第五章 屋敷に仕える羊なメイド
大都市ボーンスターを旅立ってから――三日。
クロロ、クロエ、アルスの三人は、深い森の中を歩いていた。
空を覆うほど生い茂った木々。
どこを見ても似たような景色ばかりで、聞こえてくるのは風に揺れる葉の音と、時折どこかから響いてくる鳥の鳴き声だけだった。
そんな森の中をしばらく歩いていたクロロが、ふと足を止める。
「俺たちさ……ここ、さっきも通らなかった?」
「え?」
クロエとアルスも足を止めた。
クロロが指差した先には、一本の大きな木が立っている。
その幹には――剣でつけられたような一本の傷があった。
クロエはその傷を見つめる。
「……私がつけた傷ね」
「やっぱり!」
それは一時間ほど前、同じ場所を通らないようにとクロエが目印としてつけたものだった。
つまり――。
「一周してるじゃねえか!」
「ちょっと兄さん! 大声出さないでよ!」
「だって完全に迷ってるだろ、俺たち!」
「ま、迷ってなんかないわよ!」
「じゃあ今どこにいるんだ?」
「……森」
「それは見れば分かる!」
クロロが頭を抱える。
すると、二人のやり取りを聞いていたアルスが呆れたように肩をすくめた。
「国の騎士長様なら、こういう時でもちゃんと道くらい分かると思ってたんだけどなぁ」
「……何が言いたいの?」
クロエの眉がピクリと動く。
「別に?」
アルスはニヤリと笑った。
「ただ、昨日からずっと『こっちよ』って自信満々(じしんまんまん)に先頭歩いてた奴が、見事に同じ場所へ戻ってきたなって」
「だったらあなたが案内すればよかったでしょ!」
「無茶言うなよ。あたしは五百年以上も地下に封印されてたんだぞ? 地上の地形なんて変わってるに決まってんだろ」
「だったら偉そうに言わないで!」
「はいはい、方向音痴の騎士長様」
「誰が方向音痴よ!」
「また始まった……」
クロロは深いため息をついた。
旅が始まってまだ三日。
それなのに、クロロはすでに何度この二人の喧嘩を止めたか分からない。
どういうわけかクロエとアルスは、とにかく相性が悪かった。
特にクロエは、アルスがクロロと契約していることを妙に気にしているようだった。
『当たり前でしょ……! お兄様と契約してるからって、ちょっと距離が近すぎるのよ、この女!』
もちろん、そんなクロエの本心をクロロが知るはずもない。
「とにかく、喧嘩してても森からは出られないだろ」
クロロが二人の間に入る。
「道が分からないなら……地図を見ればいいじゃん」
その一言で、クロエとアルスの動きが止まった。
「……確かに」
「最初からそうしろよ」
「俺だって今気づいたんだよ!」
クロロは背負っていた荷物を地面に下ろし、中を探り始めた。
「えーっと……地図、地図……」
着替え。
水。
保存食。
財布。
そして――。
「……なんで裁縫道具が入ってんだ?」
アルスが不思議そうに尋ねる。
「旅の途中で服が破れたら困るだろ? 俺、洋服屋の息子だぞ」
「そこだけ妙に準備いいな……」
アルスが呆れる。
しかし。
「……あれ?」
クロロの手が止まった。
もう一度、荷物の中を探す。
ない。
隅まで探す。
やっぱりない。
クロロの額から冷や汗が流れた。
「兄さん?」
「クロロ?」
二人からの視線を感じながら、クロロは恐る恐る口を開いた。
「……地図がない」
「は?」
「え?」
クロロは慌てて荷物をひっくり返した。
着替え。
保存食。
水筒。
裁縫道具。
その他の旅用品。
しかし――地図だけがない。
「…………家に忘れたかも」
数秒の沈黙。
そして。
「兄さん!!」
クロエの声が森中に響き渡った。
「ご、ごめん!」
「なんで服も食料も裁縫道具まで持ってきて、一番大事な地図を忘れるのよ!」
「いや、出発する時いろいろ考えてたら……」
『もう、お兄様ったら……!』
クロエは額に手を当てる。
「兄さんって、変なところで抜けてるんだから……!」
「面目ない……」
クロロが小さくなる。
するとアルスが横から口を挟んだ。
「でも、お前も地図持ってないじゃん」
「私は急に旅についていくことを決めたんだから仕方ないでしょ!」
クロエは自分の意思でクロロについていくことを決め、国王から同行の許可を得て旅に加わった。
そのため、十分に旅支度を整える時間がなかったのだ。
「でも騎士長なんだろ?」
「だから何よ!」
「地図くらい用意しとけよ。っていうか道くらい覚えとけよ」
「騎士長を何だと思ってるのよ!」
「少なくとも迷子にはならない人?」
「誰が迷子よ!」
「お前だよ!」
「あなたも一緒に迷ってるでしょうが!」
「あたしは五百年以上地下にいたんだぞ!」
「五百年生きてるなら少しくらい役に立ちなさいよ!」
「ほとんど封印されてたっつってんだろ!」
「役立たず!」
「方向音痴!」
「なによ!」
「なんだよ!」
「二人とも落ち着けって!」
クロロが慌てて二人の間に入る。
「クロロは黙ってろ!」
「兄さんは黙ってて!」
「なんで俺が怒られるんだよ!?」
クロロの叫びが森に響く。
「そもそも、あなたがもう少ししっかりしてればいいのよ!」
クロエがアルスを睨む。
「なんであたしが責任持たなきゃならねえんだよ! 地図忘れたのはクロロだろ!」
「兄さんのせいにしないで!」
「いや、お前さっきクロロに怒ってただろ!」
「兄さんに文句を言っていいのは妹の私だけよ!」
「どんな理屈だよ!」
「二人ともうるさぁぁぁい!!」
ついにクロロの我慢が限界を迎えた。
クロエとアルスが同時に黙る。
「確かに地図を忘れたのは俺だ! それは悪かった! ごめん!」
クロロは頭を下げる。
「でも今は、誰が悪いとか言ってる場合じゃないだろ! まずこの森から出る方法を考えよう!」
「……ふん!」
「……ふん!」
クロエとアルスは同時に顔を背けた。
「子供かよ……」
世界を救うために始まった三人の旅。
その最初の大きな問題は、魔物でもなければ悪星王でもない。
ただの――迷子だった。
◇
「……とりあえず歩こう」
立ち止まっていても仕方がない。
三人は再び荷物を背負い、森の中を歩き始めた。
今度は同じ場所へ戻ってこないよう、周囲をよく確認しながら進んでいく。
「今度こそ同じ場所に戻らないようにしろよ」
アルスが言った。
「分かってるわよ」
クロエが不機嫌そうに返す。
「本当に?」
「しつこい!」
「はいはい」
「アルスも煽るなって……」
クロロは二人に挟まれながら、ため息をつく。
それから、しばらく歩き続けた。
しかし――。
「……出口、本当にあるんだよな?」
クロロが不安そうに呟く。
「森なんだから、どこかにはあるでしょ」
「その『どこか』が分からないから困ってるんだけどな……」
どこまで進んでも景色はほとんど変わらない。
木。
草。
岩。
そしてまた木。
さすがのクロロも、本当にここから出られるのか不安になり始めていた。
その時だった。
「――待て」
アルスが突然、足を止めた。
「どうした?」
クロロが振り返る。
それまでクロエと軽口を叩いていたアルスの表情から、ふざけた様子が完全に消えていた。
クロエもすぐに異変を察する。
「……何かいるの?」
アルスは答えず、周囲へ意識を集中させる。
風が吹き抜け、木々の葉が揺れる。
サワサワ――。
静かな森の中。
アルスのバーミリオンの瞳が鋭く細められた。
「……誰かいる」
「え?」
クロロが辺りを見る。
クロエも警戒しながら周囲へ視線を走らせた。
「魔物?」
「分からねえ」
アルスは静かに答える。
「けど、あたしたち以外の気配がする」
アルスはいつでも戦えるよう身構える。
十二星具であるアルスは、人の姿でも戦うことができる。
必要になれば魔力を使い、スナイパーライフルを形成することが可能だ。
ただし、それは魔力によって武器の形を作り出したものにすぎない。
アルス自身が本来の星具――【サジット・スナイプ】へと姿を変え、契約者であるクロロが扱う時と比べれば、その力は大きく劣る。
「どっちだ?」
クロロが小声で尋ねる。
「……近い。それしか分からねえ」
「近いって……」
クロロは慎重に辺りを見回した。
右。
誰もいない。
左。
木々が並んでいるだけ。
後ろにも何も見えない。
「どこだ……?」
さらに目を凝らす。
すると――。
「……あれ?」
木々の隙間。
薄暗い森の奥に、何かが見えた。
「クロエ、アルス」
「何?」
「どうした?」
クロロがゆっくりと腕を上げ、その方向を指差す。
「……あそこ」
二人もクロロが示した先を見る。
木々の間に――一つの人影が立っていた。
「人……?」
クロエが呟く。
距離があるうえ、木々の影に隠れているため、顔も服装も分からない。
ただ一つ分かるのは――。
その何者かが、人の形をしているということだけだった。
「やっぱり誰かいるな」
アルスが呟いた。
「この森に住んでる人かな?」
クロロの表情に、わずかに期待が浮かぶ。
もしそうなら、この森から出る道を教えてもらえるかもしれない。
「だったら道を聞けるかもしれないわね」
クロエも同じことを考えたようだった。
だが――。
「油断すんなよ」
アルスだけは警戒を解かない。
「あんな森の奥に一人でいるんだ。普通の奴じゃねえ可能性もある」
「……そうだな」
クロロも表情を引き締める。
三人がその場から人影を見つめていると――。
ザッ。
「!」
人影が動いた。
クロエが反射的に剣の柄へ手を伸ばす。
アルスも、いつでも魔力でスナイパーライフルを形成できるよう身構えた。
ザッ――。
ザッ――。
人影がゆっくりとこちらへ歩いてくる。
「……こっちに来るぞ」
アルスが小さく呟いた。
三人はその場から動かない。
ザッ――。
ザッ――。
ザッ――。
一歩。
また一歩。
近づいてくるにつれて、その姿が少しずつはっきりとしてきた。
「……女の子?」
クロロが目を細める。
やがて木々の間から姿を現したのは、一人の少女だった。
そして、その少女は――。
「……メイド?」
クロエが思わず呟いた。
こんな深い森にはあまりにも似つかわしくない、リーフグリーンのロングメイド服。
ワンカールの内巻きに整えられたミントグリーンの髪。
その髪の間からは、羊を思わせる小さな角が生えている。
瞳も髪と同じミントグリーン。
足元には灰色のモンキーブーツを履いていた。
「本当にメイドだな……」
アルスも少し驚いた様子で少女を見る。
「いや、それより……」
クロロの視線が、少女の頭にある小さな角へ向かう。
「角……生えてる?」
「みたいね」
クロエも気づいていた。
森の中に突然現れた、羊のような小さな角を持つメイド。
どう考えても普通ではない。
アルスは警戒したまま少女の動きを観察する。
しかし、少女のほうには敵意らしいものは見えなかった。
少女は三人から少し離れたところまでやってくると、その場で足を止める。
「…………」
クロロ。
クロエ。
アルス。
少女は三人を順番に見つめた。
どうやら少女のほうも、森の中にいる三人を不思議に思っているようだった。
やがて少女は少し戸惑ったように首を傾げる。
その動きに合わせて、頭の小さな羊の角もよく見えた。
「あの……」
少女が遠慮がちに口を開いた。
「皆さん、こんなところで何をしているんですか?」
「え?」
あまりにも普通の質問に、クロロは一瞬反応が遅れた。
少女は心配そうな表情を浮かべる。
「この辺りでは、あまり人を見かけないので……」
「…………」
クロロたち三人は顔を見合わせた。
世界を救うために旅立った勇者と騎士長と十二星具。
そんな三人が今ここにいる理由は――。
ただ森で迷子になったからである。
「えーっと……」
クロロは頬をかきながら、何と説明したものかと考える。
目の前にいるのは、こんな深い森には似つかわしくないメイド姿の少女。
ミントグリーンの髪から覗く、小さな羊の角。
敵意は感じられない。
それどころか、少女は本当にクロロたちのことを心配しているように見えた。
クロロは少し迷った末、正直に答えることにした。
「実は俺たち……この森で道に迷っちゃって」
