。

 窓。

 扉。

 天井。

 そこから迫るツタに意識を向けていた三人。

 誰も――。

 床下から来るとは思っていなかった。

「奥様!」

 ビークルが即座(そくざ)に動く。

 エメのもとへ駆け寄ろうとする。

 だが。

 ――ヒュンッ!

「――!」

 その瞬間を狙ったように。

 別のツタがビークルへ襲(おそ)いかかった。

 ――ドゴッ‼

「ぐっ!」

 直撃。

「ビークルさん!」

 メメリが叫ぶ。

 ビークルの身体が吹き飛ばされ――。

 ――ドンッ!

 壁へ激突(げきとつ)した。

「ビークル!」

 エメが叫ぶ。

 そして――。

「きゃっ!?」

「――!」

 メメリが振り返る。

 床下から現れた巨大なツタが――。

 エメの腰へ巻きついていた。

「エメ様!!」

 ツタが身体を持ち上げる。

 エメの身体が車椅子(くるまいす)から離れた。

「きゃっ……!」

「離してください!」

 メメリが駆け出す。

 大型ハンマーを振り上げ――。

「エメ様を――!」

 だが。

「――っ!」

 振り下ろす直前。

 メメリの動きが止まった。

 ツタが――。

 捕らえたエメを自分の前へ移動させた。

「…………!」

 メメリの顔色が変わる。

「エメ様を……盾(たて)に……?」

 攻撃できない。

 このままハンマーを振れば、エメまで巻き込んでしまう。

 そして――。

 その一瞬の迷いを。

 デットリーフは逃さなかった。

 ――ヒュンッ!

「メメリ!」

「――っ!」

 横から別のツタが叩きつけられる。

 ――ドゴッ!

「きゃっ!」

 メメリの小さな身体が吹き飛んだ。

「メメリ!」

 クロロが走る。

 飛ばされてきたメメリへ両腕を伸ばし――。

「――っと!」

 受け止める。

「大丈夫か!?」

「は、はい!」

 メメリはすぐに身体を起こす。

「メメリは全然大丈夫です!」

 そしてエメを見る。

「それより、エメ様が!」

 エメを捕らえたツタが、高く持ち上がる。

 そして――。

 ――ギィィィィィィィッ‼

 大きな鳴き声を上げた。

「……!」

 その声を合図にしたかのように。

 部屋中のツタが一斉に動きを変えた。

 窓から入っていたツタ。

 扉を塞(ふさ)いでいたツタ。

 床を這(は)っていたツタ。

 すべてが――。

 一斉に撤退(てったい)を始める。

「え……?」

 クロロが目を見開く。

「逃げる……?」

「エメ様!」

 メメリがクロロの腕から離れ、追いかける。

 エメを捕らえたツタも割れた窓へ向かっていた。

「返してください!」

 メメリがハンマーを構える。

 だが。

 エメを傷つけるわけにはいかない。

 慎重(しんちょう)に狙いを定め――。

「やぁっ!」

 振るう。

 しかし。

 ――ヒュッ!

