第九章 緑の魔手、その終焉
長い地下通路を進んでいくクロロたち。
クロエの手に浮かぶ光魔法【シャイン】だけを頼りに、一同は警戒しながら奥へと進んでいた。
やがて――。
「……!」
先頭を歩いていたクロエが足を止める。
通路の先。
先ほど見つけた微か(かすか)な明かりが、少しずつ強くなっていた。
「もうすぐみたいね」
「ああ」
クロロが頷く。
そして一同は、その光へ向かってさらに進んでいった。
◇
やがて通路を抜けると――。
「…………」
クロロたちは思わず足を止めた。
そこには、想像していたよりも遥かに巨大な地下空間が広がっていた。
壁にはいくつものランタンが設置されており、その明かりが地下全体を照らしている。
中央には――。
まるで巨大な池のような貯水槽。
その周囲を囲むように、石造りの通路が伸びていた。
「ここが……地下貯水場……」
クロエが辺りを見回す。
「かなり広いな……」
クロロたちも周囲を警戒しながら、ゆっくりと中へ入っていく。
その時。
「……ん?」
クロロが池の中央へ目を向けた。
何か巨大な影がある。
「アルス。あれ……」
「ああ……」
近づくにつれ、その姿がはっきりしていく。
それは――。
巨大な一本の木だった。
だが。
「…………!」
アルスとメメリの表情が変わる。
「あれは……」
「デットリーフ……です」
二人は同時に確信した。
しかし――。
「でも……」
メメリが巨大な木を見上げる。
「メメリが知っているデットリーフとは……少し違います」
「あたしが昔見た奴とも違うな」
通常のデットリーフなら、上部には森の木々のように多くの葉が生い茂っている。
だが――。
目の前にある巨大なデットリーフ。
その上部にあるのは葉ではない。
「花……?」
クロロが呟く。
まるで――。
巨大な花の蕾。
そんな形をしていた。
一同がそれを見上げていた――その時だった。
「とうとうここまで来てしまいましたか」
「――っ!?」
突然。
女性の声が地下空間へ響いた。
一同は一斉に振り返り、武器を構える。
巨大なデットリーフの根元。
暗がりの中に――人影が立っていた。
その人物はゆっくりと歩き出す。
「このまま、追ってこなかったら、そのまま逃がしてあげようと思っていたのに」
ランタンの明かりが、その姿を照らした。
「…………!」
「あなたは……!」
特に驚いたのは、メメリとビークルだった。
その人物は――。
ウィルハード家に仕えているメイドの一人。
「なぜおまえが此処にいる⁉ リーエ‼」
ビークルが声を上げる。
「リーエさん!」
メメリも驚きながら呼びかけた。
「そこは危険です! その近くにはデットリーフが――」
「その心配はございません」
「……え?」
リーエは静かに笑う。
そして。
「何故なら――」
巨大なデットリーフへ手を添えるようにして言った。
「この木は私だからです」
「…………?」
クロロは意味が分からず眉をひそめる。
しかし。
「……まさか」
アルスが何かに気づいた。
「そのデットリーフ――突然変異だろ」
すると。
リーエは嬉しそうに笑った。
「そのと~り」
そして。
「大正解です」
「やっぱりか……」
「でも――」
リーエは続ける。
「ただの突然変異ではありませんよ」
一同が警戒する中、リーエは巨大なデットリーフを見上げる。
「このデットリーフは、遥か昔に倒されたデットリーフが残した種から生まれたものです」
その種は水へ落ち。
長い年月をかけて水の流れに運ばれ――。
やがて、この地下貯水場へと流れ着いた。
そして。
そこで根を張り。
成長した。
「地上にいる者たちが生み出す負の感情」
リーエは説明を続ける。
「それを目に見えない形で少しずつ吸収し続け――この木は、ここまで巨大に成長しました」
アルスが険しい表情を浮かべる。
「デットリーフは、本来なら吸収した負の感情のエネルギーを木の実に溜める。そして、それを他の悪星獣が喰ってエネルギーにする……」
「その通りでございます」
だが――。
この場所には。
その木の実を食べる悪星獣がいなかった。