「道に……?」
少女がきょとんとした顔をする。
「うん。三日前にボーンスターを出発して旅をしてたんだけど、地図を忘れちゃってさ」
「兄さん……それまで言わなくてもいいでしょ」
クロエが恥ずかしそうに小声で言う。
「しょうがないだろ。本当のことなんだから」
「地図を忘れたのはクロロだけどな」
アルスが横から口を挟む。
「お前は余計なこと言うな!」
「事実だろ?」
「まったく……」
再び言い合いになりそうな三人を見て、少女は少し驚いたように瞬きをする。
そして――。
「ふふっ」
小さく笑った。
「な、なんだよ?」
「いえ、すみません。皆さん、とても仲がよろしいんですね」
「「どこが!?」」
クロエとアルスの声が見事に重なった。
「そこだけ息ぴったりじゃねえか……」
クロロは呆れたように肩を落とした。
少女は口元に手を添えながら、もう一度小さく笑う。
森で迷い続け、険悪になりかけていた三人の空気が、ほんの少しだけ和らいだ。
「あの、それで……」
クロロは少女へ向き直る。
「もし知ってたら、この森から出る道を教えてもらえないかな?」
「はい。もちろんです」
少女は快く(こころよく)頷いた。
「本当!?」
クロロの顔が一気に明るくなる。
「よかったぁ……!」
三日間歩き続けた末、ようやくこの森から出られる。
その希望が見えただけで、クロロは全身から力が抜けそうになった。
「助かった……。本当にありがとう!」
「いえ。困っている方を放っておくわけにはいきませんから」
少女は優しく微笑んだ。
「出口までの道でしたら、メメリが――」
そこまで言ったところで、少女は「あっ」と何かを思い出したような顔をした。
「メメリ?」
クロロが聞き返す。
少女は姿勢を正すと、ロングメイド服の裾を軽く整え、丁寧に頭を下げた。
「申し遅れました。メメリと申します」
少女――メメリは姿勢を正すと、リーフグリーンのロングメイド服の裾を軽く整え、三人へ丁寧に頭を下げた。
ミントグリーンの髪から覗く小さな羊の角も、その動きに合わせてわずかに揺れる。
「俺はクロロ。クロロ・スターウェア」
クロロが自分を指差して名乗る。
続いて、その隣に立つクロエも口を開いた。
「クロエ・スターウェアよ。クロロの妹」
「クロロ様とクロエ様ですね」
メメリは二人の名前を確認するように頷いた。
そして最後に、アルスへと視線を向ける。
「あたしはアルス」
アルスが短く名乗る。
するとクロロが横から付け加えた。
「アルス・サジタリアスだ」
「――っ」
その瞬間。
メメリの肩が、ほんのわずかに揺れた。
「……?」
クロロが首を傾げる。
メメリのミントグリーンの瞳が一瞬だけ大きく見開かれていた。
その視線は、まっすぐアルスへ向けられている。
「…………」
まるで――その名前を知っているかのように。
だが、それもほんの一瞬だった。
メメリはすぐに普段の穏やかな表情へ戻る。
「……アルス様、ですね」
「ああ」
アルスは特に気にした様子もなく頷いた。
だがクロロは、メメリの一瞬の変化を見逃していなかった。
「どうかした?」
「えっ?」
メメリの身体がピクリと反応する。
「いや、アルスの名前を聞いた時、ちょっと驚いたように見えたから」
「……!」
メメリは一瞬言葉に詰まった。
「い、いえ……何でもありません」
「そう?」
「はい」
メメリはにこりと微笑む。
「クロロ様、クロエ様、アルス様ですね。よろしくお願いいたします」
「よろしく、メメリ」
クロロも笑顔で答えた。
クロエも軽く頷く。
しかし――。
「…………」
メメリはもう一度だけ、アルスの姿をちらりと見つめた。
アルス・サジタリアス。
その名前を頭の中で確かめているような、そんな視線だった。
だが、メメリは何も言わない。
すぐに視線を逸らすと、森の奥へ目を向けた。
「あの……皆様」
「どうした?」
「道をご案内することはできます。ですが、その前に一度、お屋敷へ戻らなければならないんです」
「屋敷?」
クロロたちは揃って首を傾げた。
こんな深い森の近くに屋敷があるとは思っていなかった。
「はい」
メメリは頷く。
「メメリは現在、【ウィルハード家】にお仕えするメイドなんです」
「ウィルハード家……」
クロロがその名を口にする。
「そのウィルハード家の屋敷が、この近くにあるのか?」
「はい。ここからでしたら、それほど遠くありません」
メメリは森の奥を示した。
そして少し申し訳なさそうに続ける。
「メメリはお屋敷のお仕事がありますので、先に戻らなければならなくて……」
小さな羊の角をわずかに傾けながら、メメリは三人を見る。
「皆様をご案内するのは、それからでもよろしいでしょうか?」
「俺たちは別に構わないけど……」
クロロはクロエとアルスを見る。
「二人は?」
「私は兄さんに任せるわ」
クロエが答える。
「ここでまた迷うよりはマシだろ」
アルスも頷いた。
「適当に歩いてたのは誰よ」
クロエがアルスを睨む。
「お前だろ」
「なんですって?」
「だからまた喧嘩するなって!」
クロロが慌てて二人の間に入る。
そんな三人を見て、メメリは思わず小さく笑った。
「ふふっ」
「……何?」
クロエが尋ねる。
「いえ。やはり皆様、とても仲がよろしいんですね」
「「だから、どこが!?」」
またしてもクロエとアルスの声が重なった。
「そこは合うんだよなぁ……」
クロロは呆れながら呟いた。
「それでしたら……」
メメリは三人へ微笑みかける。
「よろしければ皆様も、一度ウィルハード家のお屋敷へいらっしゃいませんか?」
「俺たちも?」
「はい」
メメリは優しく頷いた。
「ずっと森を歩いていらしたのでしたら、お疲れでしょうから」
「それは確かに――」
ぐぅぅぅぅ……。
「…………」
森の中に妙に大きな音が響いた。
クロエ。
アルス。
メメリ。
三人の視線が、一斉にクロロへ集まる。
「……今のは忘れてくれ」
クロロの顔が赤くなる。
「兄さん……」
クロエが額を押さえた。
「くっ……クロロ、お前……よりによってこのタイミングで……!」
アルスは口元を押さえながら肩を震わせている。
「笑うな!」
「ふふっ」
メメリも思わず笑ってしまう。
「でしたら、なおさらです」
メメリは優しい笑顔で言った。
「まずはお屋敷へいらしてください」
「……じゃあ、お言葉に甘えようかな」
クロロが照れながら答える。
クロエとアルスにも異論はない。
「はい!」
メメリは嬉しそうに頷くと、くるりと三人に背を向けた。
「それでは、こちらです。皆様、メメリについてきてください」
そう言って、迷う様子もなく森の奥へ向かって歩き始める。
「やっと迷子から解放される……」
クロロは心の底から安堵しながら、その後を追った。
「兄さんが地図を忘れなければ、最初から迷ってないけどね」
「まだ言うのかよ……」
「ま、結果的に案内してくれる奴が見つかったんだからいいじゃん」
アルスが笑う。
「あなたはもう少し反省しなさいよ!」
「なんであたしが反省すんだよ!」
「はいはい、二人とも喧嘩しない!」
再び始まりそうになった言い争いをクロロが止める。
そんな三人の声を背中で聞きながら、メメリは森の中を進んでいく。
だが――。
「…………」
歩きながら、メメリはほんの一瞬だけ後ろを振り返った。
その視線の先にいるのは――アルス。
「……」
何かを言いたそうに見えたものの、メメリは結局何も口にしなかった。
すぐに前を向き、再び歩き始める。
こうしてクロロたちは、森で偶然出会った小さな羊の角を持つメイド・メメリに案内され――。
彼女が仕える【ウィルハード家】の屋敷へと向かって歩み始めた。
◇
メメリに案内されながら、クロロたちは森の中を進んでいく。
さっきまで同じ場所を何度もぐるぐると回っていたのが嘘のように、メメリの足取りには一切の迷いがない。
木々の間を抜け、ときには草に隠れてほとんど見えない細い道を進んでいく。
「こっちに道なんてあったんだな……」
クロロが感心しながら呟いた。
「はい。この森は少し道が分かりづらいですから」
先頭を歩くメメリが振り返る。
「初めて来た方ですと、迷ってしまうことも多いんです」
「なるほど……」
クロロは納得するように頷いた。
「じゃあ俺たちが迷ったのも仕方なかったんだな」
「兄さんの場合は地図を忘れたのが原因でしょ」
すぐさまクロエから突っ込みが入る。
「それはもういいだろ!」
「ふふっ」
メメリが小さく笑う。
そのまましばらく歩いていたクロロだったが、ふと疑問が浮かんだ。
「そういえばさ、メメリ」
「はい、クロロ様?」
「一つ聞いてもいい?」
「もちろんです」
「メメリは、あんなところで何してたんだ?」
「え?」
メメリが振り返る。
クロロは先ほど自分たちが出会った場所のほうを親指で示した。
「だって、あそこって結構森の奥だっただろ? ウィルハード家のメイドなんだったら、なんで一人であんなところにいたのかなって」
「ああ、そのことですか」
メメリは納得したように頷いた。
「お散歩をしていたんです」
「散歩?」
「はい」
メメリはにこりと微笑んだ。
「ちょうどお屋敷でのお仕事が休憩時間になりましたので、少し森の中をお散歩していたんです」
「休憩中に森を散歩するのか……」
クロロは周囲を見回した。
自分たちにとっては何時間歩いても出口が分からない迷路のような森だ。
それを休憩時間の散歩場所にするとは、なかなかすごい。
「怖くないの?」
クロエが尋ねた。
「一人でこんな森の奥まで来てたんでしょ?」
「大丈夫です」
メメリは穏やかに答える。
「メメリはこの辺りには慣れていますから」
「へえ……」
クロロは感心する。
「だから迷わず歩けるんだな」
「はい。森を歩くのも好きなんです」
メメリはそう言って、楽しそうに前を向いた。
小さな羊の角の間で、ミントグリーンの髪が歩くたびにふわりと揺れる。
「休憩時間になると、時々こうしてお散歩するんです。森の中は静かですし、風も気持ちいいので」
「確かに、迷ってなかったら気持ちいい場所かもしれないな」
「迷ってなかったら、な」
アルスがニヤニヤしながら付け加える。
「うるさいな!」
クロロが言い返す。
メメリはそんな二人を見て、また小さく笑った。
「でも今日は、お散歩に来てよかったです」
「どうして?」
クロロが尋ねる。
「だって――」
メメリは三人へ振り返った。
「来なかったら、クロロ様たちと出会えませんでしたから」
「……そっか」
クロロは少しだけ笑った。
確かにメメリが今日この森を散歩していなければ、自分たちは今も同じ場所をぐるぐる回っていたかもしれない。
「俺たちからしたら本当に助かったよ。ありがとう、メメリ」
「いえいえ」
メメリは嬉しそうに微笑んだ。
「もう少しです。お屋敷までご案内しますね」
「頼むよ」
「はい!」
メメリは元気よく返事をすると、再び先頭に立って歩き出す。
その後ろをクロロ、クロエ、アルスが続いていく。
道中、クロロたちはメメリと他愛のない話をしながら森の中を進んでいった。
メメリが休憩時間になると時々この森を散歩していること。
この辺りの道にはすっかり慣れていること。
そして、森の中は静かで風も気持ちいいため、メメリにとってお気に入りの散歩場所であること。
そんな話をしているうちに――。
「あっ」
先頭を歩いていたメメリが足を止めた。
「皆様、着きましたよ」
「え?」
クロロが顔を上げる。
いつの間にか周囲の木々が少なくなり、森の先が明るくなっていた。
メメリに続いて木々の間を抜ける。
すると――。
「おお……」
クロロは思わず声を漏らした。
森の向こうに、大きな屋敷が姿を現したのだ。
「あれが……」
「はい」
メメリが振り返り、にこりと微笑む。
「メメリがお仕えしている、ウィルハード家のお屋敷です」
「でかいな……」
クロロは屋敷を見上げた。
そして屋敷の敷地を囲うように柵が続き、その正面には立派な大門が構えている。
クロエも屋敷を見つめた。
「森の近くに、こんな大きな屋敷があったのね」