 僅(わず)かに届かない。

 ツタはエメを捕らえたまま、割れた窓から外へ飛び出した。

「エメ様ぁぁぁっ!!」

 メメリが窓へ駆け寄る。

 その目の前で。

 ツタは庭を横切り。

 森へ向かっていく。

「待ってください!」

 メメリが叫ぶ。

 だが――。

 届かない。

 エメを捕らえたツタは、そのまま森の中へ消えていった。

「…………」

 クロロは窓の向こうを見つめる。

 先ほどまであれほど激しく襲(おそ)ってきていたツタも。

 エメを捕らえた途端(とたん)――。

 一斉に撤退(てったい)した。

 まるで最初から目的があったかのように――。

 エメを捕らえ。

 そのまま、森の奥へと連れ去っていった。

 ◇

 その頃――屋敷の外では。

「はぁっ!」

 ――ザシュッ‼

 クロエの長剣(ちょうけん)が、正面から迫ってきたツタを切り裂いた。

「次!」

「こっちは任せろ!」

 ――ズドンッ‼

 アルスの魔力(まりょく)で作り出したスナイパーライフルから弾丸(だんがん)が放たれ、クロエの横から迫っていたツタの口を撃ち抜く。

 クロロとメメリを屋敷へ向かわせてからも、二人は残されたツタを相手に戦い続けていた。

「本当にしつこいわね……!」

「こいつら、最初からあたしたちを足止めする気しかねぇぞ!」

「分かってる!」

 クロエは剣を握り直す。

 できることなら、自分も今すぐ屋敷へ向かいたい。

 クロロが心配だった。

 だが――ここを突破(とっぱ)しようとすれば、ツタが執拗(しつよう)に進路を塞(ふさ)いでくる。

「兄さん……!」

 クロエが屋敷の方角を気にしながらも、目の前の敵へ剣を向けた。

 その時だった。

 ――ピタッ。

「……?」

 突然。

 目の前にいたツタの動きが止まった。

「何……?」

 クロエは剣を構えたまま眉(まゆ)をひそめる。

 アルスもライフルを向け、警戒(けいかい)する。

「おい……なんだ?」

 先ほどまであれほど激しく襲(おそ)いかかってきていたツタが――。

 一本残らず、その場で静止している。

「…………」

「…………」

 クロエとアルスは動かない。

 以前から、こいつらは明らかに考えるような行動を見せていた。

 下手に近づけば、何をしてくるか分からない。

「アルス」

「ああ。油断すんな」

 二人は背中合わせになり、周囲へ視線を走らせる。

 すると――。

 どこか遠くから。

 ――ギィィィィィィィッ‼

 微か(かすか)に。

 何かの鳴き声が響いた。

「……!」

 アルスが反応する。

 その直後。

 止まっていたツタが一斉に動き出した。

「来る!」

 クロエが剣を構える。

 だが――。

「……違う?」

 ツタは二人へ襲(おそ)いかかってこなかった。

 ――ズズズズズズッ!

 次々と身体を引き。

 庭から。

 茂みから。

 森の近くから。

 一斉に離れていく。

「撤退(てったい)してる……?」

 クロエが驚く。

「急にどうしたのよ……」

「さっきの鳴き声だ」

 アルスが低い声で答えた。

「何かの合図みてぇに、一斉に引き始めやがった」

「合図……?」

「分かんねぇ。けど――」

 アルスはライフルを構えたまま、後退していくツタを睨(にら)む。

「嫌な感じがする」

 そして何気なく――。

 屋敷の方へ視線を向けた。

「…………あ?」

 その瞬間。

 アルスの目が大きく見開かれる。

「おい……!」

「どうしたの?」

 クロエも屋敷へ目を向ける。

 ちょうどその時――。

 割れた窓から一本のツタが飛び出してきた。

「……!」

 だが。

 ただのツタではない。

 そのツタには――。

 人が捕らえられている。

 腰へ巻きついたツタによって宙へ持ち上げられ、そのまま連れ去られようとしている女性。

「――エメさん!?」

 クロエが叫んだ。

「エメ!」

 アルスの表情が一変する。

 ツタはエメを捕らえたまま、ものすごい勢いで庭を進んでいく。

 そして――森へ。

「野郎……!」

 アルスが歯を食いしばる。

「最初からこれが狙いだったのか!?」

 考えている暇はなかった。

「クロエ!」

 アルスはライフルを消しながら叫ぶ。

「あたしはエメを追う!」

「えっ!?」

「このまま見失ったらヤバい!」

「待って、アルス!」

 だが――。

「先に行く!」

 ――ダッ!