エネルギーは溜まり続け。
やがて限界へ近づいていった。
そして。
「奇跡が起こりました」
「奇跡?」
「はい」
リーエは笑う。
「この木は――自ら生み出した実を、自ら吸収する術を身につけたのです」
それによって。
デットリーフは新たな進化を遂げた。
まず。
今まで自らの意思では動かせなかった、鋭い牙を持つ蔓を自在に動かせるようになった。
そしてさらに。
大量のエネルギーを消費することで――。
「新たな生命を生み出す力まで手に入れたのです」
その言葉を聞いたクロロが、リーエを見る。
「……なるほど」
「?」
「それで生まれたのが――お前ってわけか」
するとリーエは。
不気味に笑った。
「その通りでございます」
「…………!」
一同に衝撃が走る。
リーエはデットリーフの周囲を歩きながら話を続ける。
「ですが――私を生み出したことで、この木は大量のエネルギーを失いました」
デットリーフは弱体化した。
だからリーエは――。
屋敷へメイドとして潜り(もぐり)込み。
密かに負の感情からエネルギーを集め続けていた。
「ですが……あまりにも効率が悪かった」
苛立つように、リーエの表情が歪む。
そこでリーエは――。
大量の負の感情を生み出す方法を考えた。
それが。
「まさか……」
メメリの表情が曇る。
リーエは笑った。
「あの誘拐事件です」
「――っ!」
かつて。
エメと娘が誘拐された事件。
それを仕組んだのは――リーエだった。
リーエは盗賊たちを雇い。
エメと娘を誘拐させ。
二人を殺させるつもりだった。
妻と娘を一度に失えば。
夫は絶望し。
大量の負の感情を生み出す。
そのはずだった。
だが。
嵐によって計画が狂った。
夫は二人を助けるために命を落とした。
本来。
妻と娘を失い、負の感情を生み出すはずだった人物が先に死んでしまった。
さらに――。
盗賊たちはリーエの指示を無視し。
逃げた娘を殺した。
リーエはエメまで死んだと思い。
失敗した盗賊たちを――後に自ら殺した。
計画は失敗した。
そう思っていた。
しかし数日後。
エメだけが生きていたことを知った。
夫。
そして娘。
二人を失った悲しみと絶望。
エメからは――。
リーエの予想通り。
大量の負の感情が生み出された。
「これで、この木も間もなく完全に回復する」
そう思った。
だが。
リーエは突然。
メメリへ恐ろしい視線を向けた。
「――お前が来るまではな」
「…………え?」
「お前がこの屋敷へ来てから――」
リーエの声に怒りが混じる。
「エメ様は徐々(じょじょ)に元気を取り戻していった」
「…………」
「生み出されていた負の感情も少なくなり――この木の回復は再び遅くなった」
リーエにとって。
メメリは――邪魔な存在だった。
だから。
昨夜。
メメリを殺すつもりだった。
しかし。
またしても予想外のことが起こった。
「……あたしたちか」
アルスが言う。
「はい」
クロロたち三人が屋敷へ来たこと。
それによってリーエは、簡単に動くことができなくなった。
だから。
まずクロロたちを始末し。
その後でメメリを殺すことにした。
最初に狙ったのは――。
クロエとアルス。
一番厄介そうな二人だった。
「だから……」
クロエが睨みつける。
リーエは。
クロロが浴場から出たと。
わざわざクロエとアルスへ伝えた。
二人が武器を持たず。
無防備になる浴場へ入るように。
だが。
「……ちょっと待って」
クロエが何かに気づいた。
「兄さん」
「ん?」
「兄さんが浴場から出た直後、誰かと会った?」
「いや……」
クロロは首を振る。
「誰にも会ってないぞ」
「やっぱり……」
もし。
リーエがクロロを見ていないのなら。
どうして。
クロロが浴場を出たことを知っていたのか。
答えは。
すでに浴場へ潜ませていた――蔓。
「最初から……私たちを狙っていたのね」
「その通りです」
しかし。
リーエには二つの誤算があった。
一つ。
アルスが十二星具であり。
人型でも魔力で武器を作れること。
もう一つ。
クロエが脱衣所へ短剣を用意していたこと。
戦力差を悟ったリーエは。