「五百年以上地下にいたあたしが知らないのはともかく、お前も知らなかったのか?」
アルスがクロエを見る。
「国中の屋敷を全部知ってるわけないでしょ」
「騎士長なのに?」
「それ関係ないでしょ!」
「また始まったよ……」
クロロが呆れたように呟く。
「ふふっ」
メメリは三人のやり取りを見て、小さく笑った。
そして大きな門の前までやってくる。
「こちらです」
メメリに続き、クロロたち三人も門をくぐった。
「お邪魔します……」
クロロは何となく小声でそう言いながら敷地へ入る。
「兄さん、まだ屋敷の中じゃないわよ」
「いや、こういう大きいところって門をくぐった時点で言いたくならない?」
「ならない」
「そっか……」
アルスが横で吹き出す。
「クロロ、緊張してんのか?」
「ちょっとだけな!」
「ふふっ。そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ、クロロ様」
メメリが振り返った。
「メメリがお連れしたお客様ですから」
「そう言ってもらえると助かるよ」
クロロは苦笑する。
そのまま一行はメメリの後について敷地内を進み、やがて屋敷の入口へ到着した。
間近で見ると、クロロは少し緊張してしまう。
「……なんか急に緊張してきたな」
「今さら?」
クロエが兄を見る。
「だって、こんな立派な屋敷に入る機会なんてほとんどないし……」
「クロロ、さっきまで森で迷子になってた奴とは思えねえくらい縮こまってんな」
アルスがニヤリと笑う。
「それとこれとは別だ!」
クロロが言い返すと、メメリが振り返った。
「大丈夫ですよ、クロロ様」
「メメリ?」
「そんなに緊張なさらなくても」
メメリは安心させるように微笑んだ。
「メメリがお連れしたお客様ですから」
「……ありがとう」
クロロも少しだけ表情を緩める。
「それでは――」
メメリは玄関の前に立つと、扉へ手をかけた。
「どうぞ」
ギィィ――。
大きな玄関扉がゆっくりと開いていく。
「おお……」
クロロは開かれていく扉の先へ目を向けた。
そして――。
「……ん?」
玄関の先に、一人の人物が立っていた。
クロロたちが来ることを最初から知っていたかのように、その人物は静かにこちらを待っている。
「メメリ」
その人物が声をかけた。
「はい」
メメリが返事をする。
クロロはその人物を見た。
どうやら――この屋敷の執事らしい。
メメリはクロロたちへ向き直ると、その人物を紹介した。
「こちらは、ウィルハード家の執事を務めている――ビークルさんです」
クロロ、クロエ、アルスの視線が、一斉にビークルへ向けられる。
ビークルは三人を一度見たあと、まずメメリへと目を向ける。
「メメリ」
「はい、ビークルさん」
「今日は少し帰りが遅かったですね」
「あっ……」
メメリは小さな羊の角をわずかに傾け、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「すみません。少し遅くなってしまいました」
「休憩時間に散歩へ出ること自体は構いませんが、あまり遅くならないようにしてください」
ビークルの口調は穏やかだった。
厳しく叱っているというより、帰りが遅かったメメリを少し心配していたようにも聞こえる。
「はい。気をつけます」
メメリは素直に頭を下げた。
その様子を見ていたクロロは、少し気まずそうに頬をかく。
メメリの帰りが遅くなった原因の一つは、自分たちにあるからだ。
「あの、それなんだけど……」
クロロが口を開こうとした、その時だった。
「ところで――」
ビークルの視線が、メメリの後ろに立つ三人へ向けられる。
「メメリ」
「はい?」
「そちらの方々は?」
「あっ」
メメリはクロロたちを連れてきたことをまだ説明していなかったことに気づいたようだった。
「そうでした!」
メメリは慌ててクロロたちのほうへ振り返る。
「こちらの皆様は――」
メメリは、森でクロロたちと出会ってからのことをビークルへ説明した。
休憩時間に森を散歩していたところ、クロロ、クロエ、アルスの三人と出会ったこと。
三人が森の中で道に迷っていたこと。
そして、森から出る道を案内する前に仕事へ戻る必要があったため、一度屋敷へ来てもらったことを話す。
「――というわけなんです」
説明を終えると、メメリはビークルを見上げた。
「なるほど。そういうことでしたか」
ビークルは納得したように頷く。
「勝手にお連れしてしまって、すみません」
「いえ、事情は分かりました」
そう答えると、ビークルはクロロたちへ向き直った。
先ほどまでとは違い、屋敷を訪れた客人に対する丁寧な態度で三人へ頭を下げる。
「これは失礼いたしました。お客様でしたか」
「あ、いや!」
クロロは慌てて手を振った。
「俺たちのほうこそ、急に押しかけちゃってすみません」
「お気になさらずに」
ビークルは落ち着いた口調で答える。
「森の中を長く歩いていらしたのでしたら、さぞお疲れでしょう」
「まあ……かなり歩いたな」
アルスが呟く。
「同じ場所を何度もね」
クロエが付け加えた。
「それ言わなくていいだろ……」
クロロが小声で返す。
そのやり取りを見たビークルは、わずかに表情を和らげた。
「でしたら、お茶をご用意いたしましょう」
「え、いいんですか?」
「もちろんでございます。せっかく当家へいらしたお客様ですから」
「ありがとうございます」
クロロが頭を下げると、クロエもそれに続いた。
「ありがとうございます」
「あたしも遠慮なくいただくよ」
アルスはいつも通りだった。
「アルス……もうちょっと遠慮ってものを……」
「出してくれるって言ってんだからいいだろ?」
「まあ、そうだけどさ……」
するとビークルはメメリへ視線を戻した。
「メメリ」
「はい!」
「お客様方を談話室へご案内してください」
「分かりました!」
メメリは元気よく返事をする。
「私はお茶の準備をしてまいります」
そう告げると、ビークルはクロロたちへもう一度丁寧に頭を下げた。
「どうぞ、ごゆっくりおくつろぎください」
「ありがとうございます」
クロロが答える。
ビークルは静かな足取りでその場を離れ、屋敷の奥へと向かっていった。
その背中を見送ったあと、メメリが三人へ振り返る。
「それでは皆様、談話室へご案内しますね」
「お願いするよ、メメリ」
「はい、クロロ様!」
メメリを先頭に、クロロ、クロエ、アルスの三人は屋敷の廊下を歩いていく。
森の中を歩いていた時とは打って変わり、屋敷の中には静かで落ち着いた空気が流れていた。
クロロは歩きながら、興味深そうに周囲を見回す。
「それにしても……本当に大きな屋敷だな」
「そうね」
クロエも頷いた。
外から見てもかなりの大きさだったが、実際に中へ入ってみるとより一層その広さを実感する。
「ウィルハード家って、そんなに大きな家なのか?」
クロロが何気なく尋ねると、前を歩いていたメメリが振り返った。
「はい。ウィルハード家は、宝石の採掘によって大きくなったお家なんです」
「宝石?」
クロロが聞き返す。
「はい」
メメリは頷く。
「宝石を採掘して、それによって財を築いてきたお家なんですよ」
「へえ……宝石採掘か」
クロロは少し感心したように呟いた。
あれほど立派な門に、これほど大きな屋敷。
森の近くに突然現れた豪邸を見た時は驚いたが、その話を聞けば納得できる。
「なるほどな。それでこんなにでかい屋敷を持ってるわけか」
アルスが言う。
「そういうことみたいね」
クロエも屋敷の中を見ながら答えた。
クロロは再びメメリへ尋ねる。
「じゃあ、ウィルハード家は昔から宝石を採ってるの?」
「はい」
メメリは答える。
「宝石の採掘とともに発展してきたのが、ウィルハード家なんです」
そう説明するメメリの声には、自分が仕えている家への親しみが感じられた。
「メメリ、結構この家のこと好きなんだな」
「え?」
「なんとなく。話してる時、楽しそうだからさ」
クロロに言われ、メメリは一瞬きょとんとする。
そして――。
「はい!」
嬉しそうに笑った。
「メメリは、このお屋敷が好きですよ」
「そっか」
クロロも微笑む。
そんな会話を交わしながら、一行は屋敷の奥へと進んでいった。
「さて――」
メメリが廊下の先へ目を向ける。
「談話室までもう少しです」
クロロたちはメメリからウィルハード家の話を聞きながら、その後について歩いていく。
宝石の採掘によって財を築き、大きくなったウィルハード家。
クロロたちはまだ、この屋敷について知り始めたばかりだった。
ウィルハード家についての話を聞きながら廊下を進んでいると、やがてメメリが一つの扉の前で足を止めた。
「皆様、着きました。こちらが談話室です」
「ここか」
メメリが扉を開ける。
「どうぞ、お入りください」
「ありがとう」
クロロを先頭に、クロエ、アルスの三人が談話室へと入っていく。
森の中を長いこと歩き続けていた三人にとって、ようやく落ち着いて休める場所だった。
「はぁ~……やっと座れる……」
クロロが安堵の声を漏らす。
「兄さん、だらしないわよ」
「そう言うクロエだって疲れてるだろ?」
「私は騎士長よ。このくらい――」
「森で迷って何時間も歩き回ってたのにな」
アルスが横から口を挟む。
「……アルス」
クロエの眉がぴくりと動く。
「何だよ?」
「また喧嘩するなよ、お前ら……」
クロロが二人の間に入ろうとしたところで、
「ふふっ」
メメリの小さな笑い声が聞こえた。
三人がそちらを見ると、メメリは楽しそうに笑っている。
「す、すみません。皆様を見ていると、つい……」
「そんなに俺たちって面白いのかな……」
クロロは頬をかいた。
「とても仲がよろしいと思います」
「「よくない!」」
クロエとアルスが同時に否定する。
「また揃った……」
クロロは呆れた。
メメリはもう一度くすりと笑ったあと、三人へ丁寧に頭を下げる。
「それでは皆様、こちらで少々お待ちいただけますか?」
「ん?」
クロロがメメリを見る。
「メメリはどうするんだ?」
「メメリはこれから、奥様のところへ行ってまいります」
「奥様?」
「はい」
メメリは頷いた。
「ウィルハード家の主である奥様です」
「この屋敷の主人か」
アルスが呟く。
「はい。皆様をお屋敷へお連れしたことを、奥様にもきちんとご説明しておかなければなりませんので」
「そりゃそうか」
クロロは納得する。
自分たちはメメリに誘われたとはいえ、突然この屋敷を訪ねてきた客人だ。
屋敷の主に事情を説明するのは当然だろう。
「それと――」
メメリは笑顔を浮かべた。
「せっかくですので、奥様をこちらへお呼びしてまいりますね」
「えっ、この家の主人がわざわざ俺たちに会いに来るのか?」
クロロが少し緊張した表情になる。
「はい」
「なんかまた緊張してきた……」
「兄さん、さっき玄関でも同じこと言ってなかった?」
「だって今度はこの家の主人だぞ?」
「クロロって意外とこういうの弱いんだな」
アルスが面白そうに笑う。
「ほっとけ!」
「ふふっ。大丈夫ですよ、クロロ様」
メメリが安心させるように微笑む。
「それでは、少々お待ちください」
「ああ。分かった」
「はい。それでは失礼いたします」
メメリはぺこりと頭を下げると、談話室を出ていった。
パタン――。
静かな音を立てて扉が閉まる。
◇
「…………」
その直後だった。
アルスの表情から、ふっと笑みが消えた。
閉じられた扉をじっと見つめる。
何かを考え込むように目を細め、その場から動かない。
「アルス?」
クロロが声をかけた。
「……ん?」
「どうしたんだ?」
「…………」
アルスはすぐには答えなかった。
頭に浮かんでいたのは、森でメメリと出会った時のことだった。
クロロが自分の名前を――。
アルス・サジタリアス。
そう口にした、あの瞬間。
ほんの一瞬だけだった。
だが、メメリの肩がわずかに揺れ、そのミントグリーンの瞳が自分へ向けられた。
まるで――。
自分の名前に聞き覚えがあったかのように。
(……あの反応、何だったんだ?)
