第四章 星の旅立ち
クロロは見覚えのない天井をしばらく眺めた後、ゆっくりと身体を起こした。
「ここ……どこだ?」
辺りを見回す。
広い部屋にはいくつものベッドが並び、薬品らしきものが置かれた棚も見えた。
そして、クロロが寝ていたベッドのすぐ横には――。
「……クロエ?」
クロエが両肘を枕代わりにしながら、静かに眠っていた。
かなり疲れているのだろう。
クロロはそんな妹を見つめ、そっと頭へ手を伸ばした。
「よかった~……無事で。本当に」
優しく頭を撫でる。
「ん……」
その感触で目を覚ましたのか、クロエがゆっくりと顔を上げた。
目を擦りながらクロロを見る。
そして――。
「兄さん⁉」
一瞬で眠気が吹き飛んだ。
「もう身体は大丈夫⁉ どこか痛くない⁉」
「だ、大丈夫だって」
クロロは自分の身体を触り、腕や足を動かしてみる。
「特に痛いところもないよ」
「よかった……」
クロエは心の底から安心したように胸を撫で下ろした。
そんな妹を見て、クロロも笑みを浮かべる。
「それより、クロエ。ここは?」
「ここは王城の医務室だよ。兄さん、丸一日くらいずっと眠ったままだったんだから」
「丸一日⁉」
思っていた以上に眠っていたことに、クロロは驚いた。
だが、そこでふと何かを思い出す。
「あれ?」
「なに?」
「そういえばクロエ……戦ってた時、俺のこと『お兄様』って呼んでなかったか?」
「――っ⁉」
クロエの顔が一瞬にして真っ赤になった。
「そ、それは~……その~……」
視線をあちこちに泳がせる。
「もういいでしょ‼ 忘れてよ‼」
「いや、でも――」
「忘れて‼」
「わ、わかったよ」
元気そうなクロエを見て、クロロはさらに安心した。
その時――。
ガチャ。
医務室の扉が開いた。
「お! 目が覚めたみたいだな」
「アルス!」
中へ入ってきたのはアルスだった。
クロロの姿を見ると、嬉しそうに近づいてくる。
「身体の調子はどうだ?」
「全然大丈夫だよ。アルスこそ大丈夫?」
「あたしは全然問題なしだ‼」
アルスは元気そうに腕を回してみせる。
その姿を見たクロロだったが、すぐにあることへ気づいた。
「……あれ?」
「どうした?」
「アルス、服が変わってない?」
「ああ、これか?」
洞窟で着ていたボロボロの服とは違い、今のアルスは赤から朱色を基調とした炎柄のフードジャケットを羽織っていた。
その下には黒いインナー。
赤と黒の迷彩柄のカーゴパンツに、黒い編み上げブーツ。
フードの紐には、小さないて座のチャームが揺れている。
「その服、用意してもらったの?」
「いや」
アルスは楽しそうに自分の服を見せる。
「契約したお前のイメージをちょっと借りて、魔力で作ったんだ。どうだ~? 似合うか~?」
「うん。前の服よりずっといいんじゃないか?」
「だろ~?」
得意げに笑うアルス。
だが――。
「……あの」
「ん?」
低い声が聞こえた。
アルスが横を見る。
そこには、笑顔を浮かべているクロエがいた。
「兄さんをここまで運ぶのを手伝ってもらったことには感謝しています」
「お、おう」
「ですが――」
クロエの笑顔が、どこか怖い。
「いい加減、兄さんに近づきすぎるのはやめてもらえませんか?」
「はぁ⁉」
アルスは頭を掻きながら答える。
「近づくなって言われても、あたしはこいつと契約したんだから、近くにいるのは当然だろ?」
「……契約?」
クロエの動きが止まった。
ゆっくりとクロロを見る。
「兄さん?」
「はい」
「契約って……どういうこと~⁉」
「いや、それには色々あって――」
クロロが説明しようとした、その時だった。
再び医務室の扉が開いた。
「失礼いたします」
入ってきたのは、王城に仕える使用人だった。
使用人は目を覚ましているクロロを見ると、丁寧に頭を下げる。
「お目覚めになられていたのですね」
「はい」
「それでしたら申し訳ございませんが、国王様がお話をしたいとおっしゃっています。来ていただけないでしょうか?」
「国王様が?」
「はい」
クロロはクロエとアルスを見る。
「わかりました。すぐに行きます」
◇
身支度を整えたクロロは、クロエとアルスを連れて王城の談話室へ向かった。
部屋へ入ると、すでに国王が椅子に座って待っていた。
「よく来てくれた! 目覚めたばかりだというのに申し訳ない」
「いえ、大丈夫です」
クロロは軽く頭を下げる。
「それより、お話というのは?」
「まあ、まずは座ってくれ」
三人は国王に勧められ、椅子へ腰を下ろした。
全員が座ったところで、国王は真剣な表情になる。