蔓を退却させた。
「そして……」
デットリーフの回復もあと僅か。
これ以上時間をかけたくなかったリーエは、次の方法を考えていた。
その時。
アルスとメメリの会話を偶然聞いてしまった。
そこで。
メメリも十二星具であることを知った。
十二星具が二人。
まともに戦えば――勝てない可能性がある。
そこでリーエは。
作戦を変えた。
「エメ様を直接連れ去ることにしたのです」
翌朝。
浴場を調べていたクロロたちを。
リーエは密かに見張っていた。
クロロ。
クロエ。
アルスの三人が裏庭へ向かい。
メメリが。
エメとビークルへ秘密を明かそうとした時。
リーエはチャンスだと判断した。
裏庭の三人を襲えば。
メメリは必ずそちらへ向かう。
そして。
エメの周囲から戦える者がいなくなる。
「ところが……」
リーエの表情が僅かに引きつる。
「ただの老人だと思っていた者が、まさかあれほど強いとは思いませんでした」
一同がビークルを見る。
クロロが訊いた。
「ビークルさんって……なんでそんなに強いんですか?」
「昔、これでも格闘家の家に生まれた者ですので」
「……それだけ?」
「それだけでございます」
「…………」
リーエが少し苛立ったように口を挟む。
「話を戻してもよろしいですか?」
「あ……どうぞ」
クロエが呆れたようにクロロを見る。
ビークルに時間を稼がれ。
さらにクロロとメメリまで駆けつけたことで。
エメを連れ去るのは難しくなった。
そこで。
強引な方法を使い。
ようやくエメをここまで連れてきた。
「…………」
すべてを聞き終え。
クロロたちは――怒りを隠せなかった。
その中で。
ビークルが静かに訊く。
「エメ様はどこです」
その声には。
普段の穏やかさとは違う。
強い意志が込められていた。
「ふふっ」
リーエは笑う。
そして。
片手を上げる。
まるで。
デットリーフへ命令するように。
――ゴゴゴゴ……。
巨大な蕾が――。
ゆっくりと開き始めた。
「…………!」
花びらが広がる。
その中心。
そこにあったのは――。
赤黒い光を放つ巨大な球体。
――ドクン。
――ドクン。
脈打つように。
不気味な光を放っている。
「……!」
メメリが気づいた。
「エメ様!」
その球体の中心。
そこに――。
エメが捕らえられていた。
「エメさん!」
目を閉じ。
意識を失っている。
「お前……エメさんに何をした!」
クロロが怒鳴る。
リーエは平然と答える。
「負の感情からエネルギーを集めるのが難しいのであれば――」
そして笑った。
「直接いただけばよいのです」
「…………!」
「そんなことは絶対にさせません!」
メメリの手に。
巨大な魔力のハンマーが形成される。
クロエも長剣を抜き。
ビークルも構えた。
「もう少しなのです」
リーエの身体が――変化を始める。
「邪魔は許しませんよ」
両腕。
そこに。
浴場で襲ってきた蔓と同じ。
鋭い牙の並ぶ口が現れる。
その姿は。
人間の形を残しながらも――植物の怪物。
そして。
――バシャァァァッ!!
貯水槽の水面から。
大量の蔓が飛び出した。
すべてに。
鋭い牙を持つ口がついている。
「アルス!」
「ああ!」
アルスの身体が光に包まれ。
巨大なスナイパーライフルへ姿を変える。
クロロはそれを掴んだ。
「――サジット・スナイプ‼」
クロロの髪と瞳が。
朱色へと変化する。
「行きますよ」
リーエが笑う。
そして。
大量の蔓が――一斉に襲いかかってきた。
「散れ!」
クロロの声と同時に。
全員が別方向へ跳ぶ。
ビークルは襲ってきた蔓を拳で打ち払い。
蹴りで粉砕する。
メメリは巨大な魔力のハンマーを振り回し。
次々と蔓を叩き潰す。
クロエは長剣で斬り裂き。
クロロはサジット・スナイプで援護する。
そんな中――。
リーエは。
少し離れた場所から。
楽しそうに戦いを眺めていた。
「…………!」
それを見たクロエが。
苛立ったように歯を食いしばる。
「そこで見てるだけなんて――!」
地面を蹴る。
「気に入らないわね!」
一気にリーエへ斬りかかる。
――ガキィン!!