 アルスは地面を強く蹴(け)った。

 朱色(しゅいろ)の髪をなびかせながら、エメを連れ去っていくツタを全速力で追いかける。

「エメぇぇぇっ!」

 そのまま庭を駆け抜け――。

 ツタが消えていった森の中へ飛び込んでいった。

「アルス!」

 クロエは追いかけようと一歩踏み出す。

 しかし。

「…………」

 すぐに立ち止まった。

 周囲を見る。

 先ほどまで庭を埋め尽くしていたツタは、次々と森や地面の奥へ消えていく。

 一本。

 また一本。

 やがて――。

「……いない」

 完全に姿が見えなくなった。

 クロエは剣を構えたまま、数秒間周囲を確認する。

「…………」

 動くものはない。

 襲(おそ)ってくる気配(けはい)もない。

「……よし」

 そこでようやく剣を下ろす。

 そして――。

「兄さん!」

 クロエは勢いよく屋敷へ振り返った。

 エメが連れ去られたということは――。

 屋敷の中で何かがあった。

 クロロとメメリは無事なのか。

「兄さん……!」

 不安が一気に膨れ上がる。

「無事でいて……!」

 クロエは屋敷へ向かって全力で走り出した。

 庭を駆け抜け、屋敷の中へ飛び込む。

「兄さん! どこ!?」

 返事を待つことすらせず、廊下(ろうか)を走る。

 外のツタはすでに撤退(てったい)している。

 だが、それが本当に戦いの終わりを意味しているのかは分からない。

 それ以上に――。

「兄さん……!」

 クロロの姿を確認するまでは安心できなかった。

 そして。

 一つの部屋の前まで来た時――。

「……!」

 開け放たれた扉の向こうに、人影が見えた。

「兄さん!」

 クロエは勢いよく部屋へ飛び込んだ。

「――クロエ?」

 窓際にいたクロロが振り返る。

「……!」

 その姿を見た瞬間。

 クロエの張り詰めていた表情が、ほんの僅(わず)かに緩んだ。

(よかった……お兄様、無事だった……)

 だが、すぐに部屋の異様な状況へ気づく。

 割れた窓。

 破壊された床。

 倒れた家具。

 戦闘(せんとう)の跡が至るところに残っていた。

 そして――。

「……メメリ?」

 部屋の隅(すみ)。

 そこには、床に座り込んだメメリがいた。

「うっ……エメ様……」

 そのミントグリーンの瞳(ひとみ)から、涙がぽろぽろと零(こぼ)れている。

 すぐ横にはビークルがいた。

 先ほどツタの攻撃を受けて壁へ叩きつけられたため、身体には痛みが残っている。

 それでも今はメメリのそばにしゃがみ込み、優しく背中を撫(な)でていた。

「メメリ」

「……ビークルさん……」

「どうか、ご自分を責めないでください」

 静かな声で語りかける。

「ですが……メメリが……」

 メメリは震える手を強く握り締めた。

「メメリが、もっとちゃんとしていれば……エメ様を……」

「それは違います」

 ビークルが優しく、しかしはっきりと言う。

「私もあの場におりました。そして、エメ様をお守りできなかった」

「でも……」

「今、私たちがするべきことは、自分を責めることではございません」

 ビークルは涙を流すメメリの頭へ、そっと手を置いた。

「エメ様を――必ずお連れ戻しすることです」

「…………」

 メメリは唇(くちびる)を噛(か)み締める。

「……はい」

 それでも涙は止まらなかった。

 つい先ほど――。

 自分の正体を打ち明けた。

 嘘をついていたことも。

 十二星具(じゅうにせいぐ)の一人であることも。

 すべてを話した。

 それでもエメは自分を抱き締めてくれた。

 ここが自分の家だと。

 いつでも帰ってきていいのだと――。

「エメ様……」

 メメリは小さく名前を呼んだ。

 その様子を見たクロエは、何も言えなかった。

 そして――。

「…………」

 クロロは窓際に立っていた。

 外を見つめ、周囲を警戒(けいかい)している。

 ツタはすでに撤退(てったい)した。

 庭にも。

 森の手前にも。

 先ほどまであれほど大量にいたツタの姿は見えない。

 だが。

「……本当にいなくなったのか?」

 クロロは目を細める。

 あのツタたちは明らかにおかしい。

 戦況(せんきょう)を見て動きを変え。

 自分たちを足止めし。

 屋敷へ戦力を集中させ。

 さらにはエメを盾(たて)にして攻撃を防ぎ――。

 目的を果たした瞬間、一斉に撤退(てったい)した。

「…………」

 クロロは拳(こぶし)を握る。

(最初から……エメさんが狙いだったのか?)