「まずは、心より感謝を言わせてほしい」
そして――。
「君たちのおかげで、街の人々は助かった。本当にありがとう」
国王が深く頭を下げた。
「えっ⁉ ちょ、ちょっと! 頭を上げてください‼」
クロロは慌てる。
「俺たちは当然のことをしただけですから!」
「そう言ってもらえるとありがたい」
国王はゆっくりと頭を上げた。
だが、その表情はすぐに険しくなる。
「問題は……今回、突然現れたあのモンスターだ」
「……」
「我々には正体すらわからなかった。あれは一体何だったんだ?」
すると、アルスが口を開いた。
「あれはバットウルフだ」
「バットウルフ?」
「ああ」
アルスの表情も真剣なものへ変わる。
「悪星王によって、星獣を元に作られた存在――悪星獣だ」
「なっ……!」
国王が目を見開いた。
「悪星王だと⁉ 伝説の物語に出てくる、あの悪星王か?」
「ああ」
「しかし、あれはあくまで伝説のはずだ!」
「伝説なんかじゃねえよ」
アルスは即座に否定した。
「全部、本当に起こったことだ」
「本当に……?」
「その証拠が――あたしだ」
国王はアルスを見る。
「そういえば、君はいったい……」
「あたしは、十二星具が一人」
アルスは胸を張った。
「いて座の星具、アルス・サジタリアスだ‼」
「十二星具……」
国王は言葉を失った。
「悪星王に、星具……。すべて伝説だと思っていたものが、本当に存在していたとは……」
しばらく考え込んだ後、再びアルスへ顔を向ける。
「では……その話がすべて本当なら、悪星獣が現れたということは……」
「ああ」
アルスの表情が険しくなった。
「可能性が高い」
「何の?」
クロロが尋ねる。
アルスは静かに答えた。
「悪星王の封印が、解けかかってる」
「……!」
部屋の空気が一気に重くなった。
国王はしばらく黙っていたが、やがて覚悟を決めたように口を開く。
「わかった。これほどのことが実際に起きている以上、君の話を信じよう」
そしてアルスを見る。
「我々は、これからどうすればいい?」
そこでクロエが口を開いた。
「伝説と同じなら、十二人の勇者と十二星具を集めればいいのではないですか?」
「……それは半分だけ無理だな」
アルスが答える。
「半分?」
「どういう意味よ‼」
クロエが少し苛立った様子で聞く。
「星具のみんなは、探せば今もどこかにいるはずだ」
「だったら――」
「問題は勇者の方だ」
アルスは腕を組んだ。
「昔の勇者たちは、星の導きによって星獣に選ばれた人間だった」
「星獣に?」
「ああ。だけど星獣王が消えてから、新しい星獣は生まれなくなった」
アルスは静かに続ける。
「つまり、星獣がいない今、新しい勇者を十二人集めるのはほぼ不可能なんだ」
「そんな……」
クロエが言葉を失う。
だが、アルスはそこで何かに気づいたようにクロロを見た。
「……待てよ」
「な、なんだ?」
「それなら、なんでお前は星の導きに選ばれた?」
「俺?」
「星獣がいないなら、お前があたしの封印を解けたこと自体がおかしいんだ」
「……」
その言葉を聞き、クロロは洞窟での出来事を思い出した。
「そういえば……」
「何か思い当たることがあるのか?」
「アルスに会う前、洞窟の中で白く光る小鳥に会ったんだ」
「白く光る……小鳥?」
「ああ。その小鳥について行ったら、アルスがいた扉までたどり着いた」
アルスの目が大きく開いた。
「それ……星獣だ」
「え?」
「間違いない。普通の鳥があんな場所で光ってるわけないだろ」
「じゃあ……」
国王が身を乗り出した。
「その小鳥の星獣が、クロロを勇者として選んだ。そう考えて間違いないのか?」
「……ああ」
アルスは少し考えながら頷いた。
「どうして今も星獣が存在してるのかはわからない。でも、それ以外には考えられない」
「そうか……」
まだ多くの疑問が残っていた。
そんな中、国王がもう一つアルスへ尋ねる。
「では、星具というのは一人につき一つしか契約できないのか?」
「それは……わからないな」
アルスは首を傾げた。
「昔は勇者一人につき星具一人って形だった。でも、一人の人間が複数の星具と契約した例がないんだ」
「できないという決まりがあるわけではない?」
「ああ」
アルスはクロロを見る。
「むしろ、こいつなら出来る可能性はあると思う」
国王はその言葉を聞き、しばらく黙り込んだ。
そして――。
「ならば……一つだけ方法がある」
クロロを見る。
「現在、我々が確認できている勇者は君一人だ」
「俺……」
「君が他の星具たちを探し、もし可能なら契約していく」