だが。
リーエは。
その剣を――片手で受け止めた。
「なっ――!」
「ふふっ」
そして。
クロエの身体を。
強引に上へ投げ飛ばした。
「きゃっ!」
天井へ向かって飛ばされる。
だが。
「…………っ!」
クロエは空中で身体を捻る。
両足を天井へつけ――。
そのまま。
「はぁぁぁっ!」
強く蹴った。
今度は。
リーエへ向かって一直線に急降下する。
「!」
リーエも地面を蹴り。
クロエへ飛び上がる。
――ドガァァァン!!
空中で。
二人が激突した。
そして。
ほぼ同時に地上へ着地。
直後。
――ガキン!
――ギィン!
凄まじい近接戦が始まった。
クロエの長剣。
リーエの両腕。
互いの攻撃が。
高速でぶつかり合う。
「クロエ!」
クロロも照準を合わせ。
――ズドン!
リーエへ弾丸を放つ。
しかし。
「ふふっ」
リーエは。
クロエと戦いながら――。
その弾丸をかわした。
「マジかよ……!」
クロエとクロロ。
二人を同時に相手にしてなお――。
リーエは苦戦する様子すら見せていなかった。
だが。
「…………」
そんな中。
クロエは。
戦いながらも――。
少しずつ。
長剣へ魔力を溜め続けていた。
――ガキン!!
リーエの右腕を受け止める。
反対から左腕。
それをかわす。
再び踏み込み――。
「…………今!」
クロエの目つきが変わった。
振り下ろされた片腕を剣で受け流し。
その勢いのまま身体を回転させる。
「はぁっ!」
――ガキィィン!!
まず右腕。
さらに。
――ギィン!!
左腕。
リーエの両腕を――大きく弾いた。
「――っ!?」
身体の前が。
完全にがら空きになる。
「もらった!」
クロエの長剣を。
激しい風が包み込む。
「――テンペスト・スラッシュ‼」
――ブォォォォォォン!!
剣から放たれた斬撃が。
巨大な竜巻となって。
リーエへ直撃した。
――ズガァァァン!!
「ぐぅぅっ!」
リーエが後方へ吹き飛ばされる。
だが。
「メメリ!」
「はいっ!」
飛ばされた先。
そこには。
ハンマーを構えたメメリがいた。
「えぇぇぇぇいっ!!」
――ドゴォォォン!!
リーエの身体を。
別方向へ叩き飛ばす。
そして。
その先には――。
「…………」
ビークル。
「はっ!」
――ドガァッ!!
強烈な蹴り。
再びリーエが宙を舞い。
先ほどまで立っていた辺りへ叩きつけられた。
「ぐ……」
ふらふらと。
リーエが立ち上がる。
「お……のれぇ~……!」
その瞬間。
「――そこだ」
――ズドン!!
クロロの放った弾丸が。
リーエの心臓辺りを――貫いた。
「――――っ」
身体に穴が開く。
そして。
――ドサッ。
リーエは前のめりに倒れた。
「…………」
誰も。
すぐには構えを解かなかった。
だが。
どれだけ待っても。
リーエは動かない。
「……終わった、のか?」
『……みてぇだな』
クロエも。
「少なくとも……もう動く様子はなさそうね」
一同は。
ひとまず戦いが終わったのだと思った。
次は。
この巨大なデットリーフ。
そして。
エメをどう助けるか。
「下手に攻撃したら、エメさんまで巻き込む可能性があるわ」
『そうだな。あの赤黒い球が何なのかも分かんねぇ』
「なら……どうすれば……」
その時だった。
「――ふふっ」
「…………?」
微か(かすか)な笑い声。
「ふふふふ……」
「――っ!?」
全員が一気に警戒する。
「そんな簡単に――」
地下空間へ。
リーエの声が響く。
「私を倒せると思っていたのですか?」
「なに!?」
倒れていたリーエの身体が。
――ドロッ。
溶け始める。
腕。
脚。
胴体。
すべてが。
ドロドロの液体となり――。
やがて。
跡形もなく消えた。
「どういうことだ……?」
すると。
――ミシッ。
巨大なデットリーフの根元が蠢く。
「……!」
そこから。
人影が現れる。
一人。
また一人。
さらに。
また一人。
「……嘘だろ」
クロロが呟く。
そこに現れたのは――。
何人ものリーエ。
その中の一体が笑った。
「言ったはずですよ」
「…………」
「この木は私ですよ――と」
クロエが悔しそうに長剣を握り締める。
「つまり……」
巨大なデットリーフを睨みつける。
「あの木を倒さないと、あなたも倒せないのね」
リーエは。
ニヤリと笑った。
その時。
――ドクンッ。
デットリーフの花にある。
赤黒い球体の光が――僅かに強くなる。
「エメ様……!」
リーエが嬉しそうに言う。
「あともう少しです」
「……っ!」
一同に緊張と焦りが走る。
「アルス!」
『なんだ!』
「デットリーフに弱点はないのか!?」
『ある!』
アルスが答える。
『デットリーフの木の内部――中心に、コアみてぇなものがある!』
「コア?」
『ああ! それを壊せれば、デットリーフを倒せるはずだ!』
「だったら――!」
クロロはサジット・スナイプを構える。
「先手必勝だ!」
巨大なデットリーフの中心へ照準を合わせ。
魔力を集中させる。
「――ペネトレイト・インフェルノ・バレット‼」
――ズドォォォォォン!!