 それとも。

 戦いの途中で狙いを変えたのか。

 まだ何も分からない。

 だからこそ、油断はできなかった。

「……兄さん」

 クロエが声をかける。

「外は?」

「今のところツタは見えない」

 クロロは窓の外から目を離さず答えた。

「でも、まだ安心しない方がいい。急に戻ってくるかもしれないから」

「……そうね」

 クロエも剣を握ったまま、壊れた部屋を見渡す。

 そして。

「アルスは?」

 クロロが尋ねた。

「エメさんを連れ去ったツタを追っていったわ」

「アルスが!?」

 クロロが勢いよく振り返る。

「ええ。私たちと戦っていたツタが急に撤退(てったい)して……その時、屋敷からエメさんが連れ去られるのが見えたの。アルスはすぐに後を追ったわ」

「じゃあ……!」

 クロロの表情が変わる。

 アルスが追跡(ついせき)している。

 なら――まだエメの行き先を突き止められる可能性がある。

 その言葉を聞いたメメリも、涙に濡(ぬ)れた顔を上げた。

「アルス様が……エメ様を……?」

「ええ。すぐに追いかけたわ」

「…………!」

 メメリは両手で涙を拭(ぬぐ)った。

「だったら……」

 震えていた瞳(ひとみ)に、少しずつ力が戻っていく。

「まだ……エメ様を助けられます」

 ビークルが静かに頷(うなず)いた。

「ええ。その通りです」

 メメリは大型ハンマーを支えにしながら立ち上がる。

 まだ涙の跡は残っている。

 それでも――。

「メメリも……行きます」

 その声には、確かな決意があった。

 クロロも窓の向こう――アルスが消えていった森を見つめる。

 エメはまだ生きている。

 アルスが後を追っている。

 ならば。

「……絶対に取り戻そう」

 クロロの言葉に、メメリは強く頷(うなず)いた。

 その時だった。

 ――タッ、タッ、タッ。

 廊下(ろうか)の向こうから、足音が聞こえてくる。

「……!」

 全員が反応した。

 クロエがすぐに長剣(ちょうけん)を構える。

「誰か来る……!」

 クロロも扉へ視線を向ける。

 足音は次第に近づき――。

「クロロ!」

「アルス!」

 扉の向こうから現れたのは、エメを追って森へ入ったアルスだった。

「アルス様!」

 メメリも駆け寄る。

「エメ様は!? エメ様はどうなりましたか!?」

「…………」

 アルスは僅(わず)かに息を切らしていた。

 森の中を全力で追いかけてきたのだろう。

「……悪い」

 その一言に。

 メメリの表情が曇った。

「途中で見失った」

「……!」

「かなり奥まで追ったんだけどよ。あいつ、森の中をめちゃくちゃな速さで進みやがって……」

 アルスは悔しそうに拳(こぶし)を握る。

「途中で完全に姿が見えなくなった」

「そんな……」

 メメリの肩が落ちる。

 だが。

「ただ――」

 アルスが続けた。

「手掛かりはある」

「手掛かり?」

 クロロが聞き返す。

「ああ」

 アルスは頷(うなず)く。

「あいつを追って森の奥まで行った時、妙な場所を見つけた」

「妙な場所?」

「古井戸(ふるいど)だ」

「井戸(いど)……?」

 クロエが眉(まゆ)をひそめる。

「かなりデカい。しかも、ずっと使われてねぇ感じだった」

 アルスは森で見たものを思い出しながら続ける。

「エメを連れたツタを見失ったのも、その近くだ」

「じゃあ、その井戸(いど)の中に……?」

 クロロが尋ねる。

「分かんねぇ」

 アルスは首を横に振った。

「さすがに一人で下りるのは危険だと思って戻ってきた」

「…………」

「でもな」

 アルスの表情が真剣になる。

「あの井戸(いど)の縁(ふち)に――付いてたんだよ」

「何が?」

「緑色の液体だ」

「……!」

 クロロとクロエが同時に反応した。

「それって……」

「ああ」

 アルスは頷(うなず)く。

「デットリーフから出てたのと同じようなやつだ」

「…………」

 クロロは考え込む。

 古井戸(ふるいど)。

 その近くでエメを連れたツタを見失った。

 さらに井戸(いど)の縁(ふち)には、デットリーフと同じ緑色の液体。

 偶然とは考えにくい。

 すると。

「古井戸(ふるいど)……でございますか?」

 ビークルが静かに口を開いた。

「ビークルさん、知ってるのか?」

「はい」