国王は真剣な眼差しを向けた。
「そして、悪星王の復活を阻止するんだ」
「ちょっと待ってください‼」
クロエが勢いよく立ち上がった。
「私は反対です!」
「クロエ……」
「兄さん一人をそんな危険な旅に行かせるつもりですか⁉」
クロエは国王を睨むように見た。
だが、クロロは何も言わず、自分の手を見つめていた。
昨日までの自分なら、こんな話をされても何も出来なかった。
だが今は違う。
アルスと出会った。
力を手にした。
そして、その力でクロエや街の人々を守ることが出来た。
破壊された街の光景が頭をよぎる。
もし次に悪星獣が現れた時、自分が何もしなければ――。
「……俺、やります」
「兄さん⁉」
クロロは顔を上げた。
「怖くないって言ったら嘘になる。でも……」
強く拳を握る。
「今、それが出来る可能性があるのは俺しかいないんですよね?」
「ああ」
「だったら行きます」
クロロは真っ直ぐ国王を見る。
「今ここで何もしなかったら、きっと後悔する気がするから」
「兄さん……」
クロエは何か言おうとした。
だが、クロロの表情を見て言葉を止める。
冗談でも勢いでもない。
本気で決めたのだとわかったからだ。
国王は立ち上がり、深く頭を下げた。
「どうか……よろしく頼む‼」
「はい‼」
こうして、クロロは十二星具を探す旅へ出ることを決めた。
◇
旅に必要な物は王城側で用意してくれることになり、クロロは一度アルスを連れて家へ帰った。
「クロロ‼」
「クロロちゃん‼」
家へ着いた途端――。
「うわっ⁉」
ロイザとプリセムが、涙を流しながらクロロへ抱きついてきた。
「よかった……本当によかった……!」
「生きて帰ってきてくれて……!」
「父さん、母さん……苦しいって」
そう言いながらも、クロロは二人を振りほどかなかった。
家の外側は襲撃の影響でところどころ傷ついていたが、幸い中は大きな被害を受けていなかった。
家へ入ったクロロは、これまでに起こったことを二人へ話した。
アルスとの出会い。
十二星具。
悪星王。
そして――自分が旅へ出ると決めたこと。
「……」
話を聞き終えた二人は、すぐには何も言わなかった。
最初に口を開いたのはロイザだった。
「危険なんだろ?」
「……うん」
「もしかしたら、命を落とすかもしれない」
「それでも行きたいんだ」
クロロは二人を真っ直ぐ見る。
「俺に出来ることがあるなら、やってみたい」
プリセムは心配そうにクロロを見つめる。
「もう……止めても行く顔してるものね」
「母さん……」
「本当は行ってほしくないわよ?」
プリセムの目に涙が浮かぶ。
「でも、クロロちゃんが自分で決めたなら……お母さんは信じる」
ロイザも小さく笑った。
「俺も同じだ」
そしてクロロの肩へ手を置く。
「ただし――絶対に帰ってこい」
「……うん!」
「それだけは約束しろ」
「ああ。約束するよ!」
その夜。
明日には街を出るため、クロロは両親へ就寝の挨拶をして自分の部屋へ戻った。
部屋には先にアルスがいた。
「おやすみ、アルス」
「ああ」
クロロがベッドへ入ろうとすると、アルスが声をかける。
「なぁ、クロロ」
「ん?」
「本当によかったのか?」
「何が?」
「旅に出ることだよ」
アルスは壁にもたれながら続ける。
「妹も納得してない感じだったし、父ちゃんと母ちゃんだって心配してただろ」
クロロは少し考えた後、笑った。
「うん。でも、自分で決めたんだ」
「……」
「今の俺にしか出来ないことがあるなら、やってみたい。それにクロエだって、そのうちわかってくれるよ」
「そうか」
アルスはクロロの前まで歩いてくる。
そして真っ直ぐ目を見た。
「なら安心しろ」
「え?」
「あたしが、契約の名のもとに必ずお前を守ってやる‼」
アルスの言葉に、クロロは笑顔で答えた。
「ああ。頼りにしてるよ」
「任せろ!」
「俺も全力を尽くす」
二人は拳を軽く合わせた。
そして、その日は眠りについた。
◇
翌朝。
街では朝早くから、壊れた建物や道を直すための復興作業が行われていた。
そんな中、城壁の前には旅支度を整えたクロロとアルスの姿があった。
クロロの背中には革製のリュックが背負われている。
二人を見送るため、国王、ロイザ、プリセムも来ていた。
「クロロちゃん……!」
「わっ!」
プリセムが泣きながらクロロへ抱きつく。
「気をつけて行ってきてね! 危ないことしちゃダメだからね!」
「それは約束できるかわからないけど……気をつけるよ」
続いてロイザもクロロを抱きしめる。
「たまには帰って来いよ!」