弾丸が。
デットリーフへ直撃。
だが。
「…………え?」
煙が晴れる。
そこには。
ほとんど傷ついていないデットリーフ。
『なっ……!?』
弾丸で削れたのは。
表面の僅かな部分だけ。
しかも。
――ズズズ……。
「再生……した……」
進化したデットリーフの表面は。
異常なほど硬くなっていた。
クロロの必殺技ですら。
表面を僅かに削るだけ。
そして。
その傷すら――。
すぐに再生してしまった。
「ふふふふ……」
リーエたちが笑う。
「あなたたちでは――ここまで進化した私は倒せません」
「…………」
「つまり――ここで終わりです」
リーエが巨大なデットリーフを見る。
「残念です。私の完全復活を見ていただけないなんて」
そして。
「申し訳ありませんが――終わらせていただきます」
次の瞬間。
何人ものリーエが――一斉に襲いかかってきた。
「来るぞ!」
クロロたちは反撃する。
だが。
一体を倒しても。
その後ろから。
二体。
三体。
さらに。
次々と現れる。
「多すぎる……!」
圧倒的な数。
そして。
一体一体が。
先ほどまで戦っていたリーエと同等の力を持っている。
「ぐっ――!」
――ドガッ!!
クロロが吹き飛ばされる。
「兄さん!」
クロエも。
「きゃあっ!」
地面へ倒される。
ビークルも。
次々と襲ってくるリーエを捌ききれず。
その場へ倒れ込んだ。
「…………っ!」
それでも。
一人。
「まだ……です……!」
メメリだけが。
ふらつきながら立ち上がった。
「メメリ……!」
「まだ……エメ様を……助けていません……!」
ハンマーを握り締め。
再び立ち向かう。
だが。
「無駄ですよ」
――ドガァッ!!
「きゃあぁっ!」
メメリの身体が。
クロロたちの前へ飛ばされる。
「メメリ……!」
倒れたクロロが名前を呼ぶ。
メメリは。
なんとか膝をつく。
そんな彼女へ。
リーエは嘲笑うように言った。
「お前が自分で言っていたように――」
「…………」
「お前がここへ来なければ、こんなことにはならなかったかもしれませんね」
「――っ」
メメリの動きが止まる。
(…………確かに)
自分が来なければ。
エメは。
負の感情を生み出し続けていたかもしれない。
リーエも。
こんな行動には出なかったかもしれない。
(メメリが……ここに来なければ……)
「――そんなことない」
「……!」
メメリが振り返る。
クロロが。
サジット・スナイプを支えに。
ゆっくりと立ち上がっていた。
「そんなことない」
もう一度。
強く否定する。
「メメリが来たから――エメさんは元気を取り戻したんだ」
「…………!」
「それに――」
あの夜。
中庭で話したことを思い出す。
「メメリは、誰にでも元気を与えられる――花畑みたいな存在なんだ」
「――――っ」
「そんな子が――」
クロロは。
まっすぐにメメリを見る。
「来ちゃいけない場所なんて、あるわけないだろ」
「クロロ……様……」
クロロは。
メメリのそばへ歩み寄る。
そして。
その肩へ手を置いた。
「出会ってからの時間は短くても、メメリが優しい奴だってことくらい、俺は知ってる」
「…………」
「メメリがエメさんをどれだけ大事に思ってるのかも知ってる」
そして。
「だからこそ――」
「メメリの大事なものは、俺も一緒に助けてあげたいんだ」
「…………!」
「くだらない」
リーエが吐き捨てる。
クロロは。
そんなリーエへ視線を向ける。
「お前にとっては、くだらないのかもしれない」
「…………」
「でも――」
「俺たちにとっては、とても大事なものなんだよ」
「…………」
メメリが。
ゆっくりと立ち上がる。
「クロロ……様……」
クロロは。