アルスは心の中で考える。
もちろん、メメリという少女に見覚えがあるわけではない。
そもそも十二星具たちは、互いの存在こそ知っていても、互いがどのような人型の姿をしているのかまでは知らない。
だから、アルスにとってメメリはあくまで――この屋敷で働いている、羊の角を持ったメイド。
それ以上でも、それ以下でもなかった。
ただ一つ。
自分の名を聞いた時に見せた、あの反応だけが妙に引っかかっていた。
「……アルス?」
もう一度クロロに呼ばれ、アルスは我に返る。
「ああ、悪い」
「何か気になることでもあった?」
クロエもアルスを見る。
「…………」
アルスは少し考えたものの――。
「いや」
すぐにいつもの表情へ戻った。
「何でもねえよ」
「そう?」
「ああ。ちょっと考え事してただけだ」
アルスはそう言うと、近くの椅子へ腰を下ろした。
「それより、ちょうどいい。今のうちにこれからの旅について話そうぜ」
「これからの旅?」
クロロも向かい側の椅子へ座る。
クロエは当然のようにクロロの隣へ腰を下ろした。
「ああ」
アルスは腕を組む。
「ボーンスターを出て三日。旅を始めたはいいけど、まだ残りの十二星具について何の手掛かりも掴めてねえ」
「……まあ、そうだな」
クロロは苦笑する。
「それどころか今日なんて、森で迷ってただけだし」
「誰かさんが地図を忘れたからね」
クロエが横から言う。
「まだ言うのかよ!」
「事実でしょ?」
「ぐっ……」
反論できず、クロロは黙り込む。
アルスはそんな二人を見ながら笑った。
「ま、地図を忘れたクロロも悪いけどよ。そもそもあたしたちには、残りの連中がどこにいるのか分からねえからな」
「アルスにも分からないんだよな?」
「ああ」
アルスは頷く。
「五百年以上も封印されてたんだ。その間に他の奴らがどこへ行ったかなんて知るわけねえ」
クロエが尋ねる。
「十二星具同士なら、会えば分かるものなの?」
「いや」
アルスは即答した。
「少なくとも、人の姿を見ただけじゃ分からねえよ」
「そうなの?」
クロロが意外そうな顔をする。
「あたしたちは、お互いがどんな人型の姿をしてるのか知らねえんだ」
「へえ……」
「だから道端ですれ違った奴が十二星具だったとしても、見た目だけじゃ気づかない可能性だってある」
「それ、探すのかなり大変じゃない?」
クロロの顔が引きつる。
「だから言ってんだろ。簡単な旅じゃねえって」
「そういう重要なことは旅に出る前に教えてくれよ!」
「聞かなかっただろ?」
「聞かなくても教えてくれ!」
クロロが頭を抱える。
世界中のどこにいるか分からない。
さらに、人型の姿も分からない。
想像していた以上に、残りの十二星具探しは難航しそうだった。
「だったら、どうやって探すの?」
クロエが真剣な表情で尋ねる。
「情報を集めるしかねえだろうな」
アルスが答える。
「変わった武器の噂だったり、普通じゃねえ力を使う奴の話だったり……そういう手掛かりを一つずつ追うしかねえ」
「なるほど……」
クロロは腕を組む。
「じゃあ、これから町や村に着くたびに情報収集していく感じか」
「今のところは、それが一番確実だろうな」
「世界中を探すとなると、かなり時間がかかりそうね」
クロエの表情が引き締まる。
「悪星王の封印がいつまで持つのかも分からないんでしょう?」
「ああ」
アルスの声も少し低くなる。
「だから、のんびりしてる暇はねえ」
「…………」
クロロは自分の手のひらを見つめた。
つい数日前まで、自分はボーンスターで洋服屋の息子として普通に暮らしていた。
家族と一緒に店を手伝い、服を作り――。
そんな日々を送っていた。
それが今では。
世界のどこかにいる十一人の十二星具を探し、いつか復活するかもしれない悪星王と戦おうとしている。
「……改めて考えると、とんでもない旅に出たんだな、俺」
「今さら?」
アルスが言う。
「分かってたよ。でもこうやって話してると実感するんだよ」
すると――。
「兄さん」
隣に座るクロエがクロロを見た。
「クロエ?」
「一人で全部背負おうとしなくていいからね」
「…………」
「私も一緒にいるんだから」
クロエはまっすぐ兄を見つめる。
「何があっても、私が兄さんを守るわ」
「クロエ……」
クロロは少し驚いたあと、優しく笑った。
「ああ。頼りにしてる」
「任せて」
クロエも小さく微笑む。
(当然よ)
心の中では、さらに強く思う。
(お兄様は絶対に私が守るんだから)
「それに――」
アルスが口を開く。
「クロロにはあたしもいる」
「アルス」
「契約した以上、最後まで付き合ってやるよ」
アルスはニッと笑った。
「頼りにしてるよ」
「ああ」
そのやり取りを見たクロエの眉が、ぴくっと動く。
(……やっぱりこの女、お兄様との距離が近いのよね)
クロエは少しだけ頬を膨らませた。
「よし」
クロロは気持ちを切り替えるように両膝を叩く。
「じゃあ、これからは各地を回りながら十二星具についての情報を集める。それで手掛かりが見つかったら、そこへ向かう」
「ああ」
「それでいいと思うわ」
アルスとクロエが頷く。
「そして――」
クロロが真剣な表情になる。
「まず地図を手に入れる」
「それ最優先だな」
「最優先ね」
二人が同時に答えた。
「世界を救う話より即答するなよ!」
クロロの声が談話室に響く。
アルスが吹き出し、クロエも小さく笑う。
こうして三人は、改めてこれからの旅について確認し合った。
残る十一人の十二星具がどこにいるのか。
そして――どのような人の姿をしているのか。
今の三人には、まだ何も分からない。
だからこそ、一つずつ手掛かりを探していくしかない。
そしてアルスの頭の片隅には――。
先ほど自分の名を聞いた時に見せた、メメリの一瞬の反応だけが。
小さな違和感として残っていた。
そんな話をしていると――。
コンコン。
談話室の扉が軽く叩かれた。
「はい」
クロロが反射的に返事をすると、
「失礼いたします」
聞き覚えのある落ち着いた声とともに、扉が開かれる。
入ってきたのは執事のビークルだった。
その手には、お茶の用意が整えられた盆が載せられている。
「あ、ビークルさん」
「お待たせいたしました」
ビークルは静かな足取りで部屋へ入ると、クロロたちのいるテーブルまでやってきた。
「森を長く歩いてこられたとのことでしたので、まずはこちらで一息ついてください」
そう言いながら、ビークルは慣れた手つきでカップを並べていく。
そして三人の前へ、一つずつ丁寧にお茶を用意した。
ふわり――。
淹れたてのお茶の香りが談話室に広がる。
「おお……いい匂い」
クロロが思わずカップへ顔を近づける。
「兄さん、行儀悪いわよ」
「匂い嗅いだだけだろ?」
「クロロ、飲んでいいのか?」
すでにカップへ手を伸ばしていたアルスが尋ねる。
「俺に聞くなよ!」
「ふふ」
クロエが小さく笑う。
ビークルはそんな三人を見ながらも表情を崩すことなく、静かに一礼した。
「どうぞ、冷めないうちにお召し上がりください」
「ありがとうございます」
クロロはカップを手に取る。
「いただきます」
一口。
温かいお茶が口の中へ広がり、森を歩き続けていた身体から自然と力が抜けていく。
「……うまい」
クロロがほっと息を吐いた。
クロエも上品に一口飲む。
「本当。落ち着くわね」
「ああ、うまいな」
アルスも気に入ったのか、もう一口飲んでいる。
「お気に召したのでしたら何よりでございます」
ビークルは静かに頭を下げた。
「いや、本当に助かります。俺たち、ずっと森の中を歩いてたから」
「お疲れだったことでしょう」
「しかも迷子だったからな」
アルスが余計な一言を付け加える。
「それはもう言わなくていいって!」
クロロが即座に突っ込んだ。
「地図を忘れた兄さんが悪いんでしょ」
「クロエまで!」
先ほどまで今後の旅について真剣に話し合っていたとは思えないやり取りが始まる。
そんな三人の前には、温かな湯気を立てるお茶。
森をさまよい続けたクロロたちは、ウィルハード家の談話室でようやく落ち着いた時間を過ごしていた。
しかし――。
メメリはまだ戻ってきていない。
彼女は今、この屋敷の主である奥様へ、クロロたちがやって来たことを伝えに向かっている。
クロロはお茶をもう一口飲みながら、これから対面することになるウィルハード家の主を静かに待つのだった。
◇
クロロたちがビークルの淹れてくれたお茶を飲みながらくつろいでいた――その時だった。
ガチャ――。
「ん?」
談話室の扉がゆっくりと開いた。
クロロ、クロエ、アルスの三人が同時にそちらへ顔を向ける。
「お待たせいたしました」
扉の向こうから聞こえてきたのは、メメリの声だった。
「メメリ」
クロロがカップを置く。
そして、談話室へ入ってきたメメリの姿を見た瞬間――。
「……あ」
クロロは小さく声を漏らした。
メメリは一人ではなかった。
彼女は一台の車いすをゆっくりと押しながら、談話室へ入ってきたのだ。
その車いすには、一人の女性が座っている。
「奥様をお連れいたしました」
メメリはそう告げながら、慎重に車いすを押していく。
「…………」
クロロはすぐに理解した。
この車いすに座っている女性こそ――。
先ほどメメリから話を聞いた、このウィルハード家の主である奥様なのだ。
クロエもそれに気づいたのか、すぐに姿勢を正す。
アルスも持っていたカップをテーブルへ戻し、車いすの女性へ視線を向けた。
「兄さん」
「ああ」
クロロも慌てて姿勢を正した。
さっきまで三人で旅の話をしたり、地図を忘れたことで言い合ったりしていた空気が、一瞬にして切り替わる。
メメリは車いすを押して三人の前までやってくると、ゆっくりと足を止めた。
「こちらが――」
メメリは車いすに座る女性へ目を向ける。
「ウィルハード家の主である、奥様です」
「…………」
クロロは思わず、その女性を見つめた。
ウィルハード家の主。
宝石の採掘によって財を築き、これほど大きな屋敷を構える家の主人だと聞いていたため、クロロはもっと年齢を重ねた人物を想像していた。
しかし――。
(若い……)
車いすに座っていたのは、とても若い女性だった。
そして何より、思わず目を奪われてしまうほど綺麗な人だった。
「……へえ」
アルスも少し意外そうな顔をする。
クロエも驚いた様子で女性を見つめていた。
すると女性は三人を見渡したあと、穏やかな表情を浮かべた。
「初めまして」
若く美しい女性の声が、静かな談話室に響く。
「メメリからお話は聞いております」
クロロは慌てて立ち上がった。
「あ、初めまして!」
勢いよく立ち上がったせいで、危うくテーブルに膝をぶつけそうになる。
「兄さん、落ち着いて」
「分かってるって……!」
クロエに小声で注意され、クロロは少し恥ずかしそうに姿勢を正した。
女性はそんなクロロを見て、わずかに微笑む。
そして――。
「わたくしは、エメと申します」
「エメさん……」
「はい」
エメは優しく頷いた。
「このウィルハード家の主を務めております」
クロロは改めて、車いすに座るエメを見つめた。
ウィルハード家の主と聞いて、もっと年齢を重ねた人物を想像していた。
しかし実際に目の前にいるエメは、とても若々しい。
そして――何より綺麗だった。
「…………」
「兄さん?」
隣にいるクロエが、黙り込んだクロロを見る。
だがクロロは、つい思ったことをそのまま口にしてしまった。
「エメさんって……すごく綺麗な人ですね」
「――!」
クロエの眉がぴくりと動いた。
「お?」
アルスが面白そうにクロロを見る。
「あら」
エメ本人も少し驚いたように目を瞬かせた。
数秒遅れて、クロロは自分が何を口にしたのか理解する。
「…………あ」
顔が一気に赤くなった。
「いや! 今のは、その!」
「兄さん?」
クロエの声が少し低い。
「違うぞクロエ! 変な意味じゃないからな!?」
「私、まだ何も言ってないけど?」
「顔が言ってる!」
アルスが堪えきれず吹き出した。
「ははっ! クロロ、お前そういうことさらっと言うんだな!」
「笑うなよ!」
そんな三人のやり取りを見ていたエメは、口元に手を添えて上品に笑った。
「ふふっ……ありがとうございます、クロロさん」
「す、すみません。初対面なのにいきなり……」
「謝る必要はありませんよ。女性として嬉しいお言葉ですから」
エメは穏やかに微笑んでいる。
クロロは少し安心したものの、もう一度エメを見る。
やはり若い。
「でも、本当にお若いですよね」
「まあ」
エメは少し楽しそうな表情になる。
「クロロさん。わたくしを何歳くらいだと思われました?」
「えっ」
突然の質問にクロロは固まった。
(これ、答え間違えたらまずいやつじゃ……?)