「ああ! なるべく帰ってくるから‼」
「絶対だぞ」
「わかってるって」
二人はようやくクロロから離れると、今度はアルスを見る。
ロイザとプリセムが揃って頭を下げた。
「アルスさん」
「どうか……息子のことをよろしくお願いします」
アルスは一瞬驚いたものの、すぐに真剣な表情になった。
「ああ。あたしに任せておきな!」
国王も二人へ声をかける。
「クロロ、アルス。二人とも頼んだぞ‼」
「はい‼」
クロロは大きく頷いた。
「それでは――行ってきます!」
両親と国王に見送られながら、クロロとアルスは街の外へ向かって歩き出した。
しばらく歩いたところで、アルスが隣を見る。
「……おい」
「ん?」
「なんか元気なくないか?」
「そうかな?」
「やっぱり、家を離れるのが寂しくなったか?」
「それも少しあるけど……」
クロロは後ろを振り返った。
もう街は少し遠くなっている。
「最後に……クロエだけ見送りに来てくれなかったな~と思って」
「ああ」
アルスは笑った。
「街もあれだけボロボロなんだ。騎士長なんだから忙しいんだろ」
「……まあ、そうだよな」
「気にすんなって!」
「そうだな!」
クロロも笑顔を取り戻す。
二人でそんな話をしながら歩いていると――。
「……ん?」
前方にある一本の木のそばに、人影が見えた。
「誰かいるな」
「うん」
近づいていくにつれて、その姿がはっきりしてくる。
そして――。
「えっ⁉」
クロロは目を見開いた。
「クロエ⁉」
そこに立っていたのはクロエだった。
しかも、普段の騎士としての装備だけではない。
背中には大きな革製のリュックが背負われている。
「なんでこんなところにいるんだよ‼」
クロロは慌てて駆け寄った。
「それに、そのリュックは何なんだ⁉」
クロエは当然のような顔で答える。
「あたしも、ついていくの‼」
「……は?」
「あたしも旅についていくって言ったの!」
「いやいやいや!」
クロロは思わず頭を抱える。
「お前、騎士長だろ⁉」
「だからちゃんと国王様の許可ももらったよ」
「許可もらったの⁉」
「うん。留守の間は副長に任せることになってる」
「いつの間に……」
クロロは呆然とする。
「でも危険なんだぞ?」
「知ってる」
「だったら――」
「兄さん」
クロエは真剣な表情でクロロを見る。
「だからこそ、あたしも行くの」
「……」
「あたしだって騎士長なんだから。兄さんに守ってもらうだけじゃないよ」
クロエは腰にある短剣へ手を添える。
「あたしが兄さんを守る」
「クロエ……」
クロロはしばらく妹の顔を見つめた。
一度決めたら何を言っても聞かないことは、誰よりも知っている。
それに、クロエの実力が本物であることもわかっていた。
「……わかったよ」
「本当⁉」
「ただし、無茶するなよ?」
「それは兄さんもでしょ!」
「はいはい」
そんな兄妹のやり取りを見ながら、アルスがニヤニヤしていた。
「妹ちゃんも、なかなかやるじゃん‼」
「……何ですか?」
「いやいや、こっちの話」
アルスはクロエへ右手を差し出した。
「これから一緒に旅するんだ。改めてよろしくな、クロエちゃん‼」
「……」
クロエは差し出された手を見る。
そして満面の笑みを浮かべながら、その手を握った。
「こちらこそ、よろしくお願いしますね‼」
「いっ……⁉」
ギリギリギリ……。
「ちょ、ちょっと妹ちゃん⁉ 力強くない⁉」
「気のせいですよ?」
「絶対気のせいじゃないだろ‼」
クロエは笑顔を崩さない。
だが、その心の中では――。
(私の大事なお兄様と二人旅なんて、絶対に許さないんだから‼)
「二人とも~!」
少し先を歩き始めていたクロロが振り返る。
「早く行くぞ~!」
「あっ、兄さん! 待って!」
「おいクロエ! 手ぇ離せって‼」
ようやく握手を解いた二人は、慌ててクロロの後を追った。
クロロ。
クロエ。
そして、十二星具が一人――アルス・サジタリアス。
三人は並んで歩き出す。
まだ見ぬ星具たちを探すために。
そして、再び目覚めようとしている悪星王の復活を止めるために――。
三人の新たな旅が、今ここから始まった。
ボーンスターを旅立ち、十二星具を探す旅を始めたクロロたち。
しかし道に迷った森の中で、羊の角を持つ不思議なメイドと出会う――。
次回、第五章「屋敷に仕える羊なメイド」。新たな出会いが、物語を動かし始める。
第四章まで読んでくださりありがとうございます!
ここから本格的に旅が始まります。
クロロ、クロエ、アルスの中で、今のところ誰が一番好きですか?