何も言わず。
ただ――笑顔を返した。
その様子を見ながら。
クロエも。
ビークルも。
再び立ち上がる。
二人は。
そんなクロロとメメリを見て――。
静かに微笑んだ。
そして。
クロロとメメリは。
リーエを見据える。
「絶対に――」
「はい!」
「エメさんを助ける!」
「エメ様を必ず助けます!」
「その願いが――叶うことはありませんがね」
リーエたちが。
再び襲いかかる。
戦闘が再開された。
だが。
今度のクロロは――。
先ほどまでとは違った。
戦いながら。
何度も。
デットリーフの花。
そして。
エメを閉じ込めた赤黒い球体を見ていた。
「アルス」
『なんだ?』
「……一つ、試したいことがある」
『作戦か?』
「ああ」
クロロは弾丸を放ちながら言う。
「デットリーフは今、エメさんから直接エネルギーを吸収してる」
『ああ』
「だったら――」
「あの球体は、デットリーフの内部にあるコアへ直接つながってるんじゃないか?」
『…………!』
アルスが息を呑む。
『あり得る……』
だが。
『でもクロロ。あの球を狙うにしても――』
「分かってる」
『あたしの力じゃ、たとえ真上から撃ったとしても――エメごと貫いちまうかもしれねぇ』
「だから撃たない」
『なに?』
「あの球体は、メメリと一緒に破壊する」
『メメリと?』
「ああ」
そして。
「エメさんを救出する」
クロロの目つきが変わる。
「そのあと――」
「アルス。真上からデットリーフを撃ち抜け」
『…………』
一瞬。
アルスは黙る。
そして。
『……分かった』
「アルス……」
『クロロ。あたしはお前を信じる』
「ありがとう、アルス」
その瞬間。
クロロの顔つきが――変わった。
「…………!」
それを見た。
クロエとビークル。
二人には。
クロロが何を考えているのかは分からない。
だが。
何か作戦がある。
それだけは――分かった。
「ビークルさん!」
「はい!」
二人は同時に動く。
「はぁぁぁっ!」
クロエが長剣を大きく振るい。
クロロの前にいたリーエたちを薙ぎ払う。
さらに。
ビークルも。
拳と蹴りで。
別方向のリーエを吹き飛ばしていく。
クロロの前に。
一本道ができる。
「クロエ! ビークルさん! ありがとう!」
礼を言いながら。
クロロは――真っ直ぐ駆け出した。
目指す先は。
巨大なデットリーフ。
その花にある。
赤黒い球体。
「行かせません!」
リーエたちが追おうとする。
「行かせるのはこっちよ!」
クロエが立ちはだかる。
「ここはお任せください」
ビークルも続く。
クロロは。
振り返らない。
デットリーフのすぐ近くまで走り。
地面を――強く蹴った。
――ドンッ!!
「はぁっ!」
一気に。
空中へ跳び上がる。
赤黒い球体へ。
さらに近づく。
「アルス!」
『ああ!』
その瞬間。
クロロは。
アルスとの星具状態を解除した。
サジット・スナイプが光に包まれ。
消える。
そして。
クロロは空中で身体を捻り。
地上へ顔を向けた。
「――メメリ!」
「!」
呼ばれたメメリは。
空中のクロロを見上げる。
「クロロ様……?」
「…………」
クロロは。
笑った。
そして。
手を伸ばす。
「一緒に助けよう!」
「――――!」
メメリの瞳が。
大きく開く。
助ける。
誰を。
そんなことは――聞く必要などない。
「…………はい!」
そして。
「はいっ! クロロ様!」
メメリの身体から。
強い光が溢れ出す。
胸元へ手を当て。
クロロを見つめる。
「我! 十二星具が一人! メメリ・エアリーズ‼」
その声が。
地下空間へ響き渡る。
「星の導きにより――あなたを主人と認め、契約をします‼」
――パァァァァァァァッ!!