異世界に来ても、この手の質問の難しさだけは変わらないらしい。
「兄さん、ちゃんと考えて答えたほうがいいわよ」
「プレッシャーかけるな!」
アルスは完全に面白がっている。
「ほらクロロ。答えてみろよ」
「お前は気楽でいいよな!」
クロロは少し悩んでから、恐る恐るエメを見る。
「……二十代、くらいですか?」
するとエメは目を丸くしたあと――。
「ふふっ」
嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます。ですが、わたくしは――三十二歳です」
「えっ!?」
クロロが驚く。
「三十二!?」
思わずもう一度エメを見る。
「全然見えない……!」
「まあまあ」
エメは頬に手を添え、どこか嬉しそうだった。
「そんなに驚かれると、少し恥ずかしいですね」
「いや、本当にもっと若いと思いました」
「兄さん」
再びクロエの低い声。
「はい」
クロロは即座に妹へ顔を向けた。
「褒めすぎ」
「すみません……」
「なんでクロエに謝ってんだよ!」
アルスが笑う。
メメリも二人の後ろで、楽しそうにくすくすと笑っていた。
「クロロ様は素直な方なんですね」
「思ったことが口から出ちゃっただけだよ……」
クロロは恥ずかしそうに頭をかく。
そんなクロロを見つめながら、エメは穏やかに微笑んでいた。
やがてエメは、少し離れた場所に控えているビークルへ顔を向ける。
「ビークル」
「はい、奥様」
ビークルはすぐに返事をした。
続いて、エメは自分の車いすの後ろに立っているメメリを見る。
「メメリも」
「はい、奥様」
メメリも姿勢を正した。
「二人とも、ここまでありがとうございました」
エメは優しい口調で二人へ告げる。
「わたくしのことは大丈夫ですから、他のメイドたちと一緒にお屋敷のお仕事へ戻ってください」
「かしこまりました」
ビークルが丁寧に頭を下げる。
「分かりました、奥様!」
メメリも元気よく返事をした。
だが、その場を離れる前にメメリはクロロたちへ顔を向ける。
「それではクロロ様、クロエ様、アルス様。メメリはお仕事へ戻りますね」
「ああ」
クロロが笑顔で答える。
「案内してくれてありがとう、メメリ」
「いえいえ。お役に立ててよかったです」
メメリは嬉しそうに微笑んだ。
「仕事、頑張ってね」
クロエが声をかける。
「はい、クロエ様!」
そしてメメリは最後にアルスを見る。
「それでは、アルス様もごゆっくり」
「ああ」
アルスは短く答えた。
「…………」
その一瞬。
アルスはメメリの顔をじっと見つめた。
やはり、見覚えなどない。
自分の名前を聞いた時に、なぜあんな反応をしたのか――。
その疑問はまだ残っている。
しかしアルスは何も言わず、メメリから視線を外した。
「では、我々はこれで失礼いたします」
ビークルが一礼する。
「失礼いたします」
メメリもぺこりと頭を下げると、ビークルとともに談話室を出ていった。
パタン――。
扉が閉じられる。
◇
談話室に残ったのは――。
クロロ。
クロエ。
アルス。
そして、車いすに座るウィルハード家の主、エメ。
「さて――」
エメが三人へ向き直る。
その若く美しい顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。
「改めまして、皆様。少しお話をいたしましょうか」
「あ、はい」
クロロも姿勢を正す。
エメは穏やかな表情を浮かべたまま、三人を順番に見た。
「メメリから、皆様が森で道に迷っていたところを偶然見つけたと聞きました」
「はい……」
クロロは少し恥ずかしそうに頬をかく。
「地図を忘れちゃって……」
「兄さんが、ね」
「わざわざ付け足さなくていいだろ!」
エメは二人のやり取りに小さく笑った。
「ふふっ。ですが――」
その表情が少しだけ真剣なものへ変わる。
「皆様は、どうしてこの辺りへいらしたのですか?」
「え?」
「旅をされているのでしょう?」
エメは続ける。
「もし差し支えなければ、どのような目的で旅をされているのか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「…………」
クロロはクロエとアルスを見る。
クロエは兄に任せるように小さく頷いた。
アルスも、
「クロロに任せる」
と答える。
「分かった」
クロロはエメへ向き直った。
「……ちょっと長い話になるかもしれません」
「構いませんよ」
エメは微笑む。
「ゆっくりお聞かせください」
「じゃあ――」
クロロは一度息を整えた。
「最初から話します」
クロロは、自分たちの街――大都市ボーンスターで起きた出来事について話し始めた。
街の周辺で、突然人々が行方不明になり始めたこと。
調査へ向かった兵士までもが消息を絶ったこと。
そしてある日――。
巨大な蝙蝠の翼を持つ狼のような怪物が、ボーンスターを襲撃したこと。
「その怪物は三体いました」
「三体も……」
エメの表情が曇る。
「はい」
クロロは頷いた。
「俺も襲われてる子供を助けようとして……その時に地面が崩れて、地下に落ちたんです」
「まあ……」
「兄さんは本当に無茶ばっかりするんだから」
クロエが呟く。
その声には、あの時のことを思い出したためか、わずかな苦しさが混じっていた。
「ごめんって……」
「今ここにいるからいいけど……」
クロエはそう言いながら、兄から視線を逸らす。
(あの時は……本当に、お兄様が死んだと思ったんだから……)
クロロはそんな妹を少しだけ見つめたあと、話を続けた。
「地下に落ちた俺は、そこで白く光る鳥に出会いました」
「白く光る鳥?」
「はい。その鳥についていった先に、封印された部屋があって……」
クロロの視線がアルスへ向く。
「そこで、アルスと出会ったんです」
エメもアルスを見る。
アルスは腕を組んだまま、静かに話を聞いていた。
「アルスは、伝説に残っている十二星具の一人――いて座の十二星具でした」
「……十二星具」
エメが静かにその言葉を繰り返す。
「はい」
クロロは続ける。
アルスが五百年以上もの間、地下で封印されていたこと。
クロロが彼女の封印を解いたこと。
そして地上へ戻った時には、クロエが怪物との戦いで限界まで追い詰められていたこと。
「その時に、俺はアルスと契約しました」
「契約……」
「はい」
クロロはアルスを見る。
「あたしがクロロを契約者として認めた」
アルスが補足する。
「契約したことで、アルスは本来の星具の姿――【サジット・スナイプ】になって、俺はその力を使えるようになりました」
クロロは自分の手を見る。
あの時。
初めてアルスと契約し、星の力を手にした瞬間を思い出す。
「その力で、なんとか三体の怪物を倒すことができたんです」
「…………」
エメは口を挟まず、真剣に話を聞いていた。
「そのあと、俺たちは国王陛下から怪物の正体を聞きました」
クロエが話を引き継ぐ。
「あの怪物の名前は――バットウルフ」
「バットウルフ……」
「そして、普通の魔物とは違う」
アルスが低い声で続けた。
「あいつらは、悪星王に関係する怪物だ」
その名が出た瞬間、先ほどまで穏やかだった空気が変わる。
エメの表情からも笑みが消えた。
「悪星王……」
「知ってるんですか?」
クロロが尋ねる。
「伝承としては」
エメは静かに答えた。
「星獣王と十二人の英雄によって封じられた、恐ろしい存在であると」
「その悪星王の封印が――弱くなっている可能性があるんです」
「……!」
エメの瞳がわずかに見開かれた。
クロロは真剣な表情で続ける。
「バットウルフが現れたのも、その影響かもしれないって」
「それで、クロロさんたちは……」
「はい」
クロロは頷いた。
「悪星王が完全に復活する前に、残りの十二星具を探すために旅に出ました」
エメはクロロを見る。
「残りの十二星具を?」
「俺は今のところ、アルスとしか契約していません」
クロロは答える。
「でも今、この世界には十二星具と契約できる英雄が、俺以外に見つかっていないんです」
「…………」
「だから――」
クロロは拳を握る。
「俺が残りのみんなを探します」
それはまだ、あまりにも大きな役目だった。
残る十一人がどこにいるのかも分からない。
どんな人型の姿をしているのかすら、アルスにも分からない。
それでも――。
「全員と契約できるかどうかは、まだ分かりません。でも、やるしかないと思ってます」
エメは黙ってクロロを見つめていた。
「そして悪星王が復活した時に……戦えるようにする」
「兄さん一人ではありません」
クロエが続ける。
「私も一緒に行きます」
「もちろん、あたしもな」
アルスも笑みを浮かべる。
「…………」
エメは三人の顔を順番に見つめた。
クロロ。
その妹であるクロエ。
そして、いて座の十二星具――アルス。
「そうでしたか……」
やがてエメは静かに息を吐く。
「皆様がこの場所へいらしたのには、そのような事情があったのですね」
「はい」
クロロが頷いた。
「……まさか、その途中で地図を忘れて森をさまようことになるとは思ってませんでしたけど」
「兄さん」
「最後にそれ言う必要あったか?」
クロエとアルスが同時に突っ込む。
「いや、なんか話が重くなったから!」
その言葉に――。
「ふふっ……」
エメが小さく笑った。
張り詰めていた談話室の空気が、ほんの少しだけ和らぐ。
エメはその話を受け止めるように、しばらく静かに考え込んでいた。
◇
クロロたちが旅の目的について話し終えたあと――。
「…………」
クロエは、エメの姿をちらりと見た。
正確には――彼女が座っている車いすを。
「…………」
すぐに視線を逸らす。
だが、しばらくするとまた目が向いてしまう。
エメは三十二歳。
とても若々しく、見たところ身体が弱そうにも思えない。
だからこそ、クロエには一つ気になることがあった。
(……エメさん、どうして車いすに乗っているのかしら)
足が悪いのだろうとは思う。
だが、それ以上のことは分からない。
生まれつきなのか。
病気なのか。
それとも、何かの事故なのか。
気にはなるものの、初対面の相手に簡単に尋ねていいことではない。
そう考え、クロエは何も言わなかった。
だが――。
「クロエさん」
「え?」
エメから突然名前を呼ばれ、クロエは顔を上げる。
エメは穏やかな笑みを浮かべていた。
「先ほどから、気になっていらっしゃいますよね?」
「……!」
クロエの肩がわずかに揺れた。
「な、何のことでしょう?」
「こちらのことです」
エメはそう言うと、自分が座っている車いすへそっと手を置いた。
「…………」
クロエは気まずそうに目を伏せた。
「すみません……。じろじろ見るつもりはなかったんです」
「謝らなくてもいいのですよ」
エメは優しく首を横に振る。
「気になるのは当然のことですから」
クロロとアルスもエメへ目を向ける。
エメは少しだけ目を伏せた。
「わたくしがこうして車いすで生活しているのには……理由があります」
その声から、先ほどまでの明るさが少しだけ消えた。
「昔のことです」
エメはゆっくりと語り始める。
「あの日は、とても酷い嵐でした」
激しい雨。
吹き荒れる風。
鳴り響く雷。
そんな中、エメは大切な娘と一緒に馬車で移動していた。
「ですが、その途中……わたくしたちの馬車は何者かに襲われました」