 ビークルは少し考えるように目を伏せる。

「森の奥には、確かに古い井戸(いど)がございます」

「やっぱり!」

「ですが……」

 ビークルの表情が僅(わず)かに変わった。

「その井戸(いど)は、長年使われておりません」

「長年……?」

「はい」

 そして何かを思い出したように――。

「…………」

 ビークルが黙り込む。

「どうした?」

 クロロが尋ねる。

「……もしかすると」

 ビークルが顔を上げた。

「エメ様が連れ去られた場所に心当たりがございます」

「本当ですか!?」

 メメリが身を乗り出す。

「はい」

 ビークルは頷(うなず)いた。

「あの古井戸(ふるいど)は非常に深く――その下には、かつて屋敷で使用する水を蓄(たくわ)えていた巨大な空間がございます」

「水を蓄(たくわ)えてた場所?」

「はい。緊急時(きんきゅうじ)などに備えて水を貯めておくための場所でございます」

 ビークルは続ける。

「ですが、現在では使用されておらず、長い間誰も立ち入っておりません」

「…………」

 クロロは眉(まゆ)を寄せる。

 頭の中で――。

 これまで見つけたものが繋(つな)がっていく。

 浴場(よくじょう)。

 床下に隠されていた穴。

 そこに残っていた緑色の液体。

 そして――。

 噴水(ふんすい)。

 水中にあった大きな排水口(はいすいこう)。

 そこにも残されていた、デットリーフのものと思われる緑色の液体。

 さらに。

 森の奥にある古井戸(ふるいど)。

「……全部、水に関係してる」

 クロロが呟(つぶや)いた。

「え?」

 メメリがクロロを見る。

「浴場(よくじょう)の穴。噴水(ふんすい)の排水口(はいすいこう)。それに今度は古井戸(ふるいど)だ」

「……!」

 クロエも気づく。

「確かに……」

 アルスも腕を組む。

「しかも、その井戸(いど)の下にはデカい貯水場所(ちょすいばしょ)があるって話だ」

「…………」

 しばらくの沈黙(ちんもく)。

 そして。

 アルスが低い声で言った。

「デットリーフがその地下を利用してるってことか」

「断定(だんてい)はできないけど……」

 クロロは拳(こぶし)を握る。

「調べる価値はある」

「はい!」

 メメリが強く頷(うなず)く。

 先ほどまで涙に濡(ぬ)れていた瞳(ひとみ)に、再び強い意志が宿る。

「メメリは行きます!」

「もちろん私もよ」

 クロエも迷うことなく答えた。

「エメさんを連れ去った場所に繋(つな)がっている可能性があるなら、確認しない理由はないわ」

「あたしも行く」

 アルスも頷(うなず)く。

 クロロはビークルを見る。

「その地下へ行く方法は?」

「ございます」

 ビークルは静かに答えた。

「屋敷側から、貯水空間(ちょすいくうかん)へ下りるための入口がございます」

「なら――」

 クロロは全員を見る。

「行こう」

 誰も反対しなかった。

 エメが本当にそこにいるかは分からない。

 だが――。

 今ある手掛かりを追うしかない。

 クロロたちは、長年誰も立ち入っていないという――。

 屋敷地下の巨大な貯水空間(ちょすいくうかん)へ向かうことを決めた。

 ◇

 それから――。

 ビークルの案内に従い、クロロ、クロエ、アルス、メメリの四人は屋敷の中庭へとやって来ていた。

「こちらでございます」

 ビークルが一同を案内したのは――中庭の隅(すみ)。

 普段なら気にも留めないような場所だった。

 そこには植物に隠れるようにして、一枚の古びた扉が存在していた。

「……こんなところに扉があったのか」

 クロロが驚いたように呟(つぶや)く。

 長い年月、誰にも使われていなかったことが一目で分かるほど古い。

 金具は錆(さ)びつき、扉そのものもすっかり色褪(いろあ)せている。

 メメリも不思議そうに見つめていた。

「メメリも……この扉のことは知りませんでした」

「無理もございません」

 ビークルが答える。

「長年、使用されていない場所ですので」

 ビークルは扉へ手をかけた。

「では、開けます」

 力を込める。

 ――ギ……。

「……っ」

 だが、扉は僅(わず)かに動いただけだった。

「随分(ずいぶん)と固くなっておりますね……」

 もう一度力を込める。

 ――ギギギギギ……!