眩い光が。
メメリを包み込む。
クロロは。
その光へ向かって手を伸ばす。
そして。
名前を叫んだ。
「――スレッジ・ホーン‼」
メメリを包んでいた光が。
クロロの手へ集まる。
同時に。
クロロの姿が変化する。
髪が。
瞳が。
メメリとの契約に呼応するように。
その色を変えていく。
そして。
その手には――。
とてつもなく巨大なハンマー。
おひつじ座の十二星具。
メメリ・エアリーズの真の姿。
【スレッジ・ホーン】
「…………!」
クロロは。
両手で巨大なハンマーを握り締める。
『クロロ様!』
「ああ!」
クロロは。
スレッジ・ホーンを――高く振り上げた。
「うぉぉぉぉぉぉっ!!」
ありったけの魔力を。
巨大なハンマーへ流し込んでいく。
――ゴゴゴゴゴゴ……!
『クロロ様!』
「絶対に――助ける!」
そして。
赤黒い球体へ向かって。
一気に突撃する。
「――グランド・メテオ・クラッシュ‼」
――ドゴォォォォォォォォン‼
スレッジ・ホーンが。
赤黒い球体へ直撃。
だが。
――ギギギギギ……!
「ぐっ……!」
壊れない。
さすがに。
球体も頑丈だった。
「その程度で!」
リーエが笑う。
「壊れるわけがありません!」
「…………っ!」
それでも。
クロロは。
ハンマーを離さない。
「メメリ!」
『はいっ!』
「もっとだ!」
『はいっ!!』
二人は。
さらに力を込める。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
『はぁぁぁぁぁぁぁっ!!』
――ギギギギギギ……。
そして。
――ピシッ。
「…………?」
小さな亀裂。
「なっ……!?」
リーエが目を見開く。
――ピシ。
――ピシピシッ。
亀裂が。
次々と広がっていく。
「そんな……!」
「まだだぁぁぁぁぁっ!!」
『クロロ様ぁぁぁぁぁっ!!』
最後の力を振り絞る。
そして。
「これで――!」
『終わりですっ!!』
――バキィィィィィン‼
ついに。
赤黒い球体が砕け散った。
「――――っ!?」
中から。
力を失ったエメの身体が投げ出される。
「エメさん!」
クロロは。
すぐにスレッジ・ホーンとの星具状態を解除する。
そして。
その身体を――抱きかかえた。
「……っ!」
エメを守りながら。
すぐにその場から離れる。
「エメ様!」
ビークルの表情に。
安堵が浮かぶ。
「ですが!」
リーエが叫ぶ。
「それだけでは――私を倒すことは――」
そこまで言って。
リーエの言葉が止まった。
「…………?」
ゆっくり。
上を見る。
「な……」
そして。
顔色が変わる。
巨大なデットリーフの――真上。
そこには。
魔力で形成したスナイパーライフルを構える――。
アルス。
「――アルス!?」
アルスは。
すでに照準を合わせていた。
先ほどまで。
赤黒い球体があった場所。
その真下。
木の内部。
そこに――。
――ドクン。
――ドクン。
赤く光る。
デットリーフのコア。
クロロの予想通り。
球体は。
コアへ直接つながっていた。
そして。
エメも。
球体も。
もうない。
「へっ……」
アルスが笑う。
「やっぱり直接エネルギーを流してるだけあって――真上はガラ空きだな」
「――っ!」
リーエの顔から。
余裕が消える。
「待て……!」
アルスが。
照準を微調整する。
「やめろ!」
銃口の先。
赤く輝くコア。
「アルス・サジタリアス!」
「遅ぇよ」
「やめろぉぉぉぉぉぉっ!!」
アルスは。
不敵に笑った。
「――チェックメイト」
――ズドォォォォォォン‼
弾丸が。
一直線に。
デットリーフのコアを撃ち抜いた。
「――――っ!?」
リーエの身体が。
大きく震える。
「そん……な……」
身体の端から。
光の粒となって崩れ始める。
「いや……」
「…………」
「私は……!」
それでも。
消滅は止まらない。
「私はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
絶叫と共に――。
リーエの身体は。
完全に消滅した。
同時に。
周囲にいたリーエたちも。
次々と。
光の粒となって消えていく。