「……!」
クロエの表情が変わる。
「そして、わたくしと娘は誘拐されてしまったのです」
「誘拐……」
クロロが呟く。
「はい」
エメは静かに頷いた。
「とても怖かった。ですが、わたくし自身よりも……娘のことだけが心配でした」
娘だけは守らなければならない。
何があっても、この子だけは。
エメは恐怖に震える娘を抱きしめながら、ずっとそう考えていた。
「そんなわたくしたちを助けに来てくれたのが……夫でした」
「旦那さんが……」
「はい」
一瞬だけ、エメの表情に懐かしむような優しさが浮かんだ。
しかし――すぐに悲しみへ変わる。
「夫は、わたくしと娘を逃がすために……自らの命を犠牲にしました」
「…………!」
クロロたちは言葉を失った。
「夫が作ってくれた機会を無駄にはできませんでした。だからわたくしは娘を抱きかかえ、必死に逃げました」
外では激しい嵐が続いていた。
雨で前もよく見えない。
地面はぬかるみ、走るだけでも何度も足を取られる。
それでもエメは止まらなかった。
腕の中にいる娘を守りながら、ただひたすら逃げ続けた。
しかし――。
「逃げている途中、雨でぬかるんだ地面に足を滑らせてしまったのです」
エメは自分の足へ視線を落とす。
「娘を抱えたまま、低い崖から落ちました」
「それで……」
クロエが車いすを見る。
「はい」
エメは頷く。
「幸い、娘に大きな怪我はありませんでした。落ちる瞬間、わたくしが必死に抱きしめていましたから」
だが――。
エメ自身は違った。
「わたくしは立ち上がろうとしました」
けれど。
足に力が入らなかった。
何度立ち上がろうとしても、身体は地面へ崩れ落ちる。
「その時の怪我で……わたくしの両足は動かなくなってしまったのです」
「…………」
クロエは悲しそうにエメを見る。
だが、エメにとって本当の悲劇は――。
そこでは終わらなかった。
「それでも、追っ手は迫っていました」
自分はもう逃げられない。
だが、娘は走れる。
「だから……わたくしは娘に言いました」
――お母さんのことはいいから、逃げなさい。
「娘は嫌がりました」
エメの声が、少しだけ震えた。
「わたくしを置いていけないと……泣きながら何度も言いました」
それでもエメは娘を説得した。
夫が命を犠牲にして守ってくれた命。
ここで失わせるわけにはいかない。
「お願いだから逃げて」
それが――あの時、母親としてできる唯一のことだった。
「最後には娘も、わたくしの言葉を聞いてくれました」
エメの手が膝の上で強く握られる。
「泣きながら……一人で逃げていきました」
娘の背中が遠ざかっていく。
無事に逃げて。
お願いだから。
生きて――。
エメはただ、それだけを願っていた。
しかし。
「…………」
エメの言葉が止まった。
談話室に重い沈黙が落ちる。
「……娘は、逃げ切ることができませんでした」
「え……」
クロロの顔から表情が消える。
「追ってきた者たちに……見つかってしまったのです」
クロエが息を呑んだ。
アルスも黙ったまま、エメを見つめる。
そして――。
「娘は……殺されました」
静かな声だった。
けれど、その一言はあまりにも重かった。
「…………」
誰も言葉を発することができない。
「夫は、わたくしたちを助けるために命を失いました」
エメはゆっくりと続ける。
「わたくしは、夫が守ってくれた娘だけでも助けようとしました」
その願いさえ――叶わなかった。
「結局……生き残ったのは、わたくし一人だけでした」
エメは自分の足へ目を落とす。
「その後、わたくしは助けられました。命だけは助かりましたが……崖から落ちた時の怪我で、足は動かないままでした」
そして――。
夫も。
娘も。
もう帰ってくることはなかった。
「それ以来です」
エメは車いすへそっと手を添える。
「わたくしが、この車いすで生活するようになったのは」
「…………」
クロエは何も言えなかった。
ただ気になっていただけだった。
どうして若いエメが車いすに乗っているのだろう、と。
だがその理由には――。
愛する夫と娘を同じ日に失い、自分だけが生き残ったという、あまりにも辛い過去があった。
「……ごめんなさい」
クロエが小さく呟く。
「そんなことがあったなんて知らずに……」
「クロエさん」
エメは優しく首を横に振った。
「謝らないでください」
「でも……」
「あなたは何も悪くありませんよ」
そう言ってエメは、ほんの少しだけ微笑んだ。
それは悲しみを忘れた人の笑顔ではない。
今もその悲しみを抱えながら――それでも生きている人の笑顔だった。
「ですが……」
エメはそのまま話を続けた。
「わたくしのお話には、まだ続きがあるのです」
「続き?」
クロロが尋ねる。
「はい」
エメはゆっくりと頷いた。
「夫と娘を失ってからのわたくしは……毎日のように悲しみに沈んでいました」
生き残った。
けれど、それを喜ぶことなどできなかった。
目を覚ませば、夫がいない。
娘もいない。
二人の声が聞こえることもなければ、笑顔を見ることもない。
広い屋敷の中には、二人と過ごした思い出だけが残されていた。
「何をしていても、二人のことを思い出しました」
エメは静かに語る。
「食事をしている時も……眠ろうとしている時も……屋敷の中を移動している時でさえ」
何気ない場所を見るだけで思い出してしまう。
夫と話した場所。
娘が笑っていた場所。
家族三人で過ごした場所。
それまで幸せな思い出だったものが、すべてエメの胸を締めつけるものへと変わっていた。
「どうして、わたくしだけが生き残ってしまったのだろう……」
エメの声が小さくなる。
「そんなことばかり考えていました」
「…………」
クロエは悲しそうにエメを見つめる。
クロロも拳を握った。
何か励ます言葉をかけたい。
だが、簡単な言葉でどうにかできる悲しみではないことくらい、クロロにも分かった。
「そんな日々が、ずっと続いていました」
エメは窓の向こうへ目を向ける。
「ですが――」
そこで、エメの表情がほんの少しだけ変わった。
悲しみだけではない。
何かを懐かしむような、穏やかな表情だった。
◇
「ある日のことです」
「……?」
「その日も、いつもと変わらない一日になるはずでした」
エメは静かに目を細める。
「ですが……屋敷の前に、一人の女の子が倒れていたのです」
「女の子?」
クロロが聞き返す。
「はい」
エメはゆっくりと頷いた。
「その子は、身体に布を一枚まとっただけの姿で……屋敷の前に倒れていました」
「布一枚で?」
クロエが驚く。
「はい。最初に見つけた時は、わたくしも驚きました」
その日のことを、エメは今でもはっきりと覚えている。
いつものように、何をする気にもなれず。
夫と娘を失った悲しみを抱えたまま、一日を過ごしていた。
そんな時だった。
屋敷の者から、門の近くに誰かが倒れていると知らされたのは。
何事かと思い、エメも確認へ向かった。
そして――。
「そこにいたのが、メメリだったのです」
「えっ!?」
クロロが思わず声を上げた。
クロエも目を見開く。
「メメリが!?」
「はい」
エメは微笑んだ。
今から思えば不思議な出会いだった。
屋敷の前。
そこに一人の少女が倒れていた。
ミントグリーンの髪。
頭には、小さな羊の角。
そして身につけていたものといえば、身体を覆うための一枚の布だけ。
「…………」
少女は目を閉じたまま、まったく動かなかった。
「大変……!」
エメはすぐに屋敷の者たちへ声をかけた。
「この子を屋敷の中へ! 早く!」
何者なのか。
なぜ屋敷の前にいたのか。
どうして布一枚しか身につけていないのか。
そんなことを考えている余裕はなかった。
「息はあるのですか!?」
エメが尋ねると、屋敷の者が少女の状態を確かめる。
幸い――。
少女は生きていた。
「それが分かった時は、本当に安心しました」
エメはしばらく眠っている少女を見つめたあと、近くにいたメイドたちへ顔を向けた。
「この子をお屋敷の中へ運んであげてください」
「かしこまりました、奥様」
「それから――」
エメは少女の姿を見て、少し考える。
「目を覚ましたら、お風呂へ入れてあげてください。身体も髪も綺麗にして、新しい服も用意してあげて」
メイドたちは一瞬顔を見合わせた。
どこの誰なのかも分からない少女を、屋敷の中へ入れる。
普通なら、もっと警戒してもおかしくはない。
だが――エメは迷わなかった。
「このような状態で倒れていたのです。きっと、何か事情があるのでしょう」
そしてエメは優しく微笑んだ。
「綺麗になったら、わたくしのところへ連れてきてください」
「承知いたしました」
メイドたちは丁寧に頭を下げると、メメリを屋敷の中へと運んでいった。
◇
それからしばらくして――。
メメリは屋敷の中で目を覚ました。
最初こそ見知らぬ場所に戸惑っていたものの、メイドたちがエメから事情を聞いていることを伝えると、少しだけ警戒を解いた。
そしてエメの命令どおり、メイドたちはメメリを風呂へ案内した。
身体についた泥や汚れを綺麗に落とし、ミントグリーンの髪も丁寧に洗って整えていく。
汚れが落ちると、初めて分かった。
メメリはとても綺麗な少女だった。
頭には、小さな羊の角。
整えられたミントグリーンの髪は、毛先がふわりと内側へ巻いている。
やがて入浴を終えると、メイドたちは用意した服をメメリに着せた。
「奥様がお待ちです。こちらへどうぞ」
「……奥様?」
メメリは不思議そうに首を傾げる。
「はい。あなたを屋敷へ運ぶよう命じられた方です」
「…………」
メメリは自分の身体を見る。
先ほどまで布一枚しか身につけていなかった自分が、風呂に入れてもらい、綺麗な服まで与えられている。
「……メメリを、助けてくれた人……?」
「ええ」
メイドは頷いた。
「お会いになれば分かりますよ」
そうしてメメリは、メイドに案内されながら屋敷の廊下を進んでいった。
やがて一つの部屋の前で足を止める。
コンコン――。
「奥様」
扉の向こうへメイドが声をかける。
「先ほどの女の子をお連れいたしました」
「入ってください」
中から穏やかな声が返ってきた。
扉が開く。
「…………」
メメリは恐る恐る部屋の中へ入った。
そして――。
部屋の奥にいた一人の女性と目が合う。
車いすに座ったエメだった。
「いらっしゃい」
エメは、メメリを怖がらせないよう優しく微笑んだ。
「もう身体は大丈夫ですか?」
「…………」
メメリは何も答えず、少し緊張した様子でエメを見つめていた。
だが――。
「…………え?」
今度は、エメのほうが言葉を失った。
先ほど屋敷の前で見つけた時とは、まるで印象が違っていた。
身体についていた泥や汚れは綺麗に落とされ、ミントグリーンの髪も丁寧に整えられている。
毛先がふわりと内側へ巻いた髪。
頭から生えた小さな羊の角。
そして、こちらを見つめるミントグリーンの瞳。
エメはメメリの顔をじっと見つめた。
「……奥様?」
付き添っていたメイドが不思議そうに声をかける。
だが、エメには聞こえていなかった。
「…………」
胸の奥が、大きく揺れた。
似ている。
目の前にいるこの少女が――。
亡くなった自分の娘に。
もちろん、まったく同じではない。
髪の色も違う。
瞳の色も違う。
メメリには小さな羊の角だってある。