 古い金具が悲鳴を上げる。

「ビークルさん、大丈夫か?」

「ええ。少々、お待ちください」

 さらに力を加え――。

 ――ギィィィィィッ!

 ようやく扉が開いた。

「開きました」

 その向こうを見た一同は――。

「……うわ」

 思わず息を呑(の)んだ。

 扉の先には。

 地下深くへ向かって伸びる――長い階段。

 どこまで続いているのか、ここからでは分からない。

 奥は暗闇に包まれていた。

「この下が……」

 クロエが呟(つぶや)く。

「先ほどお話しした、古い貯水空間(ちょすいくうかん)へ繋(つな)がっております」

 ビークルが答える。

「…………」

 メメリは暗い階段の奥をじっと見つめる。

 この先に――。

 エメがいるかもしれない。

「エメ様……」

 不安そうに名前を呟(つぶや)く。

 クロロも階段の先を見据えた。

「行こう」

 その一言に、全員がクロロを見る。

「ここにエメさんがいるかどうかは、まだ分からない。でも……手掛かりがあるなら確かめないと」

「ああ」

 アルスが頷(うなず)く。

「ここまで来て引き返す理由もねぇ」

「もちろんよ」

 クロエも長剣(ちょうけん)へ手を添える。

 メメリは胸元で手を握り締め――。

「はい」

 力強く頷(うなず)いた。

「必ず……エメ様を助けます」

 ビークルもまた、静かに階段の奥を見つめる。

「参りましょう」

 全員の気持ちは同じだった。

 必ずエメを救い出す。

 その決意を胸に――。

 一同は、地下へ続く長い階段を下り始めた。

 ――コツ。

 ――コツ。

 ――コツ。

 五人分の足音が、狭い階段に響く。

 最初のうちは地上から差し込む光で足元が見えていた。

 しかし――。

「……だんだん暗くなってきたな」

 クロロが後ろを振り返る。

 入口はすでに遥(はる)か上。

 周囲の壁も、ほとんど見えなくなってきていた。

「このままじゃ危ないわね」

 先頭近くを歩いていたクロエが足を止める。

 そして片手を上げた。

「――シャイン」

 その瞬間。

 ――ポウッ。

 クロエの手の上に、小さな光の玉が出現した。

「おお……!」

 柔らかな光が辺りへ広がる。

 暗闇に沈んでいた階段。

 古びた壁。

 足元。

 そのすべてがはっきりと見えるようになった。

 クロエは光の玉を維持(いじ)しながら、周囲を確認する。

「これなら大丈夫そうね」

「便利だな、その魔法」

 クロロが感心する。

「基本的な光の魔法よ」

 クロエはそう答えながら、再び先頭へ立った。

「でも油断しないで。ここから何が出てくるか分からないんだから」

「分かってる」

『特にデットリーフがここを根城(ねじろ)にしてんなら、どこからツタが出てくるか分かんねぇぞ』

 アルスも周囲を警戒(けいかい)する。

 一同は再び階段を下りていった。

 やがて――。

「……着いた」

 長かった階段が終わった。

 その先には。

「一本道……ですね」

 メメリが呟(つぶや)く。

 石造りの通路が、真っすぐ奥へ伸びていた。

 クロエの光でも、その先までは照らしきれない。

 左右に分かれ道もない。

「この先です」

 ビークルが言う。

「この通路を進めば、貯水空間(ちょすいくうかん)へ続いているはずでございます」

「なら迷う心配はなさそうだな」

 クロロが答える。

「行きましょう」

 クロエが先頭へ立つ。

 右手には長剣(ちょうけん)。

 もう片方の手には、周囲を照らすシャインの光。

 その後ろをクロロたちが続く。

 ――コツ。

 ――コツ。

 薄暗い地下通路(ちかつうろ)に足音だけが響く。

 誰もが周囲を警戒(けいかい)していた。

 壁。

 天井。

 足元。

 いつデットリーフのツタが飛び出してきてもおかしくない。

「…………」

 そんな中。

 クロロは隣を歩くメメリへちらりと目を向けた。

「……メメリ?」

「…………」

 返事がない。

 メメリは前を向いて歩いている。

 しかし――その表情には不安が浮かんでいた。

「……エメさんが心配か?」

「……!」