一体。
また一体。
そして。
ついには。
一人もいなくなった。
その時。
――ミシ……。
巨大なデットリーフから。
音が響く。
先ほどまで。
あれほど禍々(まがまが)しい力を放っていた巨大な木。
その幹が。
急速に干からび。
巨大な花がしおれ。
枝も。
根も。
次々と枯れていく。
そして。
まるで。
長い年月を一瞬で迎えたかのように。
巨大なデットリーフは。
枯れるように――。
ゆっくりと消滅していった。
◇
「…………」
静寂。
先ほどまでの戦いが。
嘘だったかのように。
地下空間が静まり返る。
「……終わった」
クロエが呟く。
「…………ああ」
エメを抱えたクロロも。
大きく息を吐いた。
ようやく――。
すべてが終わったのだ。
「クロロ!」
アルスが駆け寄る。
「アルス!」
「うまくいったな!」
「ああ!」
そして。
星具状態を解除したメメリも。
急いで駆け寄った。
「エメ様!」
クロロ。
アルス。
メメリ。
三人は。
クロエとビークルのもとへ合流する。
「エメ様……!」
メメリとビークルが。
すぐにエメの安否を確認する。
「エメ様」
「…………」
「エメ様……?」
その時。
「…………ん」
「!」
僅かに。
エメの瞼が動いた。
そして。
ゆっくりと。
目を開ける。
「…………」
まだ意識がはっきりしないのか。
ぼんやりと周囲を見る。
そして。
「……メメリ……?」
「――っ!」
「ビークル……?」
「はい。エメ様」
二人の姿を見て。
エメは。
ゆっくりと上体を起こした。
「ここは……」
「エメ様ぁ……!」
「え――」
次の瞬間。
メメリが。
エメへ抱きついた。
「よかった……!」
涙が。
次々と溢れる。
「本当に……よかったです……!」
「メメリ……」
「よかった……よかったです……!」
何度も。
何度も。
その言葉を繰り返す。
「…………」
エメは。
泣きながら自分へ抱きつくメメリ。
そばにいるビークル。
そして。
少し離れたところにいる。
クロロ。
クロエ。
アルス。
それを見て。
今の状況を察した。
そして。
優しく微笑む。
メメリの頭へ手を置き。
そっと撫でた。
「心配をかけてしまったみたいね」
「エメ様ぁ……!」
「ごめんなさい。みんなに心配をかけたわね」
ビークルは。
静かに頭を下げる。
「何より――」
穏やかな声。
だが。
その表情には。
確かな安堵が浮かんでいた。
「ご無事で何よりでございます、エメ様」
「……ありがとう、ビークル」
「いえ」
その様子を。
クロロ。
クロエ。
アルスは。
少し離れたところから――。
静かに微笑みながら見守っていた。
やがて。
エメは。
泣き続けるメメリの頭を撫でながら。
穏やかに口を開いた。
「それじゃあ――」
「……?」
「お屋敷に帰りましょうか」
「…………!」
メメリは。
涙で濡れた顔を上げる。
「…………はい」
涙を拭いながら。
最後には――。
笑顔で。
「はいっ! エメ様!」
そう答えるのであった。
激しい戦いの末、ついにデットリーフとリーエを打ち破ったクロロたち。
すべてが終わったその先で、エメとメメリはそれぞれの“帰る場所”と向き合っていく――。
次回、第十章「帰る場所、旅立つ場所」。別れと新たな旅立ちの時が訪れる。
第九章まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
ウィルハード邸で続いていた異変も、ついに大きな決着を迎えました。
クロロ、クロエ、メメリたちの戦い。
リーエの変異。
そしてデットリーフと、囚われていたエメ――。
今回はかなり大きく物語が動く章となりました。
戦闘についてでも、キャラクターについてでも、
「ここが印象に残った」
「この展開には驚いた」
「このキャラの気持ちが気になる」
など、感じたことがあればぜひ感想で聞かせてください!
皆さんがどの場面を一番印象に残ったと感じたのか、とても気になっています。
そして次回、第十章では戦いの後に残されたものと、それぞれが選ぶ道を描いていきます。
最後まで見届けていただけると嬉しいです!