それなのに。
顔立ち。
ふとした表情。
少し不安そうにこちらを見つめる、その目。
そして何より――その雰囲気が。
エメの記憶の中にいる娘と、驚くほど重なった。
『お母さん』
「――っ……」
一瞬。
聞こえるはずのない娘の声が聞こえたような気がした。
エメの瞳が大きく揺れる。
「……そんな……」
小さな声が漏れた。
メメリが首を傾げる。
「……?」
その仕草まで、エメの胸を締めつけた。
娘もよく、分からないことがあると同じように首を傾げていた。
「…………」
エメの目に、うっすらと涙が浮かぶ。
「奥様!?」
メイドが驚いて駆け寄ろうとする。
「だ、大丈夫です」
エメは慌てて目元を拭った。
「少し……昔のことを思い出しただけですから」
そう答えながらも、視線はメメリから離れなかった。
夫と娘を失ってから。
何度、もう一度娘に会いたいと願っただろう。
もう一度だけ声を聞きたい。
もう一度だけ笑顔を見たい。
もう一度だけ抱きしめたい。
叶うはずのない願いだと分かっていた。
亡くなった人は帰ってこない。
それでも――。
今、目の前にいる少女には。
亡くした娘の面影があまりにも強く残っていた。
「……あなた……」
エメは震えそうになる声を抑えながら、メメリへ尋ねた。
「お名前を……聞いてもよろしいですか?」
「名前……?」
少女は自分を指差した。
エメが優しく頷く。
「はい。あなたのお名前です」
「…………」
少女は少しだけ間を置いてから――。
小さな声で答えた。
「……メメリ」
「メメリ……」
エメはその名前を、確かめるようにゆっくりと繰り返した。
「そう……メメリさんというのですね」
「うん……」
「…………」
エメは再びメメリの顔を見る。
娘ではない。
この子は、自分の娘ではない。
そんなことは分かっている。
それでも。
どうしても重なって見えてしまう。
「メメリさん」
エメはできるだけ優しい声で尋ねた。
「あなたは……どうして、わたくしの屋敷の前で倒れていたのですか?」
「…………」
その質問を聞いた瞬間、メメリは目を伏せた。
そして、しばらく黙り込んでしまう。
「メメリさん?」
「……分からない」
「え?」
エメは聞き返した。
メメリは困ったような顔をしながら、もう一度答える。
「メメリも……分からないの」
「分からない……?」
「うん……」
メメリは小さく頷いた。
「どうしてここにいるのか……メメリにも、分からない」
その言葉を聞き、エメは少し驚いた。
付き添っていたメイドも、不思議そうにメメリを見る。
「では、ここへ来る前に何をしていたのかは覚えていますか?」
「…………」
メメリは思い出そうとするように目を閉じた。
だが――。
何も出てこない。
「……分からない」
「どこから来たのかは?」
「それも……分からない」
「ご家族は?」
「…………」
メメリは黙り込んだ。
そして、悲しそうに首を横に振る。
「分からない……」
「…………」
エメはメメリを見つめた。
「メメリが覚えているのは……」
メメリは自分の胸元に手を当てる。
「メメリが『メメリ』っていうことだけ」
「自分のお名前だけ……」
「うん」
それ以外は分からない。
なぜ屋敷の前に倒れていたのか。
どこから来たのか。
どうして布一枚だけを身につけていたのか。
帰るべき場所はどこなのか。
メメリ自身にも――何一つ分からなかった。
「…………あ」
突然、メメリが小さく声を漏らした。
「どうしました?」
エメが尋ねる。
メメリは何かを思い出したように顔を上げた。
「もう一つ……あった」
「もう一つ?」
「うん」
メメリは小さく頷いた。
そして――。
「メメリ……星の導きに従ったの」
「……星の導き?」
エメは聞き慣れない言葉に首を傾げた。
「はい」
「それは……どういう意味なのでしょう?」
「…………」
メメリは考える。
だが、しばらくすると困ったように眉を下げた。
「分からない……」
「分からないのですか?」
「うん……」
メメリは胸元をぎゅっと握る。
「でも、メメリは知ってるの」
自分でもうまく説明できない。
それでも、そのことだけは確かだった。
「メメリは……『星の導きに従わなきゃ』って思った」
「…………」
「それで……星の導きに従った」
「その結果、ここへ?」
エメが尋ねると、メメリは少し迷ってから頷いた。
「たぶん……」
「では、その『星の導き』というものが、あなたをこの屋敷まで連れてきたということでしょうか?」
「……分からない」
メメリは再び首を横に振った。
「気がついたら……ここにいたから」
「…………」
エメは不思議そうにメメリを見る。
星の導き。
それが何を意味するのか、エメには分からなかった。
そして――メメリ自身にも分かっていない。
ただ一つ確かなのは。
この少女が、自分の名前と共にその言葉だけを覚えていたということだった。
「メメリさん」
「……?」
「では、あなたが覚えているのは……」
エメは確認する。
「自分のお名前が『メメリ』であること。そして、『星の導きに従った』ということ。その二つだけなのですね?」
「うん」
メメリは頷いた。
「それ以外は……分からない」
どこから来たのかも。
何者なのかも。
帰る場所も。
何一つ分からない。
エメはしばらく黙ったまま、目の前の少女を見つめた。
「では……帰る場所も分からないのですね?」
「……うん」
メメリは小さく頷いた。
「メメリ……どこに帰ったらいいのか分からない」
その言葉を聞いた瞬間、エメの胸が締めつけられた。
帰る場所がない。
頼れる人もいない。
自分が何者なのかすら分からない。
そんな少女を、このまま屋敷から送り出すなど――エメにはできなかった。
それに。
綺麗になったメメリの顔を見るたびに、どうしても亡くなった娘の面影が重なる。
だが、この子は娘ではない。
メメリという、一人の少女だ。
それはエメ自身も分かっていた。
だからこそ――。
「……メメリさん」
「?」
「もし、あなたさえよろしければ……」
エメは少し迷ってから、優しく微笑んだ。
「このお屋敷で、わたくしと一緒に暮らしませんか?」
「…………え?」
メメリのミントグリーンの瞳が大きく開いた。
付き添っていたメイドも驚いた様子でエメを見る。
「奥様……?」
「この子には帰る場所がありません。それなら、無理に追い出す必要などないでしょう?」
エメはそう言うと、再びメメリを見る。
「もちろん、無理にとは言いません。あなたが嫌なら断ってくださって構いません」
「…………」
「ですが、もし行く場所がないのでしたら……ここを、あなたの居場所にしてもいいのですよ」
「メメリの……居場所……?」
メメリはその言葉を確かめるように呟いた。
「はい」
エメは頷く。
「このお屋敷には部屋もたくさんあります。食事の心配もいりません」
そして――。
「あなたが自分のことを思い出すまででも構いません。これからどうしたいのか決まるまで、ここで暮らしてみませんか?」
メメリは呆然としていた。
つい先ほど目を覚ましたばかりの、見ず知らずの自分。
どこの誰なのかも分からない。
それなのに――。
目の前の女性は、自分に居場所を与えようとしてくれている。
「……いいの?」
「ええ」
「本当に……メメリ、ここにいていいの?」
「もちろんです」
エメは優しく微笑んだ。
「…………」
メメリは俯いた。
しばらくして――。
「……メメリ」
小さな声が漏れる。
「ここに……いたい」
エメの表情が柔らかくなる。
「そうですか」
「……うん」
メメリは顔を上げた。
「メメリ……ここで一緒に暮らしたい」
「分かりました」
エメは嬉しそうに頷いた。
「では、今日からここがあなたのお家です」
「……お家……」
メメリはその言葉を何度も心の中で繰り返しているようだった。
やがて――。
その顔に、小さな笑顔が浮かんだ。
「ありがとう……!」
「ふふっ。どういたしまして」
エメも微笑み返す。
夫と娘を失って以来。
広すぎるほど静かに感じていた、この屋敷。
毎日のように悲しみに沈み、生き残った自分を責め続けていたエメの前に――。
ある日突然、一人の少女が現れた。
どこから来たのかも分からない。
帰る場所もない。
覚えているのは自分の名前と、『星の導きに従った』ということだけ。
その少女――メメリを迎え入れたことで。
止まっていたエメの時間は、ほんの少しずつ動き始めたのだった。
◇
「その日から、メメリはこの屋敷で一緒に暮らすようになりました」
エメは懐かしそうに微笑みながら、話を続けた。
「最初は、ただここでゆっくり過ごしてもらうつもりだったのです」
帰る場所のないメメリに、安心して暮らせる場所を与えたい。
エメが望んでいたのは、それだけだった。
だが――。
「メメリは、とても働き者でした」
屋敷で暮らし始めてしばらくすると、メメリは他のメイドたちが働いている姿を興味深そうに眺めるようになった。
掃除をする者。
洗濯をする者。
料理を手伝う者。
屋敷の中を忙しそうに行き来するメイドたち。
そんな姿を見ているうちに、メメリも少しずつ仕事を手伝うようになった。
「メメリもやる!」
最初は、そんな一言から始まった。
掃除の仕方を教えてもらえば、一生懸命に床を磨いた。
洗濯物の畳み方を教われば、何度もやり直しながら綺麗に畳めるようになった。
食事を運ぶ時には、落とさないように慎重に両手で持って歩いた。
覚えたことは、次の日も、その次の日も続けた。
「誰かが強制したわけではありません」
エメは言う。
「メメリ自身が、このお屋敷のために何かしたいと言ってくれたのです」
「メメリらしいな」
クロロが微笑んだ。
森で出会った時も、迷子になった自分たちを放っておかず案内してくれた。
その姿を思い出せば、なんとなく納得できる。
「もちろん、最初から何でもできたわけではありませんよ」
エメがくすりと笑う。
「失敗することもありました。でも、そのたびに他のメイドたちから教えてもらって……メメリは本当に一生懸命覚えていきました」
そして、いつしか――。
メメリはただこの屋敷で暮らしている少女ではなくなった。
自らメイド服に袖を通し。
屋敷の仕事をこなし。
周囲に気を配り。
エメや屋敷で暮らす者たちを支える――。
立派なメイドへと成長していった。
「今では、わたくしにとって欠かすことのできない存在です」
エメの顔に、優しい笑顔が浮かぶ。
「メメリは毎日、本当によく働いてくれています」
「なるほどな」
アルスが腕を組む。
「だからあいつ、森を散歩してた時も休憩時間を気にしてたのか」
「ふふっ、そうですね」
エメは楽しそうに笑った。
「真面目な子ですから」
クロエも、先ほどのメメリを思い出す。
休憩時間に森を散歩していたにもかかわらず、屋敷へ戻る時間が少し遅れただけでビークルに声をかけられていた。
そして戻ってからは、すぐに仕事へ復帰している。
「本当にこのお屋敷が好きなんですね、メメリさん」
クロエが言うと、エメは嬉しそうに頷いた。
「ええ。そう言ってもらえることが、わたくしも嬉しいのです」
そしてエメは、自分の胸元へそっと手を添えた。
「それに……」
少しだけ間を置く。
「メメリがこの屋敷へ来てくれてから、わたくし自身も少しずつ変わることができました」
夫と娘を失ったあの日から。