 メメリがクロロを見る。

「……はい」

 小さく頷(うなず)く。

「もちろん……アルス様が追いかけてくださって、ここに繋(つな)がるかもしれない手掛かりも見つかりました」

「うん」

「ですが……」

 メメリは胸の前で手を握り締めた。

「エメ様は足を自由に動かすことができません。それなのに、あんな怪物に連れ去られて……もし何かあったらと思うと……」

「…………」

「メメリが、もっと早く助けられていたら……」

 また、自分を責めるように俯(うつむ)きかける。

 すると。

「大丈夫だよ」

「……え?」

 クロロの言葉に、メメリが顔を上げた。

 クロロは前を歩きながら、優しく笑う。

「エメさんはきっと無事だ」

「クロロ様……」

「だって、あいつらはエメさんを連れ去ったんだろ?」

「……はい」

「だったら、少なくとも何か理由があって連れていったはずだ」

 クロロは拳(こぶし)を握る。

「だから――俺たちが間に合えばいい」

「…………」

「絶対に助けよう」

 クロロはメメリをまっすぐ見る。

「みんなでエメさんを連れて、この屋敷に帰ってこよう」

「……!」

 メメリの瞳(ひとみ)が僅(わず)かに揺れる。

 そして。

 先ほどまで浮かんでいた不安を振り払うように――。

「……はい!」

 力強く頷(うなず)いた。

「そうですね!」

 メメリは自分の頬(ほお)を両手で軽く叩く。

「メメリが不安になっていてはいけません!」

「その意気だ」

「はい! エメ様を必ずお助けします!」

 表情に少しずついつもの明るさが戻る。

 その様子を見たクロロも、小さく笑った。

 すると――。

 先頭を歩いていたクロエが突然足を止めた。

「……待って」

「どうした?」

 クロロたちも止まる。

 クロエは通路の先をじっと見つめていた。

「…………」

 シャインの光が届かない、その遥(はる)か先。

 暗闇の中に――。

 ほんの僅(わず)かな光が見えている。

「あそこ……」

 クロエが目を細める。

「明かりが見える」

「……!」

 全員の表情が変わった。

 確かに。

 一本道の先。

 暗闇の向こうから、微か(かすか)な明かりが漏れている。

『いよいよかもしれねぇな』

 アルスが声を潜(ひそ)める。

「全員、警戒(けいかい)して」

 クロエは長剣(ちょうけん)を構え直した。

「何がいるか分からないわ」

 クロロも頷(うなず)く。

「分かった」

「はい」

 メメリも表情を引き締める。

 ビークルも周囲へ注意を向けながら、一同の後ろについた。

 先ほどまでより足音を抑え――。

 ゆっくり。

 慎重(しんちょう)に。

 五人は暗い一本道を進んでいく。

 そして――。

 少しずつ。

 少しずつ。

 前方に見える明かりが、大きくなっていった。

 その先に何が待っているのか。

 エメは本当にそこにいるのか。

 誰にも分からない。

 ただ一つ。

 必ずエメを救い出す。

 その思いだけを胸に――。

 一同は警戒(けいかい)しながら、地下の奥から漏れる明かりへと近づいていった。

エメを奪った緑のツタを追い、地下へと足を踏み入れたクロロたち。

その先で待っていたのは、巨大なデットリーフと、信じられない真実だった――。

次回、第九章「緑の魔手、その終焉」。すべての因縁に決着をつける戦いが始まる。


第八章を読んでいただき、ありがとうございます!

ついに屋敷で起きていた異変が本格的に動き始めました。

大噴水から現れたツタとの戦い。

そして、その裏で少しずつ明らかになっていくもの――。

今回の戦闘やキャラクターたちの行動について、

「ここが良かった!」

「このキャラが好き!」

「この先こうなるんじゃないか?」

など、何でも感想をいただけると嬉しいです!

特に、ここまで読んでくださった皆さんが屋敷の異変の正体をどう予想しているのか、作者としても気になっています。

短い一言でも大歓迎です!

次回はいよいよ、この事件の核心へと近づいていきます。

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