毎日のように悲しみに沈み、自分だけが生き残ったことを責め続けていた。
そんなエメの生活に――メメリが現れた。
「もちろん、夫や娘を忘れたわけではありません」
エメは静かに言う。
「これから先も、二人のことを忘れることはないでしょう」
それでも。
「メメリが一生懸命に働いている姿を見たり、楽しそうに笑っている姿を見たりしているうちに……わたくしも、もう一度前を向いて生きてみようと思えるようになったのです」
「エメさん……」
クロロが静かに彼女を見つめる。
「だから――」
エメは穏やかに微笑んだ。
「わたくしがメメリを助けたと思っていましたが……本当は、わたくしのほうがメメリに救われたのかもしれませんね」
その言葉には――。
共に暮らしてきたメメリへの、深い愛情と感謝が込められていた。
「…………」
クロロたちは、静かにその話を聞いていた。
すると――。
「……あら?」
エメがふと瞬き(まばたき)をした。
そこでようやく、エメは気がついた。
最初はクロエが車いすを気にしていたから、その理由を説明するだけのつもりだった。
それなのに。
夫と娘を失った日のこと。
悲しみに沈んでいた日々。
屋敷の前でメメリを見つけたこと。
メメリを屋敷へ迎え入れたこと。
そして、今では立派なメイドになってくれたことまで――。
いつの間にか、ずいぶん長い時間、自分の話ばかりしてしまっていた。
「まあ……わたくしったら」
エメは少し恥ずかしそうに頬へ手を添えた。
「ついつい、自分の話に夢中になってしまいました」
「え?」
クロロが目を丸くする。
「皆様のお話を聞かせていただいていたはずなのに、気づけばわたくしばかりお話ししてしまって……」
エメは申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんなさいね。長々とお付き合いさせてしまって」
「そんな! 謝らなくていいですよ」
クロロは慌てて答える。
「俺たちが聞いてたんですから」
「そうですよ」
クロエも頷いた。
「そもそも、きっかけを作ったのは私ですし……。大切なお話を聞かせてくださって、ありがとうございます」
「クロエさん……」
エメは嬉しそうに微笑んだ。
アルスもソファに座ったまま口を開く。
「ま、いいんじゃねえか? 話したい時には話しゃいいんだよ」
「ふふっ……ありがとうございます、アルスさん」
「それにしても――」
クロロは少し笑いながら言った。
「エメさん、本当にメメリのことが大切なんですね」
「――!」
その一言に、エメの目が大きくなる。
「だって、メメリの話をしてる時、すごく嬉しそうでしたから」
「そ、そうでしたか?」
「はい」
「…………」
エメは少し照れたように頬へ手を当てた。
「そうですね……」
そして、穏やかに微笑む。
「わたくしにとってメメリは、本当に大切な子ですから」
亡くなった娘に似ているから――。
最初は、それも気にかけた理由の一つだったのかもしれない。
けれど、共に過ごした時間の中で。
一生懸命に仕事を覚え。
屋敷のみんなを気遣い。
毎日のように笑顔を見せてくれるメメリは――。
いつしか『娘に似た少女』ではなく。
『メメリ』という一人の少女として、エメにとってかけがえのない存在になっていた。
「……なんだか、たくさんお話ししてしまったら喉が渇いてしまいましたね」
エメはそう言って、小さく笑った。
その言葉で、それまで談話室を包んでいた重い空気が少しだけ和らぐ。
クロロとクロエの表情にも、ようやく小さな笑顔が戻った。
◇
だが――。
「…………」
ただ一人。
アルスだけは笑っていなかった。
腕を組んだまま、先ほどから黙って何かを考えている。
(……なるほどな)
エメの話を聞くまでは、ただ引っかかっているだけだった。
森で出会った時。
クロロが自分の本名――。
『アルス・サジタリアス』
その名を口にした瞬間、メメリは明らかに反応した。
あの時は、それだけだった。
自分の名前をどこかで聞いたことがある可能性だってある。
そもそも十二星具たちは、お互いが人の姿をしている時にどんな見た目をしているのか知らない。
だからアルスも、メメリの姿を見ただけでは何者なのか分からなかった。
だが――。
今のエメの話を聞いて、状況が変わった。
(自分がなんでここにいるのか分からねえ)
アルスは頭の中で、一つずつ情報を整理する。
(どこから来たのかも分からねえ。帰る場所も分からねえ)
そして――。
メメリが覚えていた、もう一つのこと。
『星の導きに従った』
「…………」
アルスの目が鋭くなる。
星の導き。
その言葉が、偶然とは思えなかった。
さらにメメリは、『サジタリアス』という名に反応した。
ここまで重なれば――。
(……やっぱりそういうことか)
アルスの中で、それまでの疑いが一つの確信へと変わっていた。
だが――。
「アルス?」
「ん?」
突然クロロから声をかけられ、アルスは顔を上げる。
「どうしたんだ?」
「何が?」
「いや……なんか、さっきから難しい顔してるから」
クロエもアルスを見る。
「そういえば、随分静かね」
「…………」
アルスは一瞬だけ黙った。
ここで二人に話すこともできる。
だが――。
(いや)
まだ早い。
アルスの中では確信に変わった。
それでも、決定的なものを自分の目で確認したわけではない。
もし違っていたら、余計な混乱を招くだけだ。
それに――。
(まずは、あたし自身で確かめる)
アルスはそう決めた。
「別に何でもねえよ」
「本当か?」
「ああ」
アルスはいつもの調子で答える。
「エメの話を聞いて、ちょっと考え事してただけだ」
「……そう?」
クロロは少し不思議そうだったが、それ以上は追及しなかった。
クロエもアルスをじっと見たあと、視線を戻す。
「…………」
アルスは二人に気づかれないよう、静かに息を吐いた。
そして頭に浮かべる。
ミントグリーンの髪。
小さな羊の角を持つ少女――メメリ。
(悪いな、クロロ、クロエ)
今はまだ、この話をするつもりはない。
まずは――。
(あたしが直接、あいつを確かめる)
その目には、先ほどまでとは違う強い意志が宿っていた。
アルスが胸の内で一つの決意を固めていることなど、クロロもクロエも知らなかった。
◇
そんな中――。
エメがふと窓の外へ目を向けた。
「まあ……」
「どうしました?」
クロロもつられるように窓を見る。
屋敷へ到着した時にはまだ明るかった空が、いつの間にか夕暮れを迎えていた。
森の向こうへ太陽が沈み始め、空が赤く染まっている。
エメの話に聞き入っているうちに、思っていた以上に時間が経っていたらしい。
「もうこんな時間なのですね」
エメは少し困ったように頬へ手を添える。
「わたくしが長々とお話ししてしまったせいですね」
「いやいや、エメさんのせいじゃないですよ」
クロロが慌てて手を振る。
「俺たちも夢中で聞いてましたから」
「そう言っていただけると助かります」
エメは微笑む。
しかし、すぐに窓の外へ視線を戻した。
「ですが……これから森へ戻られるのは、少し心配ですね」
「え?」
「日が沈めば、森の中はすぐに暗くなってしまいます」
その言葉にクロロたちは顔を見合わせた。
ただでさえ自分たちは――。
「…………」
「…………」
「…………」
三人の間に微妙な沈黙が流れる。
そしてクロエが、じとっとした目でクロロを見る。
「しかも私たち……地図もないものね」
「うっ……」
クロロの胸に言葉が突き刺さった。
「まだ言うのかよ……」
「事実でしょう?」
「だから悪かったって!」
そんな二人のやり取りを見て、エメがくすりと笑う。
「でしたら、なおさらです」
そして――。
「皆様、今日はこのお屋敷に泊まっていかれてはいかがでしょう?」
「え?」
クロロが目を丸くした。
「泊まっていくって……ここにですか?」
「ええ」
エメは当然のように頷く。
「客室なら空いております。お食事もご用意できますから、どうぞ遠慮なさらずに」
「いや、でも……」
クロロは困ったように頭をかく。
道に迷っていたところをメメリに助けてもらい。
屋敷で休ませてもらい。
お茶まで出してもらった。
そのうえ一晩泊めてもらうというのは、さすがに申し訳ない。
「そこまでしてもらうわけにはいかないですよ」
「私もそう思います」
クロエも頷く。
「突然お邪魔した私たちのために、そこまでしていただくのは……」
「気にする必要はねえんじゃねえか?」
アルスが言う。
「お前は遠慮しなさすぎなの!」
クロエが即座に突っ込んだ。
「なんだよ。向こうがいいって言ってんだからいいだろ」
「少しは申し訳なさそうにしなさい!」
「はいはい」
「その態度が腹立つのよ!」
「二人とも……」
また始まりそうになった二人を、クロロが慌てて止める。
その様子をエメは楽しそうに眺めていた。
「ふふっ」
そして――。
「本当に、遠慮なさらないでください」
エメの声が少しだけ真剣になる。
「こうして出会えたのも、何かのご縁です」
「ご縁……」
クロロが呟く。
「森でメメリが皆様と出会い、こうしてわたくしも皆様とお話しすることができました」
エメは三人を順番に見る。
「ですから、どうしても今日は泊まっていっていただきたいのです」
そこまで言われてしまうと、これ以上断るほうが失礼かもしれない。
クロロはクロエを見る。
「どうする?」
「……エメさんがそこまで言ってくださるなら」
続いてアルスを見る。
「泊まりゃいいじゃねえか」
「お前は最初からそのつもりだろ……」
クロロは苦笑する。
そしてエメへ向き直った。
「分かりました」
「まあ!」
「それじゃあ……お言葉に甘えて、今日は泊めてもらってもいいですか?」
「もちろんです」
エメの顔に嬉しそうな笑みが広がる。
「では、お部屋を用意させますね」
「ありがとうございます」
クロロたちは頭を下げた。
◇
こうして――。
クロロ。
クロエ。
アルス。
三人は、その夜をウィルハード家の屋敷で過ごすことになった。
森で偶然メメリと出会い。
休ませてもらうために立ち寄っただけの屋敷。
エメの過去を知り。
メメリがこの屋敷へやって来た経緯を知り。
そしてアルスだけが、メメリについてある確信を抱き始めていた。
それでも、この時のクロロたちにとって――。
ここはただ、旅の途中で偶然立ち寄った場所に過ぎなかった。
温かい食事をいただき。
柔らかなベッドで身体を休め。
明日になれば、メメリに森を案内してもらい、再び残る十一の十二星具を探す旅へ戻る。
誰もが、そう思っていた。
だが――。
クロロたちはまだ知らなかった。
この屋敷に泊まると決めた、その夜。
自分たちを巻き込むある事件が起こることを。
そしてその事件が――。
屋敷に仕える羊の角を持つメイド、メメリに隠された謎へと繋がっていくことを。
この時はまだ――。
誰一人として、知る由もなかった。
ウィルハード邸で一夜を過ごすことになったクロロたち。
しかし、穏やかなはずの屋敷で、不気味な緑の影が静かに動き始める――。
次回、第六章「屋敷うごめく緑の影」。忍び寄る異変が、クロロたちを襲う。
第五章を読んでくださりありがとうございます!
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